第四章
第十七話:来訪者
遠征から数日後。一日の休息を挟んで再稼働し始めたギルドは遠征の間に溜まりに溜まっていた依頼を捌くのに大忙しだ。完全にギルドメンバー全員での遠征という暴挙に出た影響なのだが、プクリンは相変わらずの様子。
しかし、遠征での活躍を評価してもらえたのか、ブロンズランクからシルバーランクに昇格したりと悪いことばかりでもない。忙しい方が嫌なことを考えなくて済むしね。

「ヒナタ、今日はどの依頼にする?」

ギルドの探検家志望のメンバー総出で依頼をこなしているが、未だに掲示板には依頼書がびっしりと貼り付けられている。ここまで多いとさすがにため息が出るわね。
でも、最近の依頼の大半は落とし物探しだったり、一緒に探検したいだったり、木の実が欲しいだったりと危険な依頼は減ってきてるからここら辺は平和なんだろうなぁ。

「うーん、どれに――」

「なに!?足形がわからないだと!!?」

掲示板を眺めながら悩んでいると、ギルド全体に響き渡るような怒号が聞こえてきた。
どうやら地下二階から聞こえたようだが、その声は聞き取りずらいということもなくはっきりと聞こえる。
顔なんて見なくてもそれがドゴームの声だということは明白だった。

「今のって」

「とりあえず行ってみましょうか」

ドゴームの大声はギルド内どころかトレジャータウンや他の探検家達の間でも周知の事実だが、仕事中に大声というのは少しだけ珍しい。
気になった私はカズキと共に梯子を降り、地下二階へと降りる。いつも朝礼をしている場所だ。
ふっ、梯子を降りるのにもだいぶ慣れたものだ。当初は危うく落ちかけていたが、今ではスピードも正確さもばっちりね。

「足形を見分けるのはお前の得意分野だろう!?」

「だ、だってぇ、わからないものはわからないよぅ……」

心の中で密かに自分を褒めていると、部屋の隅にドゴームの姿が見えた。そして、その目の前には私達がぎりぎり入れそうな穴が開いている。
あの穴は外にある見張り穴の真下へと続いていて、見張り穴に乗ったポケモンの足形を見ることによってポケモンを特定するのだ。
それにしても、この光景になんだかデジャブを感じる。確か、私の足形を鑑定された時もこんなやり取りをしていたような?

「おい、どうした?」

いつものように部屋の隅に立っていたペラップも異常を感じて近寄ってきた。
この平和なトレジャータウン、それも天下のプクリンのギルドとあってそこまで警戒をしているわけではないが、それでもわずかに顔つきが険しくなる。

「足形不明のポケモンが来ているらしい。ディグダは優秀な見張り番だ。足形がわからないなんて滅多にないんだが……」

腕を組んで考え込むドゴーム。確かに多くのポケモンが訪れるこのギルドでかなりの足形を見ているわけだし、大体の足形はわかるとは言っていた。――まあ、私の足形の時は曖昧だったけど。

「……え?親方様に会わせてほしいんですか?」

穴の向こうからディグダの声が聞こえてくる。どうやら見張り穴越しに会話しているようだ。

「えっと、お名前は?……ヨノワールさん!?し、少々お待ちくださいね」

ヨノワール。足形不明のその来訪者の名前を聞いた途端、場の空気が一変した。
ディグダはもちろん、その声を聞いていたドゴームやペラップも驚きに顔を見合わせている。

「よ、ヨノワールだって!?」

「ヨノワールって、あの有名な……!」

どうやら有名らしいが、私には全然ピンと来ない。
探検大好きカズキに聞いても知らないらしいし、一体どんなポケモンなのだろうか?





