第六章
第二十八話:憂鬱な戦い
「ではみんな、今日も仕事にかかるよ♪」

『おおーッ!!』

ヨノワールの衝撃の告白から一夜明け、プクリンのギルドではいつも通りに朝礼を終え、それぞれの仕事にかかる弟子達の姿があった。本来ならばすべての仕事をジュプトル捕獲にシフトするくらいの措置をとってもいいところだが、これもジュプトルを捕まえるための“作戦”の一つ。昨日、ヨノワールにより発表された作戦はこうだ。
まず、ジュプトルは必ずまた時の歯車を盗りにやってくる。そこで、守護者の三匹が二度と盗られないように時の歯車を封印するという噂を流し、慌ててやってきたところを待ち伏せして叩く、という算段になっている。しかし、いくらジュプトルでもガン待ちされていては迂闊に手は出さないだろう。だから待ち伏せするポケモンはなるべく少なくし、警戒されないようにしなければならない。つまり、私達ギルドがやるべきことは普通に仕事をこなしながらさりげなく噂を流し、待ち伏せなんてしてないとアピールすること。
……捕まえるためには仕方ないんだろうけど、時の歯車を護るならば大勢で待ち伏せしてもいいような気はする。まあ、一日中ずっと見張るなんてできないから隙ができちゃうかもしれないし、早期決着を狙うのは悪い手ではないかな。

「ヒナタ、怪我はもう大丈夫なの?」

「ええ。でも、今日は軽めにしましょうか。体を慣らさないと」

まだ少し痛いけど、筋肉痛みたいな感じでそこまで気にはならないし、掠れ気味だった声もだいぶ治ってきたし問題ないだろう。まあでも、無茶しすぎはホントに良くない。次からは気を付けないと。
当のカズキも左足を負傷していたが、今では怪我も治り傷跡も見えにくくなっている。たった二日しか経っていないのにポケモンの回復力は恐ろしい。

「わかった。じゃあ……あれ?」

「うん?」

さっそく依頼を探そうと掲示板に目を向ける途中。地下に伸びる梯子から一匹のポケモンが上がってきた。銀色の混じった美しい金色の毛並みに九本の尻尾、見た目の妖艶さとは裏腹に中身は子供っぽいキュウコン――ルナだ。
いつもなら尻尾を振りながら「やっほー♪」とテンション高めに近づいてきそうなルナだが、今は尻尾をだらんと垂らして元気がない様子。カズキがとっさに声を掛けても反応せず、こちらを見向きもせずに地上へと上がって行ってしまった。

「落ち込んでたね……」

「ええ……」

原因はわかっている。ルナのパートナーであるウィンがいまだに目を覚まさないからだ。この二日間、ろくに睡眠もとらないでつきっきりで看病しているようだが一向に目覚める気配がないらしい。このままではルナの体調も心配だとチリーンが言っていたが、あれは確かにやばそうだ。ずっと部屋にこもっていたはずなのに今出てきたのは気になるが、気晴らしに外の空気でも吸いにいったのだろうか。なんにせよ、心配だ。

「うーん……」

ペラップからはいつも通り依頼をこなせと言われたもののやはり気にかかる。でも、一匹になりたいところに現れたら迷惑かな?でも、あの状態だと階段から転げ落ちてもおかしくなさそうだし……。
つまるところ、言われたとおりに依頼をこなすか、ルナに付き添うかで迷っている。なんとなく胸騒ぎがするのもあるけど、単純に放っておけないというのもある。どうしたものか……。

「ヒナタ?」

「……追いかけてみましょう」

「え?あ、待ってよぅ」

さんざん悩んだ結果、結局追いかけることにした。もしもペラップに怒られたらその時はその時だ。今はルナの精神状態の方が大事。すでに見えなくなったルナの背中を追いかけて手早く梯子に手を掛けた。……ツル使わないと登れないんだった。未だに人間の時の癖が抜けていないのはいいことなのか悪いことなのか、どっちだろうね?
ジュプトルとの戦闘で焼きただれて見るも無残な姿になっていたツルだったが、今ではすっかり元通りになり普通に動かすことができる。雑草を毟っても気づけばまた生えてくるように、私の体も生命力が強いようだ。フシギダネは言うなれば、動物と植物の両方の特性を持っているポケモンだしね。

