ReverseY
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また同じような凍てついた闇の中に、私の意識はあった。鼓動の一欠けらも感じることが出来ない。だが、闇の中を歩くことは出来た。危うい足取りで闇の中をゆっくりと歩く。すると、視界の端に赤いジャケットと帽子を被った人影が見えた。
「リョウ!」
叫んで私は駆け寄ろうとする。私のせいで怪我をさせてしまった、私の大切な人。せめて謝らなければ。そして二人で旅をするのだ。もう少しでその人影に手が届く、というところでその人影は掻き消えた。代わりに現れたのは闇と同化しそうな巨大な影だった。影に二筋の亀裂が入り、カッと開かれる。そこには赤い眼があった。続いてその下にも横に走った亀裂が割れて、乱杭歯の並んだ口腔内が露になる。影は口を裂けさせて嗤った。
「……ゲンガー」
呟いて後ずさろうとする。その足が何かを踏みつけた。視線を落とすと、そこには身体をひしゃげさせたロケット団員の死体があった。周囲にその死体が浮かび上がり、遠くでリョウが恐れ戦くような目を向けている。
「……リョウ」
言葉を掛けると、リョウは「化け物が!」と私を罵って逃げ出した。私はその姿に必死に追いつこうとする。
化け物なんかじゃない、って言ってくれたのはリョウだよ。その思考に倒れていたロケット団員の死体が緩慢な動作で起き上がり、私の前に立った。
――オマエハ、バケモノダ。オレタチヲコロシタ。
私は首を振ってその場に蹲った。耳を塞いでも心の内側にその声は差し込んでくる。
化け物。
バケモノ。
罵る声は次第に高まり、私は叫んでいた。
「違う! ボクはルイだって、リョウが言ってくれたもん! だから、化け物なんかじゃ――」
「化け物だ」
遮る声に気づいて私は顔を上げる。そこにはリョウが立っていた。私を見下ろし、ゴミを見る目つきで口走る。
「お前なんていらない。化け物は必要ない」
冷たい刃のようなその言葉に私の頬を熱いものが伝った。リョウが背を向けて離れてゆく。待って、と言葉を掛けても届かない。だって、私は化け物だから。化け物の声なんて誰も聞いてくれない。この冷たい闇の中で自分を閉ざすのが、きっと私にとっての最善なのだろう。凍てつく闇の中に全てを置き去りにする。リョウとの思い出も、あの温もりも冷たい闇が根こそぎ奪っていった。