第五章 二十節「狂気の暴龍」
地上から放たれた種マシンガンの火線が十字となって、宙に舞うカイリュー達三体を追撃する。フライゴンが身を翻し、破壊光線を一射した。樹海の緑をオレンジの光が切り裂き、火炎が上がる。その時、先行していたカイリューの道を遮るように、地上から緑色の光線が上がり、中空を裂いた。カイリューは咄嗟に翼をはためかせて空中で減速し、眼前の空間を走ったビーム光を辛うじて避けた。ポケモンのプレッシャーの類ではない。後ろからのタマタマによる種マシンガンの火線よりもなお気配はない。再度、地上から緑色のビームが放たれる。カイリューは身体を傾けて避けると、その空間をなぞるようにビームが偏向した。高度を上げて追撃するビームを間一髪で避ける。コノハの飛ばした思惟がカイリューの頭脳と直結し、不可思議なビームの正体を見抜いた。
――自動砲台。人工破壊光線。
ロケット団の技術によって作られた破壊光線に似たビームを放射する兵器。それが樹海に身を潜ませて、宙を舞うカイリューへと襲い掛かる。ポケモンの発する破壊光線に比すれば大した威力ではないものの、表皮を焼いて足止めする程度のダメージは与えられる。
プレッシャーを感じないのは造り物だからか。意思がなく、ただ射程圏内に捉えた敵影を攻撃するだけの砲台。気配がないことは厄介だが、砲台ならば動かないはず――、その意思をカイリューは感じ取り先ほどビーム光が迸った位置へと破壊光線を放射する。思ったとおり、爆炎が舞い地表を引き裂く音が響いた。その中に混じる複数の人の声を、カイリューは知覚した。恐らく砲台の射撃に関わっていた人々だろう。その思念の声が宙に舞うカイリューまで届き、どす黒い死の淵からの叫び声が脳髄を貫いてカイリューの中に宿っていたコノハの思念を揺らす。
――マダ、シニタクナイヨ。
その声を振り払うようにカイリューは頭を振った。その身へと樹海の中から再度放たれた人工破壊光線の光芒が襲い掛かる。カイリューは咄嗟に身を回転させてそのビームを避けようとしたが、掠めたビームの粒子が僅かに体表を叩き付けた。その痛みにコノハは、ロケット団は敵、と断じた思惟をカイリューに送り込む。カイリューは蒼い眼の中に自動砲台を見つけた。何倍にも増幅された視野が、樹海の中で再チャージを始めた細い砲身を持つ戦車のような砲台を捉えた。カイリューが口を開き、その中にオレンジ色の電子が弾ける。球体へと凝縮されたエネルギーが放たれ、樹海を一閃した。
砲台の中、炎に包まれ瓦礫で皮膚を裂かれてゆくロケット団員達の姿が、見えていないはずのなのに視界の中でちらつく。
月の石の薬の効果か、それとも増幅しすぎた感知の網がいらないものまですくい上げるのか。カイリューの中のコノハは、思考を遮断して残る自動砲台へと意識を走らせた。樹海の中に息を潜めている自動砲台の数は、残り三つ。その中に聞こえる団員達の息遣いを意識の外に置き、コノハはカイリューへと各個撃破の指示を出した。受け取ったカイリューが破壊光線を薙ぐように放つ。射線上にある自動砲台二機が高エネルギーの波に飲まれてゆく。
残りひとつ、疾走するコノハの意思に衝き動かされて、カイリューが最後のひとつへと狙いを定める。もう何度目になるだろうオレンジ色の電子を口腔内に集束させ、必殺の一撃を放とうとした。
その時である。
――させるわけには、いかないな。
意識の中に直接切り込んでくる声が混じり、コノハはハッとした。どこから、と破壊光線の発射をカイリューに中断させて、周囲を見渡す。
轟、と大気を震えさせる翼の音が響き、カイリューはその音の根源へと目を向けた。瞬間、発達しすぎた視界に映った太陽光に目が眩んだ。太陽を背にして向かってくる巨体が視界いっぱいに広がり、その姿を完全に知覚する前に突き出された前足がカイリューの身体を蹴り飛ばした。きりもみながらカイリューの身体が地上へと落ちる。コノハはカイリューへと姿勢制御の思考を走らせた。水色の翼が風を得て、衝撃でよろめいた身体を立て直そうとする。だが、その前に追撃がカイリューの身体を嬲った。前足で蹴りつけてきた何かが、今度は全身で圧し掛かってきたのだ。水色の巨体が頭上で広がり、カイリューの身体を押し潰した。地面へと無理矢理押し付けられ、カイリューの腹を踏みつける足から力が伝わり、背にした地面に亀裂が入る。カイリューからの痛みのフィードバックに、コノハは顔をしかめながら、カイリューと直結した視界越しにその姿を見た。
