第三十一話:未来へ
あれから数日が過ぎた。いまだにヨノワールからの連絡は来ず、ギルドは今日も通常運行。そろそろ連絡が来てもいい頃だと思うのだが、何の音さたもない。ここまで来ると失敗したのではないかと不安に駆られる者もおり、中には助けに行った方がいいのではないかという意見も出てきた。しかし、我々の一存でヨノワールの作戦を出しなしにしてはいけないという結論に至り、皆が心に不安を抱えながらもぐっとこらえて仕事に勤しむのだった。
「お前達、最近は随分とお尋ね者を捕まえているようじゃないか。やる気があって感心感心♪」
「あ、あはは、ありがとうございます」
ここ数日間、リリーフはお尋ね者の依頼を重点的にこなし、すでに十匹以上のお尋ね者を捕まえている。――ということになっているが、実際にはレイが知らぬ間に片づけた依頼をリリーフの手柄として献上しているだけであって私達はなにもしていない。さすがに申し訳なくなって途中から報酬は受け取っていないけど、そんなことを知る由もないペラップはご機嫌な様子。
「ホントはレイ達がやってるんだけどね……」
「ん?なにか言ったか?」
「あー!いえ、なんでもありません!!」
同じく罪悪感を感じているのか、ポロリと本音が漏れるカズキ。幸い声が小さかったおかげかペラップには聞こえなかったみたいだけど、代わりに私の心臓の鼓動が数段速くなった。追及される前にそそくさとその場を後にし、事なきを得る。
レイによって強引に修行をさせられているとはいえ、仕事を他のポケモンに丸投げして手柄だけもらっているなんて言ったらお仕置きどころじゃ済まないだろう。かと言って、レイも意地悪したくてこんなことをやっているわけではないし、むしろ私達を助けるためにやってるわけだから断るわけにも行かないし、こうして現状を維持するしか手はないのだ。……うん、レイの修行が終わったら前以上に熱心に仕事に取り掛かろう。
「来たな。今日も修行するぞ」
「は、はい……」
「どうした?浮かない顔をしているが」
「いえ、なんでもないです」
浮かないのはあなたの好意のせいですレイさん。なんて言うわけにもいかず、今日も対ルナティックを見据えた修行が始まる。
もはや常連となってしまったガラガラ道場。こんなに通ってくれることが嬉しいのか、道場主のガラガラは号泣するほどだ。そんなガラガラに道場を貸してもらい、いつものように的を用意して技の鍛錬に励む。
「なかなか慣れてきたようだが、まだ甘い。感覚が完全に体に染み込むまで続けるぞ」
「レイ兄、あんまり熱くなりすぎないでよ?」
一週間にも満たない時間だが、レイの特訓は既に効果が表れ始めていた。最初はレイの根性論に頭を悩ませていたが、コツがわかると思ったよりも簡単にできるようになっていた。
レイが言う“意志の強さ”とは逆境においても冷静さを失わない判断力と技の制御力のことを指している――と私は解釈した。常に勝とうという気持ちを持つことで後ろ向きの考えを捨て、新たな突破口を開こうとすること。また、一つの技に集中しすぎず、感覚だけで制御できるようにする。特に技は着弾までを見届けているとわずかだが次の行動を起こすまでに時間がかかるため、その隙を省きたいということだろう。
「なにを言う。これはヒナタとカズキのため。延いてはオレ達のためでもあるんだ。手は抜けないさ」
「そうだけどぉ……ねぇ?」
「ま、まあ、はい」
おかげで私もカズキもだいぶレベルアップできたと思う。例えば私は葉っぱカッターに追尾性を持たせることで“マジカルリーフ”へと昇華させることができたし、カズキに至っては煙幕と火の粉を組み合わせて周囲に小規模な爆発を起こす技を体得していた。その技は、まるで火山から濛々と吹き出す“噴煙”の如く。
代わりに募っていくのはズルをしているという罪悪感と修行後の疲労感。精神的にも肉体的にもハードな修行は、ジュプトルが捕まったかどうかなんて考えることすらできないほどだった。サンはそのことに気付いているようだが、熱血な兄の様子に流し目で私達に同意を求めていた。
「そ、そんなに厳しかったか?」
「あ、そういうわけじゃ……」
「そういうわけなんだよ!たまには休ませてあげたら?」
修行をしてくれているレイには感謝しているが、サンの言うことも感じているので思わず頷いてしまった。三匹の視線に思わず怯むレイ。