ギルドの地下二階には食堂や弟子達の部屋、親方様の部屋などがあり、ギルドのポケモン達の生活の場だ。その中央には広場があり、起床した弟子達はここに集まり朝礼を行うのがこのギルドのしきたりになっている。
生活の場ということもあって朝礼や食事の時以外に集まることはほぼなく、どんどん稼いでくれというペラップの考えもあっていつもは閑散としているのだが、今は違った。

「やあ、訪ねてきてくれてありがとう♪」

「いえいえ、滅相もありません!」

ドゴームの声を聞きつけて降りてきたときにはペラップにグレッグル、あとはチリーンくらいしかいなかったけど、今ではどこを見てもポケモンだらけ。鮨詰め状態となっている。
ギルドの弟子達はもちろん、騒ぎを聞きつけた他の探検隊やトレジャータウンのポケモン達まで押し寄せているのだから当然と言えば当然なのだが、ここまでのポケモンを集める来訪者には驚きを隠せない。

「かの名高きプクリンのギルドを訪問できて誠に光栄です!」

その来訪者――ヨノワールは押し寄せたポケモン達に動じる様子もなくプクリンの握手に恭しく応えている。大柄な体に怪しげな赤い一つ目、お腹にある凶悪そうな口など見るからに強そうだが、優しい声色で殊勝な態度を見せている。
第一印象はちょっと怖かったけど、なんだか優しそうなポケモンね。

「なんの騒ぎ?」

いつもはここで待機しているペラップと隅っこで怪しげなツボをいじっているグレッグルしかいないこの地下二階が一転してお祭り会場のような喧騒を響かせている。こんな場所に弟子部屋からゆったりと歩いてきたのは銀毛の混じったキュウコン――ルナだ。
照明を受けてきらきらと輝くルナの姿に何匹かのポケモンが振り向いている。キュウコンの放つ妖艶な魅力に当てられているのは明白だ。まあ、実際には私よりも年下の子供なんだけどね。

「ちょっと、珍しいお客さんが来たみたい」

まだ状況を理解していないようなので軽く説明をする。でも、私もそこまで詳しいことはわかっていないんだよね。
ここに集まっているポケモン達の視線はすべてヨノワールへと向いている。ドゴームが「あの有名な」って口走ってたけど私は知らないな。
ヨノワールがどんなポケモンなのかは気になるところだが、私はさっきから気になることがもう一つある。

「ねぇ、ウィンはどうしたの?」

私の視線はヨノワールではなくルナの背中を向いている。
遠征途中に会い、何度も助けてくれた恩人……いや、恩ポケであり、今では私達の後輩でもあるイーブイは、なぜかルナの背中の上で突っ伏している。
四肢をだらりと投げ出して尻尾も力なく小さく揺れているだけでいつもの元気な様子が見えない。一体どうしたのか。

「ああ、気にしないで。ウィンは朝に弱いだけだから♪」

「そ、そう」

明らかにやばそうな雰囲気を出しているがルナはからからと笑って返す。
個人差はあるものの、朝起きるのが苦手というポケモンは世の中に山ほどいるだろう。けど、プクリンのギルドにはドゴームと言う強力な目覚ましがいる。それを耐えてまで起きれないというポケモンはそうそういないと思うのだが、実際に目の前で寝ているのだからいるのだろう。
お寝坊さんのカズキやビッパですら起きるというのによく寝ていられるわね。

「最近みんなに合わせて早起きしてたから疲れが溜まってたんじゃないかな?」

「あ、なるほど」

確かに最近は依頼が溜まってて新人のクレスントも駆り出されてたし、それに加えて慣れない早起きを続けてたらこうなるのも仕方ないか。今日の朝礼にウィンがいなかった理由がようやくわかったわね。
常に笑顔を絶やさず、冷静に状況を判断するいつもの姿と違って、寝姿は一切の警戒がなく無垢な寝顔を見せている。こうしてみると可愛いかも?

「ねぇ、ドゴーム。あれは誰なの?」

一方、私がルナと話しだして暇になったカズキは近くにいたドゴームに質問していた。あれとはもちろんヨノワールのこと。カズキもあれが誰かはわからなかった。
それに対し、ドゴームは信じられないといった表情を見せた後カズキの肩を掴んで乱暴に揺さぶってきた。

「お、お前、ヨノワールを知らないのか!?」

「う、うん、しら、ないよ?」

がくがくと体を揺さぶられ鬼のような形相で迫ってくるドゴームに本能的に体が委縮し、か細い声しか出なくなる。
単なる好奇心で質問しただけなのに返ってきたのはパワハラじみたなにか。ドゴームの大声を目の前で受けた上に揺さぶられたせいで早くも目が回ってきた。

