第十五話:霧の湖の宝物
しばらく進むとようやく洞窟を抜け外に出ることができた。熱気と蒸気によってむせかえる洞窟内とは打って変わって涼やかな空気が満ちており、心地よい風が体を撫でる。清涼な空気に思わず深呼吸をしたくなるが、この場に満ちるプレッシャーがそれを許してくれなかった。
「なにか、いる!」
ドシンッ!と大きな音を立てながらなにかが近づいてくる。その歩みは一歩踏み出すたびに大地が揺れ、小さな地震を断続的に起こしている。
ポケモンの中にも巨体を持つ者はいくつかいるが、歩くだけで地震を起こせる者などそうはいない。その姿は見上げても全身を見渡せないほどの大きさを誇る。
「あ、あれは……!」
その姿を確認した時、私は納得したと同時に驚愕した。
恐竜のような体格にところどころ黒い線が入った鎧のような赤い身体。四肢には一撃で岩盤をも貫きそうな巨大な爪を持ち、兜を被ったような凶悪な相貌は見た者を一瞬で萎縮させる威圧感を持つ。そう、その正体は大地の化身――グラードンだ。
「貴様ら、ここへなにをしに来た?」
静かながらも体の中を揺さぶられるような低い声。その迫力は見た目に相応しい重厚感と威圧感を持っていた。
「ぼ、僕達はただ霧の湖に行きたくて……」
「霧の湖だと!?」
その圧倒的な迫力を前に体が竦んでしまうが、それでも力を振り絞って小さい声ながらも発言するカズキ。
以前のカズキならば恐怖で逃げ出しているかその場でガタガタ震えているだけで精一杯であったのだろうが、今ではこの通り。怯えてはいるものの伝説と呼ばれたポケモンを前に意見しただけでも相当な成長と言えるだろう。
しかし、霧の湖と聞いたグラードンはそんな勇気を軽く吹き飛ばす咆哮を上げて敵対の姿勢を取った。
「我が名はグラードン、霧の湖の番人だ!侵入者は生きては返さん!」
秘境に眠るお宝というものは大体の場合険しい道を越えた一番奥にあるもの。そして、そうしたお宝の前には必ずと言っていいほどそれを護る番人が存在するだ。これはあくまでイメージであって絶対にそうだというわけではないが、今回はそれに当てはまるようだ。
大音量で放たれる咆哮は空気を震わせ、恐怖というプレッシャーが私達を襲う。伝説のポケモンが守るお宝なんて、一体どんなものなんでしょうね。
「ひぃぃ……!に、逃げちゃだめだ!勇気を出さなきゃ!!」
「覚悟を決めるしかないみたいね」
咆哮にビビッて一度は私の後ろに隠れていたカズキだったが、自分を奮い立たせて戦う意思を見せた。
私だって平静を装ってはいたが、内心ではすぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。でも、こうしてカズキが勇気を見せているというのに私だけ蹲っているわけにも行かない。
私達はチームリリーフ。カズキの勇気は私の勇気でもある。ここで逃げるわけにはいかない!
