ポケットモンスターHEXA











小説トップ
リョウ編
第四章 一節「戦闘、ラフレシア」
 突き刺すように鋭利な真夏の太陽光が、見渡す限りの草むらの上に降り注いでいた。

 茫々に伸びた背の高い雑草の葉は、その身に灼熱の光を照り返し輝いている。空に反射する輝きはさらに強い太陽光によって上塗りされ、この空間の熱気を何倍にも増大させていた。発生した過剰な熱を植物は抑えきれずに周囲に垂れ流し、この場所で戦う相手を今か今かと待ち構えているトレーナーたちは皆、暑苦しい格好でいることに疲れ、一人二人といつもに比べ目に見えて人は減っていった。

 そんな中、リョウだけはポケモントレーナー然とした暑苦しい格好のまま、草いきれの漂う中をずんずんと進んでいた。その額には大粒の汗が滲んでいる。彼は、赤白の帽子を被り、長袖のジャケットを羽織って、濃い緑色の長ズボンを履いていた。この格好で暑くないはずがない。

 その証拠に一歩歩くたびに、顔が逃げ切らない熱で赤くなり、額から落ちる汗は雑草の葉に乗って滴る。

 それでもなお引き返しもせずに進むのはこの強烈な日光の原因を彼が知っているからである。

 汗を拭い、皮膚に張り付く服をわずらわしく思いながら前を覆う草たちを押しのけ、彼はようやくその原因を見つけた。

 そこは草に覆われた中で突然開けた広場のような場所だった。広場と言っても人が五人もいればいっぱいになるぐらいの広さだが、ここにいるのはリョウとこの暑さの原因だけなのだからむしろ広いぐらいだ。

「おい」

 リョウが声をかけると、天上を仰いでいたそれはゆっくりと振り返った。

 それは青い姿をしていた。リョウを見つめる小さな赤い目、短い手足、球形の身体、そして頭に生えた毒々しい赤色を放つ巨大な花。どれをとっても人間の特徴ではない、これはポケモンである。

「あまり手間をかけさせんなよ、ラフレシア。日本晴れなんか使って、暑いったらありゃしない。俺を見ろ。汗だくで服が台無しだ。替えなんてねぇんだぞ」

 冗談めかしたような口調でリョウが言うと、ラフレシアは不思議そうに頭上の花を傾けた。それを見て、リョウはため息混じりに言った。

「……まぁ、通じるわきゃねぇよな。んじゃ、無駄話もあれだし、さっさと捕まえさせてもらうぜ」

 リョウが懐から赤と白の球体、モンスターボールを取り出す。それを見たラフレシアは身体を震わせたかと思うと、巨大な頭の花の花弁が急に回転し始めた。リョウがそれを見て、舌打ちしながら横に飛びのく。その瞬間、先ほどまでリョウがいた場所の後ろに生えている草たちが一気に刈り取られた。

 刈り取られたばかりの場所に目をやると、無数の小さなピンク色の花びらのようなものが風に揺らめいて踊っている。それが地面に落ちると、まるで刃のようにざくりと突き刺さった。

「花びらの舞か。まったく、人間相手に危ねぇだろうがよ!」

 放った言葉とともにモンスターボールをラフレシアへと放り投げる。真っ直ぐに投げられたボールに気づいたラフレシアは、花の中心をボールの方向へと向けた。花びらの表面に照り返す太陽光が花の中心へと収束していく。それを見たリョウは血の気が引いたように顔を青くして、急いで身体を小さくしてその場に蹲った。

 刹那、花の中心から放たれた緑色の光線がリョウの真上を真っ直ぐに貫いた。それは光を拡散させながら直線上にある草むらをも焼き払い、そしてその先の大木にぶつかってやっと止まった。一秒間置いてから大木がメキメキと音を立てて倒れたのが、空気を震わす轟音とともに伝わってきた。

 その音が聞こえてからリョウが顔を上げ、ラフレシアを見る。ラフレシアはこちらをじっと見つめて様子を窺っていた。その目の前には先ほどリョウが投げたボールが原形をとどめていない真っ黒い炭になって転がっている。

