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Extra Episode 鬼哭の黒、追憶の涙
第百二十二話「彷徨える咎人」

「おい! こっちだ。情報源はボスより。勅命だ! 石化の波導使いを追え、と。容貌の怪しい奴はひっくるめて身包みを剥がせ!」

 ホテルの黒服達が四十地区に車を走らせる。先行しているのはドリュウズとクイタランを擁するガンマ小隊である。

「石化の波導使い……。波導使いと言えば煮え湯を飲まされた事もある。油断はしない事」

 構成員に言い含めたジェーンはこれから先に起こり得る事をモニターする。敵陣営によるこちらへの侵略はないとはいえ、波導使いともなれば緊迫する。

 一戦力がこちらの小隊単位の能力なのだ。身震いは、ただ単に未知の敵との遭遇を予感してのものだけではない。

「ガンマ小隊がどれだけ持ち堪えられるかは、私次第……」

「小隊長、クイタラン部隊の展開準備完了。いつでも行けます」

 呼吸を整え、呼気を張り上げる。

「よし! 現着と同時にクイタランを展開。地下にはドリュウズを潜らせろ。四十地区より波導使いを逃がすな」

 これは戦争だ。

 熾天使を相手取った時よりもなお深い戦闘の気配。肺に充満する鉄錆と炎の放つ硝煙の香り。ぞくぞくしてくる。

 これが戦場だ。

 これが、ホテルの本懐だ。

「見せ付けてやる! ホテルミーシャの最大戦力を!」

 端末にドリュウズとクイタランの現在地が示され、四十地区を包囲したのが確認された。

 それとほぼ同時に、車両展開していたガンマ部隊の構成員達がアサルトライフルを構えて四十地区を見渡す。次々と情報の運ばれてくるゴーグル型端末を装備した構成員は最早、一端の軍人だ。

『マル四、こちらに敵影なし』

『マル七、こちらも同様です』

「油断しないで。いつどこから攻めてくるのか分からないのが波導使いよ」

 前回とて全くその攻撃に対し、何も出来なかった。今回は雪辱を晴らすつもりである。

『こちらマル九、異常は――、な、何者だ!』

 張り上げられた声にジェーンは、かかった、とそちらの陣営との端末情報を同期する。瞬く間に視覚情報が共有され、その視野に映った黒衣の人影を捉えた。

「これが、波導使い……?」

 しかし青の死神とは全くの異質だ。青の死神の張り巡らせる殺気とは別次元であった。

 まるで、殺意が感じられない。

 その場にただ佇んでいるだけと言われても納得出来る。しかし今回の目標は波導使いの排除。

 アサルトライフルを構えた構成員が声にする。

『動くな! 石化の波導使いだな?』

『そう呼ばれているのか。我の事をどう呼ぼうと勝手だが、いささか居辛いな、この街は。至るところに眼がある。潰すのに、少し時間をかけすぎた』

 その言葉の意味するところにジェーンは戦慄する。別回線で暗号文を送った。

「街の眼≠ヘ? 機能している?」

 その耳に飛び込んできたのはあり得ない情報であった。

『妙です、小隊長……。街に全展開しているはずの眼¢S員の通信が途絶。誰とも連絡が取れません!』

 ほとんど悲鳴のような返答にやはり、という確信を得た。

 この黒衣の男こそが、石化の波導使い。

 自分達の、敵。

「構えろ!」

 構成員が寄り集まり、石化の波導使いを包囲する。どう足掻いても逃げられない包囲陣に、相手はうろたえた様子もない。

『銃火器か。原始的だな。もう少し、面白みがあるのだと思っていたが』

「撃ち方、始め!」

 ジェーンの号令で全員がアサルトライフルを掃射する。常人ならば必中しているはずの銃弾に、黒衣の影は嬲られる様子もなく、ただ静観を貫いていた。

 煙の晴れた空間にジェーンはあり得ないものを目にしていた。

「何を……」

 銃弾一つ一つが、蜘蛛の巣のように糸に絡め取られている。否、正しくは糸ではない。

 それらの放つ銃火器としての特性である、煙や硝煙が棚引き、糸のように「固定」されているのだ。

 空間に漂っているはずの煙や微細粒子が固形化して、相手に着弾する前にそれぞれが繋がり合っていた。接続し、形状となって波導使いを守る檻のようになっている。

「何をしたって言うの……」

『こちらは何もしていない、と言ってもいいが、ヒントを与えようか。万物に波導は宿る。我は銃弾の波導を読み、曲げ、変容させ、その波導の在り方を接続させた。銃弾一つ一つが我が手足と同義となり、同じ波長を持つ銃弾と引き合って、繋がったのだ』