「グオオオオオォォォォッ!!!」
グラードンの咆哮に呼応して大地が隆起し、抉り取られた地面は大小様々な岩の塊を作り出した。それはまるで意志を持っているかのように薄紫色に発光し私達に向かって弾丸の如く飛んでくる。
一瞬にして姿を変えた足場は巨大なクレーターがいくつも出来上がっている。グラードンに取って地面は足場ではなく武器なのだ。
「くっ、このッ!!」
「うわぁ!?」
迫りくる岩をなんとか迎撃するものの一つ一つが膨大なエネルギーを持つ攻撃を何度も防ぐことができるはずもなく、避けきれないと思った私はカズキに飛びかかるように飛び退いた。
直後、岩の雨が降り注ぐ。あらかじめ数を減らしていたこともあってか運よく直撃はしなかったものの体のあちこちに軽い打撲を負ってしまった。
「さすがは伝説のポケモン、威力が段違いね」
「感心してる場合じゃないでしょ!?」
攻撃が止んだところで岩の上によじ登ってみるとその威力がどれほど凄まじいものかが一瞬でわかった。グラードン側の地面がほとんど抉り取られてその分がこちら側に山となっているし、水源にぶち当たったのかところどころから水が噴き出してしまっている。蒸気が上がってるからたぶん熱水だけど。
私が覆い被さっていたのもあってかすり傷程度で済んだカズキは落ち着いた口調で話す私に突っ込んできた。
いや、私だって落ち着いている余裕はないのだが、ここまで圧倒的だと逆に落ち着くというか、どうしようもないというか。
グラードンはこちらを倒そうとしているわけではなくあくまで追い返そうとしているようで追撃をしてこないのが救いだ。
「葉っぱカッター!」
「火の粉!」
若干諦めに近い感情が心の中に広がってくるもののそれでも一縷の望みを賭けて近づきながら攻撃を仕掛ける。しかし、グラードンがブンッと腕を一振りしただけで葉っぱは吹き飛ばされ、火は掻き消されてしまった。
まだ攻撃の意思があると判断したのか、グラードンはもう片方の腕を振るって私達を薙ぎ払った。
「ぐ、やっぱりだめか……」
「ど、どうしようヒナタ!」
岩場に叩きつけられ擦りむいた皮膚からは血が滲み出す。
もしもあれが直撃していたらこの程度では済まなかったと考えれば助かっているだけましだが、地面に染み込んだ水が傷に沁みて痛い。
やはり伝説のポケモンに挑むなんて無謀だったのだろうか?痛む体を起こして見上げるその強大な存在に改めて恐怖した。
「まだ抵抗する気か!?」
ドシンッ!!一歩踏みしめたグラードンの足が小規模な地震を起こして私達を怯ませる。歩くだけで地震が起こせるとかとんだ迷惑だわ。まるで歩く天災ね。
足元を見れば鋼ポケモンをも凌駕する自重によって地面が沈み込んでしまっている。こんなに大きければ当然と言えば当然だろうが。
こんな状態でグラードンなんて倒せるだろうか?いや、無理だろうな。
「(いや、待てよ?)」
グラードンが踏んだあの地面。周りにできたクレーターとまでは行かなくてもかなり沈み込んでいる。そして、この辺りには近くに水脈があるはず。それはあちこちから噴き出てる熱水を見ればわかるだろう。
もしかしたら、これを利用すれば行けるかもしれない。
「カズキ、私に合わせて攻撃して!」
「え、う、うん!!」
グラードンは大地の化身と称されるように地面タイプのポケモン。この種族は総じて水が苦手な者が多い。ならば、ここの水脈の水を利用すればグラードンにもダメージを与えれれるのではないか。
体勢を立て直して飛び出した私はカズキに合図をしつつ全力で攻撃を仕掛ける。狙うのは先程踏みしめてへこんでいるグラードンの足元だ。
ありったけの力を込めて放った葉っぱカッターは狙い通り直撃し、呼びかけに呼応したカズキの追撃も相まって見事に地面を陥没させた。
「グォッ!?」
やぶれかぶれに放たれた避けるまでもない攻撃と思ったのか、グラードンは動くことなくその場に留まっていた。だが、それが最大の油断だ。
陥没した地面に足を取られて体勢を崩したグラードンは自分の体を支えることができずにその場に倒れ込む。攻撃によって脆くなっていた大地はその巨体を支えるだけの力だ残っているはずもなく、その穴をさらに広げた。さらに、それによって地面の奥に眠っていた水が吹き上がり、グラードンにさらなる追い打ちをかける。
「グオオオオオォォォォォッ!!!」
降り注ぐ水は予想以上にダメージを与えたのか、盛大な断末魔を最後にグラードンは動かなくなった。
「や、やった!グラードンを倒したよ!」
「なんとかうまくいったみたいね」
絶対に勝てないと思われた伝説と呼ばれる存在との勝負に勝利した。
あまりにもあっけなくて実感が湧かなかったが、カズキが両手離しに喜んでいるのを見てこれが現実だとしっかり認識することができた。
少しずつ湧き上がってくる自然と笑顔がこぼれた。まさか伝説のポケモンを倒せるだなんて、まるで夢のようだ。
「まさか、“あれ”を倒すなんて」
『!?』
勝利の余韻を味わうこともそこそこにすっかり荒れた大地に第三者の声が木霊する。その声と同時に目の前で伸びていたグラードンは光に包まれ、一瞬にして消えてしまった。
