ACT6
ACT6「パラスの贄」

「今回の番組編成に当たって、やはりギルティギア側と協議した結果、取り止めとなりました」
 その報告を済ませると彼女はさほど興味もなさそうに了承した。手元には相棒のギターがある。
「そう。まぁ、当たり前っちゃ当たり前か」
 ディズィーという女性と話すのは初めてであった。自分はいわゆるディズィーの世代ではない。一世代古く、今の子達がギルティギアにはまる理由も、ディズィーというボーカルを支持する理由もよく分かっていないのだが、テレビ局に勤める自分からしてみれば人気歌手であるディズィーは雲の上の人のようなものであり、こうして報告するだけでもいささか緊張した。
 しかし、彼女にはその気もないようで、今回お取り潰しになった企画も、「ああ、そう」で済まされてしまう。自分達は汗水流して一つの番組を作り上げているのに、これではあんまりであった。
 企画書に再度、目を通す。
 ホラーテイストの企画で廃村にお邪魔するというどこか世間ずれした企画であった。廃村の何を取材するのかと言えば、どうして廃村になったのか。そもそも、どこがホラースポットなのか、などなど……。正直なところ、メイン層の取り込みや、視聴者に配慮した造りとは言えないそれこそ「一昔前」のテレビ企画であった。
 今風を取り入れたところと言えば、ギルティギアのボーカル、ディズィーの反応を見る、という軽いドッキリに近いもの。
 当然、ディズィーの了承は得ているのだが、彼女は全ての撮影を終えた後、この番組の廃止が決定しても涼しい顔をしていた。その姿勢が、どこか、作り手である自分の神経を逆撫でしたのだ。
「その、ディズィーさん。報酬は払いましたし、それに、これは両者、納得ずくでの廃止です」
「分かっているけれど? 何? オイラ、そこまでおかしく見えた?」
 きょとんとするディズィーに自分は言っていた。
「ちょっとばかし、その……他人行儀過ぎるって言うか、もうちょっと悔しがったり、食い下がったりするのかなって……」
 勝手な押し付けに違いなかったが、ディズィーは納得したらしい。なるほどね、とこちらに理解を示す。
「テレビ局側からしてみれば、番組一つ作るのだってお金がかかっている。それを駄目でした、没です、でなかった事にされるのは何か嫌だ、と」
 彼女とて分かっているのではないか。私はこの番組には関わっていないものの、局勤めの心境からしてみれば廃止という姿勢は面白くない。
「でもさ、これ、仕方ないと思うよ。だって、とんでもない事が起きちゃったんだもん」
 ディズィーはギターを弾きながら、そのとんでもない事、とやらを全くそうでもないように語る。私は首を傾げていた。
「とんでもない事?」
 それはプロデューサーが怒鳴るだとか、スポンサーの怒りを買うだとか、そういう話だろうか。その類ならばテレビ局に勤めてもう五年、慣れている。
 しかしディズィーの語ったのは、そういった「ワケあり」とはまた違うものであった。
「だって廃村にあんなものがいるなんて、誰一人思わなかったからさ。そりゃお取り潰しになるよ」
「あんなもの? ディズィーさん、あんなものって何なんです?」
 まさか幽霊でも出たというのか。確かにホラー企画だ。何が起こっても不思議ではない場所に出向いている。
「オイラからしてみればさほど不思議でもなかったんだけれど、ここに書かれている廃村には行かないほうがいいよ。もう、連中の縄張りだ」
「……失礼ですがディズィーさん。連中ってのは誰なんです? この廃村、管理者も捨て去った本当の廃棄区域だと書いてありますが」
 ディズィーはピックを手にしてギターを鳴らす。どこか寂しげな音色が響いた。
「どこから話すべきかな。そうだ、あの日、とてもよく晴れていた。そこから話そう」












 ホラー企画を撮るにしてはあまりに晴天で、オイラは戸惑ったものさ。
