第二十一話:命を懸けて!北の砂漠の戦い
見渡せば辺りには砂ばかり。しかも、照りつける日差しの影響かまるで熱せられた鉄板の上にいるかのようにとても暑い。砂嵐が発生していないだけまだましだが、あまりの暑さに私を含めて皆疲弊していた。
熱水の洞窟の時も暑かったけど、ここは湿った暑さというより乾燥した暑さだ。暑いというより熱い。――まあ、砂漠なんだから当然なんだけど。
「本当にこんなところに時の歯車なんてあるのかな?」
「さあ、ね」
トレジャータウンから北にある砂漠地帯。茹だるような暑さに加えて砂嵐が発生していることも多く、地面や岩タイプのポケモンでもなければ好き好んで近づかないような場所。そんな場所に私達は来ている。
昨日、ユクシーの証言により判明した時の歯車を盗んだ犯人――ジュプトルを捕まえるべく、協力を申し出たヨノワールと共に作戦を考えた。
「ウィン〜、暑いよぉ……」
「我慢してください。炎タイプでしょう?」
「むぅ……」
盗賊の狙いは時の歯車だということは一連の事件からも明らか。ならば、時の歯車がありそうな場所を探せば見つけられると踏み、いくつかの目星を付けた。
その一つがここ、“北の砂漠”。霧の湖のように時の歯車は誤って見つからないような隠された場所にあるため、当然その道のりは険しくなる。
同行したチームクレスントの一匹――キュウコンのルナは照りつける太陽を恨めしそうに睨みつけて諦めたようにため息をつく。暑さに強いはずの炎タイプですらこうなのだから相当暑いのだろう。
かくいう私も体の水分がどんどん奪われていくのを感じている。早くしないと背中のタネが萎れてしまいそうだ。日向ぼっこは好きだけど、暑いのは苦手……。
「ねぇ、ウィンは暑くないの?」
「暑いですよ。でも、それを言ったところで状況は変わりませんから」
「それはそうだけど……」
そう言ってほほ笑むウィンは暑さなど感じないかのように平然と歩みを進めていく。首回りのもこもことか凄く暑そうなのに落ち着いてるわね。いつも思うけど、あの小さな体のどこにそんな体力があるのやら。
「本当にこんなところに時の歯車があると思う?」
「それ、さっきも聞いたわよ。ヨノワールさんが言うんだから少しは手掛かりがあるかもしれないし、無駄にはならないんじゃない?」
正直こんな場所に来たくはなかったが、そんなこと言っていられる状況ではなかったために引き受けざるを得なかったわけで、できれば他の場所がよかった。他が楽とは言わないけど、砂漠ならダグトリオとかの方が適ポケのような。
……いや、こんなこと考えるなんてそれこそ無駄だ。今は目の前のことに集中しよう。
「はぁはぁ、こ、ここが奥地かな?」
しばらく進むとさらさらと砂の流れ落ちる音が響く場所にたどり着いた。あちこちに流砂が発生し、これ以上は進めない。時の歯車があるとしたらここかな?
「うーん、そうみたいだけど……」
「時の歯車は……ないみたいだね」
「そんなぁ……」
ぺたんとへたり込むカズキ。こんなに苦労して辿り着いたのに目当ての時の歯車がなかったのだから当然の反応だろう。当初は元気のあったルナもカズキと一緒に座り込んでいる。というか私も休みたい。
「でも……」
流砂以外はなにもないように見える。しかし、私は奇妙な感覚を覚えていた。足裏の砂の感触、砂混じりの煙たい風。初めて感じたはずなのにそうじゃないようなもやもやした感覚。霧の湖でも感じた、どこか懐かしいという感情に似ている。
これは人間だった時の記憶の断片なのだろうか?しかし、霧の湖の番人であるユクシーは人間来たことなんて一度もないと言っていた。来たことがないはずなのに知っている気がする。これは一体……。
「それにしても、こんなに流砂が発生しているなんて珍しいですね」
「えっ?」
不意に声が聞こえてハッと我に返る。声の主は流砂の端に立ってまじまじと中心を見つめるウィンだった。
流れる砂に前足で触れたり鼻を近づけて匂いをかいだり、危なくないかな?間違って流砂に捕らわれたら結構やばいと思うんだけど。
「流砂って珍しいの?」
「ええ。流砂は均質なさらさらした砂や水分を含んだ脆い地盤が圧力を受けて崩壊する現象ですから、こんなにたくさんあるのは珍しいですね」
「へぇ」
