第一章一節「戦闘、短パン小僧」
焼け付くような日差しが地表を焦がしていた。
草むらの緑の葉がその光を乱反射して、風に揺らめいている。湖のせせらぎが耳に届き、時折聞こえるポチャンという音はコイキングたちが湖に飛び込む音だ。
ここは一〇三番道路、ハイキングコースとしても有名なこの場所は休日には親子連れも大勢やってくるほどに有名な場所だ。しかし、こんな場所にも草むらはあり、ポケモンは現れる。そしてポケモンあるところには必ずとある特性の人々が居つく。それは日々ポケモンたちを鍛え、栄光のポケモンマスターを目指す猛者たち、すなわちポケモントレーナーだ。この場所には一般の人々も多いが、しかしそれに比例してポケモントレーナーの数も一際多かった。
そしてトレーナー同士が集まるところにバトルあり。
今ここにもそのポケモンバトルの火蓋が切って落とされようとしていた。この道路の中心にギャラリーが輪を成して集まっているその場所こそがまさにそうだ。
観客が集まりカメラを向ける。その中心に二人の人影が向かい合っている。
ひとりは少女だった。長い髪を後ろで一つに結んで垂らしている。年の頃は十四、五歳だろう。健康的に引き締まった身体つきに僅かにやけた素肌が眩しい。腰のベルトには赤と白を基調とした球体が三つ付けられている。ポケモンを捕獲し入れておくための道具、モンスターボールだ。
そして右手にもそのボールがあった。少女が今まさにそのボールを前方に向かって勢いよく投擲した。
それは地上でバウンドすると同時に半分に開き、中から光に包まれた二枚の銅鑼を合わせたような形の物体が射出された。その物体は少女の足首より少し上ほどの大きさであろう背丈で、光が消えると同時にその姿が次第にあらわになってくる。
それは甲羅だった。下は白で上は淡い茶色である。その甲羅は突然飛び跳ねたと思うと、中から水色の頭と手が出現した。
頭はつるつるとしており、日光を反射している。手足は長いとは言えず、未発達のようで、その姿は直立した小亀を思わせた。もちろん、これはポケモンである。
その亀のようなポケモンの名前はその名もまさにゼニガメであった。
ゼニー、と力強くもまだ幼い雄叫びをそのポケモンはひとつ上げる。
その時、少女と対峙する人影が動いた。その人影は少女より年下の少年だった。背は低めで赤い帽子を被り、水色の短パンを履いている。
「いけっ、コラッタ!」
少年の叫びとともにモンスターボールが投げられ、その中から光に包まれた紫色のポケモンが出現した。そのポケモンは出っ張った歯が特徴的な小さな子ネズミのようなポケモン、コラッタである。
大きく伸びをしてそのポケモンは目の前に立つゼニガメと対峙した。
両者ポケモンが出揃い、ギャラリーがざわめく。そのギャラリーの喧騒も気にせず、少女は少年を指差して、高らかに叫んだ。
「私はミサワタウンのナツキ! あなたは?」
「僕は短パン小僧のユウキ! この勝負、僕がもらう!」
少年は親指で自分を指しながら、自信満々に言い放つ。
「残念、勝つのは私よ! ゼニガメっ!」
呼ばれてゼニガメは頷き、大きく息を吸い込んだ。やがて頬袋いっぱいに空気を吸い込んだとき、ナツキが叫ぶ。
「先手必勝! ゼニガメ、水鉄砲!」
その言葉が放たれると同時にゼニガメは身体を前に倒しながら、吸い込んだ息とともにジェット噴射のような水を噴射した。
それは真っ直ぐとコラッタへと向かってゆく。だがユウキとてそれを黙って見過ごすわけがない。
「コラッタ、とびはねる!」
水鉄砲が噴射されると同時にユウキが言う。その言葉を受け、コラッタは遥か上空に跳躍した。先ほどまでコラッタがいた場所を一筋の鉄砲水が通過する。ユウキの後方で観戦していたギャラリーが二つに割れ、放たれた水を慌てて避ける。
ゼニガメが上空のコラッタをその眼にとらえる。だが、コラッタの落下からの攻撃のほうが一歩はやい。コラッタの自由落下からの前足による攻撃がゼニガメの身体に勢いよく命中した。
