第十六話:ウィンとルナの秘密
「起きろぉぉぉ!!朝だぞぉぉぉ!!!」
ギルド内部にけたたましい騒音が響く。プクリンのギルド名物、ドゴームの目覚ましの声だ。
霧の湖を発見し遠征の目的を果たした私達プクリンのギルドの一行は、長い道のりを戻りつい昨日ギルドに帰ってきたところだ。
結局お宝を持って帰ってくることはできなかったものの、霧の湖で見たあの光景は宝といっても差支えのないほどの貴重なものだったし、失敗したというわけではないだろう。
「み、耳がぁ……」
「大丈夫?」
遠征中は聞くこともなかったドゴームの目覚ましもギルドの戻ったことで復活し、カズキの耳に甚大なダメージを与えてくれた。
遠征の間出来なかったからだろうか、今日のはいつも以上に気合が入っていた気がする。私もあと少し起きるのが遅かったらカズキのようになっていただろう。
――耳を押さえながら目を回してふらふらしているカズキを見ればあんなものは絶対に食らいたくはないが。
とにかく、ドゴームが来たということは朝礼の時間が近いということだ。カズキを心配しつつも手早く準備を済ませ、朝礼が行われる広間へと向かった。
朝礼の席にはすでにみんな集まっていた。遠征で疲れているはずなのにみんな早起きなのね。ビッパはまだ眠そうだけど。
怒られないうちにさっさと定位置について朝礼が始まるのを待つ。ペラップが遅いと言わんばかりにこちらをにらんでいるのが見えたが気のせいだろう。
「……コホン。みんな揃ったようだね♪今日は朝礼の前に新しい仲間を紹介するよ♪」
気のせいと言いつつジト目でこちらを見ている視線に気が付いていたが、ペラップは特に怒ることもなく話を進めた。
一応、濃霧の謎を解いたり霧の湖を真っ先に発見したという功績もあるから大目に見てくれているのかもしれない。
それはそうと、いきなりの仲間紹介に弟子達は大いに盛り上がっていた。
ペラップ曰く、修行が厳しくて脱走する者も多く、入門者なんて珍しいとのことだったが意外と来ているじゃないか。
「よし、こっちに来てくれ♪」
ペラップに促されて梯子の方から二匹のポケモンが降りてくる。
果たしてどんなポケモンが入ってくるのだろうか。無上にわくわくする。
降りてきた二匹はペラップの横に並び、ぺこりと頭を下げた。
「今日からチームクレスントとしてこのギルドに弟子入りすることになったウィンです。みなさん、よろしくお願いします」
「ウィンのパートナーのルナだよー!みんなよろしくね♪」
丁寧に頭を下げるイーブイにぶんぶんと尻尾を振って笑顔を振りまいているキュウコン――そう、ウィンとルナの二匹だ。
遠征の途中で出会った二匹は、遠征終了後トレジャータウンまで送り届けてそこで別れたんだけど、まさかギルドに入門してくるとは……。
霧の湖探索時に会っている弟子達も多く、みんな目を丸くしている。
「霧の湖で会っているとは思うが、これからは仲間として仲良くしてくれ♪」
仲良くしてくれ、そんなこと言われなくても大歓迎に決まっている。
私はいろいろ助けてもらったし、誰に対しても気配りができる。後から聞いた話では、熱水の洞窟を踏破する際は先陣を切って道を開けたりと大活躍。
確かな実力があり、ポケ当たりもいいウィン達を拒む者など誰もいない。それは私だけでなく誰もが思うだろう。
各自簡単に自己紹介を済ませて新たな仲間と少し話せばあっという間に打ち解けたようだ。
見た目と中身が噛み合わないことに驚かれるが、それもこのチームの良さだろう。
「さて、それじゃあ朝礼を始めるよ♪」
紹介が終わったところで早速朝礼を始めるペラップ。
いつものように諸連絡と親方様の寝言を聞いた後に誓いの言葉を述べる。久しぶりだったからちょっと忘れかけてたけど……。
一週間にも亘る遠征から帰った直後ということもあって今日は一日フリーとのこと。毎回報酬の九割をギルドの資金として持っていくペラップにしては珍しい采配だ。
「ウィンさん、ルナさん、これからよろしくお願いしますね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それと、呼び捨てでいいですよ?僕達はあなた方の後輩なんですから」
