ポケットモンスターHEXA











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グッバイ・マイ・リトルデイズ
第六章 九節「咎人」
 偽りの笑みを過去の向こう側から引き継いだキシベは、口角へと手をやった。

 いつしか、勝手に出るようになった癖。

 心を閉ざす代わりに笑みを浮かべる。それも見たものを不快にさせる陰湿な笑みだった。

 だが、胸にある野望、いや決意を誰にも悟らせるわけにはいかなかった。知られれば始末されるのは自分のほうだ。始末する側に回らなくては、自分は生き残れない。口角へとやっていた手を拳に変えて、キシベは黒塗りの廊下を歩いた。

 過去は全て、足跡の向こう側へと置いてきた。だが、全てを捨て去ったわけではない。過去は時に、自分が既に彼方に置いてきた足跡を辿って迫り来る。忘れてようがいまいが、関係がない。

 生まれを完全に断ずる事が出来ないように、過去もまた切り捨てる事の出来ない魔物である。だからこそ、キシベは過去との決別ではなく、過去を見つめ続ける事を選んだ。

 行動原理は全て過去にあり、未来には何もない。

 可能性は毒に等しい。

 一滴、一粒に満たなくとも、夢見ればそれは着実に身体と心を蝕む。未来を見つめ続ける事など、キシベには到底出来なかった。未来はルナが大量にクローンされたあの瞬間、完全に闇に潰えたのだ。愛娘という形が崩れたのと同時に、未来もまた音を立てて崩れ始めた。

 キシベには今すらない。

 生きている事は道化を演じている事で幻想のようにぼやけている。生きている感触がない。他人の死に感情的になれない。それと同じように他人の心にも。

 キシベはR01Bを手にした時にいた少年の事を思い出す。ユンゲラーの「かなしばり」を自力で解いた恐るべき少年。その眼が湛えていた光を思い返す。あれは他人の未来に干渉する瞳だった。未来という不確かなものに希望を抱かせる眼差しだ。それが爛々と燃えていたのはどうしてなのだろうか。あの少年にはそれほどに生きる事に充実していると言うのか。それとも、R01Bとの出会いが何かをもたらしたか――。

 頭に浮かんだその考えに、キシベはフッと笑みを浮かべた。R01Bが他人の人生に影響を与えるはずがない。あれは紛い物だ。紛い物が本物の人生をどうこう出来るはずがない。もっとも、この話はあの少年の人生が本物ならば、の話だが。

 キシベは人間が立てるとは思えないような、無機質な靴音を廊下に等間隔のリズムで刻む。

 誰しも人生は本物だと信じている。だが、必ず本物と偽者はあるのだ。現に総帥の人生は紛い物だった。サカキのために忠義を尽くし、自分の意見も持たずに考える事をやめたがらんどうの人生を本物と呼べるはずがない。総帥はサカキを自分の内側に投影していたのだ。

「私は、違う」

 呟いた声は黒い壁に吸い込まれた。数歩歩けば突き当たりに差し掛かる。扉があった。楕円形の扉で、亀裂のような筋が中央に入っている。キシベは壁に埋め込まれた認証パネルにカードキーを通した。緑色のランプがひとつ点き、続いて認証パネルにある十桁の数字のキーを手早く押す。もうひとつ、緑色のランプが点いた。最後にパネル上部にある黒い四角形に目を近づけた。網膜認証がなされ、最後のランプが点いた。

 扉から圧縮された空気の漏れる音が聞こえる。エアロックが解除されたのだ。キシベは扉の前に立った。空気の漏れる音と共に扉が横に開く。

 部屋の中は無機質な灰色で占められていた。黒いケーブルが八方から中央へと向かっている。中央には屹立するように豆電球のような形状のカプセルが存在していた。カプセルの中はオレンジ色の培養液で満たされている。キシベはカプセルへと歩み寄った。徐々にカプセルの中にいる影の輪郭が露になってゆく。まるで胎児のように丸まって培養液に浮いており、その背には何本ものコードが突き刺さっていた。キシベはカプセルに手をついて、道化の笑みを消して呟いた。

