修業風景
このお話は第六話から第八話の間のお話です。
本編をご覧になってからの閲覧を推奨いたします。
ギルドには規則がある。特に外出の制限は厳しく、基本的に夕食の後は外出禁止だ。厳しい修行に耐えきれず、脱走者も多いプクリンのギルドで夜に外出しようものならペラップやプクリンからきつーいお叱りが待っているだろう。
「こらっ!夜は外出禁止だぞ?部屋に戻れ」
だから夜に外に出るためには見張りであるペラップに見つからないように隠れて移動するか、理由を話して許可をもらうかの二択になる。私がとったのは後者だった。
ギルドの入り口にある止まり木に止まっているペラップは私の姿を確認するなり訝しげな視線を向けてきた。
きっとこう思っているだろう。また脱走か、と。
「ペラップさん、少しだけ外出の許可をいただけませんか?」
「ダメだダメだ!規則だからな」
やはり一筋縄では通してくれないようだ。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。頑なに拒否するペラップに私はなんとか食い下がろうとする。
私がわざわざ夜に外出したい理由。それは修行のためだ。
昨日戦ったお尋ね者のスリープ。作戦がうまくいき、どうにか勝利することはできたもののかなり危なっかしい場面が多かった。特に、すぐに油断する癖や技のレパートリーが少ないのは今後の探検にも影響が出てくるはず。
そこで、まずは攻撃技を増やすために修行しようというわけだ。
「すぐに戻りますから」
「ダメなものはダメなの!」
とはいえ、日中は依頼の仕事もあってなかなか時間が取れず、時間を作ろうと早く切り上げようにもギルドに入門して……いや、私がポケモンになってから日も浅いということで実力がついて来ず、それも叶わない。ならば、こうして夜にやるしかないだろう。
だからこうしてペラップを説得しようとしているのだが、頑固で頭が固いペラップは首を縦に振ってくれない。修行のためだとかすぐに戻るとか言っても、ペラップにとっては脱走するための作り話にしか聞こえてないのだろう。
なかなか戻ろうとしない私を見て苛立ちが募っていくのがわかる。
「信用できないのなら見張りについて来ていただいても構いません。どうかお願いします!」
「……………」
これ以上食い下がるとギルドでの生活に支障が出てしまうかもしれない。私はともかく、パートナーであるカズキにまで迷惑をかけてしまっては意味がない。
最後の一押し。これでだめなら大人しく諦めよう。
強気に迫る私の様子にペラップは鋭い視線を浴びせてくる。――しばしの沈黙の後、根負けしたというように深いため息をついた。
「――はぁ、そこまで言うならわかったよ」
「ありがとうございます!」
しぶしぶといった様子だったが、どうにか許可を取ることができた。
時間は限られている。早速取り掛かるとしよう。
――ギルドの裏の林の中に小さな広場がある。そこを使え。
ペラップに教えられ、薄暗い林を進むこと数分。木々が生い茂る空間の中にわずかに開けたスペースが現れた。
広場というにはかなり小さく、手が加えられた様子もないからおそらく自然にできたものだろう。木の葉によって丸く縁どられた空には煌めく星々と淡く優しい光を放つ月が顔を見せている。
少し狭いが、ここならばトレジャータウンからも離れてるし多少うるさくても迷惑になることはないだろう。道中は木の葉に阻まれて月明りが届かず、予想以上に暗くて怖かったが、我慢して進んできた甲斐はあった。
「さて、なにから始めようかしら……」
しかし、ここにきて私は重大な事実に気付く。なにをしたらいいかわからない。
一口に修行と言ってもいろいろある。精神を鍛える修行だったり、身体能力を高める修行だったり、技を磨く修行だったり。目的によって修行の内容は異なる。
私が今やりたいことは、技のレパートリーを増やすこと。つまり技の修行だ。
しかし、元から覚えている――例えばツルのムチを鍛えたいならまだ考えようもあるが、まだ習得していない全く新しい技を覚えるにはどうしたらいいのだろうか?