たった今倒した敵が目の前で消えていく。まさか、本当に夢だったとでも言うのか?……いや、そんなはずはない。
「あなた達は私が直接手を下す必要がありそうですね」
「誰だ!?」
先程までグラードンがいた場所。光の中から現れたのは一匹のポケモンだった。
まるで妖精のような姿で、すべすべとした白い肌に二本の尻尾。額や尻尾の先には宝石のような赤い石が埋め込まれており、丸みを帯びた頭部は薄い黄色。目は閉じられているもののすべてを見透かされているかのような錯覚に陥る。
知恵の神と呼ばれるその存在は小さいながらも神聖なオーラを放っている。
「私はユクシー、霧の湖を護る者」
『ッ!?』
ユクシーと名乗ったそのポケモンが両手を広げると、身体が地面に押し付けられ身動きが取れなくなった。
まるで背中に重石を乗せられて更にその上から押さえつけられているような感覚。先の戦いで疲れている私にそれに抵抗する力が残されているわけもなく、なす術なく地面に這いつくばるしかなかった。痛みに耐えながら薄目でカズキを見てみると同様に押さえつけられているようでなんとか抜け出そうともがいている。
「この先へは行かせません。あなた達の記憶を消させてもらいますよ」
「記憶を消す!?」
穏やかな顔をして強力な“神通力”で拘束してくるのは番人としての使命感ゆえだろうか。伝説級のポケモンが二匹も守っている湖のお宝っていったいどんなものなのだろうか?そのことに興味が湧くが、ユクシーの発した“記憶を消す”という単語には食いつかざるを得ない。
記憶という単語は私にとってとても重要な意味を持つ。なぜなら、私には人間だった時の記憶がないからだ。“自分が人間だった”ということだけはちゃんと記憶に残っているんだけど……。
「ね、ねぇ、ユクシー。聞きたいことがあるの」
「なんでしょう?」
ユクシーは記憶を消すと言った。つまり、ユクシーには記憶を消す力があるということ。もしも人間だった頃の私がここを訪れているとすれば、ユクシーによって記憶を消された可能性はある。
ベースキャンプで感じたどこか懐かしいあの感覚も、もしかしたらここに来たことがあるからかもしれない。
「以前ここに人間が来たことはない?そして、来たとしたらその人間の記憶を消したことはある?」
「……いえ、ここに人間が来たことは一度もありません」
怪訝な表情を見せたユクシーは少々考えた後静かに首を横に振った。
記憶を消すと言ってもそれは湖に関する記憶だけ。その者のすべての記憶を消す力はない、と。ユクシーはそう続ける。
つまり、仮に私がここに来ていたとしても、私が記憶を失った理由はユクシーではないということだ。
記憶を消す能力とこの土地の懐かしさ。一度は繋がったように見えたパズルは脆くも崩れ去ってしまった。
「……あなた達は悪いポケモンではなさそうですね」
「えっ?」
ふっ、と急に肩が軽くなったかと思うと、押し潰されるのではないかと思ったほどの強い力は消え失せ、身体を自由に動かせるようになった。
どうやらユクシーが拘束を解いたようだ。自身の記憶に関する手掛かりを失ったことで落胆していた私だが、いきなりの心変わりに思わず顔を上げる。
閉じられた瞳からは感情を察することは難しいが、口元を見るとわずかに笑っているような気がした。
「着いて来てください。お見せしたいものがあります」
くるりと振り返り、奥へと進んでいくユクシー。よくわからないが、どうやら信用してくれたようだ。
でも、さっきの神通力は相当効いたみたいで、少しふらふらする。カズキに支えてもらいなんとか立ち上がると、ユクシーの後を追っていった。
戦いに集中していたせいで気づかなかったが、辺りはすっかり暗くなり夜の帳が降り始めている。
空を見上げれば数多の星々が煌めき、弓のように細長い月は太陽に代わって静かに地上を照らしている。いつも見ている場所より空に近い場所にいるせいか、星の瞬きがより鮮明に見えた。
「暗くて少し見づらいですがご覧ください。ここが、霧の湖です」
そんな夜空の星々に照らされているのは広大な湖。
この限られた高地いっぱいに広がるその湖はうっすらとエメラルド色の光を放ち、ぼんやりとした柔らかな光源となっている。その光につられて集まってきたのだろうか、湖上にはバルビートやイルミーゼの群れが飛び交い、月明りの下幻想的な光のイルミネーションを作り出していた。
あまりにも美しい光景に思わず息を呑む。これまで見てきたどんな景色よりもその景色は美しかった。
「ここは地下から絶えず水が湧き出ることでこのような大きな湖になっているのです。湖の真ん中にあるものが見えますか?」
しばしその景色に心を奪われ呆然と立ち尽くしていたが、ユクシーの声に我に返った。
ユクシーが指差す先は湖の中心の辺り。湖が放っている薄緑色の光が最も強い場所だ。目を凝らしてよく見てみると湖の中になにかが沈んでいるのが見える。
あれは、歯車?もしかして、あれが光を放っているのだろうか?