流れる砂っていうくらいだから砂漠ならそこらじゅうにあると思ったけど、よく考えたら道中では一つも見なかった。結構限定されてるのね。なんでウィンがそんなことを知っているのかは知らないが、素直に感嘆する。
試しにツルを伸ばして砂に触れてみる。流れる砂がツルを撫でていくのが少しくすぐったい。こうして触れてみるとかなりさらさらしているのがわかる。少し砂に潜り込ませると表面とは違って少しひんやりとした感触が伝わってきた。ウィンの言う通りね。
「ねぇ、ウィn――」
「おい!お前ら!」
ウィンに話しかけようとした瞬間、第三者の怒声によってそれは阻まれる。
振り返ると、そこには二匹のポケモンがいた。一匹は黒い体毛に輪っかのような黄色い模様を持つ四足のポケモン――ブラッキー。もう一匹は青と赤のブロックを組み合わせたような特異なポケモン――ポリゴン。
突然の怒声に休憩していたカズキとルナも飛び起きて二匹を警戒する。しかしただ一匹、ウィンは例外だった。
「おや、ガランにアランじゃないですか」
ガランにアラン。その名前を聞いて、以前にウィンが話してくれたことを思い出す。ヨノワールが訪ねてきた日に頬に怪我をして帰ってきたのが気になって聞いてみたら、依頼中にブラッキーとポリゴンの二匹組にやられたのだと言われた。しかし、決して敵ではなく友達。記憶をなくして、ルナティックに利用されているだけに過ぎないとも言っていた。
ウィンのいた元の時代――過去の世界での旧友。それが今、目の前にいるブラッキーとポリゴンなのだ。
「あれ、どうしたの二匹とも?」
「仲間にしてもらいに来た」
「えっ?」
その姿を確認し、警戒を解くルナ。ウィンを殴り飛ばしたとは思えないほど大人しい二匹に私とカズキもルナに続く。
記憶をなくして利用されているだけとはいえ、一応はルナティックの一員。警戒しておくに越したことはないが、ポリゴン――アランの言葉で完全に戦意がないことがわかった。
「気づいたんだ。組織はやっぱり間違ってる。スカイがやってることは正しいんだって」
「だが、オレ達には勇気がなかったんだ。スカイのように、組織を敵に回してまで行動する勇気が」
ウィンから聞いたイメージとはだいぶ違っていた。節に訴える二匹の姿はルナティックに属しているとは思えないほど純粋でまっすぐだった。あの日になにがあったのか詳しくは知らないけど、“戻ってきてくれた”ってこと?
「そこのイーブイ……ウィンだったか?お前はオレ達を信じると言ってくれたな。スカイと同じように」
「お前のおかげで目が覚めたんだ。俺はお前達の力になりたいって、そう決めた!だから頼む、仲間にしてくれ!」
こういったことに慣れていないのか、ところどころ沈黙を挟みながらも言い切った二匹は深々と頭を下げる。
二匹にとってはとても大きな選択だっただろう。手練れの殺し屋が集う組織を敵に回すということももちろんだが、自分達が仲間として受け入れてもらえるかという問題もある。土下座している二匹の目はギュッと閉じられ、身体は小刻みに震えている。心配が恐怖へと変換され、身体へと表れているのは明白だ。
「――もちろん、大歓迎ですよ」
対するウィンの答えは初めから決まっている。もちろんイエスだ。元よりガランとアランはウィンの友達であり仲間。受け入れる道理はあれど拒む理由などない。
「ホントか!?」
「ええ。これからよろしくお願いしますね」
待ち望んでいた答え。伏せていた顔を上げて念を押すガランにウィンはそっと前脚を差し伸べる。未だに記憶をなくしている様子の二匹に、過去と同じ関係に戻れるように願いを込めて、握手を求めた。
ガランも快く応じ、二匹の前足が触れ合う――その時!
「ッ!?危ない!!」
「おわっ!?」
ほんの一瞬、殺気を感じたウィンはとっさにガランを突き飛ばした。その瞬間、ウィンを含めた私達の立っている砂の大地に変化が訪れる。
照りつける日の光を反射する砂はみるみるうちに黒ずんでいき、やがて液状化すると私達をどす黒い身体に沈み込ませた。
「な、なに!?」
まさにあっという間の出来事。ウィンがとっさに庇ったガランと後ろにいたアランを除いて私達は黒沼に捕らわれてしまった。
こんなの明らかに自然現象じゃない。誰かが私達を狙っている!?
