ポケットモンスターHEXA











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エピローグ
エピローグW
 罪の風吹く丘の上で、風車が回り生温い風を伝える。私は胸にある花を、罪の丘に置いて回ろう。ひとつの花は自分の罪を。ひとつの花はあなたの罪を。もうひとつの花は全てのヒトの罪を吸い上げる花となりますように。きっと罪の色を移したその色は、真っ赤に咲く一輪の彼岸花。






















 カイヘン地方統括部隊駐屯地はヤマトタウンにある。

 時折、ロクベ樹海で訓練をする彼らはよそ者として敬遠されていたが、今はカントーの発言力のほうが強く、彼らの存在は半ば法の一部として黙認されつつあった。ヤマトタウンで無数に張られたテントに取り囲まれた中で、統括部隊の面々が横一列に並んでいる。その中にはヤマキとセルジの姿やサヤカの姿もあった。かつてディルファンスであった彼らは今、カントーの部隊にほとんどが吸収されていた。上官が腹の底から声を張り上げる。

「今日の訓練はここまでだ! 明日はロクベ樹海で模擬戦を行う。気を抜くんじゃないぞ! コンディションを万全にしておけ!」

 上官が挙手敬礼を向けると、全員が爪先を揃え挙手敬礼を返した。上官の背中が見えなくなってから、彼らは三々五々にそれぞれのテントへと向かった。サヤカがセルジの肩を叩く。気づいて顔を上げると、「明日は手加減しないから」という強気な発言が飛び出した。それに面食らっている間に、サヤカはテントへと戻っていく。同じテントになっているヤマキがニヤニヤと笑って、

「とんだ女に目をつけられたもんだな」

「全くだよ。俺、何か悪い事したかな」

 頬を掻きながら尋ねると、ヤマキは、「さぁな」と妙な訳知り顔で言った。

「ディルファンスにいた奴らがほとんど統括部隊に志願したけど、見ない奴は見なくなったし、どうかねぇ。それにしても、訓練って思ったよりきついな」

「ディルファンスが緩かったんだろ。あれは民間団体だったけど、こっちは実質的には現地軍なんだからさ」

「カントーは軍を保有しないんじゃなかったっけ? 軍の保有とポケモンの兵器転用は世間から叩かれるから」

「だから、名目上は治安維持部隊って事なんだろ。これからどうなるのか、見当もつかないけどな」

「あ、それについては情報があるらしいぞ」

 ヤマキが端末を操作して、画面をセルジに見せる。それは軍事関係のゴシップを集めたサイトだった。その中の一つに「カントーは五年以内に独立治安維持部隊を創設する事が決定」とあった。

「噂だろ」と一蹴しようとするが、ヤマキは端末を操作しながら、「いや」と首を振った。

「そうとも限らないぜ。このサイトの言っている事は大抵当たるんだ。ヘキサ事件の空中要塞の事だって、どこよりもこのサイトが早かった。それにここだけの話」

 ヤマキが耳に顔を近づける。「またここだけの話かよ」とセルジは文句を言いながらも周囲を気にして耳をそばだてた。

「このサイト、運営しているのってディルファンスの構成員だって話だ。俺の知り合いに腕利きのハッカーがいたろ? あいつがどうにも一枚噛んでるらしい」

「また、らしいかよ」

 ヤマキの話は推測や憶測が多くて信用していいのか今一つ判断がつけられない。それでも毎回親身になって聞く自分はお人よしなのか。それとも、ヤマキと話せる事を内心、嬉しく思っているのだろうか。一度離れ離れになった仲間だけに、情もあるのかもしれない。

 セルジはヤマキにドリュウズを返していた。本来の持ち主の下でこそ、本当の力が発揮出来ると思ったからである。現にヤマキのドリュウズは、この部隊でも一、二を争う実力まで上り詰めていた。空中要塞の戦闘でもドリュウズがいなければ自分のポケモンもドサイドンまで進化する事など出来なかっただろう。

「……もう、一年前か」

 思い出したせいか、感傷が胸を掠める。彼らはあれからどうしているのだろうか。あの戦いで多くのものを失い、得たものはこの手を滑り落ちていった。では何のための戦いだったのだろうか。答えが出ず、セルジは一年前から始めた煙草に口をつけようとして、そういえば、と思い出した。

「今日の夜だったよな?」

 ヤマキに確認の目を向けると、ヤマキは親指を立てて、

「分かってるって。予約録画してあるぜ」

「いや、折角の生放送なんだから、生で観たいだろ」

 セルジが立ち上がり、一つのテントにつき一台だけ支給されている小型テレビの番組表を確かめる。ヤマキがテントの外から笑みを浮かべながら、「すっかりファンってわけか」と言った。

「まぁな」と返したセルジは時計を見やる。放送まであと五時間だった。


























 四方のゲートからの進入は固く拒まれ、アヤメは仕方がないのでエイパムを使って警備員を黙らせた。ゲートを抜けると、野ざらしの荒野が広がっている。モニュメントでも建てようというのか、中心部で屈強なポケモン達と人間が作業に従事していた。アヤメは荒野を見渡した。かつてタリハシティとして繁栄していた一年前の姿は見る影も無く、リニアラインも封鎖されたカイヘン地方は実質的に経済封鎖や鎖国も同然だった。

 海の行き来はまだあるものの、大幅に制限を受け、このタリハシティ跡地にはもしかしたら空港でも出来るのではないかと言われているが、カントーはカイヘンを属国としたいはずである。そこに経済復興のチャンスを与えるはずがない。空輸産業はイッシュが独占して潤っているために、イッシュからの圧力もあるだろう。畢竟、二進も三進もいかず、カイヘン地方はまたも孤独と混迷の中にいるだけだ。

「あなたは、どう思うかしら、アヤノ」

 尋ねても返事は無かった。アヤノは心の奥底で閉じこもったまま出てこようとしない。一年間、ずっとそうだった。だからこそ、アヤメはカイヘン地方を旅した。アヤノの心を開くためにハリマタウンにも出向いたし、初めてエイタと出会ったヤマトタウンにも赴いた。それでもアヤノの心の扉は固く閉ざされたままだった。主人格を奪うつもりなど無かった。

「ただ、許せなかっただけなのよ。あなたがあんな男に心奪われる事が」

 アヤメの行動原理はそれだけだった。カリヤの時もエイタの時も同じだ。アヤノは全てを愛するあまり、男の言葉に対して妄信的になっている。いつか、自分を救い出してくれる白馬の王子様がいると信じて疑わないのだ。いつまでも夢見る少女であるアヤノはいつ戻ってくるのか。いつ、大人への階段を上ろうと踏み出すのか。

 その日はきっと遠いだろう。甘い感慨で取り戻せるほどに、アヤノの傷は浅くない。一年も閉じこもっているアヤノを揺り起こすには荒廃した光景さえ物足りなかった。

「アヤノ。戻ってきてね。私はあなたの事が好きよ。ずっと傍にいてくれれば、それでいいのだから。愛してるわ、アヤノ」

 アヤメは踵を返した。もう、ここにも用はない。次はどこへ向かうべきか、と空を仰ぐ。青空が染み入ってくるようで眩しく、アヤメは翳した手を太陽へと伸ばした。光を掴み取れるその日まで、歩みは止めないでおこう。アヤノもきっと、その時には全てを分かってくれるはずだから。

 アヤメの姿は蜃気楼のように揺らめく砂礫の大地から消え去った。後ろからエイパムがついていき、その肩に乗ったのを最後に、ポケモンも人間も、誰も彼女の姿を見た者はいない。


オンドゥル大使 ( 2013/07/19(金) 21:47 )