ポケットモンスターHEXA - グッバイ・マイ・リトルデイズ
第六章 六節「AM7:00」
 口中に鉄の味が広がる。

 どうやら口を切ったらしい。無機質な靴音を響かせながら、先程のヤマキの事を思い返す。

 他人のために必死になっていた。今まで自分に意見が出来る人間も、ましてや暴力を振るえる人間などいなかった。ここに来てそれが出たのは、組織の膿だと感じていた。膿は取り除かなければならない。悪化してからでは遅いのだ。だからこそ、殴らせた。そうする事で気が済むのならば、それでいい。ディルファンスがただ一人の構成員の乱れによって緩やかな消滅を辿るほうが危惧すべき問題だった。一発の拳で済むのならば、喜んで頬を捧げよう。ここまで成長させた組織が腐るよりかは幾分かマシだ。エイタは手の中にあるバッジへと視線を落とした。剥奪した証は廊下の照明を受けて、青く輝いている。

「……こんなに美しかったか?」

 思わずそう呟いてから、らしくないなと思いエイタはバッジをズボンのポケットに仕舞った。それよりもやるべき事がある。エイタは折り畳める電話型のポケギアを取り出した。開いて、ある番号にかける。耳に押し当てていると数回のコール音が響いた。出てくれるかどうかは分からない。ほとんど五分五分の賭けだ。祈るように目を瞑った。すると、コール音がやんで、『久しぶり、でもないか』という声が聞こえてきた。エイタは歩き出しながら、その言葉に返した。

「ディルファンスのエイタです。先日はすいませんでした、ハコベラ様」

 電話口にいるのはカイヘン地方チャンピオンのハコベラであった。ハコベラの秘匿回線をポケギアに登録しておいてよかった。心底そう思いながら、エイタはハコベラの声を聞いた。

『大した事はしてないさ。ただその後が大変だったみたいだね、エイタ。まさかアスカさんが裏切るとは思いもしなかった。それとも、エイタにとっては想定内だったかい?』

「いえ。完全に想定外の出来事でした」

『だろうね。そうじゃなければこの回線を使おうとは思わないだろう。相当切羽詰っていると察するが、違うかい?』

 ハコベラの言葉にエイタは無言を通した。肯定の無言だった。言葉が出ない。アスカに裏切られ、一構成員に疑念を持たれている。このままではヘキサへの侵攻は夢のまた夢だ。

『なるほど』と沈黙を察したハコベラが口にする。

『ディルファンスの副リーダーも大変じゃないか。いや、今はもうリーダーか、順当に考えれば。それで何を望んでいる?』

 エイタは廊下を歩きながら、全てお見通しというわけか、と自嘲した。電話口でも相手の考えを見透かしてしまうハコベラはまさしく王の器に相応しかった。エイタは淀みない口調で言った。

「誠に勝手なお願いですが、ハコベラ様。大型の輸送機をチャーターしていただきたいのです。ポケモンと人間が同時に、そうですね、三十人ぐらい収容できるものを」

『中々、難しい事を言ってくれるじゃないか。空輸産業があまり潤っていないカイヘンで見つけるのは至難の業だね。空輸が発達しているイッシュならともかく。船の類では駄目なのかい?』

「生憎ですが、船では今次作戦を遂行するには至りません」

『空か。もしかして奇襲攻撃でも考えてる?』

 笑みを含んだ声にエイタは何も答えなかった。それが全てを物語っていると言えた。ハコベラは突然硬い声になって尋ねた。

『ヘキサの本拠地が分かったのかい?』

「いいえ。しかし、候補は見つかりました。ハコベラ様。大規模な停電が起きている事はご存知ですか?」

『いや。何分チャンピオンというものは、有事以外は暇でね。暇つぶしの道具も無い。だけど、行動はある程度制限される。他の地方ではチャンピオンはやりたい放題の権限持ちだけどね。この地方ではまだ日は浅い。蝶よ花よ、というわけさ。柄でもないのに。だからたまにしか街には行かないんだが、そんな事が?』

