第十三話「暗視」
監視を厳とする。ただし相手が意想外の行動に出れば即時撤退。
このルールを守らなければこのカントーの首都では思いのほか目立つ事が分かっていた。既に接触してきた組織が四つだ。一つ目は「この街のルールを知らない素人への忠告」、二つ目は「娑婆代を寄越せ」、三つ目は「撤退しろ」、そして四つ目は「警告する」だった。
四つ目の時点で既に目をつけられているのは明らかだ。屋上から監視対象を見つめるプラズマ団員はため息を漏らしていた。
「何で異国に来てまで追われてるんだ、こっちは」
「仕方がないだろう。まさかヤマブキシティがここまで排他的に成長しているなんて誰が思うよ?」
同じく監視の任についている団員はスナック菓子を頬張っていた。カントーで困らない事と言えば食べ物くらいだ。
「向こうじゃパンと水だったからなぁ」
「物価も随分と安い。さすが先進国」
「おれ達からしてみれば皮肉以外にないよなぁ。イッシュだってそれなりの先進国だったけれど思想面での遅れがあっただけで」
その遅れにつけ込めたからプラズマ団の繁栄があった。しかしそれも二年前の話。
「腹ぁ減ったなぁ」
「菓子食うか?」
団員はスナック菓子を手に取り、それを口に放り込む。
「スナック菓子じゃ腹は膨れないって」
「監視対象も動きはなし。今日も眠いだけの任務か」
欠伸をかみ殺し、再び暗視ゴーグルに目をやる。
その時、異常に気付いた。
「おい、部屋に一人しかいないぞ」
「どうせ一階の喫茶店にでも降りたんだろ」
「それにしては……」
「――接近に気付けないとは。所詮、素人集団か」
その声に振り返る前にスナック菓子を持っていた団員が顔面を引っ掴まれていた。叫びが迸り団員の手足が脱力する。
振り返れない。このまま殺される、と思った団員だったが相手は殺気を向けたまま声にする。
「このまま、アジトまで案内願おう」
「い、嫌だね。プラズマ団は崇高な理念で――」
直後、肩口に焼けた棒を差し込まれたような激痛が走る。右肩から下が動かなくなっていた。
痛みに呻いて転がる。視界の中に青い装束を纏った死神が映える。月を背に立つその姿に息を呑んだ。
「いいか? 俺は気の長いほうじゃないんだ」
相手が団員の頬を掴む。肩にピカチュウが留まっていた。
「電撃で殺す事も出来る。それよりももっと惨い殺し方もな。長生きしたければアジトまで案内しろ。それが賢明だ」
団員は何度も頷き、立ち上がる。動かなくなった右手から暗視ゴーグルが転がり落ちた。
「遅いな、報告」
いくら一地方を牛耳っていた組織とはいえカントーでは初見に近く、雑居ビルしか借りられていない。ネオラントの入った水槽を視界に入れて口にする。
「この時間には報告しろとあれだけ言っているのに」
団員は煙草を吹かして首をひねった。
「しかし、まさかこの地方の殺し屋の場所を突き止めるとは思いもしなかったな」
笑い話が始まり団員も同調する。
「だな。これを売ればそれなりの地位に上り詰められるんじゃないか?」
「まぁ、これを売る時はそれなりの覚悟もいるが。監視対象の情報を出さないと買ってくれなさそうだし」
監視対象の情報は絶対に漏らしてはならない。プラズマ団の鉄の掟だ。ここまで落ちぶれたプラズマ団を辛うじて結束させている掟を破る者は誰一人としていなかった。
「最後の砦だからな。監視対象を売るなんて事をしたらそれこそ野垂れ死にだよ」
「それだけこっちも必死。だってのにヤマブキって街は」
四つの組織からの忠告と警告。これだけ目立てばもうヤマブキに篭城する意味がなくなってくる。そろそろ別の場所に居所を変えるべきだと感じていた、その時であった。
扉がノックされる。「合言葉は? 王の真意は」と声にした。
「我らの民意なり」
合言葉が了承され、扉を開くように顎でしゃくる。扉が開かれた瞬間、視界に入ったその姿に言葉をなくした。
青い装束の男が団員を盾にして佇んでいる。誰もが絶句する中一人のプラズマ団員が立ち上がった。
「何だお前は――!」
瞬間、青い電流が跳ね上がり、地を這って全員の足を麻痺させた。座っていた者は立ち上がれず、立っていた者は無様に転がった。一瞬の出来事に指先に灰が落ちた事さえも気に留める余裕がない。
「やれやれ。俺の周りは喫煙者しかいないのか」
帽子の鍔を目深に被った男は盾にしていた団員を突き飛ばす。その背中を踏みつけて、「全員か?」と問うた。
「ぜ、全員です! 本当に!」
団員の必死の声に青い服装の男は見渡してから、「嘘はいけないな」と口にした。
「この場にいる人間以外の波導がまだ残っている。上か」
仰いだ彼へと銃口が向けられる。
「動かないほうがいいぜ」
機関銃を持ったプラズマ団員が青い男に照準していた。
「銃、か。原始的だな」
「原始的でも、何の装備もなくここに飛び込んできたのは後悔してもらわなければなぁ! 死ね!」
機銃が掃射されるも、その直後、団員の視界にノイズが走った。何が起こったのか、団員が理解したその時には階段を張っていた仲間が突き飛ばされた。いつの間に接近したのか、青い男が蹴飛ばしている。
「何をした……」
「目を」
男はこめかみを突く。
「奪わせてもらった。一時的に波導を操り、ピカチュウの電流で位相を変換。お前に俺は見えない」
その言葉通り、瞬時に男の姿が掻き消える。団員はパニック状態のまま機銃を薙ぎ払うがその首筋にひやりと冷たい感触が当てられた。
背後に回られた事にまるで気付けなかった。
「責任者は?」
「い、言うわけがないだろうが」
「そう、か」
青い電流が放たれ、団員は指先がぶくぶくに腫れ上がっているのを目にする。何か毒でも盛られたのか、と感じて肩越しに振り返るが男は顔色一つ変えないまま続ける。
「もう一度、聞こう。責任者は?」
団員はこれ以上の痛みは御免だった。
「お、奥の部屋だ。二階層のほうにいる」
思わず答えてしまった。男は、「奥、か」と呟き視線を向ける。団員は腰に留めてあったホルスターから拳銃を引き抜いた。
「馬鹿め! 油断したな!」
引き金を引こうとした瞬間、その銃口がどうしてだか自分のほうに向いている事に気付く。銃声が木霊してから、肩口に突き刺さる激痛と灼熱。団員は呻いて無様に転がった。
「な、何で……」
咄嗟の事だから間違えて銃口を自分に向けた? まさか。そのような間抜けであったはずはない。
「波導を操って、お前の指をコントロールした。一撃目の電撃で既に勝負は決していた」
男の声に団員は声を張り上げる。
「どういう事だ! お前は、何者なんだ!」
男は視線を振り向ける事もしない。指を鳴らすと、自分の手に握られた銃が勝手に動き、こめかみへと当てられる。そのようなつもりないのに、団員は今にも引き金を引きそうだった。
「ど、どうして……。剥がれろ! くそっ!」
「お前の体内の波導はどう足掻いても修正不可だ。あの世で懺悔しろ」
団員は最後の一線で声にしていた。
「誰なんだ、お前は」
男は一瞥だけ振り向け、応じる。
「波導使いだ」
その言葉と弾丸が弾け飛ぶのは同時だった。