ポケットモンスターHEXA







  • 特別編
    • 番外編 「星屑の記憶」




小説トップ
特別編
番外編 「星屑の記憶」
「いけっ、ヒトカゲ! とか、言ってみたいなぁ……」

 呟いた声に傍の草むらにしゃがみ込んでいたリョウが立ち上がった。手を叩いて汚れを払い、「なんだよー」と言った。

「ナツキ、ポケモントレーナーになりたいのか?」

「うん。リョウはなりたくないの?」

 リョウはぶかぶかの帽子を傾けて、「うーん」とうなった。赤い帽子は兄から譲り受けたものだという。リョウはつい最近、この町――ミサワタウンにカントーから引っ越してきたばかりだったが、家族ぐるみで仲がよかったためにすぐに打ち解けることが出来た。リョウは草むらから離れた場所にいる少女へと視線を向けた。

「おまえはどうなんだよー、ユウコ」

 その言葉にユウコと呼ばれた少女はびくりと肩を震わせた。ユウコはどこか自信なさげにコガネ弁を出来るだけ交えないようにして口を開く。

「うち、いや私は、いいんじゃないかな、と思う、……思うよ」

「むりしなくていいぜー。俺らおまえの話し方、なんとも思ってないからよー」

 リョウの声にユウコは俯いてスカートを握り締めた。ユウコは他の子供達からはからかいの対象だった。リョウとナツキくらいしか、ユウコを対等には扱っていなかった。その引け目なのか、ユウコはナツキ達に必要以上に気を遣う。ユウコは身を翻し、「かえる」と言い始めた。リョウが眉根を寄せて腕を組み、草むらを掻き分ける。

「なんでだよ。まだお昼過ぎだろうが」

「草むらに入っちゃいかんって、いや、駄目だって、お父さん達が言うし……。野生のポケモンが出てきたらどうするん、……のかなって」

「そんなの、これでおどかしてやりゃいいだろー」

 リョウがその手に持った棒をぶんぶんと振り回す。ユウコは短い悲鳴を上げて、後ずさった。ナツキとリョウは顔を見合わせ、「あのなー」と口にした。

「この間この町に来たヒグチ博士とか言う偉い大人が言ってたぜ。この辺のポケモンは弱いから大丈夫だって。この棒の先端、かいでみな」

 リョウがユウコへと歩み寄り、棒を差し出す。ユウコは棒の先に塗られた蜜のような粘液のにおいをかいだ。その瞬間、鼻をつまんで顔をしかめた。「なんなん? これ」と思わずコガネ弁が出る。リョウは快活に笑って、「野生ポケモンがいやがるにおいなんだってよー」と言った。

「博士と仲良くしたらもらえたんだぜ。おまえ、博士と家が同じくせにしらないんだな」

 ユウコの家と博士の研究室は共有されており、半分が博士の研究室で半分がユウコの家族の住む家となっている。ユウコはふるふると首を振った。

「博士、なんかこわいもん」

「こわい? あの博士がか?」

「最近、博士の子供がうろちょろするようになったでしょ」

 ナツキの声にリョウは振り返って「ああ」と察したような声を出した。

「あの、髪の毛が青くて長い奴か」

「赤い眼が不気味だって、大人達が言っとって、……てたよ」

 ユウコの声に、リョウは無関心そうに「ふぅん」と返す。子供ながらにそういう事には敏感だった。特に噂話なんていうものは小さな町だからか、すぐに広まるのだ。ナツキはいつも博士の後ろに隠れておどおどしている博士の娘を思い描く。確かに赤い眼は他の子供とは違うが、不気味というほどであろうか。大人の感覚がナツキには分からなかった。