 ホラーってもっと曇った日とか、深夜に撮るんだとばかり思っていたからね。でも、その番組のお偉いさん曰く、「どうせ加工するから大丈夫ですよ」との事だった。ああ、これは俗に言うヤラセなんだな、とオイラは色々出演した事はあるけれど、ここまで露骨なのはなくって愛想笑いも出なかったよ。
 で、ヤラセ番組当日。晴天の昼間に、取材というか、その廃村に住んでいるっていう「設定」の老人のキャストが入ってきた。
 一時間やそこいらで汚らしい、ホームレスのメイクが出来上がった。いやはや、最近のメイク技術には舌を巻く。小ぎれいだった人達が、一瞬でその廃村に古くから住んでいる曰くつきの人達に早変わりだ。
 オイラは番組スタッフと連れ立って、廃村を回った。
 それっぽい家屋がたくさん並んでいて、どこをどう撮ったら一番「いい画」が撮れるのかをスタッフが話し合っている隙に、オイラ、ちょっと散歩に行ったんだ。
 するとね、その廃村って言われた場所のど真ん中に、作業をしている人を見つけた。ああ、もうエキストラの人が配置されたんだって思って、仕事が早いなぁ、と話しかけてみた。
「こんにちは」
 そう挨拶すると老婆のエキストラの人は愛想よく返してくれた。
「こんにちは」
「蒸し暑いですね。お互いに大変だ」
「そうですねぇ。こんな日には、村の奥にあるパラスの菌が飛びます」
「パラスの菌?」
 聞き覚えのない言葉に尋ね返すと老婆は笑いながら村の奥を指し示したんだ。
「パラス、って言うポケモンは知っていますか? あのポケモンの進化系、パラセクトもそうなんですが、虫ポケモンであるパラス、パラセクトの本体って下の動く部分じゃないんですよ。上のキノコの部分なんです。その部分が発達して、大脳を乗っ取る。そうして出来上がるポケモンが、パラセクトなんです」
 パラス、パラセクトに関してはオイラもあまり知識があったものじゃなかったから素直に驚いた。後から聞いた限りじゃ、結構常識だったみたいだけれど。
「で、どうしてそのパラスの菌が? この村には何か関係があるんですか?」
 オイラの問いかけに老婆はそれらしく声を潜めた。よく出来たエキストラの人だな、と感心したよ。
「……都会から来たお方には縁のない事かもしれないですけれどね、この村は昔から、パラス、パラセクトの菌が時期になると大量の流砂に紛れて浮遊してくるんです。それが肺の中に入って内側から菌に毒され、大量に人が死ぬんですよ。昔なんて特に対処療法しかなかったから、菌が飛ぶ時期になると、我々はこうやって」
 老婆は口元を覆った。手にこびりついた土で鼻っ面をわざと汚している。
「土砂は汚染されていないので土をマスク代わりにするんです。そうする事で、胞子の一斉感染に備えたんですよ」
 オイラ、役作りに身が入っているなぁ、って普通に感心しちゃったよ。ここまで昔話も凝っていると本物みたいだ。その老婆はオイラにビニールに入った土を分けてくれた。
「もしもの時には、この土をマスクにするといいですよ」
 これも既に張り込んでいるスタッフの入れ知恵だな、とオイラは思った。でも、テレビの撮れ高的には、オイラみたいなのが大真面目に土のマスクをして逃げ回るのが面白いのだろう。素直に受け取って礼を言ったよ。
「もうそろそろ、一斉に胞子がばら撒かれます。こんなに晴れていると特に。その時に、役立つでしょう」
「どうもありがとうござます。後で、お礼を言っておきますんで」
 後半は老婆にだけ聞こえるボリュームで言ってから、オイラはスタッフに合流しようとした。
 その時だ。
 突然に空が翳った。おかしい、と感じた時には周囲は紫の霧に包まれていた。
 濃霧で、三歩先も見えない。晴れていたのに、とオイラは空を仰いだ。
 足元を何かが這い進んでいって、冷たい感触が触れたんだ。
 思わずびくついたオイラの視界に入ったのは、小型のパラスだった。ざあっ、と磁石みたいに一斉にオイラの足元をすり抜けて行ったのは、パラスの群れだ。
 群れがすり抜けていく際、濃霧を発生させているんだ。紫の霧は先ほど老婆の言っていた胞子なのだと、瞬時に理解したよ。