「まあまあ、ドゴーム。無理もないですわ、知られるようになったのはつい最近のことですし」

この喧噪の中でもよく響くドゴームの声を聞きつけてキマワリが制止に入ってくれた。ドゴームもさすがにやりすぎたと思ったのかおとなしくカズキの体を離す。
言うなれば赤ん坊が大人に振り回されるようなもので、完全に目を回しているカズキの足取りはおぼつかない。まるで酔っぱらっているかのような千鳥足だ。
とりあえずツルのムチで体を支えて座らせてあげる。

「ドゴーム先輩、あんまり乱暴にしないで下さいよ」

「うっ、すまん」

先輩だから多少のことは許すけど、カズキがかわいそうだったので日頃の目覚ましの恨みも込めてちょっと強気に出てみた。自覚はしているのか、素直に謝ってくれたからまあいいけど。
それにしても、そんなに興奮するってことはよっぽど有名なのね。ギルドに来たってことはおそらく探検家なのだろうけど。あの図体で依頼者なんてことはないだろうし。

「すまんな。ヨノワールはとっても有名な探検家で、つい興奮してしまった」

「ううん、大丈夫だよ」

しばらくして元に戻ったカズキは改めて謝るドゴームに大丈夫と手を振って返した。優しいところは相変わらずのようだ。
カズキはそんなことより今はヨノワールのことだと、話を聞きたくて仕方ない様子。有名な探検家と聞いて興味が湧いたのかぐるぐると渦を巻いていた目はきらきらとした期待の色に満ち溢れている。探検のこととなればカズキは食いつきが違うわ。

「そんなに有名な探検家なんですか?」

「突如彗星の如く現れて一躍有名になった方ですから。探検家としての能力は素晴らしいものがありますわ!」

と言っても私も興味がないわけではなく、むしろ同じくらい興味がある。――ルナは興味なさそうに欠伸してるけど。
ようやくヨノワールについて話せるとあってドゴームもキマワリも熱を入れて話してくれた。
チームを持たずに一匹で行動するとか世の中で知らないことはないというくらい知識を持っているとか、力説している二匹を見るとヨノワールの事を深く尊敬しているというのがよくわかる。
合わせて、それを聞いているカズキの表情がだんだんと恍惚としたものになっていくのがわかる。初めて入るダンジョンを前にした時の表情に似ているかもしれない。胸の中のわくわく感が抑えきれないって感じ。

「ねぇ、ヨノワールって前にもここに来たことあるの?」

それまでつまらなそうに話を聞いていたルナが唐突に話に入ってきた。その横には眠そうに目を擦っているウィンの姿。どうやらやっと起きたらしい。

「いや、初めてのはずだ。親方様も会うのは初めてじゃないかな?」

「えっ!?でも、プクリンとあんなに親しげに話してるよ!?」

「まあ、親方様だから……」

初対面の相手と親しげに話しているのに驚くカズキの反応は正常だが、それがプクリンとあれば話は別だ。
霧の湖では初めて会うはずのユクシーに対して「友達友達」と連呼していたし、ことあるごとに握手を求めるからプクリンにとってどんなポケモンだろうが“友達”なのだろう。
親方としての威厳はないが、フレンドリーな性格に関しては右に出るものは多分いないと思う。

「みんな聞いて!」

噂をすればフレンドリー親方の声がする。見てみればヨノワールと話していたはずのプクリンは嬉しそうに両手を広げ、周りのポケモン達に呼びかけていた。

「このヨノワールさんがしばらくトレジャータウンに滞在することになったからよろしくね♪ヨノワールさんは有名だし、物知りだからいろいろ聞きたいこともあると思うけど、そこは迷惑を掛けない程度にお願いね♪」

「いいかみんな!有名だからって間違ってもサインとかねだらないように!」

あの有名なヨノワールがトレジャータウンに滞在する。それを聞いたポケモン達は大いに盛り上がった。この様子じゃ後に続けたペラップの声は届いてないだろう。
はぁ、と小さくため息をつくペラップにヨノワールはそっと手を乗せる。一つ目の赤い瞳がギョロッと動き、「それくらいならお安いご用ですよ」と笑ってみせる。
その瞬間のペラップといったら喜びで体を震わせて何度も何度もありがとうございますと頭を下げていた。堅物なイメージがあるペラップも憧れの探検家の前には形無しね。

