ACT30「つよいポケモン、よわいポケモン、そんなの(以下略)」
「願掛けってのは、ほら、何か何にだってそうじゃない。かつ丼食べたらいいだとか、滑る落ちるだとかは禁句だとか」
そう喋り始めたディズィーの面持ちに、私ははぁと相槌を打つ。
喫茶店の片隅でインタビューがてらに雑談を交わしていると、数名の女子高生がサインを求めてきたので、私は打ち合わせ中だと制したのだが、ディズィーは嫌な顔一つせずに、持っていたボールペンで女子高生の持つハンカチへとサインをしてから、そういえば季節だねぇ、と話し始めたのであった。
「季節?」
「ほら、受験だとかそういう。彼女らも予備校だとか、塾だとかそういうのの帰りじゃない? 冬休み真っただ中なんだからさ。なかなか女子高生集団ってよくよく考えたらお目にかかれないじゃん」
「そう言われてみれば確かに。よく気づきますね、ディズィーさん」
「これでも観察眼だけは人一倍のつもりだからさ」
ディズィーはコーヒーカップの淵をなぞりつつ、そういえば、と切り出してきたのだ。
「あんなことも、よくよく考えてみれば季節柄だったのかもね。……時期が時期だとか、そのコミュニティがそういう集団だとかよくあるけれど」
業界人の中で囁かれるディズィーの脱線しがちな話の一つだろう。
私は話題のスパイスとして聞くことにしてみた。
「何かあったんですか? ディズィーさん」
「うん、まぁ。キミは、さ。結構気にする? 願掛けとか」
そうして先の話題に戻ってきたのであるが、私は別段、願掛けめいたことを気にかけた事はない。
「ない……ですかね、一応は。そりゃ人並みには気にしてきましたよ。カイリキーの力がつくうどんだとか、ヤドキングみたいに聡明になれる石だとか、そういう……眉唾みたいなものを」
所詮はオカルトの類だろう。信じる者は何とやらだ。
「そう、オイラもそっち側の意見かな。願掛けだとか、特別気にかけた事はない。だって最終的にモノを言うのは実力だし。だからその……不自然ではあったんだよね。その集団の信奉するモノって言うのは」
「何だってんです?」
「ポケモンを捕まえるのに、たくさんボールあるじゃん」
「ありますね、基本的に自分はモンスターボールですけれど」
一応これでもポケモントレーナーの登録を行っている。
所持ポケモンはルンパッパで、時折編集部対抗のポケモン勝負で呼ばれる事もある程度の実力だ。
無論、ディズィーもトレーナーであり、その手持ちであるところのクチートの実力に関しては相当なものだと窺っている。
「その中でさ、めちゃくちゃ意味のなくって奇妙なものを……どうやらネストボールって呼ぶ隠語集団があるって知っていた?」
「……いいや、そんな話は……」
「どうにもあるらしい。ネストボール級って言って、何だか茶化すというか、揶揄する集団が。で、その集団は操るポケモンも特殊でさ。一般的にあまり強くないポケモンをある意味じゃネタとして消費している節もあって、そこじゃ見られるんだよね」
「……何がです?」
「まぁ、まっとうじゃないポケモン勝負って感じかな。オイラもその噂を聞きつけたのは、共演したルチアからだったんだけれど……」
「ねぇ、ディズィーちゃん。ボールにこだわりってある?」
並んでスタイリストに髪形をいじられている最中に問われたものだから、一瞬聞き逃しかけた。
「え? ボールにこだわり?」
「そうそう。人によってはあるみたいなんだけれど。ほら、つがいを捕まえるのだったらラブラブボールじゃないと嫌とか」
「うーん……ないかなぁ。って言うか何でそんな話?」
「いやね……ここだけの話なんだけれど」
ルチアの言う「ここだけの話」の効力は不明だったよ、そりゃ。でも、まぁそれなりに潜めた声だったからあんまり他言するものでもないかな、とは思ったんだ。
「……何? ああ、スタイリストさんはそのままね」
「……ネストボールって知ってる?」
「ああ、捕まえるポケモンが弱ければ弱いほど優位になるって言う……。でも何でネストボール?」
「……何だかさ、無法地帯じゃないんだけれどそういう名前の隠語で、よく分かんないポケモンの愛で方をしている集団がいるって……」
「あのさ、ルチア。いくらオイラが正義の味方でも個人の主義主張は……」
「ああ、そういうんじゃなくってさ。何ていうのかな……大喜利ってあるじゃない?」
「あ、うん。また随分と話が飛んだね」
「その大喜利みたいな感じで、今日はこのポケモンに関して話しましょうみたいな、よく分かんないんだけれど知り合いのポケモンファッション研究家がその集団に行き会って、それで何だか酷い目に遭ったって」
「酷い目?」
「……何て言うんだろ、話を聞く限りどっちが被害者? って感じなんだけれど……。たとえばコイキングが居るじゃない」
「また話が飛んだね。それで?」
「コイキングって基本的に覚えるのははねる、でしょ?」
「うん。それでも何も起こらないんだけれど」
「でもそれに意味を見出すって言うか……ある意味じゃ虐待の助長みたいな感じなんだけれど、はねるばっかりさせて、はねるを使う気力さえも尽きたら、コイキングでも攻撃する方法があるじゃない?」
「ああ、悪あがきだっけ? それがどうかした?」
「……何か、趣味がいいとは言えないんだけれど、例えば悪あがきだけで戦うとか……」