朝礼も終わり、久々の休みをどう使おうかと考えながら散っていく弟子達を見送ると、この場には私達とウィンとルナだけになった。隅の方で怪しげなツボをいじくっているグレッグルや眠そうに欠伸をしているペラップがいるので正確には違うが。
新たな仲間として改めて挨拶をする私にからからと笑いながら返すウィン。
確かに後輩といえば後輩だが、年上だし何度も助けてくれたしで呼び捨てにするのはなんだか罪悪感を覚えてしまう。そもそもこのギルドで先輩後輩の関係なんてないに等しいものだと思うけど。
「じゃあよろしくね、ウィン!」
「はい、よろしくお願いします」
「むぅ、わたしも忘れないでよ?」
そんな私の心の葛藤など無意味だと言わんばかりに清々しいほどの呼び捨て。ギルドの先輩達も普通に呼び捨てで呼ぶカズキにはなんでもないことなのだろう。
そんなカズキを見ていると私の考えなど馬鹿らしく思えてきた。本人が呼び捨てにしてくれと言っているのだ、素直にそうすればいい。
名前を呼ばれなかったことに頬をプクゥと膨らませて抗議の目を向けるルナを宥めながら陳腐な考えを捨て去った。
「ああ、そうだ。少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「どうしたの?」
「ちょっと、お話したいことがあります」
「ああ……」
さっきまで和やかな雰囲気が場を包んでいたが、急に真剣な顔つきになったウィンがそれを制する。その真剣な表情から察するに話とはあの時のことだろう。
濃霧の森でウィンとルナが対峙していたあのライボルトのこと。そして、ウィン達がここに来た理由。あの時、後程話すと言っていたあれだろう。
いまいちピンと来ていないのか首を傾げているカズキを尻目にこくりと頷いた。
「わかったわ。ここじゃあなんだし、海岸にでも行きましょうか」
ギルドを出て長い階段を下り、交差点をまっすぐに直進すれば海岸はすぐそこだ。なんの変哲もない海岸だが、日が落ちて太陽が海岸線に隠れ始める時間帯になるととても幻想的な景色を見せてくれる場所。
カズキのお気に入りの場所であるこの海岸は、私がカズキと初めて出会った思い出も場所でもある。あの時はなぜかポケモンになっててショックだったなぁ。
「それでは、話しますね。最初に言っておきますが、これから僕が話すことはすべて本当のことですので、落ち着いて聞いてくださいね?」
「はい」
真剣なまなざしを崩さずに仰々しく前置きをするウィン。自然と緊張した空気が漂い始め、私は無意識に姿勢を正していた。
挨拶の時はテンション高めで尻尾をぶんぶん振り回していたルナもすっかりとその鳴りを潜めている。
「まず始めに。僕達はこの時代のポケモンではありません」
「……え?」
「今の時代よりも昔――過去の世界からやってきたポケモンなのです」
『え、ええー!!?』
イーブイの小さな口から静かに放たれたのは私の想像を遥かに超えるものだった。
この時代のポケモンではない、過去の世界から来たポケモン。始めは言っている意味がわからなかったが、次第にその言葉の壮大さに気付き始めるとその驚きは叫び声となって溢れ出した。
「か、過去からって、つまりタイムスリップしてきたってこと!!?」
「そうだよー」
信じがたい事実に思わず聞き返してしまうが、それはルナによってあっさりと返されてしまう。
最初にわざわざあんなことを言ったのは、自分達の存在が普通ではありえない特異な立場にあるということを信じてもらうためだったようだ。過去からタイムスリップしてきたなんて、普通なら信じてもらえないでしょうしね。
「僕達が時間を越えてこの時代に来たのはヒナタさん、あなたを手助けするためです」
「わ、私を手助けする?どうしてそんなことを?」
衝撃の事実を暴露したところで目的の部分を話し始める。濃霧の森の時も言っていたわね。
確かに遠征の時はいろいろと助けてもらったが、わざわざタイムスリップしてまで助けに来るほど私は特別な存在なのだろうか?
私が普通のポケモンと違う点があるとすれば、それは私が人間だったということ。そして、過去や未来が見えるあの妙なめまい。
もしかして、これに関係があるのだろうか?