危機を感じ、沈んだ足を引き抜こうとするが、意に反して身体は言うことを聞いてくれなかった。
「あ、れ……?」
「力が……抜けて、く……」
黒い砂に触れた場所を起点としてどんどん体の自由が奪われていく。落ち着いていたはずの呼吸はいつの間にか荒くなり、次第に抜け出そうという気力まで削がれていった。な、なに、これ……。
「これは、まさか!」
難を逃れたガランとアランはこの現象に心当たりがあった。
暗殺の基本はターゲットに気付かれないこと。故に図体の大きい者には向かない。しかし、常にそばにあっても気にされないもの――例えば地面を利用すればその式は崩れ去る。そうやって幾多の功績を上げてきたポケモンが一匹、ルナティックにはいた。
「様子がおかしいと思って来てみれば、そういうことかガランにアラン!」
『ギブド!!』
目の前の砂が盛り上がると、地面から一匹のポケモンが姿を現した。
硬そうな外骨格で覆われた紫色の体に蛇腹状に伸びる鋭い爪を持つ腕。口元には鋭い牙を持っている。サソリのようなそのポケモンはドラピオンという種族だ。
「組織を裏切る発言、しかと聞いたぞ!組織を裏切った者は即刻処刑、貴様らそれを承知での狼藉か?」
「くっ……」
見上げるように大きな身体。通常よりも巨大な体躯は凶悪な顔も相まってとてつもない威圧感を放っている。目の前の相手が自分よりもはるかに強いことを知っている二匹は思わず後退りした。
背中を氷塊が滑り落ちるような感覚。今までに数多のポケモンを屠ってきた残忍な相貌は隠しても隠し切れない恐怖を植え付ける。畏怖すべき存在。
「怯えているな。くだらない情に流された浅はかな行為。今更後悔しても遅いぞ?」
「だ、誰が、怯えてなんか!!」
しかし、ガランとて言われっぱなしで黙っているほどプライドを捨てたわけではない。勇気を出して反抗する。精一杯の虚勢。アランも頷いて賛同するが、素人が見ても動揺していることがバレバレだった。
「なに、怯えるにはまだ早い。我は慈悲深いのだ、チャンスをくれてやろう」
「チャンス、だと?」
「簡単なことだ。今、我が捕らえているターゲット達。こ奴らをこの場で葬るのだ。さすれば先程の発言、なかったことにしても構わない」
「き、さま……!?」
ギブドが提案したものはまさに究極の選択だった。組織を恐れ、ついて行くと決めた相手の命を引き替えに自分達だけ生き残るか。提案を蹴り、この場で全員殺されるか。二者択一。
こうなることはある程度覚悟していたはずだった。裏切ってウィン達につけば必ず命を狙われる。遅かれ早かれ、こうした対面になることは目に見えていた。しかし、どこか甘く見ていたのだ。命を狙われたとしても、ウィンを初めとした手練れが揃っているのだからなんとかなると。だが結果はこれ。恐れ戦き、身体は自然と身を引いていく。臆病者。
「ガラン、さん……」
「たす、けて……アラン……」
ではギブドの言うとおり、こいつらを殺して自分達だけ生き残るのか?いや、そんなことはできない。自分達を信じてくれた者。閉ざされた記憶の中に眠る懐かしい声。希望ともいえる存在を殺すことなんてできない!できるわけがない!!