おかしな話ではあるなと思った。だって「わるあがき」って巷じゃそれを出させたらトレーナー失格みたいに言われている技のはずだ。
「……悪あがきだけで戦う? 何それ、縛りみたいな?」
「それに近いのかも。ある日にはレベル1のポケモンだけで戦わせたり、レベル1でレベル100のポケモンを倒させたり……そういう人達を評してこう呼ぶんだって。――ネストボール級って」
ほら、ちょっとここまで来ると興味出てくるでしょ? オイラもそのクチだった。
「へぇ、ちょっとおもしろい話になってきたじゃん」
「面白くないよ……。これってポケモンの愛護団体とかからしてみれば、真っ向の叩きの対象だし。よくない噂でしょ」
「ああ、うん。そっか」
面白そうって思ったのは言わないほうがいいな、って考えてからオイラはちょっとだけ探りを入れてみたんだ。
「……そのネストボール級、ってどこで観れるの?」
「……私が言ったって言わないでほしいんだけれど、正確な何かは保証出来ないけれど、時間は朝の四時とか夜の八時とか一定しないの。でも、パスワードというか合言葉があって。それをある場所に行ってから口にすると……」
え? 具体的にどこかって? 言えるわけないじゃん。まぁ仮にそこをホウエン地方某所としよう。
で、そのホウエン某所にオイラはそのライヴを切り上げてすぐに向かったわけだ。
わざわざタクシーを使ってね。いやぁ高かったなぁ。
……で、まずルチアの話にあったような場所じゃなかったかな。
普通に閑静な住宅街って感じで、そんな悪趣味が行われているとはまるで思えなかった。
でもまぁ、半信半疑で言ってみたわけだ。
何て言ったかって? それも言えない。いや、これはキミのためなんだよ?
……で、そうするとどこからともなく、ぼおっとさ。出てくるわけだ、使者が。
「……もし、あなたネストボール級に興味が?」
「ああ、うん。話に聞いてね。ちょっとだけ体験入会でもしようかなって」
そう話すと……その時は老婆だったんだけれど、その人はちょっと行った先にある小高い丘の上に手招いてさ。
……うん、普通じゃちょっと気づきづらい立地だと思う。
そこで、まぁ繰り広げられているわけだ。
何がかって? ――ポケモンバトルだよ。
でも、普通じゃなかった。
みんな、未発達なポケモンを使ってるんだ。
たとえばコクーンだとか、まだまだ未成熟なキャタピーだとか。
そう、冒険の最初のほうに捕まえるようなポケモンだったり、あるいは有効に扱う手段に乏しい進化前だったり……。
そういうポケモン同士の……あれはリングと言ったほうがいいのかもしれない。
そういうポケモンがさ、何でだか勝つ勝てないのレートじゃない勝負をしているわけ。
まぁさっきのたとえになるんだけれど、コクーンに「かたくなる」ばっかり使わせて、その挙句からの「わるあがき」合戦みたいな。
でもそれってさ、普通じゃないよね。
その上、「ゴツゴツメット」とか「気合のタスキ」とか……そういうちょっと特殊にバトルを回すようなアイテムを持たせているもんだからさ、勝率も一定じゃないの。
そう、あれこそ純粋な運試し、まさにポケモン勝負を騙った「博打」だったと思う。
要は懸賞金とかは出ないんだけれどさ、ポケモンを使ってある種の……確率論で勝ち負けの変動する賭けを行っていたんだと思う。
オイラは……クチートにそんな事をさせるのはやっぱり気が引けてさ。
ネストボール級はどれも普通じゃなかった。
不自然に強力なポケモンと、最底辺みたいなポケモンを競い合わせたり、最底辺同士で戦って様子見したり……。
そういうのを見ていたトレーナーの顔?
――どれもこれも平常とは思えなかったよ。
彼ら彼女らは……みんなアイマスクをつけていたから素顔まで分からなかったけれど、口元には不自然な喜悦を滲ませて……ポケモンの動向を見ているんだ。
その観察眼が、その値踏みするような眼が……ちょっと不気味でさ。
何だろう、オイラ達って普通はポケモンに可能性を見る時って希望だけれど、彼らにとってのそれは絶望でもいいんだ。
絶望同士で、同じような地獄同士で戦っている。
相手よりマシな地獄を引き当てれば勝ち。
そうじゃなかったら負け。
……うん、あんまし他言するような話でもないのは間違いない。
でもちょっと話したかったのはさ。
さっきの女子高生、どーっかで見た事あると思ったらほら、持っていたモンスターボール。気づいていた?
ネストボールだったんだよ。
まぁ、偶然の一致だと、思いたいけれどね。
ディズィーとのインタビューは滞りなく終わり、私は編集部に帰ってから、育て屋に寄っていた。
すると育て屋夫妻は驚愕の面持ちで私を出迎える。
「タマゴが見つかったんじゃ!」
そう言って差し出されたヒトカゲの継承している技を確認して、私はよしと拳を握り締める。
一定確率で育て屋に預けるとポケモンが本来覚えるはずのない技を覚えている事がある。
「これで、今夜も行ける……。あの社交場……ネストボール級に……」
私は配られたアイマスクを手に、禁断の社交場に繰り出していた。
つよいぽけもん、よわいぽけもん、そんなのはひとのかって。
ほんとうにつよいならすきなポケモンでたたかうべき――そんな言説を一時期、四天王カリンの謳い文句として聞いた。
まさしくその通りだ。
我々はただ――好きなポケモンで戦っているだけなのだから。