「なにしてるの?」

「あ、ごめん。急ぎましょ」

梯子の前でまじまじと自分のツルを見ている姿は傍から見ればどう映っただろうか。ハッと我に返り、気を取り直してすでに見えなくなったルナの背中を追うべく梯子にツルを掛けた。





ギルドを出て大階段を下ると交差点がある。ギルドを背にして右に進めばトレジャータウンへ。真っ直ぐならば思い出の場所でもある海岸へ。左に行けば各地の不思議のダンジョンへの通り道となる小さな林へ行くことができる。さて、この三つの選択肢の中でルナが行くとしたらどこだろうか?

「あの様子だとトレジャータウンにはいかなそうだけど……」

相当な落ち込みようだったし、ポケモン達で賑わうトレジャータウンへは気分的に行かないのではないかと思う。だとすれば残るは二つだが、仮に一匹になりたくて出かけたのならばどちらもあり得そうではある。特に海岸は元気が出てくるとカズキもお気に入りのベストスポットだ。それもあってか、カズキは海岸に行ったのではないかと提案している。

「じゃあ、まずは海岸に行ってみましょうか」

「うんっ」

私もその可能性は高いと思っている。思い出の場所だからというのもあるけど、あそこは基本的に誰も行かないし、さざ波が心を落ち着かせてくれる。夕方になればクラブ達が泡を吐き、夕焼けに照らされて輝くを反射して虹色に煌めく幻想的な光景を作り出してくれる隠れた名スポット。
ともあれ、行動に起こさなければ何も始まらない。道中の小さな草むらや木々の間などにも気を配りつつ、私達は海岸へと向かった。





一方、ルナは一匹でとぼとぼと歩いていた。辺りは鬱蒼とした木々に囲まれ、時折葉の隙間から差し込む光が地面に点々と模様を刻んでいる。ギルドからほど近く、ギルドのポケモン以外はほとんど近寄らない裏手の森。海岸ほどではないが、一匹になりたい時に訪れる場所としてはぴったりだった。

「はぁ……」

肺の空気がなくなるくらい深い深いため息が森の中へ吐き出される。わざわざウィンを置いてまでここまで出向いてきたのは気晴らしのため。もちろん、ルナ自身はウィンが目覚めるまでそばにいるつもりだったが、スカイ達に半ば強引に追い出されてしまった。ルナがウィンのことを心配なように、スカイも同じくらいルナが心配しているのはわかっていた。しかし、この程度の散歩で気分が晴れるほどルナの傷は浅くはない。
未来に迫る災厄を回避するため、過去の世界からやってきたルナ。もちろんルナもそれはやり遂げなければならない使命だと思っている。だが、ヒナタを護衛する過程でウィンを犠牲にしなければならないとしたら、ルナは迷わずヒナタを捨ててウィンを選ぶだろう。あくまでルナの使命は世界を救うことであり、ヒナタを護ることではない。今回、結果的にその結末を迎えてしまったことは、精神的ダメージを増幅させることとなった。