「あれは……」
その歯車を見た時、私は胸の内がザワザワどざわめくのを感じた。
長らく探していたものをようやく見つけた時のような喜びや高揚感といった感情に似ている。自然と早くなっていく鼓動に私は思わず胸を押さえた。
この美しい景色に感動したというのもある。しかし、この感覚はそれだけではないような気がした。
こんなに胸がドキドキする、あれはなんなの?
「あれは、“時の歯車”です」
『と、時の歯車!?』
時の歯車。それはこの世界の時間を司ると言われる秘宝中の秘宝。湖や鍾乳洞、森などの隠された場所に存在し、その地域の時間を護っている。どんな極悪な泥棒でも決して盗まないような神秘の代物だ。
それが今、私達の目の前にある。ユクシーの衝撃の告白に思わず大声を上げてしまった。
と、とりあえず落ち着こう。
「私はあの時の歯車を護るためにここにいるのです」
「そ、そうなんだ」
そん所そこらのお宝と違って時の歯車はこの世界になくてはならないもの。ならば、それを護る番人が伝説のポケモンということも頷ける。
「これまでも多くの者が侵入してきましたが、そのたびに幻影を使って追い払ってきたのです」
「幻影?」
「はい。あのグラードンは私が念力で創り出したものです」
幻影という言葉に首を傾げるカズキ。するとユクシーは指を一振りすると、私の横にグラードンが出現した。
突然のことに飛び退って距離を取り戦闘の構えを取るが、ユクシーに大丈夫だと諭されて警戒しつつも構えを解く。
肌の質感や放たれる威圧感などとても念力で創られたものだとは思えないが、戦っていた時とは違って動きもしないししゃべりもしない。どうやらユクシーの言う通りのようだ。
「侵入者の中にはあなた達のように幻影に打ち勝ってここに到達するものも少なからずはいましたが、そういった者には、今度は私が記憶を消すことによってここを護ってきたのです」
今までに何匹の侵入者がここに来たのだろうか。おそらく私達のようにお宝を求めて挑んできた探検家達をユクシーは幻影を使って追い払ってきたのだ。
何度も何度も、時の歯車を護るために。世界の時間を護るために。それがユクシーに与えられた使命なのだろう。
「時の歯車かぁ、残念♪」
『えっ!?』
時の歯車を前にシーンと静まり返った空気を打ち破る陽気な声。
ここには私達とユクシーの三匹以外誰も来ないと思っていたのもあって思わず飛び上るほどびっくりした。
こ、この声ってまさか――
「さすがに時の歯車は持って帰っちゃだめだもんね♪」
「じっくりと拝見したいところですが、仕方ないでしょう」
「ぷ、プクリン!?それにウィン達も!」
急いで振り返ってみれば、そこには途中でベースキャンプに戻ったはずのマイペース親方とウィン達だった。
そういえば、ヘイガニが報告に行ってたし、ウィンとルナは一緒にいたからここを知っているのか。もう夜だということを考えると、私達の帰りが遅いから探しに来たのかな?それか霧の湖を見たくて急いで来たのかもね。
「わあ、すごーい♪」
「……この方は?」
プクリンは私達には目もくれず湖のすぐ近くに立って歓声を上げている。どうやら来た理由は後者のようだ。
突然の来訪者に困惑するユクシーにウィンが事情を説明している。
それにしても、いくらグラードンがいないからと言ってもあの洞窟を突破してきたのはすごいと思う。出発したのは私達のだいぶ後だろうし、結構速く抜けたみたいね。
「初めまして♪友達友達〜♪」
「は、はあ」
ウィンから紹介を受けたプクリンは困惑するユクシーのことなどお構いなしに両手を握ってぶんぶんと振っている。さらにはグラードンの幻影にまで握手を求める始末。
こんな様子だから親方という実感が湧かないんだよ。たぶんすごいポケモンなんだろうけどさ。
