第十四話:霧の謎の先に待つのは
一寸先も見えないほどの濃い霧に覆われた未開の地――濃霧の森。そこには美しい湖が隠されていると言われているが、それを発見した者は未だにいない。
今回、そんな霧の湖を発見しようと遠征してきた私達はさっそく調査を開始した。
「なんだか水の流れる音がするよ?」
「流れるというか、落ちる音みたいだけど」
深い霧に覆われた森を進み、私達は今、森の奥地へと来ている。どうやら森は抜けたようだが、探索の妨げとなる濃霧は健在で私達の視界を白く染めている。
辺りには轟々と水が流れる音が響き渡り、空気には清爽感が感じられる。おそらく滝だと思われる水の音は一つだけではなく、まるでこの辺り一帯を囲むようにいたるところから聞こえる。
もしも霧が晴れて景色を見ることができたらそこには絶景が広がっているのではなかろうか。水しぶきとともに戦(そよ)いでいく風は、心の中の不安感を攫って一時の安らぎを与えてくれているようだ。
「水場もあるようですね。ルナ、落ちないように気を付けて」
「むぅ、わかってるよぉ」
森を抜ける道中、無事に仲間との再会を果たしたウィンは、仲間のキュウコン――ルナに注意を促している。対するルナはそんなこと言われなくてもわかっていると言わんばかりに膨れっ面だ。
しかし、ルナもこの辺りの景色に興味があるのか地面にできた水溜まりにちょいちょい触れたり、ふーっと息を吐いて霧を吹き飛ばそうとしてみたり、周囲のことを探ろうとしている。もちろん、息を吹いたくらいで霧が吹き飛ぶはずもないのだが。
その様子を見かねたウィンが再度ルナを窘(たしな)めるとしゅんとしてだらりと尻尾を下げた。
イーブイであるウィンがキュウコンであるルナを注意する。傍から見れば子供に注意される大人だ。尋ねてみると、ウィンは私より年上でルナは年下ということがわかった。完全に見た目と逆である。
見た目で判断してはいけないというが、この二匹はまさにその通りだろう。
「ヘイヘーイ!ヒナタ、カズキ!」
「あれ、ヘイガニ先輩?」
水が轟々と流れる音だけが支配するこの空間にドゴームほどではないが、やかましい声とカチカチとハサミを開いたり閉じたりする音が聞こえてきた。前方から走ってきたのはオレンジと白の体色に大きなはさみが特徴的なザリガニのようなポケモン――ギルドの弟子の一匹であるヘイガニだ。
夕食の時や依頼が成功した時など、ハサミを振り上げてカチカチ鳴らしている姿をよく見る。おそらくテンションが上がっている時の無意識の行動なのだろう。
森の探索を開始する時も真っ先に飛び出していったし、遠征で気分が高揚している証拠だ。
「ヘイヘイ!ヒナタ達はなにか見つけたかい?」
「いえ。でも、ウィンさんの仲間なら見つかりましたよ」
ハサミを差し出して尋ねてくるヘイガニにルナの方を振り返って紹介した。
指名を受けたルナは片前足を挙げて「やっほー♪」と軽くあいさつ。そしてそれをウィンに窘められた。
ルナが仲間に加わってからウィンの行動が子供をあやす親のように見えて少し微笑ましい。二匹の関係がどういうものかは知らないけど、相当仲がいいみたいね。
「あはは、まあこんな感じです」
「見つかってよかったな!ヘイヘイ!」
そんな二匹の様子が普段の私とカズキと重なって見えて親近感を覚えた。
私はあそこまで過保護じゃないけど、ちょっと臆病なカズキを見ていると心配で心配で、ついつい手を貸したくなってしまうのだ。いや、これは私だけじゃなくてトレジャータウンの住人達にも言えるのかな。
臆病だけど好奇心旺盛で危なっかしいけどちょっぴり見える勇敢さ。そんなカズキの性格が人(ポケモン)を引き付けているのだろう。
「そういえば、ヘイガニはなにか見つけたの?」
「ああ、気になるものなら見つけたぜ!ちょっと来てくれ」
カズキの問いに得意げに答えるヘイガニ。カズキがどうというよりはギルドやトレジャータウンのみんなが優しいだけかもしれない。
言われるがままに着いて行ってみると、やがて霧の中に大きな影が見えてきた。
「これなんだが」
「なにこれ?」
「ポケモンの石像みたいだけど……」
その正体は巨大な石像だった。ポケモンを模して造られたと思われるその像はかなり年月が経っているのか、台座は傾き、表面には苔がへばりついている。
このポケモンは確か――
「全体がはっきりしませんが、おそらくグラードンではないですか?」
グラードン。大地の化身とも呼ばれ、大地を盛り上げて陸を広げたという伝説のポケモンだ。空を晴らし、洪水に見舞われたポケモン達を助けたという神話もある。
私も実際に見たことがあるわけではないが、それでも伝承くらいは聞いたことがある。だが、そんな伝説のポケモンの像がなんでこんなところに?