「俺はわかんねーけど、まぁ大人の言う事なんてしらないし、興味もねぇや。んで、何でこわいんだよ」

「なんか、博士。あの子をすごい大事にしているというか。他の子供とは違うみたいなんや、……なんだもん」

「そりゃ、自分の娘なんだからトクベツだろー」

「そういうんなのかなぁ。なんか、すごくこわがってるみたいな感じで……」

「こわがってるって、博士が? 自分の子供を?」

「わからんよ、うちには」

 ユウコはそっぽを向いた。リョウはナツキと視線を交わし、何度か頷くとユウコに向き直った。

「じゃあさ、確かめようぜ」

 その言葉にユウコが顔を向ける。

「確かめる、って?」

「そいつが本当にやばいのか、確かめるんだよ。夜に研究室に忍び込んで」

 リョウの言葉にユウコはふるふると首を振った。相当嫌らしい。リョウはナツキへと視線を向け、「ナツキはどうするー?」と尋ねた。

「私は行こうかな。なんだか、おもしろそうだし」

「やったな。タスウケツで決まりだ」

 リョウがブイサインと笑みを浮かべてユウコに言った。ユウコはもじもじとしながらも、仕方なく承服したように頷いた。























 リョウの提案で夜に集まるために今のうちに寝ようと家路を急いでいると、道中でしゃがみ込んでいる子供に出会った。緑色の髪を二つに小さく結っている。白い服を着ている同世代でも華奢に見えるその子供へと、ナツキは声をかけた。

「アヤノちゃん」

 その声にアヤノと呼ばれた少女はゆっくりと振り返った。ナツキは歩み寄って、「何してるの?」と尋ねる。アヤノは側溝を指差してギリギリ聞き取れるような小さな声で言った。

「この溝、ディグダの通ったあとがあるの」

 ディグダというのは地面タイプのポケモンで、この辺でたまに開いている穴はディグダの掘ったものだと両親に教わった事があった。ナツキは側溝に顔を近づける。コンクリートで固められた部分を抉るように何かが通ったあとがあった。ディグダのものかどうかは判然としないが、どこか不思議なときめきが胸を満たし、ナツキはアヤノの顔を見て問いかけていた。

「ポケモン、好きなの?」

 その質問にアヤノは小さく頷いた。

「見るのは好きだけど、触った事ない」

「私もポケモン大好きなんだー」

 ナツキはアヤノの手を握って笑顔を咲かせた。アヤノはどこか困惑したような笑みを浮かべている。

「将来、ポケモントレーナーになりたいの。アヤノちゃんは?」

「あたし、は……。まだ全然決まってなくって……」

 どこかばつが悪そうに背けられた視線に、ナツキはアヤノが照れているのだと思った。考えればアヤノとこんなに近くで話したのは初めてだった。その時、いいアイデアが浮かんだ。

「アヤノちゃん。今日、夜って大丈夫?」

「大丈夫、って?」

「博士のところにいる子、気にならない?」

「サキっていう子の事?」

「そうそう。その子の事が変だから、調べてみようってリョウ達と約束したんだー」

「調べる、って?」

「これは秘密なんだけど」

 ナツキはアヤノの耳に口元を近づけた。この時点で秘密は破られているようなものだが、子供の世界での秘密はほとんど公言されているものであり、共有するべきものであった。

「博士の研究室に忍び込むの」

 アヤノが「えっ」と声を上げようとするのを、ナツキはその口元を押さえて、「だから秘密だよ?」と言った。

「アヤノちゃん、一緒に行かない?」

「え、でも。夜遅くに出歩いちゃいけないって、言われているし……」

「もう、そんなの破っちゃいなよ。大丈夫だって。リョウも、ユウコもいるし。私だっているからね」

 ナツキが胸を張ってアヤノに言い放つと、アヤノは少し可笑しそうに笑った。ナツキはその笑顔を見て大輪の笑みを咲かせる。

「行こ」

「うん」

 アヤノは口元の前で指を一本立てて、「秘密だよね?」と確認した。ナツキは嬉しくなって何度も頷いた。
























 夕食中も胸の高鳴りを抑えられなかった。両親が寝静まってから、その鼓動が確かな力となって湧き上がる。今ならば何でも出来るような全能感に、リョウの何事も恐れない気概が移ったかのように感じられた。ナツキは布団を飛び出し、靴を引っかけて家から出た。出る直前に、思わず「行ってきます」と言いそうになった口を押し止め、ナツキは集合場所であるユウコの家の前まで走り抜ける。ユウコの家の前で、既に待ちくたびれているといった様子のリョウが「遅いぞー」と声を発した。静かに、とナツキが口の前で指を立てると、しまったとでもいうようにリョウは慌てて口元に手をやった。

