ポケットモンスターHEXA - ナツキ編
第一章 三節「激闘、キリハジムT」

 回復したポケモンたちを受け取ったナツキは当初の目的であるポケモンジムを目指すことにした。町の人々と話すうちここのジムトレーナーはチアキという女性で使うポケモンは格闘タイプだと言うことがわかった。

 ナツキはそれを聞いて手持ちのポケモンの編成を考える。ポケモンには属性による優劣があるために相手にぶつけるポケモンはそのポケモン自身が持つ属性や技に付属している属性も考えなければならない。今、ナツキが持っているポケモンのうち格闘タイプに弱いのは鋼タイプを持つノズパスぐらいだ。他のポケモンには格闘タイプに対する特別な弱点はない。飛行タイプであるオニスズメがもっと強い技を覚えていてくれたらオニスズメを前面に出すのだがいかんせんナツキの持つオニスズメはあまり能力が高くなかった。

 だから、ナツキは単純に強さの順に並べることにした。一番手を素早さが高く加えて攻撃も申し分ないラクライにし、二番手を特別な弱点がなく自分の手持ちの中で一番強いゼニガメにする。これで対チアキ戦は滞りなく進むだろう、とナツキは思った。

 やがてジムの前にやってくる。キリハジムは岩で作られた豪腕が柱となってジムの四方に点在し屋根を持ち上げるような形となっている。見た目からしても力強さを感じるジムだ。ナツキはその力強い姿を見て、ポケモンセンターにいた大勢のジム敗北者を思い出した。

 ――自分もあんなふうに負けるのではないか。

 そんな気持ちが心の中に充満していく。その気持ちを抑えるように、強く拳を握り締める。大丈夫だ、と自分を奮い立たせる。

 何人ものトレーナーが敗れるほどに強いといっても所詮は三つ目のバッジのジムトレーナーだ。そう自分に言い聞かせ、ナツキは重々しいジムの扉を開いた。
ジムの中は静謐に包まれていた。

 ごつごつとした外装とは裏腹のつるつるとした壁がぼんやりとした青い光を放っている。ナツキは扉を静かに閉めた。それと同時に、天井が光り輝く。そのまばゆさに思わず目を細めた。そのときである。

「――来たか」

 どこからともなく重い声が聞こえた。ナツキは声のした方向を見る。

 そこにはごつい影が、ずんと座り込んでいた。ナツキは目を凝らす。するとそのごつい影の姿が段々と見えてきた。ナツキが見えていることを察したかのようにその影は、すっと立ち上がった。

 そこにいたのは甲冑に身を包んだ女性だった。

 戦国武将が身につけるような赤い甲冑に身を包み、凛とした瞳は真っ直ぐにナツキをにらんでいる。長い髪を上のほうで白い布を使って結いつけて、流れるような黒髪は純粋に美しい。腰につけている刀は本物なのだろうか、左手でそれを握っている。

 その立ち姿はまさに武人≠セった。

 ナツキはその姿に圧倒されていた。今まで二人のジムリーダーを見てきたが、これほどまでに強烈な印象を与える人間はいなかった。

「私はこのジムのリーダー、チアキ。貴公の名は、何という」

 静かに甲冑の女性――チアキは言う。ナツキはそれに応える。

「私はミサワタウンのナツキ。チアキ、あなたにジム戦を挑むわ」

 言って腰のモンスターボールに手をかけた。それを見てチアキはひとつ嘆息をもらす。

「なるほど。いいだろう、受けてたつ。だが、その前にひとつ聞く」

「何よ」

 チアキが懐に手を入れモンスターボールを取り出す。それを真っ直ぐにナツキに向けて言った。

「貴公は、私に勝つ自信があるのか?」

 その質問にナツキは一瞬逡巡したが、すぐに強い意思を持って答える。

「当たり前でしょ」

 チアキはその答えを聞くや、薄く笑った。その笑いの意味をナツキが読み取る前にチアキは高らかに開戦を宣言した。

「では、始めよう。崇高なる戦いを!」

 その叫びと同時に戦いの火蓋はここに切って落とされた。

 ナツキがモンスターボールを振りかぶり、力強く投げる。

「いけっ、ラクライ!」

 ボールは一度バウンドしたかと思うと空中で二つに割れ中から光に包まれたポケモンが出現する。光が晴れ、その緑色の身体が明らかになっていく。そして光が完全に消える瞬間、そのポケモンは高らかに吼えた。