「私の知識など拙いものですが、それでもお役に立てるなら幸いです。なにかご相談があれば遠慮なく言ってくださいね」

「こ、光栄でゲス!」

「こちらこそよろしくですわ!」

ヨノワールが演説よろしく話を締めると騒ぎ立てていたポケモン達から惜しみない拍手が送られた。





突如彗星の如く現れた凄腕の探検家ヨノワール。彼の人気は絶大で、ヨノワールがいる場所には常にポケだかりができ、トレジャータウン全体が大騒ぎだ。
握手を求める者、サインをねだる者、武勇伝を聞きたいとせがむ者。さながらアイドルのような扱いにヨノワールは嫌な顔一つ見せず一匹一匹丁寧に応えていく。これが人気者というものだろうか。

「でも、みんな浮かれすぎだと思うなぁ」

「仕方ありませんよ。相当有名な方のようですし」

そんなトレジャータウンの住人とは打って変わってあまりの騒ぎようにうんざりといった様子で歩みを進めるのはルナ。隣を歩くウィンはみんなの気持ちもわからなくはないとそっと宥める。
現在、二匹はある依頼をこなすために“小さな原っぱ”と呼ばれるダンジョンに来ている。トレジャータウンを出て東に少し進んだ場所にある岩場に囲まれた原っぱだ。

「それよりウィン、身体は大丈夫なの?」

ギルドに入門した当初から依頼続きな上、早起きしなければならないというルールに疲弊していたウィン。しかし、最近ではようやく依頼の難易度が下がってきて、今日もぐっすり眠れたためなんとか持ち直せている。
今回、比較的難易度の低い小さな原っぱに来たのはそれを心配したペラップからのお達しだ。

「大丈夫ですよ。それより、早く依頼を終わらせてヒナタさんのお手伝いをしないと」

「むぅ、それはそうだけどぉ」

二匹がギルドに入門した理由はより近くでヒナタをサポートするため。そのためには依頼を早急に終わらせて戻る必要がある。
ルナもそれはわかっているのだが、そのせいでウィンが無理をしているのを知っているので複雑な気分だ。
確かに目的を達成することは大事だが、そのためにウィンが衰弱していくのは見たくない。もしヒナタとウィンの二択を迫られたとしたら迷わずウィンを選ぶだろう。

「でも、このままじゃウィンが――!?」

「どうやらお出ましのようですね」

言いかけて、空気が張り詰めたのを感じてそれを中断せざるを得なくなる。
強大な気配はダンジョンで襲ってくるような我を失ったポケモンではない、ちゃんと意志を持った存在。それも、これほどとなるとどうやら“奴ら”のようだ。
足を止めて周囲を警戒しつつ気配を探る。しかし、それは数瞬後に無意味なものと化した。
なぜなら――その相手が目の前に現れたからだ。

「暇そうにしてるな」

「退屈そうだからオレ達が忙しくしてやるよ!」

奇襲や強襲もなく堂々と目の前に現れたのは二匹のポケモン。
赤と青のブロックで構成された奇抜な姿のポケモン――ポリゴンと四足の黒い体毛にところどころ黄色の輪っか模様が浮かび上がるポケモン――ブラッキーだ。

「あ、あなた達は!?」

好戦的だが相手を射抜くような殺気は感じられずただバトルしたいという熱い気持ちが伝わってくる。冷徹なポケモンが多いルナティックには珍しいタイプのポケモンだ。
だが、それも無理はない。なぜなら彼らは“ルナティックではない”から。
これは情報として知っているわけではなく、過去の世界で共に学び舎に足を運んだ旧友だからこそわかるもの。

「ガラン!それにアランも!」

ルナが名前を叫ぶ。ポリゴンとブラッキーという不思議な組み合わせの二匹はウィンとルナの友達だった。
ポリゴンのアランにブラッキーのガラン。しかし、その二匹からは再会を喜ぶ感情は感じられない。ただ、戦いたいという衝動だけが彼らを動かす。

