ACT1
ACT1「かごめかごめ」

「まぁ、他人がどう思っているのかは知ったこっちゃない事だが、自己紹介をしておこう。オイラはディズィー。一応は歌手だ」
 赤い髪の少女は後頭部を掻きながらどこか不貞腐れたように口にする。
 今回「ディズィーという音楽」というタイトルで特番が組まれる事となった。そのために打ち合わせの最中である。
 名もなきADである自分は彼女に会った瞬間、一つだけ問い質したい事があった。
「あの、ディズィーさん。あなたが、ギルティギアのメンバーが、反政府活動をしていたという噂は」
 そう口火を切ると彼女はたちまち不機嫌になって眉間に皺を寄せる。
「君は新聞記者かい? まぁテレビのスタッフなんて似たようなものか。オイラはね、本当はテレビなんて出たくないんだ。一昨年の公開生放送で歌わせてもらった時の事、覚えてる?」
 それは一躍、ギルティギアが人々に知れ渡ったあの有名な音楽番組での事を言っているのだろうか。自分は、「あの曲はよかったです」とごまをすっておいた。
「よかった?」
 ディズィーは嫌悪そのものの表情で吐き捨てる。
「何がよかったって言うんだ? オイラの声と、ツインボーカルでやらしてもらっているルチアの声がまるで音量が違っただろう。そのせいでネット上ではちぐはぐだ、だとか、あんなアングラバンド世に放つべきじゃないとか散々だった。だからテレビは嫌いだ」
 どうやらディズィーがメディア嫌いなのは噂通りらしい。自分は出来るだけ穏便に話を聞こうとした。なにせ今回は彼女達に視点を絞った番組だ。
「でも今回はギルティギアに絞った取材ですし、その、間違ったほうには転がらないかと」
「……あのさ、君、オイラの職業言ってみ?」
「歌手、ですか……」
「そう、歌手。歌手に何のラベルをつけようって言うのさ。今度は反政府活動家? 面白いね、ロックミュージシャンはみんなテロリストってのは随分前に流行った風潮だ。ギターのがなり声で秩序をぶっ壊せかな? 随分と笑わせてもらっているよ。その辺の的外れ感には」
 ははは、とこちらは乾いた笑いを浮かべる他ない。そこまで穿った見方はしていないものの上層部の番組作りとしては空白の半年間を追えだの、実際のところどこまでギルティギアは今回の騒動に関わっていただの、ドキュメンタリーとしての側面が強い。
 上司から言われたのはただ一つ。
「いいか? あの生意気ったらしいボーカルから聞き出せれば御の字なのはただ一つだ。デボンの秩序が間違っていると思っていました≠ニ反政府活動も音楽のうち≠ニか、そういうアーティスト気取りの話だ」
 思わずため息が出る。このような状態では上司の満足も得られないばかりか、ディズィーを取材対象から外さざる得ない。
「あの……何でもいいんで、ギルティギアの指針だとか、ディズィーさんの方針だとかを聞かせてもらえれば」
「何でもいい? 何でもいいって言ったかい? 世の中の女性が言われて腹が立つ言葉を上げてやろう。何でもいい≠ニどっちでも≠セ。何でもいいってのは思考丸投げな癖に自分の手綱は握っておきたいって言う考えの表れだよ」
 ディズィーは白いテーブルに指を立ててコツコツと急かす。どうやら逆鱗に触れたようだ。自分は出来るだけ穏便に、ディズィーから話を聞きたいと思っているのに。
「……参りましたね。その、ディズィーさんが想っている事を、言ってくださればいいんですが」
「……これ、撮ってるの?」
 周囲を見渡すディズィーに頭を振って応じる。
「いえ、これは打ち合わせですから、撮っていません」
「ドッキリとかじゃなくって?」
「そりゃあそうですよ。打ち合わせ現場なんて勝手に撮ったら、それこそ」
 と言いつつも小型マイクを忍ばせるように上司には言われていた。打ち合わせの時に絶対、ぼろを出すタイプだと。ところが実際にはどうだ。ぼろを出すどころか警戒されっ放しではないか。
「バンドの方向性だとか、目指しているものだとかを言ってもらえれば、それに沿って番組を作りますので」
「それさ、本当に君に権限あるわけ? なんだか信用出来ないなぁ」
 疑り深いディズィーは自分の顔を窺ってくる。もちろんです、と笑顔を作ると余計に訝しげになった。
「嘘くさい笑い方。オイラ、嫌いだな」
