第六章 十二節「未来の力」
ナツキ達は研究所の前庭に出ていた。
それぞれのポケモンの状態を整え、各々の決意を胸にした瞳が昇ってきた陽射しの向こう側を見つめている。タリハシティ、そこに全員が求めるものがある。迷いを振り切れているものなど誰一人としていない。不安に押し潰されそうになりながらも、前を向く覚悟。今問われているのはそれに他ならない。
ナツキは研究所へと振り返った。ロケット団の人々が送り出してくれるためにずらりと並んでいた。中央にはヨシノとテクワの親子がいる。テクワはまだ何が起こっているのか分かっていないのか、ナツキへと笑顔を向けた。不安を押し隠してナツキが微笑み返す。
「博士。結局、来なかったか」
ナツキの隣でリョウがぼそりと呟いた。サキがその言葉に返す。
「お父さんは充分にやってくれた。真実を打ち明けてくれたんだ。送り出してくれなくても、仕方がない。それに、ヘキサツールがないと不安か?」
サキの声にリョウは鼻を鳴らして肩を竦めた。
「まさか。俺一人でもルイは止める。ヘキサツールなんてなくたって、俺にはルイを止めなきゃならない」
その言葉にナツキは返したい言葉があったが、言うべきではないと胸に仕舞った。囚われすぎているのではないか。ルイを助けると言う事に固執するあまり、リョウは自分の命を軽く見ている。ナツキはリョウの右腕へと視線をやる。包帯で巻かれたまま、ギブスで固定されている。その右腕だって、ルイのためならば差し出せると言うのか。
その重く沈んだ思考を打ち破るように大声が響いた。
「おーい! ナッチ、リョウ、サキ!」
顔を上げると、ロケット団員の人だかりを掻き分けて駆けてくる二つの影があった。一人は長身痩躯の男――ヒグチ博士だ。いつものように白衣を羽織っているが、背中に大きなバックパックを背負っている。博士はナツキ達の前まで来ると、荒い息をついて額の汗を拭った。博士の手を引いてきたのはユウコだ。ユウコは息切れひとつ起こしていなかった。
「もう、博士だらしないわ」
「しょうが、ないだろう。ユウコ君が速すぎる、んだよ。私は荷物も、ほら持っているし」
平静を取り戻そうと普段の声音で喋るが、走ってきたせいかどこか歯切れが悪い。目の下の隈がいつもよりも濃かった。寝ていないのだろう。
「博士、その荷物は?」
フランが尋ねると、博士は「ああ」と二三度頷いた。
「私も君達と共に行く」
思いがけないその言葉に驚愕したのは今から決戦に赴く五人だけではなく、引っ張ってきたユウコもだった。
「博士、それ本気で言っとるん?」
「ああ、本気だよ、私は」
ふぅと息をつき、博士は顔を拭った。それを見たリョウが堪りかねたように口にする。
「博士。俺らは博士を守りきれる保障なんてねぇんだぞ。自分の身で精一杯だ。それなのに、博士が来る事は――」
「無謀、かい? だけど、言ったはずさ。君達のような若者が無茶やるのに、私だけ見て見ぬ振りをするわけにはいかない。それと、リョウ君。これを」
博士がバックパックを下ろし、中から掌に納まるサイズの鉄製の箱を取り出した。リョウが手にとって開けてみると、白い衝撃吸収材の中央に四角い板があった。黒い板の表面には水色の六角形が描かれている。
「博士。これは……」
「ああ、ヘキサツールだ。なんとか間に合わせた」
「これが、ヘキサツール……」
ナツキも見やったが、親指の大きさほどもない記憶機器に見える。こんなものの中に全てのポケモンのデータが本当に入っているのか。ナツキの疑いを他所に、リョウはヘキサツールを摘んで、「これが」と呟いた。ルイを助けだせる可能性の力が手に入ったのだ。その胸中は慮る事しか出来ないが、希望の灯火が輝いたに違いない。
「しかし、俺の手持ちにヘキサツールを使えるポケモンはいない。これじゃ、宝の持ち腐れだ」
その言葉に悔恨の色が混ざっている。これでは戦えない。そう思いかけたその時、サキが「だったら」と言葉を発した。