 リョウはため息混じりに立ち上がって、ベルトに手を伸ばした。そこには赤と白のカラーリングが施されたモンスターボールがある。しかし、こちらは捕獲用ではない。

「仕方がない、か。無傷で捕まえるのが理想だったんだがな。そっちがその気なら、こっちもそれなりに戦わせてもらうぜ」

 ボールを目の前に構える。それを見たラフレシアが身構え、再度花の中心をリョウへと向ける。それと同時にリョウはボールを振りかぶって投擲した。

 瞬間、ボールの軌道上に的確に放たれる光線。それはボールを突き抜けて、リョウの目前へと迫った。半ば倒れるようにしてリョウはそれを回避する。草むらが高温の熱線に焼かれ、あたりにすすけたような臭いが充満する。

 ラフレシアは光線を放った後、しばらく自身が放った攻撃の爪あとを見つめていたが、突然何かを感じ取ったように後ろを振り返った。先ほどの光線がボールを貫いた瞬間に、何かがボールから飛び出したのをラフレシアは感じ取っていたのである。

 果たして、そこにはポケモンがいた。とはいってもラフレシアとはまるで形が違い、こちらは獣のような四足である。小柄な身体を茶色い体毛が覆っており、小さく丸まった尻尾とピンと張った頭の上の耳が大人しい犬のような印象を与える。首には柔らかそうな襟巻きのような体毛がある。丸っこい目がラフレシアを捉えているがその目とて、戦闘用の獣が宿すような光を持っているわけではなく、愛玩用の動物のような柔らかい光である。その光からはまるで敵意のようなものは感じられない。

 ラフレシアも迷っているのか、なかなか攻撃に移ろうとはしなかった。相手のポケモンも微動だにしない。しばらく、両者その場に縫い付けられたように固まってのにらみ合いが続いたが、その状態を破ったのはラフレシアのほうだった。

 埒が明かないとでも思ったのか、突然にラフレシアは沈黙を破って花びらを高速回転させ始めた。先ほどの技、「はなびらのまい」を繰り出すつもりである。「はなびらのまい」は、自身の花弁を回転させそこから微小の二次的な花びらを放出する。この二次的な花びらにはナイフのような攻撃判定がついている。そして回転によって発生させた遠心力によって自身の周囲に風を発生させ、その風をコントロールして二次的な花びらを操り、任意の物体を切り裂くという特殊攻撃である。

 視認するには小さすぎる花びらは意図的にコントロールされた風によってさらに困難な動きとなり、相手にとってはいつ自分が切り裂かれたのかも分からない視えない刃となって襲い掛かる。

 そしてラフレシアは今、その刃を一点に集めて真上から振り下ろすように目の前のポケモンを切り裂こうとしていた。上から振り下ろす、というのは単純な攻撃方法のようであるが、相手にとってしてみればどこから来るのか見えないために予測など立てようがないのだ。ならば奇をてらった当て方などせず、真正面から攻撃したほうが逆に有効といえる。

 その刃は相手の鼻先まで迫っていた。命中する、とラフレシアは確信する。だがその時、声が後ろから響いた。

「イーブイ、高速移動!」

 声と同時に刃が振り下ろされ地面がめくれ上がった。砂煙が舞い、一瞬何も見えなくなる。だが、その状態は本当に一瞬のことですぐにその場所はあらわになった。ラフレシアは少し近づいて、そこを見つめた。本来ならばその場所には切り裂かれた相手の死体があるか、外れても足の一本くらいはあるはずだったが、何故かそこには何もなかった。衝撃で吹き飛んだのかとも思ったが、血が一滴も見つからないのはどこかおかしい。

 ラフレシアが疑問を感じながらその場所を見ていると、不意に後ろに気配を感じた。だが振り返るとそこには何もいない。奥にはリョウがいるが、何かをしている風でもない。気のせいか、とも思ったが、その瞬間にまた背後にそれを感じて振り返る。だがやはり何もいない。

 狐につままれたような感覚を覚えながらラフレシアは、再度刃の着弾点に視線を戻そうとした。その時、目の前の光景が変わっていることに気づいた。

 先ほどまで刃の着弾点には何もいなかったはずである。だが今、そこには本来ならば原型をとどめていないはずの相手のポケモンが立っていた。そして先ほどとは打って変わって、まさに獣のような眼でこちらを見つめている。