最初に飛び込んできたのは水色の体表と、背中から生えた巨大な赤い翼だ。鋭い爪を持つ四足で大地を踏みつけ、長い首の先には爬虫類を思わせる頭部がある。金色の眼の奥が蒼く輝いており、裂けた凶暴な口の中には乱杭歯が並んでいる。それはカイリューと並ぶドラゴンタイプのポケモンであり、空を飛び続けることを願って翼を得た三段進化ポケモンの最終形態だった。
――やれ、ボーマンダ。
低い声が感知の網に響き、まさしくドラゴンの姿を持つポケモン、ボーマンダの眼がカイリューへと向けられる。コノハはカイリューの視野越しに腹部へと目を走らせた。柔らかい横腹を破壊光線でつけば、と考えたその思考は無意味なものだった。ボーマンダの腹には戦車の装甲のような灰色の外皮があった。腹をつくことは出来ない、どうすると震えた思考に、低い声が突き刺さる。
――ほう。怯えているな。
その声にコノハは楯突くように、カイリューへと破壊光線を命じた。先ほど口の中で溜め込んでいた破壊光線がコンマ一秒以内に放射される。その光条がボーマンダの首を捉えかけた瞬間、破壊光線はすり鉢状の余波を周囲に広げて霧散した。何が起きたのか、理解する前にボーマンダが赤い翼を激しくはばたかせて宙へと舞い上がった。腹を押さえつけていた重量がなくなると同時に、視界の中のボーマンダが口を裂けてカイリューへと狙いを定める。口腔内に酸素を取り込み、赤い筋が幾重にも重なってボーマンダの喉が赤く輝いた。コノハはそれを感じ取ってカイリューへと回避の指示を出す。その直後、低い声が放たれた。
――ボーマンダ、火炎放射。
ボーマンダの喉からせりあがってきた火炎が渦を巻いて放射され、樹海を焼き尽くす。一足早く飛び上がったカイリューがその光景を眼下におさめた。凄まじい火炎の奔流が木々を呑みこんでゆく。紅蓮の炎に瞬く間に包まれた樹海にボーマンダは降り立った。首を上げたボーマンダを比較すれば、カイリューの大きさは指先ほどしかない。本来、ボーマンダはそれほど巨大ではないはずだが、目の前にいるボーマンダは巨体を赤い炎に照らしつけられ、邪龍そのものといったように金色の眼をカイリューへと向ける。遅れて合流したフライゴン二体がカイリューの後ろについた。この三体でも押さえられるか、コノハの不安を感じ取ったように、また低い声が響く。
――三体か。いいだろう。ロケット団に楯突いたことを後悔させてやる。
その低い声に応じるように、ボーマンダが咆哮した。その呼気に気圧されるものを感じながら、コノハは呟いた。
「……一体、何者なの」
「何者、か」
大気を震わせる轟音が響く中、シリュウはリツ山の岩壁に手をついて樹海を眺めていた。片手にはボーマンダが封じ込められていたモンスターボール。そして、肘から先がないはずの片腕には、注射器が三本突き立っていた。中でまだ青い液体が揺らめいている。シリュウはボーマンダと直結した視界が僅かにぶれたのを感じ、ボールを腰につけ注射器のうち一本を押し込んだ。青い液体が身体へと注入され、意識が飛びそうな痛みに顔をしかめながら、奥歯を噛み締めて耐える。視界がボーマンダと完全に直結し、意識の網が樹海を絡め取るのを感じる。樹海にある全ての生命を手中に入れたような感覚に、シリュウは陶酔したように叫んだ。
「私はロケット団の幹部、疾風のシリュウ。私は負けない。ディルファンスのゴミどもを排除し、あのガキを殺すためなら何度でも蘇るさ! 行け、ボーマンダ!」
蒼く濁った瞳が樹海を見据える。ボーマンダが動き、目の前にいる三体のドラゴンポケモンへと視線を向けた。