「今ので、誰か起きてきたかな?」

 周囲を見渡すが明かりの点いている家屋のほうが少ない。研究所には明かりが点いていなかった。博士も眠っているという事だろう。

「今日はついてるな。いつも夜遅くまで研究してる博士が寝てやがる。こりゃ、忍び込めって言ってるようなもんだぜ」

 リョウが囁き声でガッツポーズを取る。その時、駆けてくる足音が聞こえ、三人ともが身を強張らせた。そちらへと視線を向けると、アヤノが息を切らして走ってきた。リョウが「なんでアヤノが?」と尋ねる。ナツキはアヤノに歩み寄って、「私が誘ったの」と言った。

「来てくれてありがとう、アヤノ」

 その言葉にアヤノは弱々しい笑みを浮かべた。リョウは頭の後ろで手を組んで、興味なさそうに、「まぁいいや」と言った。

「一人増えても特に変わりゃしないし。じゃあ、忍び込むか」

「ちょっと待って、リョウ。どうやって忍び込むつもりなん、……なのかな」

 ユウコの声に、リョウは「心配いらねー」と窓の一つを指差した。その窓に木の立方体がはめ込まれていた。その立方体を外すと、窓は何事もなかったかのように開いた。

「……博士。無用心ね」

「バカ。俺がそんなどうなるか予測できないことをすると思うか? 博士にはこれでも閉まっていると思ったんだよ」

「え? 何で? それただの木や、……じゃない」

 ユウコの声に、「よく見ろ」とリョウは立方体を全員に見せる。立方体の木がぐにゃりと粘土のように曲がっており、衝撃を吸収していた。

「ただの木じゃないの?」

「博士からもらったんだよ。木に擬態するポケモンから取れた物質らしい。よくわかんねぇけど、なんか岩ポケモンとか言ってたかな」

 まだポケモンの知識が浅く、ポケモン図鑑も持っていない四人には知る由も無く、ただ感心するばかりだった。リョウがその立方体をジャケットの内ポケットに収め、窓枠に手をかける。軽い身のこなしで室内へと入り込んだリョウに続くように、ユウコも入っていった。ナツキは入りかけて、アヤノがどこか戸惑っているのを見て、「どうしたの?」と小声で訊いた。

「……怒られないかな」

「怒られること気にしてたらやってけねーつーの。黙ってついてこーい」

 忍び込んでいるとは思えないほどの大声でリョウが言った。ナツキは「もう」と頬を膨らませてから、アヤノへと手を伸ばした。

「一緒に上ろう」

 アヤノは逡巡するように差し出された手を見つめていたが、やがてしっかりと握り締めた。

 二人分の体重が窓枠にかかり、軋みを上げる。何とか降り立ったものの、降りる瞬間に完全に衝撃が伝わる事を失念していたせいか思ったよりも大きな音が出てしまった。慌てて戻ってきたリョウが口元に立てた指を当て、「しーっ」と言った。ナツキも同じ動作をして何度か頷く。周囲を見渡すと、どうやら実験室に来たらしかった。所狭しと試験管や銀色に鈍い輝きを放つ実験器具が置かれている。ナツキは思わず身震いした。普段では見かける事などありえない実験器具はそれだけで威圧感を持っている。しかし、リョウは気にする素振りもなく、野生ポケモンが嫌がるという粘液を塗った棒を振り回し、鼻歌交じりに歩き始めていた。三人は急いでその後を追う。

「リョウ。見つかっちゃうって」

 ナツキの声に振り返ったリョウが、「心配無用だって」と返した。

「博士は寝てるだろ。んで、俺らは赤い眼の自称博士の娘を見つけ出して正体をあばいてやればいいわけだ」

 誰も自称とは言っていない、と突っ込むものはおらず、呼吸さえ殺しながら歩くうち、ユウコの家に通じる扉に差し掛かった。

「一階はやっぱいないな。となると、二階か」

「二階は博士が寝ているし、やめておこうよ」

 ナツキの言葉にアヤノとユウコが頷いた。リョウは棒を振り回しながら、「おそれていたら探検は出来ねぇ」と歌うように言った。

「われわれはおそれを吹き飛ばして、前に進むべきなのだー、って、今日の映画でやってたぜ」

 すっかり映画の中の探検隊になりきっているリョウは足を止める事はなかった。迷わず二階へと続く階段を踏む。ナツキ達も仕方なく、その後を追った。ギィ、と木製の階段が軋む音がいやに大きく響く。重さのせいだけではない。緊張した身体がいつもよりも強張っているのだ。リョウはそんな素振りなど見せず、ずんずんと進んでいく。