おもむろに台座に触れてみる。ところどころ苔で覆われてはいるが石像自体の損傷は少なく、ほぼ原形のまま形を保っている。なにか文字でも書かれていないかと台座を一回りしてみるがそんな文字もなさそうだ。
グワンッ――
「うっ!?」
突如、頭の中をかき回されるような気持ち悪さを感じて思わず蹲った。
視界が歪み、耳鳴りがひどくなっていく。私はなす術なく受け入れるしかなかった。
頭を抱えてその気持ち悪さに耐えていると、頭の中にぼんやりとした白い光が浮かぶとともに甲高い音が響き始める。頭の中で収束した光はやがて一筋の線となり、閃光となって弾けた。
キーーーン!!
《なるほど、ここに……が》
《わかったぞ!グラードンの心臓に日照り石をはめる。それで霧は晴れるのか!さすが、オレのパートナーだな》
シュピン!
そこで映像が途切れた。いや、映像というより声だろうか。
予知夢?のようなものが終わり、めまいやら耳鳴りやらの症状はきれいさっぱりなくなった。でも、何回やってもあの気持ち悪さには慣れないわ……。
いつものように整理しようと思ったが、今回はちょっと雰囲気が違った。というのも、これまで見てきたものは白黒の映像が映し出されていてある程度その場所の場景を把握することができた。しかし、今回はその映像はなく、代わりに妙に響く声だけで明らかにいつもと違う。ここはなにか特別な場所なのだろうか?
「日照り石、か」
「ヒナタ、またなにか見えたの?」
「え?ええ」
普通ならば疲れてるんじゃないの?とあしらわれるようなこの能力。だが、心配そうに背中をさすってくれるカズキはそれを信じてくれる良き理解者だ。
促されて見えた光景をカズキに伝える。と言っても、今回は声だけだし内容も短めだったが。
そういえば、あれって誰の声だったんだろう?思い出してみるが、台詞ははっきり覚えているのにその声の高さや口調などが全く印象に残っていない。言っていることは理解できるのに、声だけはなぜか煙のように消えてしまう。
「うーん、日照り石かぁ。そんなもの持ってたっけ?」
「僕達は思い当たるものは持っていませんが」
ベースキャンプに着いた時、私はなぜかどこか懐かしいような妙な感覚に襲われた。ここに失われた私の記憶に繋がるなにかがあるのかもしれないとわずかながらの希望を抱いていた。
そんな場所で聞いた記憶に残らない不思議な声。これは憶測でしかないが、私はあの声の主と会ったことがある……?
「ねぇ、ヒナタはどう思う?」
「……え?」
「もう、話聞いてた?」
ハッ、と気づいてみれば目の前には不機嫌そうな顔をしたカズキの姿があった。
糸のように細い目は感情を読み取りにくいが、それでもわかってしまうのはカズキが大げさなくらい感情を表に出しているからだろう。簡単に言えば顔に出やすいタイプだ。
私が考え事をしている間に話が進んでいたらしく、ここにいる全員の視線が私に向けられている。そんなに見られたら恥ずかしいのだが。
「あ、えっと、なに?」
「もう、しっかりしてよ!」
少々呆れが混ざった顔で叱責してくるカズキに謝りながら改めて内容を把握する。話題はどうやら日照り石についてだ。
当然だが、私だってそんなものは持っていない。道中でいろいろとアイテムを拾ってバッグの中身は結構な量があるが、石なんて拾っていないはずだし。
――いや、待てよ?
「そういえば……」
ふとあること思い出し、ガサゴソとバッグの中を探ってみる。
この森に入った直後のこと、私とカズキは視界を遮る霧に苦戦しながら進んでいると、珍しい石が落ちているのを発見しそれを回収した。ルビーのように赤く発光しており、触れると温もりを感じるあの石。
これが日照り石だという確証はないが、今私が持っている中で日照り石に近いものがあるとすればこれだろう。
「あった」
バッグから引っ張り出したその石は未だ輝きを損なっておらず、触れるものすべてに平等に暖かさを与える。
それを見たカズキはあっ、と思い出したように小さく声を上げ、納得したように何度も頷いた。私の手に乗るほど小さな石だが、果たしてこれが日照り石なのだろうか?