 犬のような姿をした緑色の体色を持つポケモンだった。眉間には黄色いラインが走り、頭からはたてがみが生えそれは背中へと垂れている。尻尾は鋭くとがり稲妻のような黄色い体毛が被さっている。体毛は常に電気を帯び、体表で青い火花がバチバチとはじけている。
このポケモンこそナツキの持つ電気タイプのポケモン、ラクライである。

 チアキはラクライを見、そして自身のモンスターボールを投げた。しかしその投げ方がナツキとは異なっていた。チアキはボールを真上に投げたのだ。ナツキが驚いてそれを見ていると、チアキは腰につけた刀に手を伸ばし、目をつぶる。まさか、と思っている間にボールが落下してくる。チアキはボールがまさに自分の間合いに落ちてきた瞬間、目にも留まらぬ速度で刀を抜き、そしてボールに一閃を与えた。

 ボールがことんと音を立て地面に落下する。それと同時にチアキは刀をしまい、そして静かに呟いた。

「行け――」

 ボールに亀裂が入る。そこから光が漏れ、何かが出現する。

「――アサナン!」

 その叫びと同時に光は急激に形を成し、それがラクライへと襲いかかかった。ふいを衝くようなその攻撃にナツキは驚いたがそれでも対応できなかったわけではない。

「――防げ! ラクライッ」

 その指示を受け青白い光がラクライの身体を包む。そしてすぐさまラクライの体表に溜まっていた電気がラクライの前方に集められていく。体毛は逆立ち、逆立った毛からさらに電気が集められやがて集まった電気の束は球体へと変化していく。やがてその球体は、ラクライの頭と同程度の大きさとなった。そこでナツキは叫ぶ。

「電気ショック!」

 その叫びと同時に電気の球体がラクライから発射された。それは目の前まで近づいていた光に直撃し、たちまち光の身体を何千ボルトもの電流が蝕んでいく。光は痙攣し、やがてその姿が見えてくる。

 光の正体はアサナンと呼ばれるニンニクのような形の頭を持つ小柄な格闘タイプのポケモンだった。アサナンは後方へと跳躍し、ラクライと距離をとって大きな眼で睨み付ける。

 今、やっとここに二体のポケモンが対峙した。

「卑怯じゃない。ボールから出てすぐに攻撃なんて」

 ナツキが抗議する。しかしチアキは不思議そうに首をかしげ、

「何が卑怯なのだ? これは兵法のひとつだろう。もし卑怯だとしても貴公はこの攻撃を受け止めた。それはすなわちそれだけの実力があるということ。そいつを確かめたいがためにしたことだ」

 にやりとチアキが笑う。それはまさに対等に戦える相手を見つけて心底嬉しいといった風な笑みだ。

 チアキが、すっと指をナツキに向ける。いや正確にはナツキのラクライに、だ。

 ――来る! その予感にナツキは身構えた。チアキはアサナンに指示を与える。

「アサナン、空手チョップ!」

 その声と同時にアサナンが飛び上がる。驚くべきことにアサナンはその短い足で五メートル以上も飛び上がったのだ。

 アサナン自身は手足こそ短いがそこは格闘タイプ、見た目では量れない強さがある。そしてそこから放たれるパワーは相当なものだ。

 天高く躍り上がったアサナンの姿をラクライはその視界に捉える。アサナンは一定の高さに到達しそして自由落下の瞬間、右手を掲げる。すると見ているうちにアサナンの右手は落下の力を受け赤く輝いていく。その右手に刀にも似た相手を切り裂くような力が溜まっているのが分かる。これが「からてチョップ」、格闘タイプの中のどのポケモンも覚える技でありながら、チアキのアサナンは跳躍による落下速度との連携によってその威力を何倍にも高めているのである。まさに兵法。千変万化する戦場に対応するために編み出されたオリジナルの奥義。

