ポケットモンスターHEXA











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交錯、思い滲んで
第五章 十六節「震撼の山」
 ロケット団本部、三階層は戦闘ブリッジと呼ばれている。この本部を襲撃してくるものがいればロクベ樹海側に数個置かれたレーザー探知機が素早く察知し、巨大なスクリーンにCG補正されたその姿を投影する仕組みになっている。また団員達が操作する個々のコンソールにも映し出される仕組みになっており、戦闘ブリッジは万全の態勢にあった。

 だが、それも襲撃してくるものがいてこそ成り立つもの。

 復活宣言から明けて二日目、ディルファンスどころか警察機構すら動く気配を見せない。復活宣言によってディルファンスの身動きを封じたとはいえ、警察の特殊部隊すら拠点を押さえておいて動かないのは不気味であったが、二日間寝ずの番をして動きがないことを確かめると団員達は拍子抜けすらしていた。ここカイヘン地方には腕利きのトレーナーはいないのか。それともかつてカントーでロケット団を単独で滅ぼしたようなトレーナーなど、もうどこの地方にも存在しないのかもしれない。

 幻想に怯えるよりも、目の前に注意を払う。分かっていても、これほど何も動きがなければ復活宣言も意味がなかったのでは、とレーザーサイトに目を走らせていたロケット団員の一人、フクトクは欠伸をかみ殺しながら思っていた。フクトクはカントーから落ち延びたロケット団の中でも古株の一人ではあるが、未だに下っ端から昇格できていない。それも自身にそのような素質がないからだと割り切れば済む話だが、残党としては情けない限りだった。カントーに置き去りにした妻子はどうしているだろう、と思いながらポケットにいつも入れているお守り代わりの写真を取り出す。そこに写っていた平和な時間、ロケット団が法となりカントーを統べていた時間はもう戻らない。「R」の文字が刻まれた制服は、敗北した組織にしがみ付く負け犬の衣装に過ぎず、石と罵声を投げられるために着ているようなものだった。

 だが、それを変えられると今の総帥は言った。もう一度、ロケット団が日の下を歩くことが出来る時代が来ると。正直な話、フクトクはロケット団の再建にさほど熱心なわけではなかった。ただもう一度、この服を着て妻子の前に誇らしい父親として現れたい、それだけがフクトクの望みだった。妻子の写真に視線を落としていると、横のコンソールに収まった団員が呆れたように言葉を発した。

「フクトクさん。また故郷の写真ですか? もう諦めましょうよ。カントーはもう俺らの拠点じゃないんですから」

 その団員もフクトクと同様にカントーから落ち延びてきた者だった。なんでもロケット団を一人で滅ぼした例のトレーナーと戦ったというが、それが嘘か本当かは誰も分からない。例のトレーナーと戦った団員は悉く戦意を喪失し、今はカントーの留置所の中だ。この団員は、自分が例のトレーナーと戦っても戦意を喪失せずに、ここまで来たことを自慢したいだけなのかもしれない。小さなものだ、と呆れながら、自身もまた小さな望みで毎日を繋いでいる点では同じかと自嘲する。

 フクトクは写真をポケットに入れながら、

「分かっているさ。だがな、捨てられないものがあるんだよ。お前も、あるだろう? 捨てられないものの一つや二つくらい」

「ありませんよ。もう、捨ててきました」

 その言葉にフクトクは意表をつかれたように、団員の顔に目をやった。団員はどこか懐かしむように、コンソールに遠い目を投げていた。

「当時付き合っていた彼女がいたんですけれど、ロケット団が解体した時に振りました。ロケット団に関わっていたなんて事が知れたらどうなるか。フクトクさんも分かっているでしょう?」

 フクトクは目を伏せた。ロケット団に関わっていたとされる人間は一斉検挙され、身に覚えのない取調べ、拷問を受けた上に何もかもを失ってから釈放される。シルフカンパニーカントー本社がかつて解体され、従業員、幹部数十名が逮捕、後に釈放されたという。彼らの中には会社がロケット団と関わっていたことを知らなかった者も多かったと聞く。妻子もその犠牲になっていないとは限らない。自分がロケット団であったことは固く口止めしてあるが、何年も会っていない手前、今はどうなっているか知る由もなかった。