『まやかしを!』

 一人の構成員が逸って引き金を引いた。

 その銃弾に対し、相手のやった事は少ない。
手を薙ぎ払い、銃弾の硝煙を空間で捉え、瞬時に凝固した銃弾の軌道が他の弾丸を繋ぎ合わされる。

 スローモーションを見ているようだった。相手に命中する前に弾丸が「固定」されている。

 ジェーンは立ち上がりコンソールに据えていた目を戦慄かせた。

 この恐れは以前とは違う。青の死神とはまた違う恐れが這い登ってくる。

 次の指示を出せたのはジェーンが生粋の軍人であったからだ。

「ど、ドリュウズ部隊、陸上展開! ドリルライナー、全方位攻撃!」

 地中から上がってきたドリュウズが鋼の爪を開き、ドリル形態から移行する。四方八方を囲まれ、相手には逃げ場もないはずだ。

 加えて中心に向けての「ドリルライナー」。どう足掻いたところで先ほどの銃弾の二の舞にはならない。

『ポケモンを使ってくるか。荒事になるが、そうだな、その三体目のドリュウズ』

 相手の指差した先にいたドリュウズがドリル形態となって突き進む。しかし直後に耳朶を打った声に、ジェーンは驚愕した。

『コンマ三秒遅い。突けるな』

 そう告げた黒衣の男はそのコートを翻した。すると一瞬だけ、赤い光が明滅する。

 瞬時に拡張した光の帯が、ドリュウズを引き裂いた。

「破壊光線?」

 そう錯覚したのはその赤いエネルギー波の凄まじさが理由であったが、破壊光線のような荒療治のやり方ではない。

 指示方向にいたドリュウズが地に縫い付けられていた。

 全身が青銅のように固まり、ドリルの回転も全くない。

 静止したドリュウズ一体分の隙をついて、相手が歩み出る。

 それだけで、一斉攻撃を試みたドリュウズ達は目標を見失って空を穿った。

『嘘だろ……。ドリュウズだって目がないわけじゃないんだぞ……』

 その通りだ。ドリル形態になっているとはいえ、相手を見据えての攻撃。照準されているはずの相手がたった一つの脆弱性を突いてその包囲陣から逃れるなど――。

「あり得ない……」

 石化したドリュウズを相手は指で弾く。ただそれだけの行動。

 だというのに、ドリュウズはバラバラに砕け散った。亀裂が走ったのも目で追えなければ、何かをしたような仕草もない。

 ただ触れたようにしか見えないのに、ドリュウズが跡形もなく消し飛ばされる。

 その事実に、モニター越しのジェーンは唖然としていた。

 何が起こった?

 今、自分達は何を相手取っている?

『ドリュウズ数体による数の圧倒。悪くない、とは思う。戦局としては、この街で渡り歩くのにはドリュウズのような堅牢な鋼タイプを使役するのは間違いではないし、貴様らが軍隊、というものを継承しているのならば、やり口もスマートだ。何も、イレギュラーはない。この我の存在以外はな』

 石化の波導使いそのものが、イレギュラー。

 ジェーンはしかし、ここで敗北を認めるわけにはいかなかった。今もハムエッグと攻防戦を繰り広げているボスに顔向け出来ない。

 ここで、石化の波導使いは倒す。倒して、ホテルが制圧したと言う証を立てるのだ。それこそが自分達の目的である。

「ドリュウズを操る総員に告ぐ。まだ、敵は死していない。汝らに問う! 我らホテルミーシャは! 何のためにここに来たか!」

『我らは屠るため! 殺すために常世を彷徨う咎人なり!』

 構成員達の蹄を揃えたような声にジェーンは首肯し、一斉命令を出す。

「ならば問う! 目の前にいる敵を葬れずして、何が軍隊か、何が史上最強の総体であるか! 葬れ! ドリュウズ部隊に伝令! その背中が見えたのならば追いすがれ! 食らいつけ! 逃がすな、決して逃がすな!」

