ポケットモンスターHEXA - 交錯、思い滲んで
第五章 十七節「天地開戦」
 ドガースとマタドガスの集団が片方の蒼くなった視界の中に映りこむ。ロクベ樹海を先行するカイリューの視界と自分の視界が同一化しているのを感じたコノハは、これがエイタの言っていた薬の効果かと実感した。カイリューにのみ薬を打ったが、カイリューがその瞬間、仰け反り苦しそうに呻いていたのを思い出す。その後に眼が蒼くなったのも。あれは結局何だったのか。弄ばれた身でエイタに問いただす気にもなれず、コノハはロケット団本部襲撃作戦に参加していた。今、地上部隊は樹海の外で待機している。

 コノハはボールからポケモンを繰り出した。水色の表皮が背中を覆っている。腹の側は白い皮膚があり、耳の辺りに羽の飾り、首の下と尻尾の先に青い水晶を持つ、西洋の龍から手足を取り払ったような姿を持つポケモン、ハクリューだった。ハクリューを引きつれ、他のディルファンス構成員と共に樹海へと侵攻する。先行する空戦部隊へとコノハが思惟を飛ばして指揮しながら、地上戦の部隊に混じって行動するのは至難の業だったが、コノハはそれを実行している。持つのか、と脳裏に過ぎりかけた思考に蓋をするように首を振った。フランのために一体でも多くのロケット団のポケモンを倒し、ロケット団員を殺す。それが自分とフランを救う、唯一の術だと胸に再確認してコノハは他の構成員に混じって樹海を駆けた。三十二番特設道路はコンクリートが捲れ、根が張っている。その根に足をとられないように、構成員達は着実に歩を進める。自らのポケモンを出し、周囲を囲む木々に不安そうな目を投げながら進むさまは戦士には程遠い。私は違う、とコノハは先陣を切った。ハクリューが僅かに身体を浮かせてその傍らに追随する。

 その時、コノハは突き上げてくるようなプレッシャーを感じて、片目が繋がっているカイリューに身体を傾けて避けるように指示を出した。指示を出すといっても、声は必要ない。思惟が空間を飛び越え、カイリューに直接伝達してくれる。カイリューと繋がっている片目の景色が急に横ロールする。すると、先ほどまでカイリューがいた空間を無数の火線が突き抜けて行くのが見えた。親指ほどの大きさの弾丸が宙を舞うカイリューへと襲い掛かったのだ。「たねマシンガン」だろう、と当たりをつけ、コノハは片目を覆って立ち止まった。立ち止まったコノハを気にする素振りもなく、横を構成員達が通り抜けて行く。カイリューの他に操っているドラゴンタイプのポケモンは二体。その二体が回避できたかどうかは分からない。カイリューの視界とだけ繋がっているせいだ。カイリューに振り返るように指示しようと考えかけて、躊躇った。対空砲火を狙ってくる敵がいるのならば、同じ場所で立ち止まらせるような真似をさせてはならない。一刻も早く射程から抜け出さなくては。コノハはカイリューへとそのまま前進させるように思考を飛ばした。

 その時、前方からコノハの思考を遮断するほどの轟音が響き渡った。前進していた構成員達が弾き飛ばされ、地面に尻をつけて後ずさってゆく。その中には横たわって動かなくなっている構成員もいた。前にいた構成員達の視線の先には紫色の人の背丈ほどのポケモンがいた。手足は短いが、胴にあたる部分まで顎が外れている。そのせいで口腔の奥まで見える。目は赤く充血しており、頭部からパイプオルガンのように管が飛び出していた。その管は頬を含めて全身にあり、背中には排気筒のような二門の大きな管が出ている。そのポケモンの名をコノハは知っていた。ノーマルタイプのポケモン、バクオング。ゴニョニョというポケモンの最終進化形態だ。その管から一気に蒸気が噴出し、バクオングの口の中でオレンジ色の電子が渦を巻いた。全身の管が脈動し、空気をつぎ込んでいる。オレンジ色の電子は巨大な球体を口の中で構築してゆく。コノハは咄嗟に、ハクリューに指示を出した。

「ハクリュー、神秘の護り!」

 白い紋様が地面に走り、ハクリューとコノハを包み込んだ。刹那、バクオングは管から轟音を迸らせるのと同時に口からオレンジ色の光芒を放った。光は集束し、一筋の光線となって構成員達を吹き飛ばした。空間が震え、暴風のような衝撃波が腹の底から突き上げてくる。ハクリューの「しんぴのまもり」で辛うじて防いだコノハは低く呟いた。

「……この技は、破壊光線」

「はかいこうせん」の余波が木々をなぎ倒す。足を失った者や、ポケモンを殺された者達の阿鼻叫喚の叫びが木霊する。その中に「落ち着け!」という声が混じった。

「あのポケモンは破壊光線を放った。今ならば反動で動けないはずだ。誰か仕留めろ!」

 その声にコノハはいち早く反応し、ハクリューへと指示を出した。

「ハクリュー、冷凍ビーム!」

 ハクリューの口元に冷気の筋が幾重にも重なり、小さな水色の球体を作り出す。それが収縮した瞬間、球体は細い光線となって冷気の帯を引きながらバクオングの頭部の管を凍りつかせた。「はかいこうせん」の反動で動けず、管から白い煙を棚引かせていたバクオングは、体内に溜まった熱を排出する管を塞がれ、逃げ切らない熱によってその身体が赤く発光してゆく。