「今、起こっています。タリハシティを中心に三つ以上の町が沈黙状態にあります。ツインボルトタワーからの給電は100%にもかかわらず、タリハシティの地下で電力は止まっているようです」

『なるほど。話は分かった。タリハシティの地下に根城を構えている可能性があるって言う事か。それならば陸路からよりも空からのほうがいい。大型建築物が手中にあるとするならば、もう既に何か仕掛けを施している可能性も否めないからね。しかし、どうする?』

「どうする、と仰るのは?」

『タリハシティを焼くつもりかい?』

 先程のヤマキの言葉が不意に思い出され、エイタは足を止めた。民衆の避難を優先すべき、という言葉が胸中を過ぎ去ったが、エイタは首を振って絡みつく言葉を振り落とした。

「今は有事です。戦時特例、と言っても過言ではない。そんな時に悠長に過ごしている民衆は、逆に目を覚ますべきです。どこが戦場になってもおかしくない。それが今の状況なんです。彼らはおかしいんだ。我々の力を期待したかと思えば、すぐに掌を返す。メディアに隷属している彼らに考える頭なんてものはない。思考を放棄する事しか出来ない、弱い者達です。ですが、民衆の味方である事に変わりはありません。我々ディルファンスが歩む道に素直に付いて来ればいいだけなのです。それに従えないのならば、それまでですよ」

 エイタの言葉にハコベラは暫時沈黙を挟んだ。その沈黙の意味を分かりかねて、エイタも暫く黙っていた。やがてハコベラが『そうか』と口にした。

『エイタの言う事はもっともだ。確かに、どこがいつ戦場になっても不思議ではない。分かった。輸送機をチャーターしよう。僕は君を裏切ることはない。安心してくれ、エイタ』

 エイタはこの時ほど、理解と力のある友人が持てて幸せだと感じた瞬間は無かった。ハコベラの後ろ盾があれば、まだカイヘンでならば動ける。その確信に礼を述べようとした、その時だった。

『だけど、エイタ。君は気がついていないかもしれないが――』

 そこから先に放たれた言葉にエイタは目を見開いた。通話ボタンを押し込んで、通話を無理やり切り、ポケギアを壁に叩きつけた。折りたたみ式のポケギアが真っ二つに折れ、液晶が罅割れていた。エイタは肩を荒立たせながら、拳を握り締めた。獣のような息の中から「……誰が」と呟く声が漏れる。その脳裏に先程、ハコベラが発した言葉が残響した。

 ――君の言葉はロケット団総帥が言った言葉とそっくりだよ。



























 通話の途切れた受話器を片手に、ハコベラはフッと口元に笑みを浮かべた。

「――まったく、エイタは昔からそうだね。図星をつかれると我を忘れる」

 懐かしむような口調で呟いてから、ハコベラは受話器を執務机にある固定電話に置いた。ハコベラの座っているのはつやつやとした光沢を放つ黒い安楽椅子だった。前には執務机があり、書類が散らばっている。ハコベラがいるのはチャンピオンのためにあてがわれた特別室だった。古代の神殿を思わせる豪奢なつくりの部屋だ。

 天井が高く、六方に太い白亜の柱がある。シャンデリアが照らす部屋は滅菌されたわけでもないのに、部屋の隅に至るまで白くまるで生活感を感じさせない。ハコベラの背後には扉があり、その上では古時計を思わせる巨大な振り子が一秒刻みで右へ左へと振れる。扉の向こうは殿堂入りの部屋だった。だが、ハコベラがチャンピオンに就任してから一度たりとも使われた事がない。そもそも、チャンピオンの部屋にトレーナーが招かれた事すらなかった。だから、ハコベラはこの部屋をほとんど事務室同然に扱っている。ハコベラは机に頬杖をついて、もう一方の手で前髪をいじりながら口を開いた。