「私のメタモンを使え。メタモンならば調整なしでも使えるんでしょう、お父さん」
サキが腰のホルスターにある二つのモンスターボールのうち一つをリョウへと差し出す。博士は「だが」と声を出した。
「お前の手持ちがカブトしかなくなるぞ。それではさすがに――」
「私のカブトはもうカブトプスになっているんだ。なかなか言い出せなくってごめん」
博士は一瞬戸惑いの表情を見せたが、やがて何もかもを悟ったように瞼を閉じて頷いた。
「……そうか。なら、リョウ君。メタモンを預かってやってくれ。それがサキの望みであり、私達の希望だ」
それは重い言葉だった。ナツキはカメックスの入っているモンスターボールの表面に思わず手をやった。希望。それを託すのは本当に信頼できた時だけだ。カメックスとはまだ信頼関係を築くに至れていない。実戦で信頼を確かめるしかない。だが、また暴走してしまわないとも限らない。ならば、自分にとっての希望は何なのか。カメックスを希望と呼ぶには、それは責任をカメックスだけに被せているようでナツキは嫌だった。
リョウは差し出されたメタモンのボールをじっと見つめてから、顔を上げてサキを見つめた。サキの眼には迷いはほとんど無かった。メタモンを預ける事で信頼を託そうとしているのだ。リョウは深く頷き、差し出された手に自分の手を重ねた。
「ありがとう、サキ。メタモン、預かるぜ」
「礼は全てが終わってからにしろ」
相変わらず強気なサキの言葉にリョウはフッと笑みを浮かべたのも一瞬、メタモンのボールを受け取り、振り返って緊急射出ボタンを押した。
「いけ、メタモン」
光に包まれた物体が地面に水溜りを形成する。それは光を払って紫色の姿を晒した。ゴマのような目としまりのない口が浮かぶ。リョウはメタモンへと歩み寄って、摘んだヘキサツールをメタモンの口先へと近づけた。メタモンはびゅんと身体を動かし、リョウの手からヘキサツールを受け取った。直後、メタモンが小刻みに震え始めた。体色が移り変わり、その身が七色に彩られる。突然の事にリョウが声を上げた。
「博士!」
「分かっている。リョウ君。これを」
博士がリョウへと歩み寄り即座に手渡した。ナツキにもそれが見えた。ポケモン図鑑だ。だが、それでどうしようというのか。リョウは戸惑う声を発する。
「博士。これでどうすんだよ。メタモンがやばいぞ」
「焦るんじゃない。メタモンは今、体内の変化に対応しようとしている。もうすぐ色が七色で固定されるはずだ。見たまえ」
その声にリョウがメタモンに目をやると、震えは既に収まっていた。メタモンは虹色の体色を身にまとっている。だが、ゴマのような目としまりのない口はそのままだ。博士はリョウへとポケモン図鑑を手渡した。ヘキサツールが抜き取られていると言っても、まだ使えるようである。
「リョウ君。図鑑をスクロールさせて、何でもいいからポケモンの図鑑ナンバーと名前を言うんだ。メタモンはそれに反応して、変身する」
「分かった。じゃあ……」
リョウが図鑑を開いて、ポケモンの名前をスクロールさせる。その中の一つをリョウは選んで叫んだ。
「メタモン、図鑑ナンバー249、ルギア!」
その言葉に反応し、メタモンは身体を僅かに震わせた。直後、水溜りのような身体を大幅に広げた。まるで絨毯のようにメタモンの身体が薄く引き伸ばされる。やがてそれは五メートル近くになったかと思うと、今度は上に液体金属のような粘性を持って伸び始めた。端のほうの身体が五指のような翼を形成する。後方が大きく持ち上がり、尻尾が形作られたかと思うと、中央からひれのようなものが左右均等に三本現れた。青いひれだ。前方が大きく持ち上がり、長い首をもたげる。それは翼竜のような姿のポケモンだった。白を基調とした身体に、巨大な両翼が巨体を持ち上げている。鋭い瞳を上には刃のようなひれがある。腹の部分は青く、白と青のみで構成されたその身は海の化身である事を象徴している。飛行・エスパータイプを持つジョウトの伝説の登場するポケモン――。