「待ってぇや」と、ユウコもコガネ弁を訂正するような余裕はないらしく、リョウの背中を必死に追った。ナツキはアヤノと手を繋いで一段一段ゆっくりと上がった。アヤノが静かに「ごめんなさい」と口にする。何の事を言っているのか分からず、ナツキは首を傾げた。

「あたしのせいで、遅れちゃって……」

「ああ。いいって。アヤノちゃんのせいじゃない。リョウのバカが先走っちゃってるだけだから」

 リョウを親指で指して言うと、アヤノは少し笑った。リョウは一足先に二階の扉の前に立つ。後続するナツキ達を手招き、スパイ映画の見よう見真似でべったり扉に張り付き、静かにドアノブに触れた。ゆっくりと開けようとする。ナツキ達も固唾を呑んで見守っていた。その時、ドアノブが急に回転し、リョウは扉につんのめってもたれかかった。部屋の内側から短い悲鳴が聞こえ、ナツキ達は思わず逃げ出しそうになる。リョウは腰を抜かしながらも、棒の先端を扉へと向け、震える声で言った。

「……来るなら、来い」

 棒の先端も震え出す。手の震えを止めるような余裕も無く、ナツキ達は固まってリョウと扉を交互に見やった。扉がギィと開き、中から現れたのは細いシルエットの人影だった。横から見たが、その眼は暗闇でも分かるほどに赤く輝いていた。リョウが喉の奥から、「……ああ」と呻くような声を搾り出した瞬間、ナツキ達とリョウの叫び声が二重奏になって研究室の中を木霊した。

 その時、隣の部屋の扉が勢いよく開き、「どうした!」と寝起きの博士が飛び出してきた。博士は歯の根の合わないナツキ達と震えの止まらず半分白目になっているリョウを見やり、次いで扉から僅かに顔を覗かせている人影に視線を向け、思案するように顎に手を添えてから、怒鳴るでもなく、小鳥のように首を傾げた。

「えっと……、どうなってるの?」























 博士は快活な笑い声を上げた。思わず研究机を叩き、試験管が揺れる。ナツキ達は一階に通され、椅子を差し出されると今夜の全てを暴露させられてしまった。博士とてよそ者と言っても大人の一人だ。そうそう無言を貫き通せるわけも無く、あれだけ勢いのあったリョウが真っ先に博士に打ち明けた。全部自分が悪い、というような内容にナツキは焦った勢いで自分も喋っていた。

「私が全部悪いんです」

 その声にユウコが「いやうちが」と返す。三人ともが睨み合い、アヤノがおろおろしていると博士が急に笑い出したのだ。子供である自分達は目をぱちくりとさせて大人の飾らない笑い方を見つめていた。博士はひとしきり笑い転げた後に、息を落ち着けながら、「いやぁ、面白かった」と言って、机についた。子供達は博士と向かい合うように座らされていたが、博士の背後にいる少女だけは別だった。ナツキは博士の背後に隠れるように立っているその姿を垣間見る。青い髪に赤い眼は間違いなく件の少女に違いなかった。少女は逆にナツキ達を恐れているかのように落ち着かない視線を彷徨わせている。博士は静かな口調で語り始めた。

「私も言っていなかったのが悪かったね。君達のような子供の世界には、そうだね、この子は異物に映るだろう」

「子供じゃねぇよ」と抗弁の口を返したのはリョウだった。博士は面食らったように頬を掻きながら、「だね」と言った。

「子供扱いは謝ろう。大人達だって確かに噂している。これを機に、誤解を解くのもいいかもしれない」

「博士。その子、結局誰なん、……ですか?」

 ユウコの声に博士は少女の手を取った。少女の肩に緊張が走る。少女は立ち上がって促した博士に導かれるように、ゆっくりとナツキ達の目の前へとその姿を現した。白いワンピースを身に纏っており、長い青の長髪が開いた窓から流れてきた風になびく。恐れていた赤い瞳も直視すれば何という事はない。邪悪さなど微塵にも無く、ナツキ達が恐れていた何かとはまるで別物のように思えた。

「紹介しよう。私の娘、サキだ」

 博士に頭を撫でられくすぐったそうにサキと呼ばれた少女は顔を赤くする。ナツキ達は呆然としながらも、次の言葉を探していたがなかなか出てこなかった。その沈黙を破ったのは意外な事にアヤノだった。