「どう思う?」

「どう、と仰るのは」

 その言葉に応じる影が部屋の隅にいた。黒いスーツに身を包んでおり、縁のない眼鏡をかけた長身の女性だった。神経質そうなその眼がハコベラを見つめて細められる。チャンピオン付きの秘書官だった。他地方にはないが、カイヘン地方のみにある役職だ。ハコベラがあまりに若くにチャンピオンに就任したために、彼の教育と補助をする役職が求められた。それがチャンピオン付き秘書官である。だが、秘書官とてまだ歳若い。二十代半ば、といったところだった。ハコベラとは大して歳が違わないが、秘書官としての徹底的な教育を受けている彼女はハコベラ以上の敏腕だった。

「君の意見が聞きたいんだ。ディルファンスはこの先、どうなると思う?」

 視線を向けずにハコベラが尋ねる。秘書官は眉一つ動かさずに返した。

「このままでは緩やかな消滅が待っているでしょう」

 迷いなく放たれた言葉にハコベラは特に意外そうにする様子もなく、「だろうねぇ」と言った。

「エイタには悪いけれど、ディルファンスが存続する可能性は極めて低い。ロケット団復活に、ヘキサの設立、リーダーの裏切り、か。どう足掻いても、ディルファンスは社会から抹殺されるだろうね。アスカさんが裏切ったのが致命的だった。加えてヘキサの目的がカントー政府への宣戦布告と来た。これは、僕の仕事が増えるね」

 ハコベラはまるで他人事のように笑って見せた。実質、仕事をするのは秘書官のほうなのだ。当の彼女は一笑もせずに、淡々と返した。

「チャンピオンとして、度の超えた干渉を今までしてきましたが、このままではまずいのでは」

「ああ、分かっている。ディルファンスに流した資金や情報はそのままロケット団に筒抜けだったわけだ。ロケット団を援助していたと責められても、文句は言えないね」

「そこまで分かっていながら、どうしてディルファンスを支援なさるのです?」

 秘書官の当然と言える疑問に、ハコベラは顔を傾けて横目で秘書官に目をやった。

「旧友だから、……っていうのは表向きだね。君になら、裏を話してもいいだろう。ディルファンスが起こした一連の騒動。これを収束させる事が出来れば、他地方のカイヘンの見方が変わる。今まで東のカントー、西のジョウトに比べれば随分と遅れてきた。ロケット団を未だに排斥できていないのも、その印象を強めてきた要因だ。開発途上の地方は治安が悪い、っていう印象を変えるにはロケット団を排し、国際的にも功績を挙げる必要があった。だけど、予算にだってそうそう組み込めないだろ。財政は赤字なんだ。ただでさえ、他地方の労働者を招いている。地方財政が困窮しているのは、君だって承知だろう?」

 ハコベラの言葉に秘書官は黙った。秘書官もカイヘン地方が財政赤字に喘いでいる事は知っている。というよりも、予算編成の時期になれば嫌でも痛感する事になった。政府委員会との罵声の飛ばし合いは当然の事、わざと予算編成の時期を遅らせようとする議員もいる。秘書官はその度に胃痛を覚えずにはいられなかったが、顔には出さなかった。政治家からチャンピオンの椅子を狙う人間だっている。

 今や、チャンピオンの脅威とは腕利きのポケモントレーナーなどではなく、あの手この手を使って虎視眈々と付け狙う脂ぎった中堅議員達だった。彼らを黙らせるには結果を出す必要がある。今時、チャンピオンの防衛回数などは結果のうちには入らない。本当の結果とは地方行政の改革だ。今のカイヘン地方の行政を抜本改革するためには、まずは異物を排除しなければならない。そこまで思い至って、秘書官はハコベラの思惑を悟った。

「承知しています。が、そのためにディルファンスを?」

「察しがいいね。そうだよ。ディルファンスは民間団体だ。だからこそ、メディアでも取り上げられやすい。イメージのためにはお飾りのリーダーだって必要だったわけさ。なにぶん、政府直属部隊では身動きが取りにくいからね。そうなってしまうと軍を保有する地方になってしまう。軍の保有とポケモンの兵器転用は国際社会からは叩かれる。だけど、自衛機能を持つ民間団体ならば小うるさいポケモン愛護団体も黙るだろう? それにもし矢面に立ったところで、それはカイヘン地方のダメージではない。ディルファンスのダメージなんだ。見目麗しいアスカさんなら、その辺はうまくかわす術は心得ていただろうけどね。分かるかい? 鼠を追い立てるために猫がいるけれど、その猫の手綱を握っているのは人間だ。僕らはその猫の飼い主であればいいんだよ」