 面と向かって嫌いと言われてしまえばもう立つ瀬がない。このまま取材は諦めるか、と感じていた、その時である。
「嘘くさい笑い方で思い出した。あの時もそうだったな」
 ディズィーは遠くに視線を投げる。何か思い出しているようだ。
 とにかく一つでもディズィーに関する話題が欲しい。こちらとしてはただの雑談でも後でいくらでも編集が利く。
「何かあったんですか?」
 ディズィーは暫く考える仕草をした後、「名誉にかけて」と口にした。
「誰にも言わない、かい?」
「ええ、もちろん」
 嘘だった。しかしここで首を縦に振らなければ彼女は何も語らないだろう。
「対バン企画、ってものがあるんだ。分かる? 意味」
「ええ、他のバンドとの合作ですよね」
「その対バンで、何度かイッシュに渡った事がある。イッシュではオイラみたいなのをクールだとか持て囃してくれる。田舎のホウエンとは大違いだ」
 頬を引きつらせて笑っていると彼女は声を潜めた。
「これから話すのは、そうだな、身の毛もよだつ、と言ってもいいかもしれない。オイラが実際に体験した出来事だ」











 イッシュの片田舎にバンドがある、と聞いてオイラ達は渡ってきた。とても劣悪なスタジオだったよ。果たして聴いている人間がいるのかどうかも怪しい、ちょっとアングラ寄りなスタジオで歌っている女の子がいたんだ。
 名前をホミカって言ったかな。彼女の歌声はとてもよかった。がなり声に聞こえてしまうセンスのない人間が、イッシュにもいるのだな、と思ったよ。だって、彼女の歌を正当に評価するのなら、こんなスタジオは絶対にあてがわないだろうと思えるほどに酷かったからね。
「はじめまして、ディズィーさん。お噂はかねがね」
 とても礼儀正しい子だった。見た目はパンクロッカーのそれで、権力秩序クソ食らえ! って感じなのに、話してみると意外に年頃の女の子でオイラはとても気に入った。
 髪を逆立たせて紫色に染めているの? と聞くと、「地毛なんです」とはにかむ笑顔がとても可愛かった。
「毒タイプを使っているんだ? マタドガスとか?」
「ええ、まぁ」
 対バンの前には絶対、打ち合わせをする。オイラはその時、持ち合わせがなかった事もあって彼女の家に上がらせてもらった。父親が映画俳優志望だと言っていてそういえばポケウッドだとか言う文化があったな、って思い出した。
「映画俳優って、でも大変だろ?」
「ええ……、正直、あたしとしては諦めて欲しいんですけれど」
 その辺りもとても真面目だった。正直なところ、何でバンドなんて当たるか当たらないか分からない職業をやっているのか不思議なほどだった。オイラは二三、質問をした。
 まず演奏と曲目、そして今回、何を目的とするか。
 不思議そうな顔をしているけれどコンセプト、ってのはオイラ達が何よりも大事にしている部分なんだ。お互いに歌声を張り上げるだけがバンドの醍醐味じゃないよ。お互いを尊重して、ではどこまでお客さんを盛り上げられるか、ってところまで計算して、オイラ達は歌っているんだ。きっと多くの歌手がそうだと思うけれど、一か八かなんて一個もない。奇想天外に見えるパフォーマンスは何よりも計算の上で成り立っている。ほら、有名な奴に演奏中に殴ったり、あるいはお客さんのところにダイブしたりとかあるだろう? あれも計算。何分になったらダイブするか、あるいはここでこの人をこういう風に殴れば怪我もしないし、見た目派手に見えるだとか、全部計算だよ。
 で、オイラ達はお互いの罵り合いとかせずに普通に歌うのが一番だって言う、平凡で、なおかつ結構つまらない方向で纏ってしまった。
「それじゃあ、明日のライブステージだけれど」
 示した先の地図を見てホミカは何でだか青ざめた。オイラは鈍いからもう一度尋ねた。
「ここでいいんだよね。ジャイアントホール、っていう」
 音が反響しやすい自然のドームのようなものだ、とマネージャーから聞かされていたから洞窟か何かかな、と思っていた。ところがホミカの対応は違った。
「あそこに、本気で行くんですか?」
 何か、とても怖がっているようだった。この場合、畏怖、という感情が正しいのかもしれない。ホミカはとてもそれを恐れていて、他のバンドメンバーから聞いていなかったのか、とオイラは当然の事ながら訊いていた。
「今回、あたしを驚かそうって魂胆なのかもしれません。他のメンバーからは、何も」