「……これが、ルギア」
呟いたのはフランだった。ルギアが両翼をはばたかせると、轟と空気が割れた。雄々しいその鳴き声にロケット団員の人々が竦み上がったように顔を硬直させる。
「リョウ君。メタモンに戻すんだ。今の鳴き声は大きすぎる。少しまずい。無関係の人を巻き込んでしまいかねない。モンスターボールに戻せば、自動的にメタモンの姿に戻る」
リョウは急いでルギアの姿になっているメタモンへとボールを向けた。ルギアの姿が赤い粒子に包まれ、一条の線になってボールへと吸い込まれた。そのボールを見つめながら、リョウは放心したように呟いた。
「……これが、ヘキサツールの真の力」
「そうだ。恐ろしい力だが、欠点もある」
「欠点?」とリョウが聞き返すと、博士は神妙な顔つきで頷いた。
「どんな姿に変身しても、変身するポケモンの能力に依存するんだ。たとえばいくら特殊攻撃力が高いポケモンになっても、能力自体はメタモンのままというわけさ。そのポケモンの強力な技を使う事は出来る。だが、能力が伴っていないために本気で育てられたポケモンには到底届かない。ロケット団がメタモンで試さなかったのはそれが原因なんだ。実戦で使えなければ意味がない。そういう考えだったんだろうね。加えて、制限がある」
「制限?」
聞き返す声に博士は神妙に頷いた。
「変身出来るのは六回までだ。生体調整をしていないからだろう。今ので一回、残り五回という事になる」
「……そう、おいそれと使えないというわけか」
「ああ、使い所をよく見定めて欲しい。君ならば、それが分かると思うが」
「所詮、偽者というわけか」
リョウの言葉に博士は「だが」と返す。
「全てのポケモンになれるという事だけでも相当なものだ。扱いきるにはトレーナーの適切な判断力と精神力が必要になるが、弱点を効果的に突く攻撃が出来る。それだけでもヘキサに対抗するには充分だろう」
「ああ、だがこの中にルイとゲンガーを引き剥がす技があるかどうか」
リョウがボールを見つめながら言った言葉に、全員が沈黙した。それがなければ、ルイと止める事など出来ない。その時は最も残酷な選択をリョウが迫られる事になる。
沈黙を破ったのは博士だった。重苦しい空気を払うよりも、ただ一つの希望を示すために、博士は口を開いた。
「誰も無いと規定したわけじゃない。その方法は今まで着目していなかっただけで、あるかもしれない。リョウ君。君は可能性の力を手に入れたんだ。なら、君がその可能性を信じてやらないでどうする」
博士の言葉にリョウは何も返さなかった。気休めを言える常態ではない。だが、博士は希望を語った。希望が前に踏み出す原動力になると確信していないと出ない言葉だ。ナツキもそれは分かる。前に踏み出すためには絶望ではない。いつだって必要なのは希望なのだ。誰かと一緒ならばそれを成す事が出来る。
「そうだな。分かったよ、博士。俺はメタモンとヘキサツールを信じてみる」
リョウがホルスターにメタモンのボールを引っかける。博士はひとつ頷いてから「それともう一つ」と懐からボールを取り出した。リョウへとそれを差し出す。「それは?」とリョウが尋ねた。
「これは君が捕まえてくれたフシギダネだ。今はフシギソウに進化しているけどね」
その言葉にリョウが目を見開いた。ボールへと手を伸ばしかけて、「でも、どうして」と尋ねる。
「リョウ君。このポケモンは君じゃないと進化させられない。不思議なアメを使ってフシギソウにまでは進化させたが、フシギバナにはならない。レベルが条件には合っているにも関わらず、だ。何故か。それは信頼できるトレーナーの存在がないからに他ならない。このフシギソウを進化させられるのは君だけだ。受け取って欲しい」