「……明日、先輩に聞いてみよう」
記念すべき一人修行の初日はなにもできないまま、ただ怖い思いをして林の中を歩いただけで終わってしまった。
「キマワリ先輩、お聞きしたいことがあるのですが」
「あら、ヒナタ。どうしたのですの?」
翌日。意気込みはよかったもののやるべきことがはっきりとしていなければなにもできないということが昨日わかったため、先輩の力を頼ることにした。
「あの、技の使い方を……」
その指南役に選んだのはキマワリ。ギルドでは結構な実力者で面倒見もよく、同じ草タイプならばいいアドバイスをくれるのではないかと考えた結果だ。
正直なところ、なにをしていいのかわからないので知恵を貸していただきたい。しかし、こんなことを聞くのもなんだか恥ずかしいので段々と声が小さく尻すぼみになってしまった。
「ダメ、ですかね?」
「キャー!ワタシでよければ喜んで力を貸しますわー!」
今更だが技の使い方を聞くなんてもしかしたら失礼かと思い始めて俯いていたが、なぜか抱きしめられてしまった。
努力してるって思われたのかな?とにかく、了承してくれてよかった。
「それでは、お願いします」
「張り切っていきますわよー!」
夜になり、私は再び林の広場へとやってきた。
昨日体験した暗さを考えてギルドの入り口にあるたいまつを一本お借りしてきたが、明るいとはいえぱちぱちとはぜる火の粉が熱くて何度か落しそうになった。
こんなところで落そうものなら大惨事になるのは確実。ツルを長く伸ばして遠ざけつつも暗いのは嫌だから離しすぎず、一定の距離を保って持ってくるのが結構疲れた。こんなところで体力を使ってどうする。
「今日こそやらないとね」
木に引火しないように落ちていた石ころでたいまつを固定するとさっそく修行に取り掛かる。
私が覚えることができる技で今は使えない技。キマワリが教えてくれたのは“葉っぱカッター”という技だ。
私も聞いたことはある。ツルのムチと同様草タイプのポケモンが覚える技で、名の通り鋭く尖った葉っぱを放ち対象を切り裂く、草ポケモンの基本技だ。
ツルのムチと違ってかなりの距離があっても攻撃することができ、遠距離技としてかなり使えるという。
まずはこの葉っぱカッターを習得することから始めようと思う。
「まずは気持ちを落ち着けて、集中する……」
技を繰り出すコツ。特にまだ習得しきれていない技を扱うときにはとにかく落ち着くことが重要だ。技の完成を急ごうと焦ってもうまくは行かない。まずはゆっくりでもいいから使い方をしっかり体に覚え込ませるのだ。
頭に浮かべるイメージは風に舞う木の葉。ゆらゆらと揺れる木の葉は薄くて頼りないけれど、突風に煽られて飛び交う無数の葉は鋭く尖った刃になる。
「ふぅぅ……」
ふわりと木の葉を舞い上げて、突風のように鋭く放つ。技を準備してから放つまでの過程をイメージし、それを具現化する。
集中して体内に生まれたエネルギーは木の葉の形を成し、一つ、また一つとその数を増やしていく。そして、それがある程度溜まったところで――放つ!
「――葉っぱカッター!!」
気合を一発。意気込んだ掛け声と共に放たれた木の葉はターゲットの木を無数の刃で切り裂く――ことはなかった。
大量にイメージしたはずの木の葉だったが、実際に現れたのはわずか二、三枚。小さな木の葉は切り裂くほどの威力も持たず、枯葉のように頼りなくひらひらと地面に落ちるとパッと消えてしまった。
「……失敗か」
儚く散った葉っぱを眺めながら小さくため息をつく。
まあ、初めから成功するなんて思っていない。勢いはなかったけど葉っぱは出せたわけだし、これから頑張っていけばいいのだ。
「よしっ!」
決意を新たに私は練習を再開した。
――――
「うーむ……」
今日もまたワタシの許可を得て夜に外出するポケモンが一匹。その背中を見守るワタシの顔はとても複雑な表情をしているだろう。
なにを思ったのか、最近ヒナタが夜に外出するようになった。つい先日入ったばかりの新人チーム――リリーフのリーダー(勝手に決めた)は入門したばかりでぎこちないものの真面目で聞き分けのいい弟子だ。にも拘らず、急に外出させろと言われれば、また脱走かと思うのも仕方のないこと。
「なんだかなぁ……」
いくら言っても聞かないので脱走されるのを覚悟で仕方なく許可を出してやった。だからこそ、ちゃんと戻ってきた時は心底驚いたものだ。
ここは天下のプクリンのギルド。数々の優秀な探検家を輩出している名門ギルドだ。その修行は名門の名に恥じない厳しさで、生半可な気持ちで入ってきた連中は修行に耐えきれず、次々と脱走していく。
現在残っている弟子達は多少の実力の差はあれど、皆エリートと言ってもいいだろう。
「修行と言っていたが、一体なにをしているんだ?」
ギルドの厳しい修行に加えて寝る時間を削ってまでやっている修行。その内容にも興味があるが、それ以上にヒナタの体が心配だ。
朝早く起きて夕方まで依頼や探検の毎日。今までヒナタがどんな生活を送ってきたかは知らないが、新人にとってこの日常はハードなはず。それに加えてこんなことをしていては体調を崩すのではないか?