「オレ達の名前を知ってるのか」

「やはり、覚えていませんか」

「なんのことだ?」

過去の世界で、ある日を境に二匹は姿を消した。その後にある筋からの情報で彼らの安否を確かめることができたが、その状況を聞くとあまりよろしくないものだった。
今まで確証を持てず、わずかな期待を抱いていたが今の会話ではっきりとわかってしまった。彼らは――ガランとアランは忘れてしまっている。ウィンのことも、ルナのことも、他の仲間達のことも。

「そんなことより、オレ達と勝負だ!」

すべてを忘れ、本能に刻まれた戦いたいという衝動のままに生きている。そんな姿を目の当たりにし、とてもショックを受けた。
まるで今まで過ごしてきた日々が否定されているようで悲しい。心の中を駆け巡った虚無感は諦めの感情を色濃く示したが、まだ可能性という光を見失ったわけではない。
彼らには出会った時の面影がまだ残っている。戦うことで心の底に眠っている記憶を引き出すことができれば、まだ助けられるかもしれない。

「――ええ、いいでしょう。受けて立ちます!」

「そうこなくっちゃ!」

どの道今の二匹から逃げることは難しい。特にガランの方は見た目に似合わず俊敏なのをウィンは知っている。
友達を相手に戦うことを宣言したウィンにルナは驚きを隠せなかったが、強い意志を宿した目を見ると頷き戦闘の準備に入る。
誰よりもウィンと行動した時間が長いルナにはウィンの気持ちがすぐに理解できた。

「それじゃ――行くぜ!」

刹那、掛け声とともに走り出したガランは一気にウィンに肉薄する。
その加速は素早さに特化した種族であるサンダースにも引けを取らないほどの速さ。

「電光石火!」

「アイアンテール!」

スピードに乗った重い一撃がウィンを襲う。
尻尾を硬化させて迎え撃ったウィンだが、あまりの速さに反応が遅れたせいか受け止めるには至らず、軽い身体が空中に舞った。

「ウィン!?」

「チャージビーム」

跳ね飛ばされたウィンを援護しようと一歩踏み出すルナだったが、すぐさま放たれた黄色い光線にその足を止めざるを得なくなる。
無機質な声で放たれた一撃は当たるか当たらないかのギリギリの位置を貫いている。それを放ったアランの方を見てみると、微動だにせず感情の見えない瞳でこちらを見据えていた。

「お前の相手はオレだ」

もう一度閃光が迸る。ルナの顔を掠めて飛んできた攻撃はルナが意図して避けようとしなくても勝手に軌道をずらしていた。
これは攻撃ではなく、警告。それ以上行ったら次は当てると言っているようだ。

「ルナ、アランをお願いします!」

「わかった!」

空中でなんとか体勢を整えて着地したウィンは二手に分かれることを提案する。
かろうじて攻撃を防がれたガランは尻尾を強打した前足を振って痛みをはらうと、ルナから距離を取るように再度突進してきた。
どうやら相手は一対一の戦いをご所望のようだ。離された以上、下手に合流を試みるのも危険と判断し、目の前の相手に集中する。

「シャドーボール!」

正面突破してくるガランに対して真正面から攻撃を打ち込んでも軽くかわされてしまう。
スピードに乗った体は自分でも制御が難しいほどのはずだが、ガランはそれを完璧に制御している。
早さを求めた変わったブラッキーはまさに猪突猛進という言葉を体現したような存在だろう。

「さすがの速さですね。なら、これはどうですか!」

だが、ウィンもそれをまったく考慮していなかったわけではない。シャドーボールの直後、溜めていた水のエネルギーを回避先を先読みして放つ。二段構えの攻撃だ。
ウィンの予想通りの場所に移動したガランは目の前の“水の波動”を避けるだけの余裕はなかった。

「甘いぜ!ジェットナックル!」

「くっ!?」

直撃したかに見えた水の波動は花火のように四散し、その中央からロケットの如くガランが飛び出してくる。
確かに避ける余裕はなかった。しかし、それなら攻撃そのものを破壊してしまえばいい。加速による威力上昇に物を言わせて突き出した前足は水の波動をあっさりと水しぶきへと変えた。
避ける余裕がない。今度はウィンがそれを体験する番だった。
完全に不意を突かれたウィンは防御することもできずに殴られ、勢いよく吹き飛ばされる。