 だがラクライとてそれをまともに受けるほど馬鹿ではない。ラクライに帯電していた電気が蛇のようにのたうったかと思うと、それらは再度ラクライの眼前で収束し球体を形作っていく。ナツキは「でんきショック」の指示を出そうとする。だが、その言葉をチアキの声が遮った。

「二度も同じ手は食わん。チョップで切り裂け、アサナン!」

 アサナンの手が振り下ろされる。それと同時に電気ショックが放たれる。中空でチョップを繰り出すアサナンの影と電気ショックがぶつかり合った。すさまじい炸裂音が宙でしばしの間響いたかと思うと、黒い塊がラクライの目の前に落下してきた。

 それはアサナンだった。全身がすすけているが特に電気ショックを受け止めた右手の損壊がひどい。崩壊寸前まで腕が壊死しているのは目に見えた。だがアサナンの闘志はまだ健在だった。

 その時、突如としてラクライの身体が横に大きく飛んだ。ナツキには一瞬何が起こったのか判らなかったが、右手から煙を出しているアサナンの姿を見て攻撃を受けたのだという事を確信した。ラクライもナツキも壮絶なその姿を呆然と見つめていたために横薙ぎに繰り出された空手チョップに気がつかなかったのだ。

 空手チョップから赤い光が舞い上がっている。青、緑と変化する光がぼうとアサナンに纏わりついていく。アサナンの特性だ。ポケモンは一体ごとに「特性」と呼ばれる能力を持つ。アサナンの場合、空中落下からによるエネルギーと共に何かが空手チョップを放った手に作用している。

「特性、一体、何の……」

 アサナンは格闘タイプとはいえ、未発達な身体をしている。そこから放たれる攻撃が高い理由となるような特性とは何か。考えを巡らせていると、ラクライがゆっくりと身を起こした。

「ラクライッ! 大丈夫?」

 ナツキはラクライに呼びかける。その声に応じてラクライがなんとか立ち上がった。どうやらまだ戦えそうだ。ナツキは頷くと、相手のアサナンを見据えた。

 アサナンは黒焦げになっていたがそれでも強い眼光でラクライを見ている。見た目ほどダメージは与えられていないのかもしれない。恐らく、ちまちました攻撃ではらちが明かない。

 ――ならば。

「……ラクライ」

 呼びかけるとラクライは四本の足でしっかりと地を踏みしめ、うなり始めた。きっとラクライもこれから行うことが一種の賭けだと言うことを理解しているのだろう。アサナンを真っ直ぐに見つめ、うなり声を上げる。

「一瞬の勝負。それに賭ける」

 その言葉でラクライの身体が青く輝き、体表で電気が跳ねラクライの身体にまとわりついていく。ラクライはもともと通常の状態から電気を放出しているポケモンだが、その逃げ出していく電気を最小限にとどめ自身のうちに溜め込んでいく。さらにそれだけではなく空気中の微弱な電気をもその身に吸収していく。ラクライの姿が歪み、稲光の一部となったその身体は判別が難しくなっていった。

 その姿でチアキもナツキがしようとしていることを悟ったらしい。すかさずアサナンに指示を出す。

「アサナン、瓦割り!」

 アサナンが焦げた右拳を強く握る。格闘タイプの技、「かわらわり」は「ひかりのかべ」に代表される特殊な防御膜などを割る技だが、通常の攻撃としても重宝されている。そしてその威力は空手チョップより強い。

 アサナンの身体が再度宙に舞う。またも空中からの落下による衝突の威力を高めた攻撃だ。瓦割りは元来上から敵を叩き落す技だが、それに落下の衝撃が付くことで威力は少なく見積もっても五倍にもなるだろう。