「ウィン、大丈夫かな……」

心にあるのはウィンの事ばかり。あの戦闘で早々にやられてしまったルナにはどんな試合運びだったかはわからない。だけど、ウィンが一日以上も目覚めないような原因なら大体予想がついた。いや、同じように不思議な力を持つからこそウィンの異常に気付くことができた。
ウィンドモード――イーブイの姿から一対の翼をもつ特殊な姿へと変化するウィンの能力。イーブイは進化することによりその場に適応した力を発揮する種族であり、イーブイの状態ではそこまで秀でた能力を持っているわけではない。しかし、この能力は進化と同じように身体能力を飛躍的に上昇させ、それ以上の力を発揮する切り札。攻撃力、素早さを中心に底上げされ、翼を用いて空を飛ぶこともできる。しかし、その代償として姿を変えている間は徐々に体力を奪われ続ける。全快の状態でも数分程度しか持たず、戦闘で傷ついた状態で使おうものならものの数秒で力尽きてしまうだろう。体力が底を尽きるとウィンドモードは解除され元の姿に戻る。もちろん、失われた体力はしばらくは戻らない。
簡単に言えば、次の日の分の体力を前借しているような状態。つまり、無理をすればするほど気絶している時間は長くなる。下手をすれば命すら落としかけない魂の一撃。そうまでしてヒナタを護ろうとしたのは、自分の使命に誇りを持っているから。ルナティックに対抗するための戦力を削ってまで自分達を送り出してくれた救世主の意志に報いるために。

「はぁぁ……」

再び深いため息が響く。ルナの胸中はいろいろな感情がごちゃ混ぜになってよくわからなくなっていた。立派に使命を守り通したウィンに感動し、自分よりヒナタを優先したことに嫉妬し、ウィンに負担を掛けさせたジュプトルを憎み、守られることしかできないヒナタを恨んだ。吐き出したくても相応の言葉が見つからず、ぶつける相手もいない。だからこそ、そうした感情はため息となって吐き出される。最も、胸中に渦巻く念は一息で吐き出せるほど軽いものではないが。
爽やかに吹き抜ける風も、暖かな木漏れ日も、今のルナの心には届かない。ただの自然現象としか感じ取れず、癒されることもない。もはやこうして散歩していること自体が無意味な行為だと、心身ともに感じていた。

「もう、帰ろう」

「ルナ、危ない!」

「え――ッ!?」

早く戻ってウィンのそばにいよう。きっともうすぐ目覚めるはずだ。身を翻してギルドへと一歩踏み出そうとした時だった。突如聞こえた警告にとっさに飛び退ると、先程までルナがいた場所には小さなクレーターができていた。抉られた地面には亀裂が奔り、衝撃の大きさを物語っている。敵襲――本能的に理解したルナは身を屈め、警戒を強める。

「仕留めそこなったか」

「誰っ!?」

淡々とした口調で語るのは一匹のポケモン。まるで岩のように硬い灰色の皮膚を持ち、発達した脚力は鈍重な体をどっしりと支えている。鼻先に生えたドリルは絶大な破壊力を持ち、そこらの大岩ならば一撃で粉々にすることができる。角ドリルという強力な武器に加えて、クレーターを作り出したであろう大剣は鈍い赤色を放ち、獲物を欲するかのように時折明滅する。相当な重量を持つであろうその大剣をそのポケモンは片手で持ち上げ、肩へ乗せた。堅牢な鎧に強い腕力を持つ――サイドンという種族だ。

「俺はベルク。貴様なら、もうわかっているだろう?」

「ルナティック……!」

正体を吐かせるまでもなく、手にしている大剣を見れば明白だ。ルナティック――過去の世界で、人間に復讐したいと願うポケモン達が集まってできた組織。彼らは人間を憎み、人間が作り上げた世界を憎み、世界を支配しようと目論んでいる。ルナ達の考えと相反するものであり、目的のためなら殺しすらいとわない残虐さは筆舌に尽くしがたい。ルナにとって、倒さなければならない敵だ。

「ルナ、と言ったか?貴様に恨みはないが、狩らせてもらうぞ」

「ふん、やれるものならやってみなよ」

「ならば、行くぞ!」





本当に危ないところだった。海岸をあらかた探しても見つからなかったため、ギルド裏手の森に足を延ばしてルナを探していたら、俯くルナの背後で大剣を大きく振りかぶったサイドンの姿が見えた。とっさにルナに危険を知らせて直撃は回避したが、陥没した地面を見る限りまともにくらったら斬られる以前に骨がバラバラになりそうだ。