「きれいな石だね!」
「もしもこれが日照り石だとしたら、この石像にはめてみればなにか起きるかもしれませんね」
私が聞いた声は、“グラードンの心臓に日照り石をはめれば霧が晴れる”、そう言っていた。はめるということはどこかにこの石を入れるための穴かなにかがあるのだろう。それも心臓ということはつまり――
「カズキ、この石像の胸のあたりにこの石をはめ込んでみて」
「わかった」
カズキに石を渡し石像をスルスルと登っていくのを見守る。でも、カズキのことだから滑って転がり落ちそうで少し心配。
心の中でわずかな心配を抱いている私を含めみんなの視線が集中する中、特に足を滑らせることもなくグラードンの胸部に到達すると小さなくぼみに石をはめ込んだようだ。カチリと乾いた音が響く。
さて、一体どうなるかしら?
ゴゴゴゴゴッ!!!
石をはめたことを皮切りに地面がぐらぐらと揺れ始めた。なんだか今回の遠征でやたらと地震に遭っている気がする。ともかく、傾いた石像の前にいるのは少々危険なので一度離れて距離を取る。
しかし、石像は倒れることもなくその形を保っている。よく観察してみると、無機質な石像の目がはめこんだ石のように赤く光っていた。
日照り石によって命を与えられたグラードンが目覚めの合図として地震を起こしているように見えなくもない。
「うっ……?」
しばらくすると揺れは次第に収まっていき、代わりに強い光が当たりを包み込む。
長時間霧の中にいたせいだろう。私の目はすっかり暗がりに慣れてしまい、その光に思わず目が眩んでしまう。
「あれ、霧が……」
あれほど深かった霧はきれいさっぱり消え失せていた。
数回瞬きを繰り返して薄目で辺りを見渡してみると、その景色は一変していた。
一面に広がる草原には色とりどりの花が咲き乱れ、轟々と鳴り響く滝は大地にいくつもの水の流れを作り出し、ところどころに点在する池には一切の濁りがなく、底の方まで見通すことができ、滝から振りまかれる水しぶきは日の光を反射して七色のアーチを見せてくれる。
本来の姿を取り戻したその景観はまさに絶景と言えるだろう。霧の消失と合わせて、しばしその景色に見とれていた。
「晴れちゃったね。お日様が眩しいよ……」
目が慣れてきたところでカズキが空を見上げた。
しかし、いくら慣れたとは言っても太陽の圧倒的な輝きの前では薄目で見るのが精一杯だ。もともと細い目をさらに細め、手を日よけにしている。
つられて私も空を見上げてみれば、森に入ってから久しく見ていなかった気がする青空を目の当たりにして心が和んだ。
「あ、あれは!?」
空には地上を照らす太陽と気ままに流離う雲、後は鳥ポケモンの群れがちらちらと映る。しかし、私が見上げた空にはその他に巨大な大地が存在した。
中央の柱を起点にしてお椀のような形のその大地は四方から水が流れ落ち、滝となって地面に降り注いでいる。
「……そうか、霧が晴れてようやくわかったよ。霧が晴れてなきゃ、あんなの見つかりっこないもん」
「ヘイ!それじゃあまさか!?」
「おそらく間違いないでしょうね。霧の湖はきっとあそこにある!」
妙だとは思っていたのだ。こんな森の奥地で滝がいくつも流れ落ちている音。探検していたところ、特に起伏も激しくないし水が流れている場所もなった。なのにこの場所だけ滝がいくつも集中しているのはおかしい。
カズキが言うように、あんな場所霧が晴れてなきゃ見つかりっこない。だからこそ今まで見つからなかったのだ。霧で覆われた秘境に存在する幻の湖が。
「ヘイヘーイ!こうしちゃいられないぜ!おいらは親方様に知らせてくるから、オメェらは先に行っててくれい!」
ついに目的の湖が見つかり文字通り飛び上がって喜んでいたヘイガニだったが、探索開始前にペラップに言われたことを律儀に守り戻っていった。
本来はそういう仕事は私達みたいな後輩がやるべきことなんだろうけど、謎を解いた私達に手柄を譲ってくれたのだろう。ヘイガニは大雑把な性格だが、こういうところはきっちりとしている。
とにかく、霧が晴れて湖の場所がほぼ断定できた以上先に進まないわけにはいかない。
「じゃあ、行きましょうか」
「おっと、待ちな!」