リョウの手を引き寄せてボールをしっかりと掴ませた。リョウは受け取りながら、ボールを見つめる。今、手に入った二つの力。ヘキサツールを持つメタモンと、進化の可能性を秘めたフシギソウ。これをどう使うかはリョウ次第だ。誰にも口を挟む事など出来ない。
「そうそう。フラン君」
思い出したように放たれた声に一番驚いたのは呼ばれたフランだった。目をぱちくりとさせて、
「僕ですか?」と自分を指差す。博士は頷きながら、バックパックから白い布に包まれた何かを取り出してフランへと歩み寄った。フランは少し気圧され気味に「リョウ君じゃなくって、僕に?」ともう一度尋ねる。
「そう、フラン君に。これをあげよう。君には不要かもしれない。だけど、もしもの時にはいるはずだ」
博士は白い布に包まれた何かをフランの手に握らせた。掌ほどの大きさの何かだ。フランがそれを懐に入れる直前、眩い水色の光が反射して見えたような、そんな気がした。
博士はバックパックを背負いなおし、「さてと」と言った。
「私も向かう事にするよ」
「でも、サキちゃんのお父さん。ポケモンを持ってないとヘキサとの戦闘になると危ないですよ」
心配そうに言ったのはマコだった。博士は「いや」と首を横に振った。
「危険を承知で行かねばならないんだ。バックパックの中には回復系統の薬が大量に入っている。君達のサポートも充分に出来るはずだ。それに私とて何もお荷物になろうと言うんじゃない。自分の身は自分で守る。これでも私は、ポケモン群生学の研究者だからね。ポケモンの事は分かっているつもりだ。それにこの戦い、私にとっても無関係じゃない」
マコと博士は暫しの間向かい合った。双方、言葉は無い。だが、その眼に宿る決意は本物だと確信できた。
「……分かりました。サキちゃんのお父さんの覚悟が本物だと――、痛い!」
マコの頭をサキが後ろからぺちんと叩いた。マコは頭頂部を押さえて蹲った。
「馬鹿マコめ。ちゃん付けをするなと何回言えば分かる。それに、覚悟のない人間なんて、ここにはもういないんだ。お前が再確認する意味なんてないんだよ」
サキが腰に手を当ててふんぞり返って口にした。その姿を見て、フランがクスリと笑う。
「確かに。サキの言う通りだ。再確認なんて必要ない。博士だって覚悟はある。いや、ここにいる皆、抱えているんだ」
フランがモンスターボールを取り出し、緊急射出ボタンを押した。手の中でボールが割れ、光を回転しながら振り払い、キルリアが現れる。
「行こう。ヘキサの本拠地、タリハシティへ」
その言葉にサキが鼻を鳴らした。
「お前に号令されるまでもない」
全員がキルリアのテレポート範囲内に入れるように、寄り集まる。その時、ナツキはふとヨシノがこちらを見ている事に気づいた。テクワはわけも分からずに手を振っている。だが、ヨシノは知っている。ナツキ達が生きて帰れるかも分からない場所へと赴こうとしているのを。
「……頑張って、ナツキちゃん。誰のためでも無く、あなたのために」
言葉が熱となり、涙が溢れそうになったが泣かなかった。次に泣くのはチアキを取り戻し、全てを終えてからだ。それまでは泣けない。
テレポートが始まったのか、周囲の景色が靄に包まれたようにぼやけてゆく。ロケット団の人々の明日も、自分達の明日も、一寸先をも見えぬ闇に消えるのか。それとも、その先にあるのは光なのか。判らない。だが、それでも歩む事を止めてはならないのだ。
「――行ってきます」
ナツキが口にしたその言葉は一ヶ月前に旅を始めた時と同じ言葉だった。その言葉が景色に溶けるより先に、視界が消えた。
手を伸ばそうとして、遮るように景色が靄に包まれて消えた。ユウコは伸ばした手をそのままに、六人が行ってしまった後の景色をずっと眺めていた。