 彼女のバンドメンバーはサプライズ好きなのか、あるいはこの自然の事を何一つ知らなかったのか、それは定かではないがホミカは心底怖がっているようなのでオイラは訊いてみた。
「何か、いわれでもあるのかな?」
「いわれって言うか、ジャイアントホールの近くに住居を構えているカゴメタウンっていう町の噂なんですけれど」
 カゴメタウンではその昔、ジャイアントホールから来る魔物に夜ごと人が食われる、という伝承があるという。今でもジャイアントホールからは呻り声がしてきて、カゴメタウンの人間は決して夜、出歩かない。そんな古い因習が残っているのか、とオイラは呆れると同時に、では何でそんな場所に? と訊いていた。もっと他に適したライブ地はありそうなものだ。
「あたしがまだひよっこだから……。多分、オカルト企画と組んじゃっているんじゃないかと……」
 言い辛そうにホミカは口にする。つまり彼女のマネージャーが勝手に決めて、勝手に企画した、と。同情してしまったよ。マネージャーの勝手で無茶されるのはオイラも結構あったからね。でも売れるためだって我慢してきたけれどホミカに関してはあんまりだ。ここまで怖がらせてしまうような事を仕出かすなんてマネージャーの風上にも置けないってね。
「オイラが言ってしまえば……」
「いえ、あたしを、試しているんだと思います。その、怖いの苦手でして……。で、でもあたしさえ我慢すればいいだけですから。ほら、歌っていれば何もかも忘れられるし」
 笑顔を作るが、とても嘘くさかったよ。ちょうど君みたいに。
 けれど歌っていれば何もかも忘れる。それには納得してしまった。この子は真面目にやるだろうってのは予想出来たし。ステージの上は魔法がかかるんだ。君に言ったって分からないかもしれないけれど。
 こういう子を怖がらせて世間では面白がって放送するのが流行っているのはどこでも同じだって分かっていたし、垢抜けていない今を狙うのは商売としては成立している。オイラという、言ってしまえば大先輩との対バンでそういう失態を演じてしまうのもテレビ的にはアリだ。
 でもオイラ、頭に来ちゃってさ。そこまでして彼女を怖がらせる意図が分からないって。
「マネージャーか、もっと言えば企画主に、オイラが言ってやれば」
「いえ……ディズィーさんに迷惑はかけられません」
 そう言ってはいるが今も恐怖を押し殺すのに精一杯のようだった。オイラは、「ならこうしよう」と決めた。
「昼のうちに、ジャイアントホールに入るんだ。それで、何もいなかったらホミカっちの恐怖も少しばかり薄らぐだろ?」
 ホミカは少しばかり逡巡していたが、やがて納得した様子だった。
 その日のまだ日の高いうちに、オイラ達はジャイアントホールに向かった。そこで設営準備をしているスタッフにホミカが挨拶をする、という名目でマネージャーも納得させたよ。
 ジャイアントホール、と言ってもほとんど草むらで、野ざらしだった。洞穴みたいなのは随分と遠くにあって、「こりゃ無縁かもね」なんて笑い合っていたんだ。
 でもさ、三十分ほど歩くと、おや? と感じ始めるわけ。
 あまりにも距離間がおかしかった。歩いてきた距離と、進んだ距離がちぐはぐなんだ。
 そんなに歩いたつもりはなかった。だってホミカを安心させるのが本当の目的なわけだからわざわざ分け入っても仕方ない。同じような場所をぐるぐる回っていればそのうちホミカも安心するだろうと思っていたんだ。
 でも予想に反してオイラ達は随分と深い場所まで踏み入ってしまっていた。似たような景色ばかりで感覚が麻痺していたのかもしれない。
 一旦戻ろうか、とホミカに提案した、その時だった。
 空が割れたみたいな鳴き声が聞こえてきてね。
 一瞬で周囲が凍て付いた。突風と雪で視界もまともに確保出来やしない。これはまずいな、とオイラは来た道を引き返そうとしたんだが、ホミカが言うんだ。
 あの洞窟、あんなに近かったでしたっけ? って。
 驚いたよ。遠いな、と思っていた洞窟が目と鼻の先だ。でも帰り道もまともに見えやしないからオイラ進もうと思った。
 ホミカも決心したみたいで洞窟の中に踏み入った。
 鍾乳洞の洞窟にはそこらかしこに水溜りが出来ていてジメジメしていて嫌だったね。