「ねぇ、あれって!?」

「ルナティック!」

明らかに異質な武器を持つポケモン。それはダンジョンで我を忘れて襲い掛かってくるような生半可なものではなく、プロの殺し屋の風格を持つ。ルナに向けられた殺気に当てられただけで、あいつが殺し屋組織の一員であることを理解できた。相手を睨みつけて威嚇するルナに対しても無表情を崩さず、本来ならば両手を使っても持ち上がるかどうかわからないような巨大な剣を振り回して迫りくる姿はさながら鬼神の如く。加勢しようと踏み出した足を凍りつかせるほどの迫力は並のポケモンでは辿り着けない領域。

「と、とにかく助けないと!」

「おおっと、そうはいかねぇぜ?」

『!?』

ルナは私達とは比べ物にならないくらいの実力を持っているけど、それは相手も同じこと。さらに主体とする炎技は岩の鎧には効果が薄く、分が悪い。力になれるかはわからないけど、一対三の状況ならば多少なりとも加勢できるはずだ。一度躊躇した足を再び動かし、勇気を出して前に出る。
しかし、新たに出現したポケモンによって加勢を諦めざるを得なくなった。蜘蛛のような姿で赤黒い体色に鋭い顎と角を持ち、紫色の瞳は闇夜をものともしない。六本ある脚は黄色と紫の縞模様をしており、お尻から出した糸を木にくっつけてぶら下がっている。毒々しい見た目のこのポケモンはアリアドスという種族だ。

「おれっちはリグド。そこのベルクの連れさ」

「じ、じゃああなたも!」

「そ、ルナティックだよ」

思わぬ伏兵に思わず後退りする。まさか、二匹同時にやってくるだなんて思ってもみなかった。いや、組織として活動している以上、そこには上下関係が存在し、仮に仲が悪かったとしても上の命令とあらば一緒に行動することもあるだろう。冷静に考えれば当然のことだが、今はそれよりも驚きが勝っていた。
ハッと我に返り、慌てて飛び退いて戦闘態勢に入る。一方、リグドは動こうともせず、ニヤニヤとした顔で私達を見ていた。

「なんだ、思ったより反応遅いな。こんな奴らがラクシアにケンカ売ったっつうんだから驚きだぜ」

余裕綽々と言った様子でにやけた顔を崩さないリグド。拍子抜けだと言わんばかりにわざとらしくため息をついて、糸を切ってぶら下がっていた木から飛び降りる。実に不愉快極まりない表情だが、相手はルナティック。少しの油断が命取りになる危険な相手だ。挑発に乗るわけにはいかない。額に冷や汗が滲む。私がルナティックと戦って勝てるのだろうか?カズキと二匹がかりとは言え、その答えを導こうとすると自然と体が委縮する。明確な殺気を放つ相手に恐怖する。だが、逃げるわけにはいかない。

「お、お前なんか、怖くないぞ!」

「ははは、なんだそりゃ?ぶるぶる震えてるじゃねぇか」

ここで逃げたらルナを見殺しにすることになる。ルナが心配で探しに来たというのに肝心のルナを置いて逃げるなんて絶対にできない。カズキも同じ考えなのか、精一杯の声を上げて私の前に出る。しかし、リグドの言うようにそれは虚勢。震えながらも前に出た勇気は称賛に値するものだが、それだけで退くほど相手は臆病者ではない。ケタケタと笑い飛ばす。
攻撃する隙はいくらでもあった。構えもしないし、無防備にお腹をさらして笑っていることもあった。しかし、何か裏があるのではないかという疑念が攻撃することを躊躇させる。プロの殺し屋なのだから、わざわざ意味もなく隙を見せるなんてことはしないだろうと。慎重に判断しなければ一瞬で勝負がつく。

「はぁ、ま、おれっちはお前らに興味なんてねぇけど、ベルクの邪魔されるのも面倒だ。だから――」

――せいぜい楽しませてくれよ?
言うが否や無数の毒針が高速で放たれる。身構えていた私はカズキの手を引いて横へ回避した。しかし、これは始まりに過ぎない。回避した先にも無数の毒針が放たれ、私達は再び避けることを余儀なくされる。いくら回避しようともまるで行動を読まれているかのように毒針が迫る。二匹で行動するのは分が悪いと踏み、早々に二手に分かれた。