高ぶる衝動を抑え、興奮して熱が上がっているカズキを諭すといよいよ出発。そう思っていた矢先に現れたのはドガース、ズバット、スカタンクの三匹だ。
「お、お前達は!」
「クククッ、ここまでご苦労だったな」
「ケッ、謎さえ解いてくれればお前らはもう用済みだ」
「へへっ、お宝はオレ達がいただくぜ」
もはやその下品な笑い方でわかってしまう。いつぞやのコソ泥三人衆ドクローズだ。遠征開始直後から姿が見えなかったけどしっかりついてきたようね。
思えばカズキの宝物を盗んだり、セカイイチの調達を邪魔して来たり散々意地悪をされてきた気がする。今回もギルドが遠征に行くと知って潜り込んできたみたいだし、ほんとにしつこいわ。
「……誰ですか?」
「ムカつく奴らです!」
「なるほど、そうですか」
事情を知らないウィンが小声で聞いてきたのに対して思わず強い口調で返してしまった。すぐに謝ろうと思ったが、ウィンの表情が険しくなったのを見ると今の説明で理解してくれたようだ。
しかし、こいつらとは戦ったことがあるとはいえ油断はできない。ドガースやズバットだけならともかく、スカタンクはドガースと共に放つ強力な毒ガス攻撃がある。毒タイプを持つ私でさえ気分が悪くなるのだから侮れない。
「ククククッ、知らない奴がいるが、お前達にはここでくたばってもらおう」
「ヒナタさんに手を出すつもりなら僕も容赦はしませんよ?」
「ガキが戯言を。すでにオレ達の勝利は決まってるんだよ!」
ズバットが下がってドガースとスカタンクが前に出る。おそらくリンゴの森で使った毒ガス攻撃――毒ガススペシャルコンボをやるつもりなのだろう。
相手が前に出たのに合わせてウィンとルナが前に出る。毒に加えて強烈な悪臭と煙幕の効果を合わせ持つあの攻撃にはいくらウィンでも苦戦するはずだ。
双方が睨み合い、戦いの火蓋が切って落とされる――その時。
「あーん、待ってぇ!」
コロコロコロ。ちょうど両者の間に転がってきたのは一抱えもある赤い物体。
そして、それを追いかけるように現れたのは我らがギルドの親方様――プクリンだ。
どうやら転がってきたのはプクリンの大好きなリンゴ――セカイイチらしい。その赤い実を拾い上げると私達のことなど眼中にないように「セカイイチー♪」と上機嫌な様子で頬ずりした後、頭の上に乗せて踊り始めた。
「ぷ、プクリン?」
「あれ?君達、それに友達も♪みんな一緒だぁ♪」
緊迫した雰囲気から一転、突然の乱入者に引き腰になる。カズキが恐る恐る声を掛けてみるとようやく気が付いたらしく、わーいと両手を挙げて喜んでいる。
まったく、この親方はマイペースというかなんというか、空気をぶち壊してくれる。
「親方様、ここでなにをしているのです?」
「ん?えっとねぇ、森を散歩してたらね、セカイイチが僕からコロコロ逃げ出しちゃったの。それで追いかけてたらここに来ちゃったってわけ♪」
こんな深い霧の中を散歩感覚で歩けるプクリンはやはり親方と言われるだけの実力があるのだろう。……見た目からは想像もつかないが。
というか、プクリンはペラップと一緒にベースキャンプで待機してたはずだけどなぜここにいるのだろうか。まあ、プクリンの事だから待ってるだけじゃつまらないとかそんな理由だろうけど。ベースキャンプまでの道中をペラップと二匹できたはずだが、それにも不満があったみたいだしね。
「親方様」
「やあ、友達は見つかった?」
「ええ。ご協力感謝します」
スカタンクでさえ今の状況に動揺を隠しきれずたじたじしている中、ウィンが前に出た。友達とはもちろんルナのことだ。
「ところで親方様。少しお話をしたいのですがよろしいですか?」
「もちろん♪じゃあ戻ろうか、友達もね♪」
『!?』
矛先を向けられたのはドクローズだった。霧の謎が解け、お宝を目の前にしている今、ドクローズに戻るという選択肢などない。しかし、遠征の助っ人として参加しているためプクリンの言葉を無視するわけにも行かない。
なんとか食い下がろうとするも、「友達にそんな真似はさせられないよぅ」と訴えられあっさり却下された。
「大丈夫、探索は弟子達に任せて♪」
「わ、わかりました……」
「というわけで、君達も早くいってね?」
「え、あ、はい」
結局ドクローズはプクリンに従うしかないく、ウィンやルナも引き連れてプクリンは戻っていった。もしかしてだけど、プクリンが助けてくれた?……そんなわけないか。