「やっぱり、止めた方がいいのだろうか」
なにやらキマワリも一枚噛んでいるらしいが、特になにをしているかなどは教えてくれなかった。
親方様の一番弟子にしてギルド一番の情報屋であるワタシが知らないことがあるなどよく考えたら由々しき事態だ。今すぐにでも確かめに行かなくてはならない。
「ペラップ、ダメだよ」
「えっ、その声は……親方様!?」
決断したら即行動するのがワタシのポリシーだ。そうして翼を広げていざ飛び立とうというとき、不意に届いた声にバランスを崩して地面に真っ逆さま。その声の主、天と地が逆転する視界に映り込んだのはプクリン親方だった。
普段ならばとっくに寝ているはずの相手が目の前にいる。打った頭を押さえながら状況を整理するにはしばしの時間を要した。
「お、親方様!?なぜここに!?」
「頑張ってる子に水を差しちゃだめだよ♪」
のらりくらりと掴みどころがないが、いつの間にかすべてを悟っている妖精のようなお方は今回の件もご存じの様子。
しかし、それを聞くことはできない。しーっと、手を口元に当ててウインクするプクリンは手を出さずに見守る決断をされたようだ。
「わ、わかりました」
ワタシの知らないことが身近にあるのは悔しいが、親方様がそういうのであれば仕方ない。なにか考えがあってのことだろう。
確かに普段はのんびりとしておられるが、その采配が間違っていたことは一度もないのだ。
「これからどうなるか、楽しみだね♪」
「はぁ、そうですね」
空には満天の星空が広がっている。無数に広がる光の点はそれぞれにどんな想いを抱いているだろう。
月明りとたいまつの光を受けてぼぅっと佇むギルドの前で、ワタシは今日もヒナタの帰りを待っている。
寝る間もないが、可愛い弟子のためならばそれもいいだろう。
何度か練習を重ねていくうちに少しずつ技が完成に近づいている。そう考えると毎日寝る間も惜しんで修行に打ち込んだ甲斐があるというものだ。
「もうちょっと、かな」
的にしていた木には小さいものの無数の切り傷があり、葉っぱカッターが技として完成しつつあるのを感じることができる。しかし、まだまだ実践で使えるほどにマスターしたわけではない。
キマワリからの受け売りだが、この技を使う上でのポイントは二つ。生成する木の葉の量とコントロール精度だ。どちらかが欠けても技としては成立しない。フシギダネにとっての手であり、本能的に体に染みついているツルのムチと違って、二つのことを同時にやらなければならないため扱いが難しい。
初めて葉っぱカッターを使った時に少しでも形になったのはかなりいい線行っていたわけだ。
「次は葉っぱの数を増やさないと」
二つのポイントのうち、私はコントロール精度の向上に力を入れた。命中率を重視した分操れる葉っぱの数は減ることになるが、攻撃として使うならば威力よりも命中率を上げた方が無難。私はそう考えた。
今、私が扱える葉っぱの数はたったの二枚。だが、たった数日でここまで成長するのは素晴らしいとキマワリから褒められたので焦りはない。
「――葉っぱカッター!」
イメージする木の葉の数を二枚から四枚に増やし、ターゲット目がけて放つ。
何度も繰り返した行動だが、やはり数が増えるとその分制御も難しく、狙いがわずかに逸れる。まだまだ少ないが、制御しきれていない。
「……頑張らないと!」
だが、それにめげずに何度も挑戦する。時間は限られているのだ、くよくよしていては時間がもったいない。
今日も修行は続く。