「ほう、それくらいの知能はあるのか」

「黙りなさい!」

攻撃対象がわかれ、一時攻撃を中断したリグドにツルのムチを叩き込む。比較的柔らかそうな腹部を狙った一撃は確かな手ごたえを感じた。――よし、行ける!
触れることすらできないと考えていただけにこの一撃は大きい。続けざまに頬にも一撃を加え、様子見も兼ねて一度距離を取る。

「……おお、いてぇいてぇ。案外おっかねぇなお前」

「馬鹿にしてるんですか?」

「いや?見下してるんだ」

こいつはとことんふざけた話し方をする。なに?そんなに自分の実力に自信があるの?確かにルナティックと比べたら私達は弱いかもしれないけど、ろくに攻撃もしない癖にいい度胸ね。――は、いけない。相手のペースに乗せられていた。
こいつの狙いは挑発で冷静な判断力を奪い、二対一というアドバンテージを消すこと。片方でもそうなれば行動パターンは読みやすく対処はたやすいと考えての事だろう。けど、そうはいかないわ。

「カズキ!」

「うん!火炎放射!」

リグドの背後に回ったカズキの口から灼熱の炎が繰り出される。しかし、予想通りと言わんばかりに素早く木に糸を張り付けると、即座に体を持ち上げて回避する。蜘蛛型のポケモン特有の回避方法。自由自在に伸ばせる糸は回避、拘束、防御、移動など様々な用途に使うことができ、使用者の実力が高いほどレパートリーが広がる。トリッキーな動きのため、慣れていないと厄介な行動。

「葉っぱカッター!」

「おわっ、と」

だけど、そこまであからさまにやってくれれば私だって相手の行動を読むことはたやすい。火炎放射が通り過ぎる寸前、リグドの体を支えている糸を葉っぱの刃が切り落とす。わずかにタイミングが遅れて直撃とまでは行かなかったものの近距離で高熱にさらされたリグドの体はわずかに焦げていた。まさか自分が攻撃を食らうなんて思ってもいなかったんだろう、目を丸くして焦げた箇所をしばし見つめると一層にやけた目線を向けてきた。

「へぇ、やるじゃん」

「それはどうも」

してやったりと心の中でほくそ笑んでいたが、まだまだ余裕といった様子のリグドに気を引き締める。裏をかいたとはいえ戦いはまだ序盤、終始全力を出すくらいの勢いを持たなければ勝てない。以前のように少し優勢になったくらいで油断するような真似はしない!

「ほんじゃま、かかってこいや。少しは楽しめそうだ」

「なら、遠慮なく!」

私はカズキに目配せすると走り出す。こんなふざけた奴とはいえルナティック。一対一で勝とうなどと甘えた考えは早々に捨てた。カズキと連携してなるべく隙を少なくし、相手に攻撃のチャンスを与えさせないように立ち回ることが最善の手段だ。私の行動に合わせ、カズキの炎がリグドに迫る。先程と同じように木の上に逃げるが、ツルのムチでそれを叩き落とす。着地した隙を狙ってカズキの電光石火が直撃し、よろめいたところに私がさらに追撃を加える。
最初に避ける以外の選択肢を与えてくれなかった毒針と同じようにお互いの攻撃の隙をカバーしあいながらのラッシュは着実にリグドの体力を減らしていった。

「ふぅ、なかなかのコンビだな」

これ以上攻撃を受けるわけにはいかないと思ったのか、私の攻撃を無理やり突破すると大きくジャンプして距離を取る。とっさに葉っぱカッターを放ったが、連撃の疲れからか、失速して地面に落ちてしまった。くっ、肝心な時に!