「……ルナ」

 カプセルの中の少女は自分の名前を呼ばれても身じろぎひとつしなかった。キシベはカプセルの隣にある機器に目をやる。心拍正常、脳波正常、呼吸正常。全ての値が正常値を示しているにも関わらずルナは動かなかった。もうほとんど抜き取られているのだ。人間らしい人格も、それを構成するだけの要素も。ルナの身体にはいたるところに裂傷や、手術痕があった。直視する事が憚られるような傷跡だったが、キシベは愛おしく目を細めて喉の奥から声を出した。

「ああ、かわいそうに。あんなに綺麗だったのに……」

 キシベは身を折り曲げて嗚咽の声を漏らした。もうあの頃には戻れない。ルナも自分も。どうしてここまで変わってしまったのだろうか。これ以上生きながらえても未来はない。だったら、死ぬべきか。今すぐに、ここで果てられれば。

 ――否。

「奴らに報復せずして、死ねるものか」

 キシベはゆらりと身を起こし、カプセルへと両手をついた。まるで神への祈りを捧げるように。

「ルナ。もうすぐだ。もうすぐ、奴らに思い知らせる事が出来る。カントーは私とお前の居場所を奪った。ロケット団が追い込まれなければ、私とお前はあのままでいられたのに。いや、ロケット団など存在しなければ、何事も無かったのだ。カントーはロケット団の存在を半ば黙認していた。それは許されざる罪だ。罪は罰せられなくてはならない」

 キシベは手を離し、カプセルと向かい合った。ルナは何も語りかけてこない。瞼も固く閉じられている。現実を見たくないのか。汚らしいものしかない、現実を。傷つけるものしかない、浮世を。

「ルナ。お前は何も見なくていい。お前が眠っているうちに事は終わる。大丈夫だよ。その後は宇宙に行こう。お前が見たがっていた星々を見よう。この惑星など取るに足らないんだ。それを一緒に見にいこうじゃないか。だから、ルナ。現実を忘れておやすみ。現実は、次に目を覚ます時にはなくなっているからね」

 キシベはカプセル越しにルナに口づけをした。おやすみのキスだ。いつもやっていた。名残惜しそうにカプセルの表面を撫でていたが、やがてキシベはその手を拳に変えて踵を返した。部屋を後にする。もう鍵をかける必要はない。

 扉が閉まる直前、ルナが目を開いてこちらを見ているような気がして振り返った。だが、ルナの眼は開かれることは無く、生死の境界を彷徨い続ける胎児がいるだけだった。

 キシベは黙したまま、廊下を歩いた。父親としての自分を封じ、ただ復讐鬼としての自分を呼び覚ます。加えて、今は司令官としての思考も持たなければならない。冷静に考えを巡らせる。ディルファンスはほとんど動けまい。もはや残党だ。だが抵抗はしてくるに違いない。エイタはプライドの塊だ。裏切られたとなれば、必ず報復に来るだろう。残存戦力を尽くして、攻撃してくるに違いない。この場所が知られれば、の話だが。

 ディルファンスがこのヘキサ本部を見つけられる可能性は薄いとキシベは考えていた。電力供給を断った事で、少なからず何かが起こる事を予感している人間はいるだろう。エイタもその中の一人かもしれない。しかし、真実の意味でヘキサの動きを予見する事など出来はしない。常識に縛られたままでは、ヘキサがどうやってカントーへの侵攻を始めるのかまでは分からないはずだ。それを知ったところで、もう手遅れである。その頃にはヘキサはディルファンスも、カイヘン政府の手も届かないところにいる。

「真に恐れるべきは、ディルファンスでもカイヘン政府でもない。内部の裏切りだ」

 キシベは呟いた。今のヘキサは敵対組織を繋ぎ合わせただけの、組織というには脆すぎる構造だ。アスカとチアキ、そしてR01Bがいたとしても、統合するのは難しい。内部分裂、それが今のヘキサにとってはもっとも危惧すべき問題だった。ディルファンス勢力とロケット団勢力がぶつかりあえばそれまでの事。これからはアスカをどのように動かすかが鍵となる。お飾りのリーダーとはいえ、アスカについてきた構成員達は盲目的に幹部の言う事を信じているのだろう。そうでなければヘキサの設立に異を唱えるはずである。そのような人間がいないのは、ディルファンス内部には考える頭を持っている人間がいない事を示している。少なくともアスカに追随するような構成員達ならば御する事が出来るだろう。問題はロケット団員のほうだ。彼らには矜持がある。ディルファンスと敵対し、世界の敵であったとしても今まで戦い続けた無駄な自我がここに来て邪魔にならないかどうか。総帥のようにサカキの帰還とロケット団再建に情熱を注いでいる団員がいないとも限らない。そういう人間を炙り出すのは困難だ。特に限られた時間の中では。