「うぅ、やりますね」

「これくらいじゃオレを止めることは出来ないぜ!」

ズザーと地面を擦りながら着地する。初撃と違って威力が軽減されていない一撃は凄まじい威力で、きりもみした体は受け身を取ることもできなかった。
なんとか立ち上がるものの、殴られた頬はジンジンと痛み、口の中には鉄の味が広がる。軽く口元を拭うと前足に黒い染みが付着していた。

「まだまだ行くぜ、電光石火!」

「……水の波動」

口元に溜めたエネルギーは先程と比べるとかなり小さく感じる。殴られた頬が痛むのかその表情は辛そうに歪んでいた。
戦場を烈風の如く駆け回るガランは前足に相手を確実に弱らせているという手ごたえを感じている。これは、直接攻撃しているからこそわかるものだ。
だからこそ、弱弱しい水の波動を見て勝利を確信する。また、同じように突っ切れば勝ちだと、そう思った。
しかし――

「そちらこそ、甘いですよ」

「なっ!?」

水の波動を打ち破り、その先にいるウィンを殴り飛ばす。それがガランの思い浮かべていたもの。しかし、現実はそうではなかった。
重い一撃でただの水しぶきに変えたまではよかったが、その先にいたのは弱っているウィンではなく、硬化させた尻尾を振り下ろしているウィンだった。
先読みの攻撃に対して冷静に対処したガランならばある程度予測できていたかもしれないが、もう勝ちだと慢心したのがその判断を鈍らせた。
ガンッ!と鈍い音が響き、ガランの体が地面に叩きつけられる。頭を狙って振り落とされた攻撃は意識を朦朧とさせた。

「冷凍ビーム」

一方、アランと戦っていたルナは苦戦を強いられていた。
立て続けに放たれる攻撃はルナに近づかせる暇を与えず、攻撃の嵐に防戦一方となっていた。

「禁!」

冷気を帯びた攻撃はまっすぐにルナの急所を捉えていたが、それがルナに当たることはない。短く吐かれた言葉と共に淡い白の輝きを放つ壁を形成し、攻撃を防いだ。
その言葉には特殊な力が込められており、状況に応じて様々な効力を発揮する。母親から受け継いだその力をルナは“妖術”と呼んでいた。

「私に遠距離攻撃は効かないよ!」

無尽蔵に放たれる攻撃をすべて防ぎ、無効化しているのを目の当たりにしてもアランは攻撃するのをやめない。突撃型のガランと遠距離攻撃を多用するアラン。攻撃の方法は違えど、攻撃力に物を言わせて押し切るという本質的なところは似ているのかもしれない。
それをすべて防ぐルナも疲れを知らないという点では似ているかもしれないが、さすがにこのまま攻撃を受け続けるのは辛いものがある。

「それなら――裂破!」

相手が攻めるのをやめない以上、強引にでも突破口を開かなければジリ貧となってしまう。そう考えたルナはすぐさま行動に移った。
力強く放たれた言葉は白銀の鳥へと姿を変え、迫りくる攻撃を貫く。背後に一筋の軌跡を残しながら突き進む白銀は一瞬にしてアランへと肉薄した。

「ぐぅっ」

「今だ!火炎放射!」

自分の身を顧みず、ルナの意志を成し遂げまいとする白銀は捨て身の体当たりをかましてその身をガラスの如く散らせた。
決死の特攻は矢継ぎ早に放っていた攻撃をわずかな時間だが止める。この好機を逃すまいと放たれた灼熱の炎は一瞬にしてアランの体を包み込んだ。
天気がよく、太陽が燦々と照りつけていたこともありその威力は絶大だった。炎が過ぎると、煤ですっかり黒くなったアランが沈黙していた。

「勝負あり、ですね」

「これで終わりだよ」

双方、目の前の敵を打ち倒し小さな原っぱは再び静寂を取り戻した。





ギルドの依頼は達成し、襲撃してきた相手も倒したが、ウィン達はまだその場の残っていた。
目的は当然この二匹。ルナティックではないが、“彼”の情報から考えると加担しているか利用されているはず。このままここに放置していけば奴らになにをされるかわからない。
思うところはいろいろあるが、二匹が目を覚ますまでここにいる他なかった。