「やってくれるじゃないの。期待外れと思ったがそうでもなかったみたいだな」

「だったらさっさと降参してくれるとありがたいんだけど?」

効果は薄いとはいえリグドの体は切り傷や打撲の跡でボロボロ、おまけにカズキの炎で火傷までしてる。普通ならば自分の不利を感じて退くことも選択肢に入っている頃。なのに目の前の相手はあろうことか薄ら笑いを浮かべながらまったく退く様子を見せない。あれはまだまだ余裕ということなのか、それとも虚勢を張っているのか。――おそらく前者だろう。
これも相手の作戦の一つ。戦闘において余裕を残しつつ相手に勝利を確信させる立ち回りはかなり有効だ。しかし、それは低姿勢であたかも絶体絶命であるかのように見せかけるのが条件。あんな風にへらへら笑ってやるような戦法じゃない。つまり、かなりの余裕を残しているということ。すなわち、それだけ本気を出していないってことになる。まるで相手を試すかのような戦い方。

「まあ、最も――予想通りだったけどな」

「え?」

ドスッ!鈍い音が響き渡ると、続いてなにかが倒れるような音が響く。それは私のとすぐ隣、相棒がいるはずの場所。振り向いてみると、地面に倒れ伏すカズキと首筋に四肢の一本を押し付けているリグドの姿があった。
さっきまで目の前で、しかも離れた場所で話していた相手がすぐ隣にいる。しかも、声を上げる暇すらないくらいの時間でカズキを昏倒させている。まずい!と思った時にはもう遅かった。とっさに動こうとしたが体は言うことを聞かず、倒れたカズキを見ている姿勢を変化させることができない。

「そこで指咥えて仲間が倒されるのを見てな」

「うぅ!?」

私の視線は意図せずして変えられる。張りつめた糸を弾いたような短い音を聞き、ようやく自分の体の異変に気付く。体に巻きついている無数の糸、一つ一つはとても細くて目を凝らさなければ見えないほどだけど、それが何十本と纏わりついている。一見頼りなさそうな糸だが、力を入れても体は動いてくれない。蜘蛛の巣にかかった獲物のように体を支配されていた。

「くっ、ルナ……」

変えられた視界に飛び込んだのはルナの姿。大剣を振り回すサイドンを相手に苦戦しているのか息が荒い。一目見ただけで不利だということがわかった。
助けに行きたくても体は動かない。カズキは気を失っているのかうつ伏せの状態でピクリともしない。まさに、指を咥えて見ていることしかできない状態だった。隣でリグドがにやりと笑う。その悪魔のような微笑みに抗うことはできなかった。頬を伝う冷たい感触。恐怖は感情の箍(たが)を外して秘めていたものを流出させた。今の私にできることは、恐怖と戦いながらルナの無事を祈ることだけだった。





一方、間一髪ベルクの攻撃を避けたルナはちらりと視界の端を見て歯噛みした。目に飛び込んできたのはフシギダネとヒノアラシのコンビ。それに加えて敵らしいアリアドスの姿。こんな時にルナティックと出くわしてしまったこと、そして、守るべき対象がのこのこ出てきてしまったこと。ルナにしてみれば泣きっ面に蜂な展開だった。

「やれるものならやってみなよ!」

「ならば、行くぞ!」

横薙ぎに振られた大剣をかわすと、代わりに近くにあった木が薙ぎ倒される。攻撃力だけ見れば天下一品の代物だが、その分攻撃の間隔が大きい。倒れる木と同時にベルクへ肉薄し、至近距離で火炎放射を放った。

「その程度か」

が、岩のように硬い鎧は炎をものともせず、直撃だったにもかかわらず対してダメージを与えられていないようだった。当然、そんなことは百も承知なルナは即座に振り返り、硬化させた尻尾を叩きつける。硬い岩を砕くにはそれ以上の硬さを持った鋼で叩けばいい。ウィンに影響されて練習したアイアンテールはベルクへダメージを与える数少ない手段。

