第十四話「波導の力」
アーロンは飛び込んだ迂闊さよりも、相手の弱さのほうにうんざりしていた。
普通、何かしら準備はしているものだ。だがこの素人集団はまるで自衛能力がなく、あったといっても機銃レベル。これでは自分に対しての脅威にはなり得なかった。
階段を降りて扉のところで突っ伏している最初に拘束した団員を無理やり立たせる。今しがた仲間を殺されたせいか失禁していた。
「責任者のところまで案内しろ」
アーロンの声に団員は憔悴し切った声を向ける。
「……何なんだ、あんた。どういうつもりでおれ達を潰そうとする?」
「こっちも聞きたいな。どうして一トレーナーの所在を掴もうとしていた?」
団員は口を閉ざす。どうせこの団員から得られる情報など微かなものだ。盾のように扱ってアーロンは二階層に上がる。死体となった仲間を目にして団員が口を開いた。
「あんた、何者なんだ。どうしてこいつは、階段を普通に上がっていくあんたに目も留めなかった?」
波導を操られていなければそう見えるだろう。アーロンは、「暗殺術だ」と答える。
「それ以外に答えはない」
どうせ波導が云々と言ったところで、この団員の命も長くない。
二階層へと上がる階段があった。木で出来た即席の階段で、アーロンは団員を突き出す。
「上がれ」
その命令に団員は従った。ゆっくりと階段を上がっていく。階段を踏む度に、キィという嫌な音が響く。それほど丈夫ではないらしい階段を二人分の大人が上っていく。
その時、不意に金属音が響いた。カラン、とモンスターボールが転がり落ちてくる。中から出現したのはドガースというガスポケモンだったが既に状態がおかしい。真っ赤に膨れ上がったドガースが二体、眼前に大写しになった。
団員が叫びを口から迸らせようとする。
アーロンは前に出て手を払った。
殺した、と確信していた。
真正面から愚直にやってくる殺し屋をドガースによる遠隔爆弾で吹っ飛ばしたと。プラズマ団の上級団員は哄笑を上げる。仲間が犠牲になったがこのカントーでの活動はどうせ切り上げるつもりだった。その点では悩みの種を解消してくれたぐらいだ。
「さて、こっちは高飛びの準備を……」
別の出口から出ようとしたその肩を突いた感触があった。振り返ると拳が見舞われた。団員が転がり、口中に血の味が滲み出す。
「な、何で……」
視界に入った事実に戦慄する。
少なくとも一人は殺したつもりだった。殺し屋でなくとも仲間は殺したと思っていた。だというのに、仲間も殺し屋も、依然として傷一つなかった。
「ドガースによる遠隔爆弾。脆い木の階段で起爆させる事によってここに上がれない事も考えていたんだろうが、波導使い相手にたった二体の機雷を用いる。……嘗めているのか?」
男の肩にはピカチュウが留まっており頬袋から青い電流を跳ねさせている。
「ドガースを二体とも、起爆前にピカチュウが潰した。あとは毒も狙っていたみたいだが、毒が回り切る前にここまで駆け抜けてくれば何の問題もあるまい」
「化け物め……!」
言い放ちホルスターからモンスターボールを引き抜こうとするがその手が痙攣してボールを手離した。どうしてだか身体の自由が利かない。
「さっきの拳に波導を混ぜた。お前の肉体の主導権はもう、俺のものだ」
ぱちり、ぱちりと次々と手持ちを自分の手で手離してしまう。ボールが転がり、男が蹴って団員の手の届かないところに遠ざけた。
「さて、何の装備もしていない間抜けはどちらなのか」
男の声に団員は震え上がる。拳銃を仕込んでいたがどうせそれを使おうとすれば引き金を引く前にやられるに違いない。
「何だ……、何でここまで来た?」
「聞きたい。どうして一トレーナーを付け狙うのか?」
「Mi3の事か? それこそ、そっちの感知するところじゃないだろう!」