ならば、ここでとるべき選択は――
「さあ、どうする?」
「俺は……俺達は……」
二匹の目の色が変わる。瞬時に飛び退って距離を取り、姿勢を低くして戦闘態勢に入った。
『貴様(テメェ)を倒して、生き残る!!』
完全な二者択一など存在しない。二匹が選んだのは自分達だけ生き残ることでも、諦めて大人しく殺されることでも、ましてや仲間を見殺しにして逃げることでもなく、戦うこと。
二対一とはいえ、戦力的にはギブドの方が上。しかし、それでもウィン達を裏切るくらいなら最後の最後まで足掻いて見せよう!恐怖をかなぐり捨てて、二匹は攻撃に移る。
「喰らえ!ジェットナックル!!」
「チャージビーム!」
ガランが地を蹴り、アランが高電圧の電撃を生成する。
しかし、ギブドはその様子を見ても微動だにしなかった。やれやれと言った様子でため息をつき、蔑むような目を向けて小さく呟く。
「愚かな」
「な……ッ!?」
鈍重そうな見た目に反して、素早い動きで振るった腕はいとも簡単にガランの体を吹き飛ばした。鈍い音を立てて吹き飛んだガランは地面に何度も体を打ちつけながら転がり落ちる。
「ガラン、貴様の速さは火力不足を補うための武器だが、その分動きが直線的になり行動を読まれやすい。それに反撃された場合、貴様へのダメージも増えるもろ刃の剣だ。感情に任せて突進するなど、愚の骨頂」
「ガラン!?くそっ!」
脇腹を抉るように振るった打撃は肺の空気を一気に押し出し、一時的に激しい咳を引き起こす。それは内部にまで届いた傷に響き、さらなる激痛を呼ぶことになる。苦しさにのた打ち回るガランを見て怯んだアランっだったが、溜めていたエネルギーを閃光に変えて打ち出した。しかし――
「甘い!」
「ぐはっ!」
迫りくる光線を両手で防ぎながら一気に距離を詰めると、巨大なアームでアランを捕らえ、思いっきり放り投げた。まるでボールのように跳ねながら地面に叩きつけられ、ガランの元まで転がった。
「アラン、貴様の技の命中率や連射性には目を見張るものがあるが、その分一つ一つの威力は低い。さらに、少しでも邪魔をされると攻撃は途切れる。多少のダメージを覚悟で近接戦闘に持ち込めば貴様になす術はない」
「く、そ……」
「やはり、強い……」
それぞれに一撃ずつ、先程の攻撃がいかに愚かか攻撃の隙を説いていく。その姿は、さながら学校で教鞭をとる講師のよう。その表情には食料として死を待つのみの家畜を見るような冷徹さがこもっていた。
対して二匹はそれどころではない。どちらも身体の丈夫さにはそれなりの自信があったし、バトル好き故に戦闘に関しての修行もしていた。それなのに、殴られた部分は変色して血が滲み、アランに至っては身体のところどころに亀裂が走っていた。たった一撃で満身創痍。しかも、その一撃はただ腕を振るっただけ。異常な攻撃力。それは二匹の戦意を削ぐには十分すぎるものだった。
「この程度で動けなくなるとは情けない。もう一度、我の手で鍛え直してやりたいところだ」
あまりのあっけなさにため息をつきながら仕留めたターゲットへ静かに歩み寄る。じりじりと向かってくる巨体にガランとアランは恐怖した。
元々勝てるわけがなかったのだ。ルナティックが誇る四天王ですら一目置く存在の鬼教官に、しかも手の内が知られている状態で。猪突猛進な攻撃スタイルの俺達ではどんなに頑張ったところで勝てはしない。
しかし――
「これがラストチャンスだ。組織に戻る気はないんだな?」
『当たり前だ!』
だからと言って、今しがた信頼を求めた相手を殺し、おめおめと生きながらえるなんてプライドが許さない。ここで引くなど男が廃る!死が間近に迫ってもこれだけは譲れないのだ。
「そうか……残念だ」
あまりの即答ぶりにわずかに驚いた様子だったが、すぐさま呆れ混じりの視線を向けるとそっと腕を振り上げた。
「ならば、死ね!」
「させるかぁ!!」
車を一瞬でスクラップにできるような剛腕が振り下ろされる直前、叫び声とともに突風が吹き荒れギブドを襲った。突風で砂が巻き上げられ、一瞬視界を奪われたギブドは思わず一歩後退する。
「何者だ!」
「俺様だよ!」
一陣の風が止み砂煙が晴れると、ギブドの前に立ち塞がるようにして一匹のポケモンが立っていた。