弁明しようとしたが、サンはそれに乗じて強引にレイの頭に飛び乗って首に手を回した。別に締め上げているわけではなかったが、雰囲気に押されたのかサンの提案に思わず頷いてしまうレイ。
「というわけで、今日はもう終わりでいいよ♪」
「い、いいんですかそれで?」
「いいのいいの!レイ兄は教えることになるといっつもこうなんだから」
「す、すまん……」
どうしようか迷ったが、申し訳なさそうな顔をしたレイが行っていいと言うので久しぶりに明るいうちから道場を出た。とはいえ、まだ教えたりないのかレイは名残惜しそうに私達を見ていた。いつもこうだと言っていたけど、前にもこんなことがあったのだろうか?周りの対応だけを見ていると、ルナのことをとても大事に思っていて、他のポケモンと話す時も敬語を使っているとても真摯なポケモンに見える。でも、いざ修行となれば熱血指導に早変わりというわけだ。――なんだかギャップを感じる。
「おや、ヒナタさんにカズキさん」
「あ、ウィン」
まだ日は高いし、久しぶりにまともに依頼を受けてみようとギルドに向かう道中。ふわふわとした首飾りにクリッとした青い瞳、可愛い外見に似合わず好青年なイーブイとばったり会った。
数日前のジュプトル戦以降、二日ほど寝込んでいたウィンだったが、サンの持っていた薬のおかげで回復し、今ではすっかり元気な姿を見せている。いつもはルナと一緒の事が多いが、今は一匹だけのようだ。
「レイさんの修行はどうしました?」
「それが、こんなことになりまして――」
私は道場での出来事をウィンに説明する。ある程度話を聞くと、ウィンはプッと吹き出した。
いつもこうだとサンが言っていたが、言葉の通り本当にこんなことがあったらしい。ウィン達のいた世界では学校のようなものがあり、レイはその施設の先生でもあるらしい。それも戦闘訓練の。基本的にはやさしいが、一度始めたことは最後までやり遂げないと気が済まない質らしく、教えることに対して努力を惜しまないのだとか。
「僕もそこに通っていましたが、慣れるまでは大変でしたよ」
からからと笑いながら話すウィンの目線は虚空を見つめていた。まるで、過ぎ去った日々を懐かしむかのように。
それにしても学校かぁ。この世界で言うならギルドみたいなものだろうか?少し行ってみたい気もするわね。今まで過去から来たポケモンにいろいろ会ってきたけど、過去には過去の世界が広がっているんだなと当たり前ながら感じた。
「それはさておき、ヒナタさん達はこれからどうしますか?よければご一緒させてください」
「え、いいの?」
「はい。寝ていた分は取り返しませんとね」
そんなことしなくても十分働いてると思うんだけどね。可愛らしくウインクして見せたウィンを見て申し訳ない気持ちになった。なにせそれ以上にサボっているポケモンがここにいるのだから。
修行の最中、何度かダンジョンに似せて作られた迷宮に挑んだりはしてたけど、本物の不思議のダンジョンに行くのは久しぶりだ。ここはお言葉に甘えて一緒に行くとしよう。
「じゃあ、よろしくねウィン」
「こちらこそ」
その後、更にルナを交えて赴いたダンジョンはひどくあっさりと攻略することができた。四匹いたことで効率が上がったからかもしれないが、それ以上に私達のレベルアップが強く表れた結果だと思う。別に自慢しているわけではない。というのも、今まで手こずっていたポケモンを一撃で沈めることができたり、複数の敵に囲まれた時でも瞬時に打開することができたり、技の威力が上がったと同時に繰り出す速度も速くなり、それに伴って隙も少なくなっていた。数日前との変わりようにウィンも驚いたほどだ。
「今日は凄かったね!あんなにうまくいくなんて僕びっくりしたよ!」
「そうね」
余裕を持って帰宅し、チリーンのベルを皮切りにがつがつと夕食にありつく。そんな晩御飯戦争を無事に乗り切り、自分達の部屋でゆったりくつろぐ時間。明日も朝早いし、普通ならさっさと寝てしまうところだが、カズキは強くなったことを実感して興奮しているのか、ベッドの上に座るものの寝る気配はない。かくいう私もちょっと嬉しいのでまだ寝る気は起きないが。
「そういえば、アグノム達は今頃どうしてるのかな?」