 キシベは突き当たりの扉の前に立った。先程の部屋と同じような楕円形の扉だ。カードキーを認証パネルに通すと、扉のロックが開いた。あまり厳重ではない。ここから先は見られて困るものでもないからだ。踏み出した冷たい靴音が静寂の部屋に滲み出す。そこは廊下になっていた。だが廊下といっても片側の通路の先は壁に固められている。片方の壁に鉄格子が嵌められている。牢屋だった。それは全部で三つある。キシベが歩み出すと、牢屋の中から獣の呻き声のような声が聞こえてきた。口元にフッと笑みを浮かべて、キシベは牢屋のひとつの前に立った。

「気分はいかがかな。フレア」

 その言葉に牢屋の暗闇の中で身じろぎする影があった。影は手で顔を拭ってから、口を開く。

「最悪だぜ、キシベさんよ。オレがここに入れられてから何ヶ月経った?」

「君をスカウトしてからならば、もう一年経っている」

「一年か。オレからしてみりゃそう長くはねぇな。ここよりもっと劣悪な環境にいたもんでな」

 闇の中で声の主が肩を揺らして笑ったのが分かった。キシベは笑みを深くして、「君は」と尋ねる声を寄越す。

「この環境を気に入っているかね?」

「ああ、最高だね。日に三度は飯が食える。それも残飯じゃねぇ。まぁ、ひとつ注文させてもらえるのなら、ピラフが辛すぎるくらいか」

 冗談めかして放たれた言葉に、キシベも笑いかけた。だがそれは、陰湿な笑みだった。

「分かった。改善するよう心がけよう」

「改善? そんなことよりも私達を早くここから出してもらえるかしら?」

 隣の廊下から女の声が上がる。キシベはそちらへと顔を向ける。だが、向けたところで牢屋の中からこちらが見えるわけではないのは承知している。

「ここがお気に召さないかな、コルド」

 キシベの言葉にコルドと呼ばれた女の声が不満げに応じた。

「当たり前でしょう。シャワーも浴びれないし、こんなむさくるしい男共と毎日一緒。私だって、文句ぐらいは言ってもいいでしょう」

「コルド。お前が言いてぇのは、オレ達といるのが嫌って事か? それともこの場所が気にいらねぇって事か? あの場所ではもっと酷かったっていうのによ」

 フレアが口を挟む。コルドは鼻を鳴らした。

「あの場所よりかはいい環境なのは認めるわ。でも、ここじゃ穴倉で生活しているのと何ら変わりはないでしょう」

「穴倉ねぇ。でも、オレ達がいたのは穴倉よりも酷かったと思うがな」

 フレアの言葉にキシベは彼ら三人をスカウトした時の事を思い出した。

 彼らは全員、犯罪者だ。ロケット団関係ではないがポケモンによって重罪を犯し、カイヘンの拘置所で死刑執行を待つばかりだった。彼らがいたのはコウエツシティの地下牢獄だ。表向き善良な港町として名高いコウエツシティだが、裏では難攻不落の牢獄として名が通っている。コウエツシティは海で囲まれているために、死刑執行囚が自力での脱獄はまず不可能だ。加えて劣悪な環境であった。地下はまともに整備もされておらず、浸水は当たり前であり、腐臭の立ち込める空間であった事を思い出す。そこに目をつけたのは、ヘキサを裏で設立するために必要な兵を集めるためだった。

 ロケット団員でも、ディルファンス構成員でもない、第三勢力。

 それが必要だと感じたのは内部分裂を危ぶんだからに他ならない。ロケット団はディルファンスとの抗争で兵力を著しく低下させた。ディルファンスはといえば、半分の兵が寝返ったとはいえ完全にこちらを信用しているわけではない。ならば、この二つの勢力を統制するもうひとつが必要だとキシベは考えた。それもロケット団の価値観にもディルファンスの価値観にも流されず、物事を客観的に観察し、なおかつ圧倒的な力を持つ存在でなければならない。今のヘキサにはしきたりもなければ、罰則もない。このままでは裏切り者が出ることは目に見えている。そのためにはこの三人にヘキサ団員全ての手綱を握ってもらわなければならない。