「自爆する気だ。総員、退避!」

 誰かが叫び、近くの人々がコノハの後ろへと逃げてゆく。コノハは逃げなかった。ここで背中を見せれば、ロケット団に屈服することになる。ハクリューへと続けざまに指示を出す。

「ハクリュー、破壊光線!」

 水色の球体に代わってオレンジ色の球体が電子を纏いながらハクリューの口の前で集束してゆく。バクオングの身体が赤く輝き、今にも爆発するといった瞬間、ハクリューの放ったオレンジ色の光条がバクオングを貫いた。バクオングの上半身が熱で溶解し、残った背部の管から蒸気が噴出した。バクオングは自爆せずに、下半身だけを残して、その場に倒れ伏した。それを呆気に取られた様子で見ていた構成員達にコノハは叫ぶ。

「早く進んでください! これは戦争なんです!」

 その言葉にようやく我に帰ったように構成員達がコノハの横を通り抜けて行く。コノハはその場に膝をつき、ハクリューが反動から回復するのを待った。しかし、思考は休まずカイリューへと飛ばした。

























 カイリューは二体のドラゴンタイプのポケモンを引き連れていた。

 先行するカイリューに追随する二体は、菱形の羽根を震わせて飛ぶ緑色の体表のポケモンだった。その眼を保護するように半透明の赤い複眼で覆われている。手足はついているが未発達気味で短い。尻尾が長く、先端に羽根と同じく菱形が蓮華のように咲いている。このポケモンは砂漠の精霊とも称されるポケモン、フライゴンだった。カイリューが避けた種マシンガンをフライゴンも避け、地表へと破壊光線を撃ち放った。オレンジ色の光の帯が、地上の森を焼いてゆく。一体が破壊光線の反動で技を出せなくなってもカバーできるように三体の編成が組まれていた。カイリューが浮遊しているドガースを避けてジグザグに進む。続くフライゴンのうち一体が避けきれずに、ドガースに追突した。瞬間、ドガースが内側から弾け、紫色のガスが衝撃波と共に広がった。フライゴンは腹に負傷を負いながらも、遅れて前の二体に続く。ドガースとマタドガスは機雷の役割をしていた。これに当たれば体力を大きく削がれる。カイリューは主人の思惟を感じながら、機雷と化したドガースの群れを回避する。種マシンガンの対空砲火が時折、三体のドラゴンポケモンを襲う。カイリューは身体を傾けて避け様に、破壊光線を放射した。樹海に黒い筋が通り、その筋の延長線上にあるドガース達も巻き込んで、光の輪とガスが中空で爆ぜた。

 その時、カイリューの目に宙を舞ってこちらへと向かってくる黒い群れが映った。紫色の表皮に水色の皮膜の長い羽根を持ち、強固な顎を誇る毒・飛行タイプのポケモン、ゴルバットの群れだった。数十体はいるであろう、その群れの中へとカイリューは速度を殺さずに突っ込んだ。その頭の中に声が響く。

 ――カイリュー、逆鱗!

 その声にカイリューの身体が赤く輝いた。内部骨格が光り輝き、体表から燐光を迸らせる。カイリューは顎で噛み砕こうとしてくるゴルバットへと右腕を振るった。筋肉が脈打ち、赤い輝きが尾を引いてゴルバットの身体を紙くずのように叩き潰した。後方から襲い掛かるゴルバットへと尻尾を振るい、蹴散らすと同時にカイリューは水色の皮膜の翼で羽ばたいた。煽られた風が赤い輝きを帯び、ゴルバットの表皮へと刃のように突き刺さる。

 これが「げきりん」である。ドラゴンタイプのポケモンの身体能力を極限まで上げる技だ。使用後は普通ならば混乱状態になるが、月の石の薬を打ち込まれたカイリューは混乱にならなかった。蒼い眼が敵を見据え、赤い爪が残像を空間に残しながらゴルバットを引き裂く。

 後方からのフライゴンの破壊光線の援護も得て、カイリューはゴルバット数十体をものの三分で蹴散らした。カイリューの身体から燐光が失せてゆく。それでもカイリューの身体は赤いままだった。ゴルバット達から迸った血の赤が、カイリューの金色の体表を染めていた。カイリューはリツ山へと目を向けた。あの中に敵が胎動しているのが分かる。ディルファンスの敵、世界の敵、フランの仇。主人の怒りの思考が流れ込み、カイリューは咆哮して水色の翼で空を裂いた。その後ろにフライゴンが続く。種マシンガンの火線が思い出したように時折、三体を襲ったがもはや意味を成さなかった。三体のドラゴンポケモンは着実に本丸へと狙いを定めていた。


オンドゥル大使 ( 2012/10/05(金) 17:07 )