「それをお話しする前に少し昔話をさせていただきますね」
未だに動揺が収まらない私達を心配しつつも落ち着いた口調で話を続けるウィン。その内容はウィン達がいた時代よりもさらに前の話だ。
今より遥か昔。この世界には今でこそポケモンしかいないが、以前は人間が存在した。大前提として、まず切り出したのはそれだった。
「人間は特殊なボールでポケモンを使役し、共に生活し、共に成長していく良きパートナーとして愛情を注いでくれました」
「その人間は“ポケモントレーナー”って呼ばれていて、人間とポケモンとが手を取り合って生きていくための橋渡しの役目をしていたの」
「そうして共存関係にあった人間とポケモンは長い時間を平和に過ごしてきました。しかし――」
しかし――。言いかけて、ためらいからか一度言葉を濁して顔をしかめる。
人間とポケモンは今まで手を取り合って生きてきていた。でも、私は元人間として人間がどれほど欲深いものかを知っている。だからこそわかった。
今現在、人間が存在せずポケモンだけの世界になっている理由が。
「ポケモンを使役できる特殊なボール――人間は“モンスターボール”と呼んでいたけど、それを使って悪事を働く人間が現れ始めたの」
「それをきっかけに人間達は争い始め、やがて大陸同士の大きな戦争へと繋がりました」
今にも消え入りそうな風前の灯火。すぐに消え失せるはずの明かりは邪悪な心によって薪を与えられ、燃え上がり、やがて手の付けられない巨大な炎となった。
きっかけはほんの些細なこと。だけど、ひとたび歯車が回り始めれば誰にも止めることはできない。
「人間同士で行われていたその戦争は、いつしか人間だけでなくポケモンも駆り出され、ポケモン達はトレーナーの為に命を賭して戦いました」
「大陸中を巻き込んだその戦争が終わる頃には、人間もポケモンもいない荒廃した土地が残るだけだった」
ポケモンを愛し、正義のために戦う者。ポケモンを利用し悪事を働く者。人間の勝手な争いに巻き込まれたポケモン達は主人の為にわけもわからず戦い続ける。
傷つき、体力を奪われながらも必死に戦うポケモンにさらなる戦いを求める人間に正義や悪は存在するのだろうか。
混沌に包まれた戦場は精神を崩壊させ、罪の意識を薄れさせ、善と悪の境界線を曖昧にしてしまう。
だからこそ、どちらか一方が倒れるまで戦争は続いてしまった。
「昔にそんなことがあったんだ……」
以前は人間もいたという事実。そして、人間の欲深さが生んだ戦争。
元人間で今はポケモンをいう境遇を持つ私は複雑な気持ちでその事実を受け止めた。
人間同士の争いに巻き込まれたポケモン達もそうだが、ポケモンを持たず静かに暮らしている人間もいたはず。今まで続いていた平穏な日々を一部の身勝手のせいですべてぶち壊しにされる。
なぜもっと早く気付けなかったのかと思うが、それも人間の性なのだろう。
「しかし、そんな危機的状況を救ったポケモン達がいました」
「その一匹がフィノンっていう銀毛のキュウコンで、わたしのお母さんだよ」
「お母さん!?」
大昔に戦争が起き、人間が絶滅して今の世の中がある。そんな単純な話ではなかった。
終わりがあれば始まりがある。戦争によって一度終わった世界を新たに始めた者がいたのだ。それが、ルナの母親。
「ルナのお母さん――フィノンさんは、人間が残した書物などを読み漁り知識を身に着け、新たにポケモンだけの世界を作ろうとしたのです」
つまり、今のこの世界があるのはフィノンのおかげというわけだ。
その子供だというルナを観察してみると、通常の金色の体毛に交じって銀色がちらついているのがわかる。
「フィノンさん達の活躍によって再び平和が訪れ、平穏な日々が始まる――はずだったのですが……」
「そんな考えは間違っているって反対するポケモンもいたの」
「それが――ルナティック」
戦争は終わりを告げ、生き残ったポケモン達は人間という先導者を失いつつも知恵を絞り、やっとのことで再生した世界。しかし、一度崩された世界を完全に修復することは神の力をもってしても難しく、新たな不純物を作り出した。
――ルナティック。
濃霧の森で出会ったナイフを使う不思議なライボルトが所属している組織。
フィノン達が立て直した世界に反対し、力で世界を支配しようと目論んでいる。
かつて人間が穢した世界なんていらない。すべてを破壊し、新たにポケモンの国を作る。その目的の裏には人間への憎悪が色濃く滲み出ていた。