「Mi3? どういう事だ? どうしてあの小娘をそう呼称している?」
団員はまだ主導権はこちらにあると感じた。この殺し屋は驚異的だが真実を知らないままここに来たのだ。
「わたしが死ねば握り潰される。どうだろう。ここで少しだけ、その波導とやらを緩めてみないか?」
少しでも長生きしたいという意地だった。それにここを生き延びれば本国に帰れる可能性がある。そうなればまた戦力を増強出来る。
男は暫時考えを巡らせた後に指を鳴らした。
すると鎖のように自分を縛っていた何らかの感覚が薄れたのを感じ取った。これが波導か、と考える前に団員は声にする。
「特一級監視対象だ」
「それはお前らの組織を潰したからか?」
驚いた。そこまでは知っているのだ。だがそれ以上は知るまい。この殺し屋はどこまでも冷徹だが知らないままで済ましていいと思っている性格ではない。
「……知りたいか? だが知れば戻れなくなるぞ」
主導権を握ったつもりだったが男の眼はいつでもこちらを殺せるという眼差しだった。この男は人殺しに何の躊躇いもないのだ。団員は戦慄する。どうしてこのヤマブキは、カントーの首都であるにもにもかかわらずどうしてこのような「はぐれ者」が多い? はぐれ者に目をつけられればお終いだ。四つの組織が既にプラズマ団に圧力をかけてきた。その中には明らかに警察勢力を傘下に置いている組織もある。この無秩序と暴力の支配する背徳の街は、どこまで異国の自分達を苦しめるのだ。
「教えろ。お前の知っている事、全てを」
ただし知っている事全ては教えられない。そうなれば自分も組織から切られる可能性がある。団員は慎重に言葉を選ぶ事にした。
「欲しいのは、あの小娘のとある一部だ。他は特筆すべき点はない。我がプラズマ団を崩壊に導いたのは全て、その一部によるものだと推測される。だから残党である我らも海を渡ったのだ」
「答えになっていないな。言え」
男が手を伸ばし団員の頭部を引っ掴む。団員は必死に声にした。
「わ、わたしを殺せば情報は入らない!」
「どうだかな。お前の口ぶりから、まだ上の人間がいると推測される。ここでお前を殺せば、その上が出てくる可能性がある。そっちに賭けるほうが時間稼ぎに巻き込まれずに済みそうだ」
時間稼ぎだとばれている。団員は目を戦慄かせる。
「や、やめてくれ……」
「波導を操って舌を噛んで死んでもらう。お喋りが過ぎた罰だ」
団員は失神寸前まで追い込まれた。その時、「おやおや」と声が発せられる。
男が振り返った瞬間、跳ね上がった紫色の痩躯があった。ピカチュウが咄嗟にその攻撃を弾き飛ばす。従えているのは四足のポケモンであった。鎌のように曲がった尻尾が男の首を刈ろうとしたが浅かったらしい。ピカチュウの電撃を食らう前に離脱する。
「何者だ」
男が自分から興味をなくしたのか、手を離して振り返る。
「少しばかりおイタが過ぎるんじゃないですかね」
団員はその声と姿に目を瞠る。
「ヴィオ様……」
自分達プラズマ団のこの地での活動を援助する上部組織「賢人会」の一人。ヴィオ。紫色の装束を纏った太っちょだが、その戦闘力は随一であった。
「幹部か」
「いかにも。離していただきましょうか。大切な仲間なのでね」
団員は懐の拳銃を手にして男の頭部に向けようとする。しかし、その拳銃は何故か自分の膝を撃ち抜いた。
「なっ、何で……!」
「分かり切った事を言う奴は大嫌いなんでね。波導を操って既に自害するように仕向けてある」
拳銃の銃口を自分の意思とは無関係にくわえ込んでしまう。叫ぼうとしたが口が開き切っていて何も言えない。
「辞世の句も言わせられないのは、すまないな」
男が指を鳴らした瞬間、拳銃から放たれた銃弾が脳幹を撃ち抜いた。