何も気の利いた事を言えなかった。リョウにもナツキにも、何一つ出来なかった。そんな思いが胸の中から湧き上がる。ヒグチ博士まで行ってしまって自分はどうすればいいのだろう。肩越しに後ろを見やる。ロケット団の人々はずっとミサワタウンにいるのだろうか。皆がいたから平気だったが、彼らは犯罪組織の人間だ。この町に災いを呼び込まないとも限らない。様々な感情が浮かんでは消え、ユウコはこんな事なら皆と行ければと思った。ポケモンは持っていないし、戦力にはならない。だが、それでも博士は行ったのだ。ならば、自分だって行けるはず。そう思い、自転車を取りに行こうと踵を返して走りかけて、呼び止められた。
「どこへ行くの?」
ロケット団の一人の女性がユウコを呼び止める。子供を連れているが母親とは思えないほどに若かった。姉と弟なのだろうか。ユウコは駆け出しかけた足を戻して、伏し目がちに応じた。
「関係ないでしょう」
「ナツキちゃん達のところにいくつもり? でも、私達は待つ事しか出来ないわよ」
「そんな事……!」
ユウコは顔を上げて睨んだ。だがロケット団の女性はそれを意に介す事無く、ユウコへと歩み寄ってきた。ユウコは手を払って、「こっち来ないで!」と叫んだ。
「うち、まだあんたらの事、信用したわけやないから」
その言葉に女性は首を傾げた。
「どうして?」
あまりにも純粋に尋ねる声に、一瞬声を詰まらせそうになったが、ユウコは女性とは目を合わせないようにして喉から搾り出した。
「……だって、ロケット団やんか。うちの故郷でポケモンに酷い事したんも、あんたらなんやろ。そんな奴らが、近くにおるなんて」
「嫌なの?」
「当たり前や! あんたら、この町も無茶苦茶にするつもりなんやろ! ナッチをどんな方法で騙したんか知らんけど、うちは騙されへん。ロケット団のせいで、ポケモンも人間も、全部おかしくなって……。あんたら、自分達のしてきた事、分かってるん?」
思いのたけをぶちまけたつもりだった。憎まれたって構わない。ナツキが認めても自分は許さない。相手は世界の敵なのだ。
だが、決意をこめて発した言葉に、女性は憤るわけでも悲しむわけでもなく、優しい声音で言った。
「確かに、過去は消えない。私達がロケット団なら、なおさらの事。でも、未来なら変えられるでしょう?」
「……未来」
呆然とユウコが呟く。その言葉に女性は頷いた。
「そう、未来。過去は変える事は出来ない。どんなに偉い人でも、強い人でも同じ事。過去に傷が無いように見せる事は出来るけど、それは偽り。偽っていちゃ、誰も分かり合えない」
「じゃあ、あんたらは、今までやった事が偽りやったって言うんか!」
怒りの矛先を定められないユウコを宥めるように女性はゆっくりと頭を振った。
「違う。ロケット団は確かに許されない事をやった。たくさんの人が、ポケモンが犠牲になった。私は偽る事無く言うわ。ロケット団の犯した罪は消えない。それを憎むのも分かる。でも、憎んでばかりじゃ何も変える事は出来ない。私も、あなたも」
「うち、も……」
女性は空を仰ぎ見た。ユウコもその視線の先を追う。山ひとつ超えた、タリハシティ近辺の空が暗くなっていた。雨が降るのかもしれない。女性は真っ直ぐな光を宿した瞳をその暗雲へと向けた。
「ナツキちゃん達は変えに行ったのよ。これからの未来を。そのための戦い。私も、あなたも、邪魔する権利なんてない。全て、彼女達に任せるしかないの」
「未来を、変えに」
言葉にしても実感なんてない。何が変わるというのか。ロケット団の処遇が変わるのか、ディルファンスの見方が変わるのか、それともヘキサという組織が変わるのか、それとも――。そこから先の言葉が見つからず、ユウコは「でも」と抗弁の口を開いた。
「六人じゃ、変えられへんよ」
「変えられるわ。きっと、あの子達なら、ね」
どこにそんな真っ直ぐな感情があるのか。ユウコは分からずに、ただタリハシティ上空に立ち込める雨を孕んだ雲の渦を見る事しか出来なかった。