しばらく今日の探検を振り返って談議していたが、ふとジュプトル捕獲作戦のことを思い出す。今まであんまり考えてなかったけど、休息をもらったことで頭の整理ができたようだ。
まだジュプトルが捕まったという連絡は入っていない。作戦開始から数日経ち、ギルドやトレジャータウンのポケモン達が広げた噂は確実にジュプトルの耳にも入っている頃だろう。それでも、ヨノワールがいる以上警戒をするのは当然のことかもしれない。なにせ、ジュプトルは未来から来たポケモンで、そんなジュプトルを捕まえるために後を追ってやってきたのがヨノワールなのだから。
「今頃、ジュプトルと戦っているかもしれないわね」
「心配だけど、ヨノワールさんがついてるし大丈夫だよね」
ヨノワールの強さは本物だ。ジュプトルも強いが、こちらには時の歯車の守護者たる心を司るポケモンが三匹もついている。ジュプトルと違い、こちらには仲間がたくさんいるのだ。
――そういえば、未来の世界ってどんなところなんだろう?やっぱり、今よりも文明が発達しているのだろうか。
「未来って、どんなところなんだろうね」
「え?」
「あ、いや、ふと気になって」
ウィン達に会って意識が薄れているけど、よく考えたらタイムスリップしたポケモンに会うなんてすごいことだ。過去と未来、そして私達のいる現代。決して交わることのなかったはずのポケモン同士がこうして同じ地面を踏んでいる。それだけでも、一生のうちにあるかないかの体験をしていると言える。
「考えたこともなかったけど、今と同じように平和なところなんじゃないかな?」
「平和なところ、か。確かにそうかもね」
お尋ね者がいたり、不思議のダンジョンでは我を失ったポケモンが暴走したり、まったくの平和というわけじゃないけど。でも、こうしてカズキと一緒に探検ができて、一緒に修行して、喜びや悲しみを分かち合える。そうした当たり前のことをできるこの世界は、まだ平和なんだと思う。――だからこそ、絶対に食い止めなければならない。ジュプトルの企みを……星の停止を!
「明日も早いし、今日はもう寝ようか。ヒナタ、お休み」
「え、ええ。お休みカズキ」
食い止めなければならない。――ならないはずなのに、なぜか感じる喪失感。まるで心にぽっかりと大きな穴が開いたかのような、煮え切らない感じ。この気持ちはいったいなんなんだろう?
唐突に感じた焦りにも似た感情。胸騒ぎを感じたが、それがなんなのかわからない。今はただ、気持ちを抑えて無理矢理にでも眠りにつくしかなかった。
翌日、ドゴームの目覚ましに目を回してフラフラなカズキを連れて、地下二階の広場へと急ぐ。カズキの寝坊癖はいつまで経っても治らないみたいね。少しは私を見習ってもらいたいところだ。――まあ、その代り暗いところは苦手だからそこはカズキに任せるけど。
目を開けたまま寝ているプクリンが登場し、早速朝礼が始まる。何の変哲もない、いつもの日常。しかし、今日は少しだけ違っていた。
「たった今コイル補佐官から連絡があったんだが、ついにジュプトルの捕獲に成功したそうだ♪」
「おお、ついにか!」
「やりましたわー!」
「ヘイヘイヘーイ!」
ジュプトルの捕獲に成功した。その報告を聞いて、弟子達は両手を突き上げて歓声を上げた。ついに、ついにやった!他の弟子達の例に漏れず、カズキも、そして私も思わずヨシッとガッツポーズを決めた。
しかし、嬉しい知らせと共に悲しい知らせも舞い込んできた。ジュプトルを捕まえたヨノワールは目的を果たしたため、未来へと帰ることになったのだ。みんなに尊敬され、信頼を集めていただけに弟子達の表情は曇った。
「ヨノワールさんは最後のあいさつをしたいと言っている。みんな、トレジャータウンに急ぐよ!」
『おおーッ!!』
すでにトレジャータウンの広場には多くのポケモンが集まっていた。いつもは滅多なことでは店から出ないガルーラやカクレオン兄弟までもがヨノワールの勇姿を見ようと足を運んでいた。
それをまとめるのはジバコイル保安官。その背後にはなにやら奇妙なものがあった。真っ黒な空間に青白い光がぐるぐると渦巻いている。常に形を湾曲させ、ぐにゃりと歪んだ“穴”がそこにはあった。まるで空間に直接穴をあけたかのような不思議な存在は、“時空ホール”と呼ばれるものだという。入ると時空を超えることができ、これを使って未来へと帰るのだ。