「いッ!?」

「あ、動いちゃだめだよ」

その間、思いっきり頬を殴られたウィンはルナから治療を受けている。と言ってもルナに医療の知識があるわけもなく、オレンの実の果汁を染み込ませた布を押し当てているだけだ。
しかし、傷になっているのか果汁が滲みてちょっと痛い。触れただけで思わず飛び跳ねたウィンをルナが押さえつけている。
好意からやっているのはわかるが、痛いものは痛い。なんとか抜け出そうともがいてしまうのも仕方がないことだ。まあ、まったく動けていないのだが。

「うっ……」

「あ、気が付いたみたい」

日も傾きかけた頃、うつ伏せで倒れ伏していたガランが呻き声を上げるとむくりと起き上がった。
頭が痛いのか、前足を後頭部に当てて頭を振っている。あの場所はちょうどウィンがアイアンテールをぶつけた場所だ。応急処置はしたが、少しこぶになっているかもしれない。

「大丈夫ですか?」

「ん?……あー、負けちまったのか」

少し悪い気もしたが、向こうも思いっきりぶん殴ってきたわけだしこれでお相子ということにしよう。
片目をつぶって頭をさすっていたガランはウィンの顔を見るたび残念そうにうなだれてしまった。ここで攻撃をしないのは、礼儀を守るガランの性格が表れている。

「負けたか。残念」

起きて早々口にしたのは棒読みに近い負け宣言。静かに目を覚ましたアランは自分の体を確認すると軽く体を震わせて煤を落としにかかっていた。
どちらもすでに戦う意思はないらしく、かなり大人しい。

「さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ」

「あはは、そんなことしませんよ」

素直に負けを認めたはいいが、もう終わりだと言わんばかりに四肢を投げ出して脱力している。負けたのが悔しいというよりは、諦めに近い感情を感じる。
向こうは忘れてるかもしれないが、煮るなり焼くなりと言われても友達にそんな真似をするほどウィンは鬼ではない。
以前ならばこんな投げやりな態度はとらないだろうし、あまりの豹変ぶりに思わず苦笑する。

「なんでだよ?」

「あなた達は僕の――いえ、スカイの友達なんですから」

『!?』

対するガランはどうしてなにもしないのか不思議なようで目を丸くしてこちらを見ている。そんなガランにウィンはその理由を話してあげた。
途中、自分のではなくスカイのと言い直したのは今の彼らの記憶にある最も信頼できるポケモンの名前だと思ったから。
案の定、その名前を聞いた二匹は目の色を変える。基本的に無表情のアランもこの時ばかりは目を見開いて驚いていた。

「彼からいろいろ聞きましたよ。特にあなた達のことは親友だと言っていましたし」

スカイは情報収集をする中で出会ったポケモンの一匹。ある日どこからか迷い込んできた彼はとても気さくで明るく、ウィン達ともすぐに仲良くなった。彼の素性を知った時は驚いたが、彼は協力を惜しまず様々な情報を教えてくれた。
その一つに出てきたのがガランとアランの存在。記憶がおかしくなっていることには驚いたが、元気にやっていると聞いて安心したことを覚えている。

「仮にあなた達になにかをしたら、スカイに怒られてしまいますよ」

「あ、あいつ……」

二匹の体が震えている。それが寒さや痛みからではない感情によるものだということを瞳に溜まった水の粒が教えてくれる。

「僕は信じていますよ。必ず戻ってきてくれると」

これ以上の言葉はいらないだろう。ウィンは二匹に背を向けて歩き出す。記憶が戻ったわけではないだろうが、きっかけにはなったはずだ。
あとはガランとアラン次第。でも、彼らならば必ず正しい道を見つけてくれると確信している。
しんみりした雰囲気に呑まれておとなしくなっていたルナを引き連れ、クレスントは帰路につく。

「……どいつもこいつも」

ポツリとつぶやいた言葉は今にも消え入りそうで注意していなければ聞き取れないだろう。残された二匹は夕焼け色に染まりだした空を見上げてどこにいるかもわからぬ親友に問う。

「あいつは……スカイは、まだ友達と言ってくれるのか」

夕焼けに照らし出される二匹の頬には、雪よりも寂しい粒が流れ落ちていた。

ウィンデル ( 2014/10/29(水) 00:00 )