「フレア。君のポケモンはどうなっている?」

「ああ、ちゃんとあんたの言った通り、全ての団員につけてあるぜ。それにしてもあんたから渡されたこの薬、すげぇな」

 牢屋の奥で蒼い眼が不気味な光を灯した。

「オレのポケモン全てに繋がっている感じがするぜ。ちゃんと団員の背中に引っ付いているのが分かる。だがよ、あんたの指示通りに幹部にはつけなかったが、いいのか?」

「幹部が裏切るとでも?」

「あんたのフーディンの催眠術で一時的に操っているに過ぎないんだろ。だったら、フーディンがやられたらお終いだろうが。本丸を叩きに来ないとは限らねぇんだ。そこら辺の用心はいいのかよ」

 フレアの言葉に、キシベは口角を吊り上げた。

「心配はいらない。フーディンが倒される事はありえないからだ」

「それはまた、どうして?」

 コルドの尋ねる声に、キシベは暫しの沈黙を挟んでから「君達ならばいいだろう」と言葉を発した。

「フーディンの入ったモンスターボールは厳重に保管してある。モンスターボールに入っている限り、フーディンの術が外的要因によって破られる事はない。私を倒そうが意味のないことだ」

 もっとも、強い感情の起伏によって催眠が破られる事はある。しかし、ディルファンスにアスカもチアキも、R01Bも目を醒まさせる事など出来ないだろう。

 ――出来るとすれば、あの少年か。

 自分が殺した少年の姿が今更に思い返された。R01Bに対する執着は自分以上だ。ともすれば、と思いかけてナンセンスだと否定する。人の心など、期待していない。だからこそ、催眠術で操っているのだ。

「だったら、あんたのポケモンは今ペラップだけだって事か」

 フレアが弾かれたように笑い出す。コルドも笑い声を上げた。キシベは「おかしいかね?」と尋ねる。

「ああ、最高に狂ってるぜ、あんた。全てを決する戦いの前に主力を手放すとはな。それなりの奴じゃねぇと出来ない選択だ」

「やっぱり面白いわね、あなた。あなたについてきて正解だったわ」

 二人の言葉にキシベは笑みを浮かべつつ、一番奥の牢屋に目をやった。先程から沈黙し続けている一人の男がそこにいるはずだった。キシベは声をかける。

「君もおかしいとは思わないかね、ゲイン」

 その声に奥の牢屋の中で今始めて、気配が身じろぎしたのを感じた。今の今までほとんど気配というものを感じさせなかった。ゲイン、という男はぼそぼそと呟いた。

「……それがしは、特に思わぬ」

 どこか不器用な声音だった。その声に反応してフレアとコルドがそれぞれ声を上げる。

「おっ、ゲインが喋りやがった。相変わらず硬い口調だな、お前。何日ぶりの言葉だ?」

「本当に。今までいたのかどうかすらも怪しかったのに。もしかしたら先に外に出ているんじゃないかと思ったわ」

 二人の言葉を受けてもゲインは抗弁の口ひとつ出す事は無かった。キシベはゲインのいる牢屋を見やる。

 ゲインはこの三人の中では最も重罪だった。ゲインの起こした事件はカイヘン地方を震撼させた。ゲインはロケット団とは別の過激派組織に属していたらしい。白昼の街でポケモンを使い、大規模なテロ行為を行った。今でもカイヘン地方では刻み付けられる9月9日。当時のカイヘン地方で建造が推し進められていた巨大建築物を破壊。観覧に来ていた観客や直下にいた人々も含め、300人以上の死傷者を出した最悪の事件の当事者だった。司法はゲインを捕らえ、ろくな裁判もせずに死刑判決を下した。ゲインのポケモンが事件を起こした事は疑いようのない事実であったし、ゲイン自身もそれを認めたからだ。ゲインは最後までこう言ったという。