「皆サン集マッタヨウデスネ」
「みたいだね。ところで、ヨノワールさんはどこに?」
「間モナク来ラレルデショウ」
「あ、来たみたいだよ」
噂をすれば、主役の登場のようだ。ゆっくりと歩みを進めるヨノワールの隣には、両腕を縛られたジュプトルが部下らしきヤミラミによって連行されていた。
いかにも凶悪そうな顔だ。捕まってよかった。あいつのせいで世界が滅ぶところだったんだもの。住民達が口々に悪態をつくが、口までもロープで縛られているため何の反論も返ってくることはなかった。
「皆さん、ついにジュプトルを捕まえることができました!」
『おー!!』
「これもみなさんのご協力のおかげです。ありがとうございました!」
大業を成し遂げたヨノワールに惜しみない拍手が送られる。
ジュプトルは非常に凶悪なポケモン。手こずることもあっただろう、しかし、そんな苦難を乗り越えてようやく捕まえることができた。これで、この世界の平和は守られることだろう。そして同時に、ヨノワールの役目も終わりになる。
「私は未来に帰らなければなりません。皆さんとは、ここでお別れです」
「やっぱり、そうなのかぁ……」
「ううっ、寂しいですわ……」
「わかってはいたが……」
突如彗星の如く現れた優秀な探検家。そんなポケモンがギルドへとやってきて世間を騒がすお尋ね者のジュプトルを捕まえる。長いようで短い時間だったが、弟子達にとって、なによりも有意義な時間だったことだろう。
途中、ジュプトルがしゃべれないながらも何かを伝えようとしていたことなど誰も気づかない。ヨノワールは取り返した時の歯車を守護者に託すと、時空ホールへと足を伸ばした。
「それでは皆さん、名残惜しいですが……」
「また会いたいでゲス……」
「うわぁぁぁん!!ヨノワールさぁぁぁん!!!」
皆の目に涙が浮かぶ。普段から泣くところなど滅多に見せないペラップでさえ号泣していた。
ヤミラミがジュプトルを時空ホールへと突き落とし、自身もそれに続く。最後に再度全員に感謝の意を伝え、ヨノワールも穴へ入ろうとした。
しかし、直前に何かを思い立ったかのように足を止め、最後に別れの挨拶をしたいポケモンがいると振り返った。
「ヒナタさん、そしてカズキさん」
「ぼ、僕達だよ。行こう……」
カズキは既に涙で顔がぐしょぐしょになっている。それほどヨノワールのことを尊敬していたのだ。時空の叫びについてや私が人間だった時のこと。いろいろと相談に乗ってくれたヨノワールには私も感謝している。時に、悪に対しては厳しすぎるところもあるけど、頼りになる背中に自分もこんな探検家になりたいと思わせるものを感じた。私も、そしてカズキも。
「これでお別れだね、ヨノワールさん……」
「今まで、本当にありがとうございました!」
「……これでお別れか。――それはどうかな?」
『え?』
ジュプトルを捕まえてくれたこと、そして、今までの感謝をこめて深く頭を下げる。しかし、返ってきたのはあまりにも予想外の返答だった。
突如、首根っこを鷲掴みにされる。左右の手で私とカズキを掴み、そのまま時空ホールへと引きずり込んだ。
「お前達も一緒に来るんだ!」
「うわぁぁぁぁぁ!!?」
なにがなんだかわからない。状況を飲み込めないまま、時空の渦へと飲み込まれていった。
突然の出来事に誰もが唖然として動こうとしなかった。一体何が起こったのかわからなかった。しかし、そんな中で唯一行動を起こした者がいる。観衆の隙間を縫って駆けるポケモンは、短い手足で時空ホールへと急いだ。
「ああ、消えちゃうよ!?」
「レイさん!」
「わかってる!電光石火!!」
役目を終え、次第に薄れ始めた時空ホールに高速で飛び込むオレンジ色の影。消える直前、間一髪侵入に成功したポケモンは時空の渦の中で仲間を見失わないようしっかりと手をつなぐ。
「ウィン、サン、無事か!?」
「ええ!」
「もちろん!」
「いいか?もしかしたら着いてすぐに戦いになるかもしれない。気を引き締めていくぞ!」
『おおーッ!』
ヨノワールの企みに気付き、大急ぎで戻ったがぎりぎりで間に合わなかった。しかし、こうして時空ホールへ飛び込むことができたのはまだ幸運だった。
こうなったらあっちの世界で救出する他ない。ヒナタとカズキを。そして――ジュプトルを!