「甘いな」

「ちっ!」

迫りくる九本の鋼打を前にベルクは冷静に大剣を盾にしてそれを防いだ。よほど頑丈なのか、押しこめてもびくともせず、ルナは引くことを余儀なくされる。
ヒナタが敵に襲われているこの状況。ルナに求められるのは、早急にベルクを片付け、ヒナタがやられる前にアリアドスの方も倒すこと。ただでさえ時間との勝負だというのに続けざまに攻撃を防がれて思わず舌打ちする。

「裂破!」

ただ退くだけというのも癪だ。さらなる一手を叩きこもうと怒気を孕んだ言霊を叫ぶ。ルナの声に反応して揺らめく光は形を成し、やがて白銀の鳥へと姿を変えた。勇気の意思を宿した白銀は空を切り裂き、ベルクへと迫る。
強固な守りも容易く突破する白銀は大剣の柄へと命中した。しかし、あろうことか大剣はびくともせず、ベルクの剛腕を持って強引に掻き消されてしまう。

「哀れだな」

「なんですって!」

「今の貴様には覇気がない。乱れた心では俺は倒せんぞ」

「うるさい!!」

勢いに任せて放った追撃の火炎放射も当然のように防がれる。何度も何度も防がれて、まるで時間稼ぎをしているかのような立ち回り。攻撃する意思を感じられない。覇気がないのはどっちだと心底思った。
――だが、ベルクの言うこともあながち間違いではなかった。ウィンが倒れたことによる精神的ダメージに加えて時間を気にしなくてはならないような面倒な戦い。溜まりに溜まったストレスは目の前の敵で晴らす他ない。無意識に思った考えは揺れる感情に隠れて自身の体を突き動かす。だから気づかない。自分の攻撃が単調になっているということに。

「エナジーボール!!」

「効かん」

攻撃して防がれる。そんなサイクルを何度も繰り返せば、自然と流れを変えたいと思ってしまう。遠距離でだめなら近距離で。例えそれが相手の有利な間合いだったとしても怒りに任せた感情はそれを制御することができない。
槍のように鋭く尖らせた尻尾を突き出した瞬間、守りに徹していたベルクはついに反撃に移った。盾として使っていた大剣で尻尾を弾くと同時に力任せにフルスイング。ルナの体は尻尾と共に運ばれ、そのまま地面へと叩きつけられた。

「むぅん!」

「ああぁぁぁぁぁ!!!」

ルナが体勢を立て直した時には、振り下ろされる大剣の影が体を覆い隠すほどに迫っていた。悲鳴と共に派手な砂煙が上がり、攻撃が直撃したことを知らせた。
大剣を振り下ろした体勢のままのベルク。なにを思ったのか、振り下ろしたのは刃のついた部分ではなく剣の腹だった。それでもまともにくらえばぺちゃんこになってしまうような一撃。

「ぐ、あぁ……」

砂煙が晴れると、ルナの体に触れる寸前で大剣は止まっていた。肉眼で確認することはできないが、大剣はベルクの力加減ではなく、見えない壁によって止められていた。“禁”――不可視の壁を作り出す妖術は間一髪発動し、直撃を免れた。
しかし、その衝撃は凄まじい。防いだにも拘らずルナの周りの地面は陥没し、壁を貫いた衝撃はルナ自身にも多大なダメージを与えた。思わず悲鳴を上げてしまうほどの痛みが走る。もはやルナには立ち上がる体力すら残されてはいなかった。

「防いだか。だが、これで止めだ」

再び振り上げられる大剣。避けることも防ぐことも今の状態では不可能に等しい。痛みによってようやく平静を取り戻したもののもう遅い。もはや怒りに任せて突っ込んだ自分を呪うことくらいしかできなかった。
怒りの感情は恐怖へと変わり、ゆっくりと大剣が動くたびに体に震えが奔る。追い詰められ、震えが止まらなくなっていくルナがようやく絞り出した言葉はあまりにも小さく、頼りないものだった。

――誰か、助けて……!

ウィンデル ( 2015/09/13(日) 14:33 )