それ故にかつての人間と同じことをしようとしていることに気付かない。
「でも、なんでそのルナティックがこの時代に来てるの?よくわからないよ」
「それには、ある予言が関わっています」
「よ、予言?」
フィノンの考えに賛同し、新たな世界の構築に関わったポケモン達。その中には未来を見通し、予言として示す者がいた。
人間の言葉に倣い、“賢者”と呼ばれるそのポケモンは遠い未来の中にある災厄を見通した。その予言にはこうある。
世界の時間が止まる時、ヒナタという人間が世界を救う――と。
「えっ!?」
「そう、ヒナタさん、あなたのことです」
賢者が導いた答えにはこの世界に迫る災厄と一人の人間の存在。名前も顔も知らないその人間を賢者はぴたりと言い当てた。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。しかし、ウィンやルナに嘘という言葉は見つからないし、実際に言い当てられているのだから疑いようがない。……でも、納得できない。
確かに私は人間だしヒナタという名前だけど、特に優れた力を持っているわけでもない私が世界を救うなんてすぐに信じられるわけがなかった。
予言という曖昧な根拠ということもあって疑惑が膨らんでいくが、ここまではっきり言われては言い返すこともできない。
短時間にいくつもの信じられないようなことを突き付けられて少し頭が痛くなってくる。
「ルナティックがこの時代に来ているのは、おそらくこの予言の情報をなんらかの形で入手したからでしょう。特に、敵対している最重要ポケモンが作ったチームとなれば僕達を狙ってくるのも頷けます」
「じゃあ、私も狙われるかもしれないっていうのは……」
「予言を覆すためにあなたを狙うかもしれないってこと」
ウィン達はどういうわけか世界を救う人間に選ばれた私を手伝うために過去の世界からやってきた。でも、それに気づいたルナティックはそれを阻止するために同じく時間を越えてやってきた。狙いはウィン達だけど、予言に出ていた私も狙うかもしれないと。――なるほど、やっと繋がったわね。
「予言を変えないためにもヒナタさんは絶対に守らなければなりません。だからこそ、こうやってギルドに入門したというわけです」
「そうだったんだ……」
「だからといってわたし達の時代をほったらかしにするわけにも行かないから、ルナティック討伐組と未来へ行く組に分けて二チームでここに来たんだよ」
「え、二チーム?」
二匹ではなく二チーム。ウィンとルナで一チームならばもう一チームはどこに行ったのだろうか?
思い返せば、ウィンと初めて出会った時はルナの姿はなく一匹だった。アクシデントがあってはぐれたと言っていたが、もしかして――
「ええ。この時代に来る際にルナティックからの攻撃を受けてしまい、皆バラバラになってしまったのです」
「生きているとは思うけど、今どこにいるのか……」
ルナの表情が沈む。仲間の安否が知れないのだから不安なのだろう。
大丈夫だよ、と前足で体を撫でて慰めるウィンもその表情は硬い。
「とにかく、僕達はあなたを守ります。僕達にできることがあったらなんでも言ってください」
「きっと力になれるから、ね?」
過去から来た者達との遭遇。命を狙ってくる敵組織。そして、世界を救うという予言。
正直スケールが大きすぎていまいちピンと来てないし、これからどうすればいいか全然わからないけど、私は私のできることをする。それだけだ。
そんな私の返事にウィンとルナの顔にも笑顔が戻った。
「呑み込みが早くて助かります。お話に付き合っていただいてありがとうございました」
「い、いえ」
とは言ったものの、内心は不安でいっぱいだった。
濃霧の森で私が狙われるかもしれないと言われた時、まるで鉄パイプで頭を殴られたような衝撃が走り、私の心は不安と恐怖で満たされた。
探検をしている間はなるべく考えないようにしていたし、グラードンと闘った時や湖を見た時は少しだけ和らいだが、不安は消えることなく心の中にとどまったまま。
なるべく平静を装って作った笑顔ももしかしたら引きつっていたかもしれないわね。
「それでは、戻りましょうか」
「ええ」
空は青く、海岸は潮騒の音色に包まれている。いつもと変わらない、平穏な景色。ささめく海を一瞥すると静かにその場を後にした。
これから先、大変な未来が待っているだろうけど、きっといい方向に傾いてくれる。そう信じたいものね。