獅子のような四足の逞しい体躯に橙と黒のストライプ模様。首元や尻尾にはふさふさとした薄い橙色の毛が美しい。瞳は緑色に輝き、風を纏うその姿はまさに伝説ポケモンと呼ぶにふさわしい風貌。両の前脚にトゲのようなものが一周した不思議なアクセサリーを身に着けたそのポケモンは、ウインディという種族だ。
『す、スカイ!?』
「テメェ!よくも俺のダチを酷い目に合わせてくれたな!!」
空気を切り裂くように勢いよく現れたスカイの言葉は怒気を孕み、鋭い眼光で相手を威嚇する。その迫力は先刻のギブドの冷徹さに負けない凄みを放ち、この場を蹂躙していたギブドの動きを容易く止めて見せた。
「スカイ、なんでここに……」
「ダチがピンチだって時に黙って見てられっか!とにかくあいつを潰すぞ、二匹ともシャキッとしやがれ!」
「あ、ああ……」
突然の乱入者に動きを止めたのはガランとアランも同じだった。彼が組織を裏切って以来、久しく会っていなかった。ルナティックの中で数少ない、友と呼べる存在。一度は目を疑ったが、容姿や口調。どこを見ても自分達の知っているスカイだった。
スカイはガラン達の怪我を見るや懐から木の実を取り出し投げ渡してきた。山吹色のヒョウタンのような形状で、食べると五味を一緒くたにしたような不思議な味がする木の実――オボンの実だ。傷薬としても使われるオレンの実の変異種で、とても硬いがオレンの実よりも治癒効果が高いと言われている。
「っと、ルナちゃんも待ってろ!あいつぶっ飛ばしてすぐに助けてやるからな!」
「う、うん、ありがと……」
「あとついでにウィンと道を教えてくれた嬢ちゃん達も、あいつ倒すまでくたばるんじゃねぇぞ!?」
そう言ってウィン達にもオボンの実を投げ渡す。それは非常にありがたいんだけど、ルナとそれ以外に対しての態度があまりにも違うような……。い、いや、今はそんなこと言ってる場合じゃないか。
「はは、言われなくてもくたばりませんよ……」
なんとかオボンの実を食べて回復したのか、弱弱しいながらも小さく笑って見せるウィン。とはいえ、毒沼から脱出できない以上気休め程度にしかならない。一刻も早く敵を倒し、脱出しなければ命を落とすのも時間の問題だ。
スカイはウィンの様子を見てニッと笑うとギブドの方へ向き直った。
「ルナティックの特攻隊長スカイ。四天王にも引けを取らないほどの実力を持ちながら組織を裏切った大馬鹿者。まさかこんなところに出てくるとはな」
「誰が馬鹿だ!教官ぶってる暇があったら命乞いの言葉でも考えたらどうだ?」
「随分言ってくれるな。貴様の方こそ、のこのこと出てきたことを後悔させてくれる!」
「はっ!その言葉、そっくりそのままお返ししてやるよ!」
二匹の間にバチバチと火花が散る。しかし、お互いにお互いの戦法を知っているだけに挑発を繰り返しながらも迂闊には動かない。風すらも鳴りを潜め、流砂のさらさらとした砂の流れる音がやけに大きく聞こえた。
「くたばるがいい!ポイズングランド!」
先に動いたのはギブドだった。爪を地面に突き立て、その先から毒液を分泌する。すると、突き刺した場所を中心に地面が紫色に染まり始めた。じわじわと範囲を広げていく様は敵ににじり寄る蛇のようにも見える。
「そんなもん喰らうかよ!風よ!」
「なにッ!?」
確かに毒の浸食は遅い。しかし、一度でも足を付ければ容易に抜け出すことのできない死の沼だ。物理技を主体とするポケモンならば近づくこともままならず、いずれ逃げ場を失って毒の餌食となるのが関の山。それ故、わざわざ技を宣言してまで毒を撒いた。
だが、スカイはあろうことか風を身に纏い、その体を宙に浮かせた。対象が地面にいなければこの技は意味をなさない。能力の奇抜な使い方にギブドは思わず目を見開いた。
「そんな使い方があるとは」
「いつまでもテメェが知ってるスカイ様だと思うなよ!」
ルナティックは戦闘面においてはとても個性的な面々が揃っている。ギブドのように自分で技を編み出す者もいれば、武器を使う者もいる。その中でもスカイの能力は特殊で、風を自在に操る力を持っているのだ。
「ならば、ミサイル針!」
「当たらねぇよ!」
迫りくる無数の針をダンスを踊るかのように軽やかにかわしていくスカイ。空中でもまるで地上にいるかのように疾駆し、ふらつく様子はまるでない。