 どこかで撮っているな、とオイラは思った。
 画的にも、オイラが慌てふためいたほうが面白いだろう。貰い受けた土を口元に持ってきて、オイラは濃霧の中を走り抜けた。
 この画が一番のクライマックスだろうな、と思いながら走っているとね、パラスが廃屋に入っていくんだ。その廃屋の屋根を目にして、仰天したよ。
 大きなキノコだ。
 キノコが屋根にこびりついて、それそのものが巨大なパラセクトだった。
 パラスがその巨大パラセクトの腹に吸い付いて、胞子を発生させているんだ。
 逃げなきゃ、とオイラは感じた。
 画的にも、逃げたほうが様になるだろうし。それに、何よりも、よく出来た張りぼてだったよ。
 一朝一夕に仕上げたものでもないだろうし、空気を読んで、オイラはそいつから逃げた。
 どこをどう走ったのか、まるで覚えていないけれど、スタッフはあろう事か、廃村から既に離れていたんだよね。
 胞子の届かない場所に全員が身を縮こまらせているのを見て、オイラはガラにもなく怒っちゃった。
「今の画、誰も撮っていないの!」
 せっかくよく出来たのに、って文句を言うと、おかしな事を言うんだ。
「ディズィーさん。今日は謎の濃霧が発生したので撮影なんてしていませんよ」って。
 どうやらオイラが散歩に出たのも知られていなかったみたいで、捜索隊が出されたらしい。
 でもエキストラのおばあちゃんが、と言いかけたオイラの目線の先にいたのは、メイクを剥がした役者の方々だった。
 その中に、あの老婆の姿はなかった。
「危険域の濃霧です。ディズィーさん、どうやって逃げてきたんですか?」
 土のマスクを、と言おうとしたけれど、これも担がれているんじゃって思えて、オイラ結局、何も言わなかった。
 撮影中止が打診されたのはその三時間後だ。捜索隊との連絡が途絶えたらしい。
 ミイラ取りがミイラに、じゃないけれど、警察が出向いた。その時に、お偉いさんが厳重注意を受けていたのをオイラ、見ちゃってさ。
「この時期の廃村には、有毒ガスが発生するんです。そんな場所で撮影なんて、許可も出ていませんよ」って。
 捜索隊がどうなったのか、その後小耳に挟んだよ。全員、謎の胞子を吸い込んでしまって入院だそうだ。
 中には、見た、とうわ言を漏らす人間もいたらしい。
 巨大なパラセクトを。
 だから、この番組はお取り潰しになったんだ。オイラも理解しているし、君みたいなのがわざわざ謝りに来る必要もないよ。














 にわかには信じられない話であったが、私はその後、現地へと出向いた。
 ディズィーの言っていた通り、警察関係者との話し合いが成されており、有毒ガスの発生源は不明のまま、これは刑事訴訟になるらしい。
 その廃村がどうなったのか、なんてのは聞いていない。
 なにせ一つの村だ。なかった事にするのには大き過ぎるし、かといって無視するのにはネタとしておいしい。
 違う局のテレビクルーが入って行ったのが、行き違いで伝わった。
 こうやって、被害が増えていくのだろう。誰も知らないところで、しんしんと積もる雪のように。与り知らぬ場所で、胞子は領域を広げていく。いつか、この星そのものを覆ってしまうのかもしれない。
 パラスがその時に絶滅しているか、あるいは人類が絶滅しているのか。
 ディズィーに別れ際、それだけ尋ねてみると、「ナンセンスでしょ」と答えられた。
「だって胞子は別に悪い事してないじゃん。勝手に領域に入ったオイラ達が滅びるんだよ」
 帰り際に丘の上にある駅から盆地になっている廃村を眺めた。
 晴天であるのに、まるでドームのように、紫の靄がかかっていた。その領域は、人間の入っていい場所ではない。
 この地上に、人間の法則の通用しない場所がある。未開の場所が存在する。
 いずれ解き明かされるにしろ、今はまだ、その時ではないのだろう。


オンドゥル大使 ( 2016/05/22(日) 22:14 )