『承服!』

 ドリュウズがドリル形態から爪と鋼のひさしを引き剥がし、通常形態に移行する。

 ドリル形態のままのドリュウズを二脚で立つドリュウズが肩に担ぎ、全身から地面のエネルギーを放出する。

 地表が剥がれ、エネルギーの瀑布に大気が震える。

 石化の波導使いは肩越しに見やり、ぼそりと呟いた。

『波導の相乗、ドリル形態のドリュウズを他のドリュウズのエネルギーで補佐し、相手へと投げつける』

「そう! 気合――、弾ァ!」

 通常の「きあいだま」とは違う、ドリュウズそのものを砲弾とした「きあいだま」であった。ドリル形態のドリュウズが黄金の光を引き移し、ドリルが輝きを帯びる。

 闇夜でも目が眩むほどの鋼の勢いにジェーンは勝利を確信した。

 これを食らって立っていた者はいない。

『だが、間違っているとすればそれはたった二つのドリルである事。我からしてみれば、回避範囲が広がっただけだ』

 石化の波導使いは難なくそのドリルを避ける。地面を抉り取ったドリルの勢いは止まらない。避けられるのもある程度計算の上だ。

 地表に潜り込んだドリルはそのまま不可視となる。地面を揺らす振動に石化の波導使いが僅かによろめいた。

『なるほど、これは……』

「回避すれば、地面そのものを振動させ、地震で迎撃。しかも!」

 回転数が上がり、ドリルが地表へと迫ってくるのが伝わったのだろう。石化の波導使いは足場を見据えた。

『ドリルは、まだ生きているのか』

「地下からの攻撃ならば読みにくいはず!」

 突き上がった鋼のドリルが相手を捉えようとする。今度こそ、取った、とジェーンは感じていた。手応えはある。

 しかし、ドリルは相手を引き裂く事はなかった。

 構成員の視覚を借りて拡大すると、石化の波導使いは何と素手で受け止めていた。

「素手……」

『見事なり。我に、手を使わせたのはそれなりの自信のあっての事だろう。軍体としての統率、熟練度。認めよう、だが……』

 コートがばっと閃く。それだけで赤い光線が照射された。

 ポケモンの仕業にしてはまるでその本体が見えない。相手の動きはほぼノーモーションだ。

 だというのに、それを受けたドリュウズは瞬時に石化していた。

 一体ならばまだ望みを繋げたが、二体とも、である。

 赤い光線が掠めた程度にしか見えなかったのに、二体とも石化の洗礼を受けている。

『我に触れる、という事は波導を読まれる、覚悟はあるのだな? 既に波導は読んだ。ドリュウズは二体とも石化の虜だ』

「退かせろ! もう二体を!」

 ジェーンの軍人としての直感が言わせた言葉であった。それを現場の構成員が咀嚼する前に、石化したドリュウズ二体が投げつけられた。

 投擲したドリュウズへと皮肉にも投げ返される。石化したドリュウズはぶつかっただけで砕け散った。砂粒が、辛うじてドリュウズ二体の痕跡を主張しているだけだ。

 もうここに、三体ものドリュウズの死が確認された。

『そして、あと二体だったな』

 黒衣が翻り、赤い閃光が瞬く。

 一体のドリュウズは攻撃を感知して回避行動を取ったが一体は間に合わなかった。先ほどの投げ返されたドリュウズに恐れを成したのだろう。怯え切ったドリュウズが足元から徐々に石化に侵食されていく。

 何をどうすれば、瞬時の石化など行えるのか。全てが不明のまま、事態が転がっていく。

「もう一体のドリュウズを退かせろ! これ以上の損害を生む前に、クイタランによる火炎包囲を行う!」

 ジェーンは最後の一体を守るべくそう命令する。クイタランを保有する構成員達が前に出てクイタランの集団を繰り出した。

『相性上、クイタランとドリュウズは噛み合わないからな。二重の構え、というわけか』

 本来ならばドリュウズによる地下侵攻と、地上でのクイタランの展開で相手の足止めを行うつもりであったが、石化の波導使いの手持ちを警戒して今回、二重の策にしたのが幸か不幸かこちらの損失を最小限に留めている。

 それでも、ドリュウズ部隊をほぼ無効化されたのは痛い。

『クイタランが、雁首揃えて十体前後。ドリュウズよりも揃えやすいのは分かる。だが、火炎で燃やし尽くすのにも、その程度の火力で足りるか?』

「やれ! 火炎放射!」

 クイタランが一斉に火炎放射を石化の波導使いに向けて放つ。火炎放射は結果的に石化の波導使いの足場を縮め、炎のフィールドを作り出した。

『だが、無駄だぞ、作戦指揮官。我の波導の真髄を知らずして、火炎放射を無駄打ちしたな』

 石化の波導使いが手を払う。それだけで一方向の火炎が一気に炭化する。

 やはり何らの攻撃を撃っているのだ。その見極めをせねば。

 ジェーンは真剣にコンソールに向き合う。何だ? どのようなポケモンが、相手の手持ちなのだ?

『火炎を破るうちに、我の手の内を明かさせようというのだろうが、一方向を破れば、もう無駄打ちする必要もない』

「果たして、そうかしら?」

 その言葉が放たれた瞬間、炎の合間を紫色の影が掻っ切った。

 石化の波導使いが一歩でも進んでいればその喉笛を食い破ったであろう。

 その影を相手の目が感知する前に炎の中に消えていく。

『伏兵か』

『我々は勝つためにここに来た。倒すために、葬るために来ている。手段は問わないと、既にボスからは通知済みだ』

 構成員の声に石化の波導使いは首を傾げる。

『炎の中に潜む程度の能力で、我の足止めなど』

「その程度じゃないわ。やってやりなさい」

 インカムへとジェーンは声を吹き込む。

「――熾天使、モカ・アネモニー」


オンドゥル大使 ( 2016/08/28(日) 19:28 )