ゼニガメはその攻撃を受け、大きく後退する。
だが、これはゼニガメにとって好機だ。距離をとったほうが射撃技である「みずてっぽう」の命中率が上がりなおかつ敵からの直接攻撃を避けやすくなる。
ゼニガメが再度、口の中に空気をためる。圧縮空気で撃ちだす「みずてっぽう」は空気を多かれ少なかれ口の中にためねば成立しない。
だが、そのタイムロスを敵もわかっていないわけではない。ユウキは素早く指示を出す。
「コラッタ、砂かけだ!」
地上に着地したコラッタは前足で目の前の地面を掘り、その砂をゼニガメの眼前めがけて引っ掛けた。ゼニガメは「みずてっぽう」の準備中だったためにそれをまともに受けるはめになり、噴射した水は何もないあさっての方向を撃ちぬく。
そしてその隙をコラッタは見逃さない。
「もらった! コラッタ、体当たりだ!」
コラッタがゼニガメへと駆け出す。後ろ足で強く地を蹴り、相手めがけて全体重をかけてぶつかっていくように突進する技、最もオーソドックスな物理攻撃「たいあたり」である。
だがゼニガメに指示を与えるナツキも、それとほぼ同時に叫んでいた。
「ゼニガメ、高速スピン!」
ゼニガメの身体が宙に浮き瞬時に甲羅の中へと仕舞われる。そしてその身体が地につく前に四肢の部分に当たる穴から大量の水が噴出し、甲羅が回転を始める。やがてそれは目にも留まらぬ速さとなり、甲羅の形を判別できぬほどの速度に至ったかと思うと、真っ直ぐと突撃してくるコラッタへと向かっていく。
コラッタは頭を突き出し、全身の力をその一突きに込める。一方のゼニガメもさらに回転を速め、勢いを増して突撃する。
二つの影は次第に接近しそして、真正面から轟音を立て激突した。
衝突と同時に砂煙が舞い、あたりは茶色いカーテンに一時さえぎられる。観客も、二人のトレーナーも無言で固唾を飲んで砂塵の中の様子を見つめる。
やがてひとつ風が吹き、砂煙がゆっくりと、引いていった。そのなかに二つの影が映る。シルエットのみ見えるその影はどちらもまだ立っているかのように見えた。ナツキもユウキも身構える。完全に砂煙が晴れた瞬間、いかに正確無比な判断をくだすかによってこの勝負は決する。ナツキもユウキもその一瞬のために緊張が走る。
その時、砂煙の中に水色の身体が浮かび上がった。それに対峙する紫の身体もまだ健在に見えた。
ユウキとナツキがそれを見て、同時に技の指示を出そうとする。だが、その言葉の前に勝負は決した。
コラッタがふらふらと身体を揺らしたかと思うと、そのまま地面に倒れ付したのである。
一同の中に僅かな間、沈黙があった。
その沈黙の中、ゼニガメが短い両手を天に向けて勝どきを上げたとき、観客からわっと歓声が上がった。 その歓声の中、二人のトレーナーはお互いのポケモンに駆け寄っていく。
ユウキはよく頑張ったとコラッタに言った後モンスターボールをコラッタに向ける。すると赤い光がコラッタに放射され、コラッタは粒子となってモンスターボールへと戻された。
ナツキもゼニガメの頭を撫でていい戦いだったと褒める。ゼニガメは照れくさそうに甲羅の中に手足を引っ込めた。ナツキはその姿に微笑んで、ゼニガメをボールに戻した。すると、ユウキが近づき手を差し出してきた。
ナツキはその手をとり、固い握手を交わす。トレーナー同士の互いの戦いへの敬意を表しているのだ。
「いい戦いだったわ。あなたのコラッタ、凄く強かった」
ナツキが言うとユウキは謙遜しながら、
「いえ、あなたのゼニガメほどじゃ。勝負に対する粘り強さ、悔しいけどあなたのほうが一枚上手だったって事ですね」
そう言って微笑み、手を離した。ギャラリーたちはポケモンバトルが終わったとみるや満足げに口々に感想を言いやったり先ほどのバトルの感想をナツキたちに言ってくれたりした。
「これからあなたはどこへ行くつもりです?」
別れ際、ユウキが尋ねる。ナツキは振り向き、そして笑顔で答えた。
「次のジムのある町――キリハシティへ」