 ――それがしは正しいと思った事をしたまで。

 この言葉はもちろん被害者遺族達の反感を買った。普通の刑務所に入れるわけにもいかず、遺族の反感が強いために早期の死刑執行を求められた司法は、表向きはゲインを死んだ事にさせた。裏ではコウエツシティ地下の拘置所に長年拘束されていた。カイヘン地方の司法制度では重罪人で死刑囚だとしても、短くても三年の執行猶予期間が与えられる事になっている。その三年を待たずして、キシベがスカウトし地下牢獄から連れてきた。だが、ゲインは食事にもろくに手をつけず、他の二人と喋りもしなかった。生きているのかどうかすらも怪しい時が度々あった。ただキシベには恩を感じているようだ。キシベの言葉には、少ないながらも反応を示す。それが何よりの忠義の証である事をキシベは心得ていた。

「ゲイン。君は、上に立つ人間に必要なものは何だと思う?」

 キシベは総帥の言葉をそのまま発した。何度も繰り返し聞かされた言葉だ。ゲインは淀みのない口調で言った。

「崇高なる信念と大義」

 キシベは笑みをより一層深くした。ゲインは扱いやすい手合いだ。駒としては申し分ない。そして、この言葉を発する人間は決して予測に反した行動はしないとキシベは経験則で知っていた。

「素晴らしい。ゲイン、君は戦士として申し分ない。その意志で私を支えてくれないか」

「承知」とゲインは短く返した。その時、フレアとコルドがそれぞれ不満を発した。

「それはいいけどよ。いつになったらここから出してくれるんだよ。あんたの話じゃ、ヘキサはもう行動に出るんだろ。いつまでもここにいたら身体が腐っちまうぜ」

「同感ね。ゲインの相手もいいけれど、私達をないがしろにしてもらったら困るわ。あなたにスカウトされてから、まだ何もしていないもの」

 その言葉に、キシベは頷いた。

「そうだな。君達にはそろそろ働いてもらうとしよう。そのために君達を外に連れ出したのだ。君達は暗闇で燻っていてもいい人材ではない」

 キシベは牢屋とは反対側の壁に埋め込まれたレバーに手をかけ、それを思い切り引き下ろした。重たい音と共に照明が点き、今まで暗闇に沈んでいた部屋を照らし出す。突然の明かりに、フレアが声を上げた。

「おお、光だ! 久しぶりだな。身体に染み渡ってくるようだぜ」

 キシベは牢屋の錠前についている溝へと、ここに入ってくるのとは別のカードキーを通した。錠前についているランプの色が赤から青に変わる。三つの牢屋それぞれの錠を開けてから、キシベは懐にカードキーを仕舞いつつ言った。

「これで君達は暗闇から出る事が出来る。名実共にね」

 牢屋の扉が開く。中から現れたのは三人の男女だった。
青い髪を刺々しく立てて、面長な顔に鋭い眼光がある。口元はニヒルに歪んでおり、黒いジャージを着込んでいた。フレアだ。

 隣の牢屋から出てきたのは、短髪の女だった。金色の髪を留める白いカチューシャをしており、すらりとした体躯だった。黒いラインが縦横無尽に走っている白地の服を着ている。フードつきの服だった。そのフードを目深に被り、女はにやりと笑った。この女がコルドだった。

 一番奥の牢屋から出てきたのは、二メートルはあるかと思われる長身だった。がっしりとした身体つきで、汚らしい緑色の着物を着ている。髭が茫々で、髪の毛も蓬髪だった。だが、それが男の持つ凄みを引き立たせていた。男はキシベを見やり、顔の前で両手を合わせて一礼した。ゲインは顔を上げてキシベを見やった。くたびれたような目つきだが、眼の中の光が死んでいるわけではない。忠義のためならば命を尽くす、という真っ直ぐな感情が見て取れる瞳だった。

 そして、三人とも虹彩の色が蒼かった。既に月の石の薬を全員使用していた。

「君達がヘキサ戦闘部隊幹部だ。これより状況を開始する。ついてきたまえ」

 キシベが三人ともに視線を配り、口にする。三人とも静かに頷いた。

 キシベと三人は暗闇の廊下から出た。三人の虹彩が蒼く爛々と輝き、解き放たれた獣達が戦闘の愉悦を思い描きそれぞれ口元を歪めた。


オンドゥル大使 ( 2013/01/15(火) 16:28 )