MEMORIA











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波導の青、彼方の死神
プロローグ 蒼い闇

 草原に行けば。

 何もない草原に行けば、もう自分は苦しまないで済むのだと思っていた。

 しかしすぐにそれが甘い判断であった事を痛感する。

 病院を抜け出して駆け出したせいで胸の傷跡が痛んだ。呼吸をする度に苦しい。彼は胸を押さえながら地平線を眺める。

 やはり、駄目だった。

 この眼には、この世界には果てがないように、この悪夢にも果てがないのだと思い知る事になる。

 映った世界は青く染まり、青い血脈が流動している。太陽はぼんやりと青く、光を降り注いでいた。

 この世界に安息はないのだ。まだ彼は子供であったし、世界の何分の一も知らなければ、自分がこれから先、どれだけ生き永らえるのかも知らない。しかし自分の世界はもう闇に落ちたのだと分かった。

 青い闇が降り立って、これ以上光なんて見えないのだと。

 傍らには自分の事を心配して駆け寄ってきた小型のポケモンがいる。電気袋を両方の頬に持ち、尖った両耳を揺らしていた。警戒色の黄色と黒のポケモンは語りかけるように首を傾げる。

「ピチュー。ぼくはもう、逃れられないのかな」

 この地獄の連鎖から。あるいはこの青い闇の世界から。

 ピチューの身体にも景色と同じように青い血脈がある。鼓動と共に流動しているそれを彼は触れてみようかと思った。ピチュー自体が小柄なのでとても小さい、針の糸のような線だったが触れられないほどではない。手を伸ばそうとした、その時だった。

「その辺りでやめておいたほうがいい。やるのは勝手だが、深い後悔を背負う事になるぞ」

 その声音に彼は振り返る。

 青い世界の中で一人だけ、まともな人間の形を保っている男が佇んでいた。しかしその男の装束が青い鍔つきの帽子と、青い服装であり、まるで彼の視界を理解した上で、その姿を取っているようであった。

「あなたは……?」

 彼の問いに男は答える。草原を風が吹き抜けた。

「波導使いだ。お前の青い闇を、払ってやろう。その使い方を教えてやる」

 これが一つの出会い。

 彼が――波導使いと名乗る男と出会った、この先の人生を左右する瞬間であった。


オンドゥル大使 ( 2015/12/24(木) 16:25 )