悉く攻撃をかわされ、ギブドのいら立ちが募る。
「そろそろこっちからも行かせてもらうぜ!フレアドライブ!」
「ぐっ!なんのこれしき!」
勢いに乗り、速度が増した体を赤い炎が包み込んでいく。巨大な火球と化したスカイはギブドの懐目がけて突っ込んだ。
文字通り身を焼くような熱気に顔をしかめたギブドだったが、自慢の爪を盾にして薙ぎ払った。
「へっ、相変わらず硬いな」
「貴様は火力が落ちているようだがな」
「減らず口が」
危なげなく体勢を立て直したスカイは全然堪えていない様子のギブドを見て鼻で笑った。ダメージが少なかったことを自嘲的に笑ったわけではない。勝機を見出した時の含み笑いだ。
スカイは自分と同じようにガランとアランにも風を纏わせ宙に浮かせる。空中戦となり、ただ傍観することしかできなかった時にいきなり駆り出されて慌てる二匹を諭し、再びギブドへと向き直る。
「愚かな敗北者を再び戦場に立たせるとは、盾のつもりか?」
「いいや?テメェを倒すには、こいつらの助けが必要だからな」
「一対一の戦闘を中断してまで華を持たせようというのか。貴様も変わってしまったな」
「そいつは褒め言葉だな」
スカイ自身、友達を傷つけられて怒っているし目の前の敵を早く倒したいと思っている。しかし、本当にギブドを倒したいのはガランとアランの方だろう。自分達の得意分野で圧倒されて悔しいに違いない。ならば、せめて止めは二匹に譲るというのが筋というものだ。
不安そうに顔を向けるガランに大丈夫だと笑ってみせる。すでに布石は揃った。後は、二匹の覚悟だけ。
「面白い。ならばかかってくるがいい!」
「ガラン、アラン、あいつに一泡吹かせてやれ!」
『……おう!』
スカイの言葉に背中を押され、二匹は再び巨大な敵へと立ち向かう。
「ジェットナックル!」
「またか。それでは我を倒すことはできん!」
素早い動きで加速し、空気を切り裂きながら突進する。振り上げられる腕にも構わず力の限り駆けた。まるっきり先程と同じ攻撃パターン。意気込みはあっても行動がついて来なければそれは意味をなさない。芯を捕らえた攻撃は無慈悲に現実を見せる――はずだった。
「遅い!」
「……ッ!?」
振るった腕はガランの体を掠ることすらせずに空を切る。
音が消えた。限界まで加速し続けたガランは空気が爆発するような凄まじい音を最後に聴覚がなくなったかのような錯覚を覚えた。しかし、それも一瞬の出来事。気づけばギブドの攻撃を掻い潜り、顎に重いアッパーを叩きこんでいた。
声にならない叫びを上げながらギブドの巨体が宙に舞う。
「威力が低いかどうか、その身で体感してみろ。電磁砲」
「ぐぉあ!?」
空中ではアランが先程とは比べ物にならないくらいの巨大な電気エネルギーを集約し、ガランの攻撃に合わせてそれを開放する。打ち上げられ、なす術もないギブドは膨大な電撃を甘んじて受けることしかできなかった。猛スピードで落下していく体は、自らが作った毒沼に沈み込んだ。
「どうだ!」
「俺達の勝ちだ」
「ぐっ、まさか、やられるとは……」
防御も受け身も取れずに叩きつけられたギブドだったが、毒沼がクッションとなりなんとか意識をつなぎとめた。しかし、強靭な甲殻には亀裂が走り、電磁砲の影響からか全身が痺れてうまく動けない。意識はあれど、身体がついて来なければ敗北も同じだろう。勝負は決した。
「見たか!これが俺達の必殺技だ!」
「貴様は、なにもしていないだろう……」
まるで自分がやったかのようにビシッと言い放つスカイ。しかし、風によるアシストがあったしまるで何もしていないというわけでもないか。
ギブドの分析は間違っていなかったはず。ただ、ガランとアランがそれを一瞬で克服しただけのこと。敗因はそれを見抜けなかったギブドの油断。そして、敗色濃厚だった場の空気を一瞬にして転換させ、士気を上げたスカイの牽引力か。
「これで、勝ったと思うなよ。我は組織の一端に過ぎない、そのことを、努々忘れるな!」
そう言い残し、地中へと潜り込むギブド。お得意の毒沼で拘束してくるかと思いきやしばらく経ってもなにも起こらず、変色した大地も次第に砂に埋もれて見えなくなっていった。