 とにかく助けを呼ばなくては、とホロキャスターを起動しても圏外。参ったな、とオイラが天上を仰いだ瞬間だった。
 赤い眼をぎらつかせた何かが、天上に張り付いていたんだ。
 息を詰まらせたよ。声も出なかった。オイラ、ビビッちゃったんだろうね。咄嗟の習い性でモンスターボールを手にしようとしたけれど、これはポケモンじゃないってすぐに分かった。
 あのジャイアントホールに棲んでいたっていうポケモン、いや、魔物か。オイラの個人的意見では、もういないんじゃないかって思う。
 多分、大昔の人が連れ去ってしまって、残っていたのはその残留思念か何かだったんだよ。
 可笑しいかい? オイラもね、残留思念にはポケモンは効かないな、とか変に冷静だった。
 でも射竦められたっていうのかな。動けなくなっちゃって。
 その魔物が少しずつ、ずり、ずりって天上を這って近づいて来るんだ。ああ、こりゃまずいな、とかオイラ感じていたんだけれどそこで歩み出たのはオイラじゃなかった。そんな勇気を振り絞る前に、ホミカが出ていたんだ。
 それで、ホミカは震える声で、でもしっかりと聞き取れる声音で言ったんだ。
「お願いします。明日の一日だけでいいんです。どうか、この場所をライブに使わせてくれませんか。あなたが騒がしいのは嫌いなのは分かっています。……ずっと、ここで棲んでいたんですから。だからこれは勝手なお願いです。一日だけ、どうか許してもらえませんか」
 ホミカの訴えに応じる相手じゃない事は分かっていた。でも、引き下がったんだ。
 赤い眼がすうっと消えて、圧し掛かっていた重圧が瞬間的に失せた。
 オイラはホミカを連れて洞窟を出た。大急ぎで、だ。するとどうだろう。雪なんて降っていなかった。晴天で、草むらが出たところすぐにあるんだ。
 振り返ってみると、洞窟なんてない。岩の大きな塊があるだけ。
 ホミカは設営作業中のスタッフ全員に頭を下げたよ。
「どうか、この場所が他人のものである事を忘れないようにだけ胸に留めてください」って。
 スタッフはカゴメタウンからの苦情を気にしてホミカがそう言ったのだと思ったみたいだけれど。
 えっ、ライブはどうなったっかって?
 そりゃ聞くも野暮だろう? 
 大盛況だったよ。カゴメタウンの人達もジャイアントホールの因習なんてほとんど忘れていたんじゃないかな。色んな人でごった返していたし。
 もちろん、オイラ達はお互いに決め台詞を放った。
「あんたの理性、ブッ飛ばすから!」
 ステージ上のホミカはとてもキレっキレで、昨日の温厚な様子とは打って変わっていたね。あれが、ステージの上の魔法かな。オイラも負けじと歌ったよ。とても楽しかった。
 ホミカはあの後、トップアーティストの仲間入りをしたらしい。今じゃ、インディーズ時代の手渡しのアルバムにプレミアがつくほどだ。
 オイラが手伝ったからだって? 
 何も手伝っちゃいないよ。あの子が、自分からあの地の主に自分の言葉で訴えかけたんだ。あの子の勇気さ。オイラのじゃない。
 ああ、そうそう。大事な事を言い忘れていた。この話を聞いたからって、ジャイアントホールに一人で行くのはやめたほうがいい。
 魔物は、オイラ達を許してくれたけれど、それは奇跡的な確率だった。食われても何の文句も言えなかったんだ。
 あのライブの日、チケットの枚数と、実際の客の数がどうしても合わなかったらしい。来た人間の数と、帰った人間の数が何回数えても合わないんだ。
 オイラ達は食われなかったけれど、何人かは食われたみたいだね。それこそあの地の主の気紛れだ。ホミカのマネージャーはあの日を境にいなくなったから代わりの人間が今はあてがわれているそうだよ。
 どの場所にもいるもんだ。代わりがいる人間ってのは。











 そう言ってディズィーは微笑んでその日の打ち合わせは終わった。
 自分には彼女も魔物の一つに映った。
 魔窟から生還出来たのはもしかすると彼女がいたお陰かもしれない。後日、この件と録音を上司に聞かせたところ、「話にならん」と一喝されたが、一週間後、この企画自体がなかった事になった。
 上司の席には今は別の人間が座って自分達を指揮している。
 なるほど、どこの世界にもいるものだ。代わりのいる人間というのは。


オンドゥル大使 ( 2016/04/08(金) 21:39 )