「……それは」と搾り出した声に団員が言葉を被せる。

「もう、諦めた方がいいんですよ。俺らがまともな人生を送るなんて。警察は悪名の高いロケット団を今更見過ごすわけがないでしょう。加えてこの地方にはディルファンスなんていうややこしい組織がある。いくら復活宣言で民衆の支持を得ても過去が消えるわけじゃない。俺らはまだ穴倉で暮らすしかないんですよ」

 その諦念の混じった言葉に、フクトクは言い返す声もなく、コンソールに視線を戻した。今更ロケット団員である自分達にまともな人生が約束されているわけがない。いくら総帥が言葉巧みに民衆を操ったところでそれは同じこと。正義はなく、結局は悪の汚名を被ったままだ。その現実を変えるためにはどうすればいいのか、それとも変えられないものとして諦めた方が身のためなのか。フクトクは四十を今年過ぎる頭に考えを巡らせた。

 その時、コンソールに影が映りこんだ。ロクベ樹海に侵入する影。レーザーは歩行する人間程度ならば見逃すが、これは人間のサイズではない。赤い光点で示された影はポケモンのそれだった。直ちにレーザーと直結しているカメラの映像を回す。すると、つい一秒前のロクベ樹海上空を横切る金色の皮膚に水色の翼を持った龍の姿が撮影されていた。フクトクがその事実に戦慄する前に、ブリッジに声が上がる。

「敵影探知! 数は三、進行方向からこちらに向かってくると考えられます!」

 ブリッジ中央の司令席に収まるここの指揮を一時的に任されている団員が「誤認じゃないのか」と口を開いた。

「空を飛ぶ、を使用しているトレーナーとポケモンでは?」

「空を飛ぶ、では大気の影響でロクベ樹海とリツ山を越えられません。迂回しなければならないはずです」とコンソールに視線を落とした団員の声が飛ぶ。

 確かに「そらをとぶ」でロクベ樹海とリツ山を越えるのは不可能だった。標高の高いリツ山を越えられるほどの馬力のあるポケモンがいないこともその理由であるが、リツ山上空は大気が不安定であり、ポケモンは耐えられても、人間は耐えられない。

「なら、その正体不明のポケモンは何だ?」

 指揮官の団員の声に答えるように、警察関係の通信を傍受していた団員が声を張り上げた。

「一般回線に割って入る通信あり! 前方のモニターに映像を送信します!」

 その言葉で前方の巨大スクリーンにノイズが一瞬走り映像が表示される。そこには赤い髪の女がいた。エメラルドブルーの瞳が強い意思を湛えて前方を見据えている。フクトクは見覚えがあった。シルフビルを襲撃した組織、ディルファンスのリーダー、アスカだ。

『私はディルファンスのリーダー、アスカです。今日は皆さんに残念なお知らせがあります。ロケット団がディルファンス本部を襲撃し、新たな犠牲を出しました』

 身に覚えのないその言葉に、ブリッジにいた全員がお互いの顔を見合わせた。襲撃? いつの話だ、と誰もが口にする。

『つい昨日の出来事です。ディルファンス本部の地下三階層が爆破され、二人の死者を出しました。警察との連携捜査により、ロケット団の仕業だと我々は断定しました』

 アスカの姿を映していた映像が消え、爆発によって黒く焼け焦げた廊下と部屋が映し出される。そして爆発に巻き込まれたと思われる二つの遺体をカメラが映し出す。

『我々はロケット団によるこの攻撃に対し、自衛という形で応戦します。ディルファンスを悪と定義しておきながら、このような攻撃をしてくることはロケット団が新生したとは口先だけのことを示しています』