「教えてやろう」

 チアキの言葉が響き渡り、ナツキは緊張の糸を再度張り詰めた。

「アサナンの特性はヨガパワー! 攻撃力が二倍となる特性だ。これに落下の衝撃を加算すればどうなるか。トレーナーの端くれならば想像くらいはつくはずだ」

 だとすれば本当に、次の一撃で全てが決する。ナツキは唾を飲み下し、腹の底に力を込めてラクライを見据えた。

 ラクライもその視線と同期するように中空のアサナンを睨んだ。そしてその姿をしっかりと視界に捉えたとき、ナツキが叫んだ。

「ラクライ、スパーク!」

 ラクライの内部に溜まっていた電気が急激に放出される。それはラクライの身体を覆い、青白い電気の鎧を作り出す。体毛は逆立ち、まるで一筋の稲妻のような姿へとラクライは変化する。「スパーク」はもともと電気をまとって相手に突進する技だが、愚直に攻撃する分には、威力は微々たるものである。

 アサナンが落下してくる。勢いを増した右拳は先ほどの空手チョップ以上に赤く光り輝き、ラクライへと襲い掛かる。しかし、ラクライは動かなかった。スパークを纏ったまま、静止する姿にアサナンを操るチアキが怪訝そうな目を向ける。アサナンの瓦割りの手刀が振り落とされる寸前、ラクライの足の裏で電流がのたうち、地面を引っ掻いた。それは戦闘を行うポケモンの眼からは見えないほどの僅かな動きだったが、トレーナーからはよく見えた。

 その瞬間、「いかん!」と叫んだチアキがアサナンに指示を出す前に、赤い光を纏いつかせた手刀がスパークの光を纏うラクライを引き裂いた。ラクライの頭頂部から背中にかけて一筋の光が亀裂となって走る。

 アサナンの眼に勝利の余裕が光となって浮かぶ。しかし、それは一瞬後には掻き消えた。

 ――こんなにも簡単に倒せるものか?

 その感触が違和感として浮かぶ前に、手刀で切り裂いたラクライの姿が青白い粒子となって、バッと砕け散った。あとに残っていたのは、四足の足跡だけだった。地面が焼け焦げ、凄まじい脚力で踏み抜かれたのか、陥没している。それをアサナンが認めた直後、背後で青い光が弾けた。完全に手刀を振り落とした体勢のアサナンは反応が遅れた。振り返った瞬間、大写しになったのはスパークの光を全身から迸らせるラクライの姿だった。

 ラクライはただ静止していたのではない。脚部に電流を溜め込み、一瞬の移動に全力をかけていたのだ。スパークの光で全体像をぼやけさせたのも全てこのためならば辻褄は合う。アサナンが咄嗟の判断で返す刀の空手チョップを見舞おうとする。一秒後に両者が重なる瞬間、ナツキは叫んだ。

「いけ! ラクライッ!」

 その言葉が切れると同時に、アサナンと青い稲妻をまとったラクライが激突した。爆音とともに青の光があたりを埋め尽くしていく。ラクライの身体から解き放たれた電気が周囲の空気を変えていく。ちりちりと頬を焼くような熱が辺りに充満する。生き物の肉が焼ける臭いが鼻をつく。何度激突の中心地で光が瞬き、砂塵が舞ったかと思うほど時間が経ったとき、二体の姿が見えた。

 ナツキもチアキも緊張した面持ちでそれを見つめる。そこには額に空手チョップをくらいながらも強く相手をにらみながら立つラクライと、もはや判別不能なほどに全身を焦がしたアサナンが立っていた。奇形のオブジェのように重なり合った二つの影は微動だにしない。だがそれはほんの一瞬の出来事だった。

「――負けたか」

 そう呟くチアキの声が響く。

 その時、アサナンに変化が訪れた。アサナンは二、三度ふらついたかと思うと、そのまま地に倒れ伏した。後には額から血を流しつつもしっかりとした足取りで立つラクライが残された。

「一戦目は敗北か。……まぁ、いいさ」

 チアキの言葉でようやくナツキは一戦眼を制したことを認識した。ナツキは痛々しい姿となったラクライをしっかりと抱きとめ、よく頑張ったとねぎらいの言葉を送った後、ボールに戻した。この痛手では二戦目には耐えられない、そう思ったからである。

 ナツキはボールを握り締め、勝利の余韻に浸りかけた気を引き締めた。

オンドゥル大使 ( 2012/07/13(金) 22:57 )