 ハコベラは邪気のない笑みを浮かべていたが、その笑みの裏にあるものを秘書官は見た気がした。これがハコベラという男の素顔なのか。カイヘン地方チャンピオンになったがために歪んでしまったのか、元々こういう本性なのかは分からない。だが、自分は文句を言う事も許されない。秘書官になるという事はそういう事なのだ。チャンピオンの命令に忠実な人形であり続ける。チャンピオンの手を煩わせてはならない。気分を害させてもいけない。ただ忠実であれ。その教えが頭の中を過ぎり、秘書官は浮かびかけた嫌悪を追い払った。

「では、ディルファンスへの支援は続行、という形でいいのですね」

「ああ。聞いていたと思うが輸送機をチャーターしてくれ。そうだな。二機頼む。出来るかい?」

「既にイッシュから手配しております。一時間もすればカイヘンに到着するでしょう」

「抜かりないね。イッシュのチャンピオン、アデクさんだっけ。彼にも礼を尽くさなければね」

 いつの間にか、ハコベラは執務机の上の書類を折って紙飛行機を作っていた。紙飛行機の翼を撫でて、頭上のシャンデリアへと狙いをつけるように構えている。

「何にいたしましょう」

「金目のものは駄目だよ。一度会った事があるが、そういうものになびくタイプじゃない。カイヘン地方からの開発支援という形でいいだろう。もっとも、開発の進んだイッシュが喜ぶとは思えないけどね。ささやかなものでいいんだよ、そういうのは。出来る事をしました、という体裁さえ崩れなければね」

 紙飛行機が宙を舞った。だが、シャンデリアまで届く事はなく、数秒浮遊しただけで床に落ちた。

「かしこまりました」

 その時、秘書官のポケットから着信音が鳴り響いた。無機質なベルの音だった。「失礼します」と秘書官が電話を取り出し、耳に当てた。

「はい。こちらカイヘン地方チャンピオン秘書官です。……カントー政府の? リニアトレインが、停止ですか? それに関する事実関係は現在調査中でして。……はい。事態解明に向けて、調査団を派遣しています。……はい。速やかに運行が再開できるように努めております。今しばらくお待ちください。調査報告が入り次第、折り返し連絡いたします。……はい。失礼します」

 電話を切ると、ハコベラが「誰からだい?」と尋ねた。また紙飛行機を作って、顔をこちらに向けようともしない。秘書官は電話を仕舞って、言葉を返した。

「カントー政府からです。カイヘン行きのリニアトレイン運行停止を受け、そちらの報告を待つとの事です。向こうでは異常は見つからなかったそうで。だから、カイヘン地方に不手際があるはずだと」

「さっきエイタが言っていた事か。停電の影響がもう出ているみたいだね。そういえば、調査団なんて派遣したっけ?」

「そう言わなければ、向こうも引き下がらなかったでしょう」

「嘘も方便だね」

 ハコベラは笑いながら紙飛行機をまた飛ばした。今度は先程よりも遠くへと飛んで緩やかに落下した。

「異常事態を収束する方法があるのですか?」

 秘書官が尋ねると、ハコベラは次の書類を折りながら、「無いこともない」と返した。

「ディルファンスはタリハシティ地下が怪しいと踏んでいるらしい。先回りしてヘキサの首領を押さえる」

 ハコベラは執務机にあるモニターの電源を入れた。そこには今流れているニュース番組が映し出されている。何度観たか分からないヘキサの犯行声明の映像をバックにして、専門家が渋面をつき合わせている。ハコベラはヘキサの中心にいる男を指差した。画面を指の腹で叩く。