「あの、本当の娘さんなんですか?」

 その言葉にナツキ達が驚いてアヤノへと顔を向ける。アヤノは「ふぇ?」と声を上げたかと思うと、紅潮させた顔を伏せた。ナツキ達とてもう十歳だ。言っていい事と悪い事の分別はついているつもりだった。今のは怒られやしないだろうか、と三人は首を縮めて怒声が飛ぶのを待ったが、博士は長く息をついて、「そうだね」と言った。

「血は繋がってないよ。でも、私はこの子を本当の娘だと思っている。君達に紹介出来なかったのは、この子はちょっと身体が弱いから。なかなか外に出してあげられなかったんだよ」

「なんだ。そんな事だったのかよ」

 そんな事とはとんだ言い草だったが、博士は苦笑を返した。それが自分達と同じ目線に立ってくれている証明に思えた。ナツキは思い切って尋ねてみた。

「サキちゃんは、最近この町に来たんですか?」

「ああ。私と一緒に来たんだが、ずっとベッドの上の生活でね。さっきも言った通り、外には――」

「だったら、行きませんか?」

 ナツキの言葉の意味をはかりかねているように博士が首を傾げる。ナツキは夜風の差し込む窓の外を指差した。

「外に」























 ナツキの提案はすぐに受け入れられた。博士は研究所の屋上へとナツキ達を案内した。天井裏から伸びる階段は秘密の通路のようでナツキ達の胸を高鳴らせた。ずんずんと階段を進んで上がると、視界の中に銀色の園が広がっていた。「わぁ」とアヤノが声を上げる。

 空を覆う天蓋に、銀色の河が流れその河の岸には赤いルビーのような星の光が点在していた。カイヘン地方のこの季節しか見られない星雲だ。普段ならば眠っている時間帯に現れる大パノラマに、一同は声も忘れ見入っていた。ごう、と河の流れる音が聞こえてきそうなほど眼前に広がった景色は広大で、記憶のアルバムに残そうとナツキはじっとそれを見つめていた。自身の未来の光を見るような真っ直ぐな眼の中に銀の雫が広がっていく。アヤノは何かに願うかのように両手を握り合わせ、どこか未来の不安に揺らぐ眼を向けていた。ユウコは口を開けて呆けたように見入っているリョウを横目に見ていた。リョウはそれには気づいていない。サキと博士は親子で同じ光を見ていた。赤い星の輝きがサキの眼差しに似ているのを感じ、ナツキはサキへと笑いかけた。

「赤い星、きれいだね、サキちゃん」

 その声にサキも弱々しく微笑み、博士から離れてナツキへと歩み寄ってきた。急に近づいてきた赤い瞳に一瞬気圧されそうになりながらも、ナツキはサキの眼を真っ直ぐに見据えた。サキのほうがたじろぐ結果になり、サキはぼそりと呟いた。

「……サキでいい。ちゃん付けは、なんだか性に合わない」

 どこか大人びた口調で告げたサキの様子に目をぱちくりさせていると、博士がサキを呼んだ。サキが何事もなかったかのように博士の下へと戻っていく。思えば後にも先にも、これが始めて見せられたサキの本性だったのだが、その時のナツキにはどこか狐につままれたような心地だった。サキと博士を見つめていると、博士が天を指差した。

「見てごらん。あの星が流れるから」

 博士の言葉に全員が指差す方向へと目を向ける。すると、するすると星が銀色の河を横切って、瞬きを眼に焼き付けて消えた。それが幾つも流れては消えていく。その場にいた全員が息を呑み、次の瞬間、「すっげー!」と叫んで棒を振り回したリョウの声に、全員が苦笑を浮かべた。三十年に一度の流星群の事を博士は知っていたのだろう。もしかしたら、娘と二人だけで共有したかった時間かもしれない。

 誰もが無垢でいられた時間が、かき抱いた星屑のように過ぎていく。同じ景色を見ていた四人は、それぞれの速さで成長し、四年の月日が流れた。

 彼ら四人のまなこの中に、星々の煌きが乱反射し、それは今でも輝いている。彼ら自身の輝きとなって。


オンドゥル大使 ( 2012/11/06(火) 21:58 )