 アスカの声を破るように「どこから割り込んできている? 止めさせろ!」という指揮官の声がブリッジに響き渡る。通信を担当していた団員が大声でそれに答える。

「公式の回線を使っています! 恐らくはテレビ局が一枚噛んでいるかと」

「……我々の演説が正規なものではないことを利用して、正規の回線で報復の演説を仕返すだと」

 指揮官が肘掛へと拳を叩きつけた。団員達は各々のコンソールに向き合い、情報を処理している。フクトクもレーザーへと視線を走らせた。刻一刻と敵影が近づいてくる。緊張で指先が震え、背中に嫌な汗が滲む。このまま何もせずに攻撃されるのか? 浮かんだその考えに思わず、フクトクは指揮官へと言葉を発した。

「指揮官! ロクベ樹海にセットしておいた迎撃装置の使用を提案します!」

「そんなことは言われんでも分かっている! 迎撃装置を起動させよ。急いで、本部の全区域に非常事態宣言を発令。第一種戦闘配置! これ以上、好き勝手をされてたまるか!」

 コンソールに向き合った団員達が指揮官の言葉を復誦する。

「第一種戦闘配置! 非戦闘員は居住ブロックで待機せよ!」

 迎撃装置の起動は時間がかかる。迎撃装置の起動画面をコンソールのディスプレイに表示させ、パスワードを入力する。その間にもアスカの演説はやまない。

『我々ディルファンスを追い詰めるために、ロケット団はあのような偽造の映像を流しました。あれが我々の行動を制するためのパフォーマンスであることは、今回の事件を見ても明らかです。ロケット団は正義などを大衆の前でのたまっておきながら卑劣な行為に及びました。我々ディルファンスは自衛の名の下に、示されたロケット団本部へと警察の勢力として報復攻撃に打って出ます』

「警察勢力としてだと。いつの間にそんな交渉を……」

 呟かれた指揮官の声を遮るように、団員の声が響き渡る。

「迎撃装置、準備完了しました!」

「よし。迎撃開始! 地対空戦闘用意! 奴らを第一防衛ラインから先には通すな!」

 指揮官は手を振り払い、声を張り上げた。フクトクは不安が汗となって額から伝うのを感じながら、迎撃装置を起動するか否かを問いかけるディスプレイに目をやり、どうにでもなれ、という気持ちでエンターキーを押した。

























 ロクベ樹海には様々な場所にロケット団の設置したレーザーがあると共に、樹海方面から侵攻する敵に対しての迎撃装置が備え付けられていた。灰色のモンスターボールが地面に金具で固定されている。

 今、本部からの起動の無線信号を受け、そのモンスターボールの中心にあるボタンが赤く点滅し、ボールが開いた。そこから射出された物体が光と共に浮遊する。ぷかぷかと浮かぶその物体は、球体の形をしていた。しかし完全な球体ではない。遠目に見れば球体に見えるそれにはごつごつとした穴が開いており、そこから紫色のガスが噴き出した。光が払われ、その姿が露になる。それは紫色をした球体状のポケモンだった。目がついており、口は裂けている。腹と思しき場所には髑髏と、骨をクロスさせた紋様がある。このポケモンの名はドガースと呼ばれる毒タイプのポケモンである。ガスを噴射して体勢を立て直している。
その背後からドガースより一回り大きい影が出現した。形状はドガース同士を接合させたような形をしている。顔がそれぞれにあり、奇形の腫瘍を思わせる形のドガースの集合体はガスを噴出して、左右不均等なその身体を浮遊させた。この悪性腫瘍のようなポケモンはドガースの進化系、マタドガスであった。ドガースとマタドガスが樹海から何体も浮かび上がり、中空をガスで支配する。

 灰色のモンスターボールから放たれたのはその二種類のポケモンだけではない。ボールが開き、地上へと楕円形の物体が放たれる。それは回転して光を振り払うと、ピンク色の体表が露になった。一体ではない。六匹がひとつの群体を成すように寄り集まっており、それぞれ卵のような形状に目鼻がある。それは草・エスパーのタイプを持つポケモン、タマタマであった。タマタマは宙へと視線を向けた。その視界の中に、中空を舞う敵影が映る。タマタマの頭頂部が割れ、内部にぎっしりと詰められた黄色い種が露出する。その種を敵影へと向けたタマタマは、一斉にその種を銃弾のように弾き出した。


オンドゥル大使 ( 2012/10/01(月) 15:46 )