 ラフレシアはたじろぐように一歩退き、身体を震わせた。恐怖、というものが虫のようにぞわぞわと足元から這い上がっていくのを感じる。

 目の前の相手は先ほどまでの印象とはまるで違う。気配をまったく感じ取れない悪意のような存在だ。

「イーブイ、攻撃だ」

 背後に立つリョウが冷たく言い放つ。イーブイ、と呼ばれたそのポケモンはラフレシアのほうへと歩み寄る。それと同時にラフレシアは距離をとるように後ろに下がった。だがイーブイはそんな距離など物ともしないように、一気に距離を詰めた。

 走った、という印象ではない。飛び越えた、とでもいうべき速度でイーブイはラフレシアの鼻先まで迫った。それに驚いたラフレシアは腰を抜かしたようにその場に倒れこんだ。

 その姿に向かって、リョウはモンスターボールを放り投げる。ボールがラフレシアの身体に当たったかと思うと、二つに割れて中から赤い光がその身を絡めとりボールの内部に吸収してしまった。そのまま空中で閉じられ、地面に落ちたかと思うと左右にそのボールは揺れ始めた。最初は揺れ幅が激しかったが、段々と緩やかになっていき最後はぴたりと止まってボールの中心のボタンが光った。

 それを見たリョウがため息をつきながら近づいて、そのボールを拾い上げる。

「回収完了、っと。ご苦労だったな、イーブイ。なかなか迫真の演技だったぜ」

 そう言うとイーブイは先ほどまでの豹変振りが嘘だったように人懐こくて大人しい目になって、リョウの足元に寄り添ってきた。リョウはイーブイの頭を撫でてから、ボールに戻す。

「しっかし、派手にやってくれたもんだな。ビビリのくせにパワーだけは一級品かよ」

 ラフレシアの放った「ソーラービーム」によって荒れ果てた周囲の様相を見渡して、リョウはため息混じりに言ってから、空を仰いだ。

 ラフレシアの技、「にほんばれ」によって光を強めていた太陽は元に戻って清々しい温度になっていた。風もちょうどいい具合に草むらを走り抜ける。リョウはその風を感じながらひとつ深呼吸をした。すると戦闘で熱くなった身体が少しばかり冷まされて、落ち着いてきた。

「さて、帰るとするか」

 言って、腰のベルトからボールを一個取り出し放り投げる。すると中から光に包まれた小さな姿が飛び出してきた。それは一対のツヤのある藍色の翼をもち、角のような尻尾を一対持っている鳥のような姿だった。少し首が長めで首筋には薄紫色の模様がある。

「よし。飛べるか? オオスバメ」

 オオスバメ、と呼ばれたそのキジのようなポケモンは身体を震わせて光を払い、肯定するように翼を広げた。

「ミサワタウンまで行くぞ。いいな、オオスバメ」

 オオスバメは主の言葉に頷くように頭を下げ、そして飛び上がってリョウの背丈の辺りで静止した。その足にリョウは掴まる。それと同時にリョウの足の辺りにふわりとした感覚が起こった。

 浮いているのだ。オオスバメはリョウの腰の辺り程度の大きさしかないがリョウを掴んで飛べるほどの力がある。

 そして今しがた離れたと思った地面がすぐに遠くなって、上空へとオオスバメは躍り上がった。

 その足に掴まっているリョウは眼下の景色を見下ろす。リョウの背丈よりも高かった草むらははるかに小さくなり、その草むらがある道路全体が見え、さらには街も彼方へと過ぎ去り、視界の中にはカイヘン地方の全貌が見えてくる。

 高山のある、傾斜の多い土地。人が住むにはいささか厳しいそんな場所に自分たちとポケモンは共存している。

 共存している、はずであった。

 しかし人間はポケモンたちにとってどう映っているのだろうか。共存する他種族として映っているのか、はたまた凶暴な支配者として映っているのか。

 人間はポケモンたちに対して「技術」という名のアドバンテージを持っている。それはどんなポケモンでも捕らえるモンスターボールや、技マシンなどの技術にポケモンが抗えないことに証明されている。

 この世界はポケモンのものなのか、人間のものなのか。彼らを自分の物のように扱うことはエゴなのか、それとも自然なことなのか。そこで彼らを使って争っている自分たちは、正しいのか。間違っているとすれば、誰が裁くというのか。

 いくら考えても答えは出ない。

 リョウはそんなことを思いながら、真下に広がる世界をミサワタウンに着くまでずっと見つめていた。

オンドゥル大使 ( 2012/08/11(土) 22:52 )