ともかく、ウィンとルナまでいなくなって少々不安になるが、ここで引き返すわけにも行かないし。
「じゃあ、先に進もうか?」
「そ、そうだね」
意外な形で難を逃れた私達は霧の湖を目指して歩き始めた。
目的地は見えているもののそれが遥か上空にあっては手の出しようがない。空でも飛べれば話は別だが、私もカズキもそんな能力は持ち合わせているはずもなかった。だとすれば、あの場所に行くためにはそれを支えている中央の柱しかない。そう考えると行先は必然的に決まった。
「あっ!ヒナタ、あそこ!」
「洞窟、かしら?」
しばらく歩いて柱の根元に到着した。見た目より距離があって少し時間がかかったが、どうやらこの洞窟から上に行けそうだ。
「それにしても、暑いわね」
「これ、水蒸気かな?」
さっきまでいた清涼感のある場所とは違い、この辺りは熱気に包まれていた。
草木はこの場所に近づくほどに少なくなり、代わりに赤みを帯びた岩肌が多くなっている。あちこちから染み出している水はその熱気によって蒸発し、洞窟の入り口には水蒸気が充満していた。
むせ返るような熱気に思わず口元を覆う。入り口の時点でこの暑さなら洞窟の中は一体どれほどの気温なのだろうか。考えるだけで頭が痛くなってきそうだ。
「この上に霧の湖があるんだよね!僕わくわくしてきたよ!」
ぐったりしている私に比べてカズキは早く行きたくてうずうずしているようだ。
カズキは臆病だが、こうした未知の場所への探検となると好奇心の方が勝る。探検隊になったのも“遺跡のカケラ”の謎を解くためだし、そういった冒険に憧れているのだ。
目を輝かせて興奮しているカズキを見ていると、その目標を応援したくなってくる。なんだろうね、カズキの笑顔を見てるとなんでも乗り越えられそうな気になってくるの。
「ヒナタ、頑張ろうね!」
「……ええ!」
そう考えれば熱さなんてなんの障害にもならない。決意を新たに、私達は洞窟の中へと足を踏み入れた。
意気込んで洞窟の中に入ってみたが、そこには灼熱地獄と言っても過言ではない空間が広がっていた。入った途端猛烈な熱気が押し寄せ、体中から汗が噴き出した。吸い込む空気でさえ高温で、感じたことのない空気の感触に咳き込んでしまう。
洞窟という閉ざされた空間が熱気と蒸気によって暖められ、さながらサウナのような空間を作り出している。
「ケホッケホッ!」
「ヒナタ、大丈夫?」
こんなところ、暑さに慣れていなければ誰も通りたがらないだろう。これも湖を発見されないための配慮なのかしら?
まだ数分しか歩いていないが、すでに私はダウン気味になっていた。猛烈に喉が渇く。こんなことならさっきの場所で水を汲んでくればよかった。
「え、ええ。早く抜けてしまいましょう」
とにかく、一刻も早くここを脱出しなければ脱水症状を起こしてしまいそうだ。
不思議のダンジョンでは珍しいアイテムが落ちていることもあるため、普段ならばある程度探索した上で先に進むのだが、今回はそんなこと言ってる余裕はない。オレンの実を絞った果汁でわずかだが喉の渇きを癒す。
グォォ……
「ん?今なにか……」
体力に気を付けながらもペースを上げてしばらく歩いていると、不意になにかが聞こえてきた。なんだろう、小さくて聞き取れないけど……。
気のせいか、と思って歩くのを再開するが、進むにつれてその音はだんだんと大きくなっていくのがわかった。
「ねぇ、聞こえた?」
「ええ」
段々と近づいているその音の正体はどうやら声のようだ。声と言ってもなにかを話してるわけじゃなくて、吠えているような低い声。カズキもこの声に気付いたのか警戒の色を強めた。
歩いてきた時間を考えるとそろそろ頂上に着くはず。だとしたら、この声の正体って――
「気のせいじゃなかったんだ……。でも、ここまで来たんだもん、進まなきゃね!」
「もちろん。でも、気を付けて」
ここまで来ると今まで牙を剥いてきた熱気は徐々に収まってきていた。しかし、代わりに妙なプレッシャーを感じる。
空気が張り詰めているというか、とてつもなく恐ろしいなにかを目の前にしているような危険な予感。
纏わりつく不安と緊張を振り払い、警戒しながら先へと進んでいった。