やりたい放題なプクリンにはさすがに呆れが見えてくる。さっきの静かな空気はどこに行ったのやら。
「ぜえぜえ、やっと着いた……」
そんな最中に遅れてやってきたのはプクリンのギルドの弟子達だった。
先頭のペラップを初め、みんな辛そうに息を荒げている。道中で苦戦したというよりは走り疲れてる感じ。どんどん先に行くプクリンを慌てて追いかけてきたという感じだろうか。
「って、ぎょええぇぇぇぇ!!?」
「ぐ、ぐぐ、グウウ……」
「はっきり言ってよ、グラードンってぇ!!」
「キャーーーー!!!」
ようやく追いついて一休みと思っていたところにグラードン。いきなりの強敵登場に大騒ぎだ。――まあ、幻影なんだけどね。
幻影なんて知る由もない弟子達は「食わないでくれー!」とか「食べてもまずいぞ!」とか口々に言っている。なんでみんな食べられると思っているのだろうか。よくわからない。
「やあみんな♪どうしたの?」
『お、親方様!!』
そこへプクリンが割って入り、混乱している弟子達を鎮静化させた。
すっかり騒がしくなった霧の湖にユクシーは苦笑いしながらもグラードンの幻影を消失させる。
恐怖の対象がいなくなったことでようやく弟子達も騒ぐのをやめた。
「なんかごめんね、ユクシー」
「いえ……。それよりも、そろそろ時間ですね」
「えっ?」
なんとなく悪い気がして謝罪するもユクシーは特に気にしていない様子。むしろ笑っているように見えた。
番人として時の歯車を護っている以上、ここを離れるわけにはいかないだろうし、こんな大勢が来ることもなかっただろうからこの感じは新鮮なのだろうか。
ユクシーはみんなに湖に注目するように促す。そろそろ時間って言ったけど、いったいなにが始まるのだろうか?
湖の辺端に立ってぼんやりとした薄緑の光を見ていると、突如湖の水が柱のように飛び出した。
「これは……」
「この湖は時間によって間欠泉が噴き出すんです。まるで噴水のようにね」
間欠泉が噴き出すと同時に湖上を飛んでいたバルビート達は、お尻の光を点滅させてまるでダンスでもするかのようにその周りを飛び回りだす。
水中からは時の歯車が放つ光。空中からはバルビート達が放つ光。水空両方から照らし出された噴水は様々な色に変化し、美しい光景を作り出している。
得意げな表情を見せるユクシーは自慢の景色を見せられて嬉しそうだ。
「きっと、霧の湖の宝物って、この景色のことだったんだね♪」
プクリンがポツリとつぶやいた言葉にその場にいた誰もが納得したことだろう。
しばしの間、その美しい光景に魅入っていた。
「いろいろとお騒がせしました。ホントに楽しかったよ♪」
間欠泉による光と水のショーはあっという間に終わってしまった。もともと自然現象によるものだしそう長く続くものではなかったけど。
短い時間だったが、私達の目にはあの光景がしっかりと焼きついていた。
「私はあなた達の記憶は消しません。ですが、代わりにここでのことは秘密にしていただけないでしょうか?」
「うん、もちろんだよ♪このことは誰にも言わない、プクリンのギルドの名に懸けてね♪」
本来ならば時の歯車の存在を知られないためにもここに来た者の記憶は消さなければならない。しかし、ユクシーはそれをせずに記憶を残してくれた。
それはひとえに私達を信頼してくれたから。なにがユクシーをそうさせたのかはわからないが、プクリンの言う“友達”という言葉に反応していたからそういうことかもね。
時の歯車はどんな極悪な泥棒でも盗まないと言ったが、最近とある森にあった時の歯車が盗まれたという事件も起きている。だから絶対に約束は守らないとね。
「それじゃ、僕達はそろそろお暇するね♪ペラップ!」
「はい!それじゃあみんな、ギルドに帰るよー♪」
『おおーッ!!』
ペラップの号令を合図にみんな一斉に片手をあげ気合を入れると、この地を後にするのだった。