「こいつだ。ロケット団復活宣言にもいたが、こいつがヘキサの首領と見て間違いはない」

「では、ヘキサ首領を隠密に始末すると」

「始末っていうのは言い方が悪いなぁ」

 ハコベラは秘書官へと視線を向けて笑いかけた。秘書官は「では、どのように」と無表情に返した。

「まぁ、単純な話、僕らが手を下すまでもないんだよ。カイヘン地方はディルファンスに任せたのではなく、独自に動いて事態を収束させたという証拠があればいい。この男を殺す事にこだわらなくてもいいんだ。全てが終わった後に、動いたという事実とこの男の死体があればそれでいい」

 ハコベラは笑みを深くした。秘書官は薄ら寒さを覚えながらも、それを表情に出すことは無く、平淡な声を発した。

「動いたという事実、と言ってもカイヘン地方には軍はありません。客観的な証拠というには少し信憑性に欠けますが」

「そうだよ。軍はない。だから、君が証人になってくれればいい」

 放たれた言葉に、秘書官は思わずと言った風に目を丸くして自身を指差した。

「……私が、ですか?」

「ああ、僕が動くからね」

 ハコベラが椅子から立ち上がった。机の引き出しからモンスターボールを取り出して、腰のホルスターに引っかける。秘書官は踏み出して呼びかけていた。

「ハコベラ様、カイヘン地方ではそのような事は許されていません」

「そうかい? でも、他の地方では非常時にチャンピオンが動くなんてざらだって聞くじゃないか。そんな因習に縛られていたら、カイヘンが遅れているって言っているようなものだよ。査問委員会にはこう言えばいい。『他地方の例を見るまでもなく、チャンピオンは非常時に出来る事をしたまでだ』とね。幸いな事に、僕の手には事態を収拾する事は出来ないものの、派手なパフォーマンスになるポケモンはある」

 ハコベラがホルスターに引っかけたボールの一つに指を這わせる。どこか艶かしい指先に、秘書官は思わず悪寒を覚えた。

 ハコベラが部屋の隅にあるクローゼットから黒いコートを取り出して羽織る。秘書官は口を開こうとしたが、この男を止める言葉は自分の中には無いと感じ、喉まででかかった言葉を飲み込んだ。代わりのように、歩み寄ってコートの襟を正した。

「すまないね」とハコベラは笑顔を向ける。秘書官は何も言わなかった。沈黙が二人の間に降り立つ。ハコベラは特に気にする風でもなく、服装をチェックしてから腕時計に目を落とした。

 間もなく、午前七時を回ろうとしている。そろそろ人々が動き出す時間だ。

「カイヘン地方はどうなるのでしょうか?」

 思わず、と言ったように放った秘書官の言葉にハコベラは少し悩むように呻ってから、「そうだなぁ」と言った。

「多分、非常時の特権とかをちらつかせてカントーや主要地方が権利を主張したがるだろうね。ロケット団の弾圧が激しいのはカントーだから、余計にかな。どちらにせよ、ロケット団臭い土地だよ、カイヘンは。安値で買い叩かれて、ボロボロになってから戻ってくるか。まるでロケット団壊滅時みたいに。その辺はカントーの行政に似ているね。未だに傷跡拭えず、と言ったところか。イッシュなんかは寛容かもしれないけれど、どこかの属国のようなものになるだろう。しばらくは」

「それを、止める方法は無いのでしょうか?」

 秘書官の言葉にハコベラは無情にも「無いよ」と即答した。

「誰が解決してもこれは止められないだろうね。ただ縮める事は出来る。僕がここで動く事で少しでもカイヘンの地方自治を守る事が出来るかもしれない。可能性だよ。本当のところは分からないさ。だけど、ディルファンスに任せるわけにはいかない。彼らに任せるくらいならば、僕が動いたほうがいい」

 話はそれで終いだとでも言うように、ハコベラは秘書官から視線を外して事務的に「車を出してくれ」と告げた。秘書官も機械的に「かしこまりました」と返す。

 大した会話も無く、二人は部屋を出た。執務机の背後にある振り子が大きく揺れ、午前七時を告げる鐘の音が長く鳴り響いた。


オンドゥル大使 ( 2012/12/31(月) 20:33 )