第十三話:ウィンの再会!濃霧の森で
「やっと抜けたぁ……」
歩くこと数時間、私達はようやくツノ山を突破することができた。
途中、アクシデントによって大幅に後れを取ったせいか空高く昇っていた太陽は既に傾き始め、空は茜色に染まりつつある。少し急がなければ夜になってしまいそうだ。
「こ、これでベースキャンプまであと少しね」
「もうへとへとでゲスよ……」
ツノ山を抜け、後は前方に広がる森の入り口まで進めばベースキャンプがあるはずだ。
しかし、道中で起こったアクシデント――お尋ね者のボスゴドラとの戦闘によってかなり体力を消耗したせいでみんなへとへとだ。
より多くの空気を吸い込もうと息を吸うがそれだけでは全然足りず、ぜえぜえと肩で息をしている。気を抜いて座り込んでしまえば一歩も動けなくなりそうだ。
さ、さすがに、これは、しんどい……。
「皆さん、大丈夫ですか?」
今にも倒れそうな私達三匹を心配そうに見ているのは空色の瞳を持ったイーブイ――ウィンだ。
ボスゴドラ戦の時に助けに入ったところを逆に助けられて少し恥ずかしかったが、仲間を探してほしいとのことで現在共に行動している。
同じように歩いてきたはずなのにウィンは息一つ切れることなく歩き続けているのは経験の差だろうか?それとも元々体力が多いのか。
「は、はい」
「なんとか……」
「もう少しの辛抱ですから、頑張ってください」
ウィンに先導されて鉛のように重い足をなんとか前に出していく。足が棒になるとはこのことだろうか。
初めての遠征ということで長距離を歩いたせいでこうなっているわけだが、仮にも探検隊のポケモンがこれくらいでへばるとはなんだか情けなくなってくる。
きっと他のみんなは既に着いていることだろう。ああ、ペラップのお小言が聞こえてくるようだ。
心の中で泣き言を言いながらも歩き続けること数時間。ようやくベースキャンプへと辿り着くことができた。
なんとか日没前に着くことができたが、案の定他のギルドメンバーは既に到着していて野営用のテントを張っていた。
「遅い!他のみんなはとっくに到着してるよ!」
みんなに指示を出していたペラップは私達に気付くと容赦なく怒鳴りつけてきた。
ペラップの説教が予想通り過ぎてため息が出たが、それと同時にようやく到着したということを実感でき、自然と全身の力が抜けていった。
「あはは、すいません……」
今まで気力で体を奮い立たせてなんとか歩いてきたが、とうとう限界が来たようだ。
ペラップの説教に苦笑いで応えるもその声に覇気はなく、身体は無意識のうちに傾いていた。
そのまま地面にぺたんと座り込んでしまい、連鎖反応のように耐えきれないほどの眠気が襲ってくる。
「お、おい!大丈夫か!?」
まるで糸が切れた操り人形のように倒れ伏す私を見てさすがのペラップも驚きを隠せない様子。
すでに目蓋は閉じられて意識を手放しつつある私の体。ペラップが翼で抱き起そうとしてるようだが、それすら心地よいゆりかごのように感じた。
「おいおい……」
「まあまあ、疲れているようですから今は寝かせてあげてください」
「おや、あなたは?」
「僕はウィンと申します。実はいろいろありまして――」
段々と意識が薄れていく中、目蓋の裏でペラップとウィンがなにか話しているのが聞こえたが、今はそんなことどうでもいいと思った。
今はただ、本能に任せてゆっくりと体を休めたかったから。
「うーん……」
そして翌日。眠気が残るもののいつも通りにきっちり起きれたのは日頃から早起きを心掛けているお陰だろうか。
まあ、早起きの理由は主にドゴームの目覚ましを回避するためなんだけど。こうして早起きする習慣が身についたところだけを見れば感謝してもいいかな?……いや、ないな。
軽く伸びをすると、体から眠気が取り除かれていくようななんとも言えない心地よさを感じる。それと同時に漏れた欠伸を噛み殺しながら辺りを見てみると、布を三角柱の形に張り合わせたような狭い空間に簡易的な藁ベッドが敷かれただけのシンプルな場所だということがわかる。
どうやら、昨日眠ってしまった私を誰かがテントまで運んでくれたようだ。隣を見てみるとすやすやと寝息を立てているカズキの姿。相変わらずのお寝坊さんみたいね。
「おや、起きてましたか」
伸びをしてもわずかに残る眠気のせいでぼーっとしている私に声を掛けてきたのはウィンだった。
テントの入り口の布をめくって覗き込むようにこちらを確認している。
そういえば姿が見えなかったけど。もしかして、ウィンが私を運んでくれたのかな?
「あ、ウィンさん。おはようございます」
「おはようございます。昨日はお疲れのようでしたが、疲れは取れましたか?」
「ああ、うん。たぶんね」
微睡(まどろ)みから覚めない私を見てウィンはクスリと息を漏らした。
いけないいけない。シャキッとしないと!
頬っぺたをパンッと叩いて寝ている身体に気合を一発。少しずつではあるが、徐々に覚めていくことだろう。
「ふふ、まだ眠いようですが、ペラップさんがこれからの行動を説明するので来てほしいと言っていましたよ?」
「あ、はい、今行きます」
説明ということは既にみんな集合しているのだろうか。いつものドゴームの目覚ましがないからまだ早朝だと思っていたが、意外に過ぎてたりする?
疲れていたのを聞いて気を使ってくれたのか、遠征中は目覚まし係はお休みなのかは知らないが、ちょっと急いだ方がよさそうだ。
未だに寝息を立てているカズキを叩き起こして速攻で準備を整え、転がるように外へ出た。
「遅い!」
急いで外に出てみると、森の入り口の前で弟子達が集合していた。そして、そこから聞こえる甲高い怒鳴り声。
昨日も同じことを言われた気がする。とっくに集合していた他のメンバーの視線を浴びながら怒られるのはちょっと恥ずかしい。
ギルドに入りたての頃はよく寝坊して朝礼に遅刻し、こうして怒鳴られながら集団の中に入っていたのを思い出す。まあ、寝坊してたのはカズキなんだけど。
くすくすと笑い声が聞こえる中、弟子達の輪に加わると、全員揃ったのを確認してコホンと咳払いを一つ。ペラップの説明が始まった。
「じゃあ、これからの動きを説明するよ!」
動きと言ってもそれは単純明快で、この森のどこかにあると思われる湖を手分けして探すというものだ。
ただ、厄介なことにこの森には絶えず深い霧がかかっており、この霧のせいで湖が発見しにくいと推測されるため、湖を発見する。または霧を取り除く方法を見つけたら親方様か自分に報告してくれとのことだった。
「それともう一つ、ヒナタ達が救助したウィンさんだが、仲間とはぐれてしまったらしい。なので、もしも森の中で見つけたら連れてきてくれ」
どうやら昨日ウィンがペラップに説明してくれたらしく、あのお尋ね者を相手によくやったと後で褒められた。
でも、私達が救助したことになってるけど、実際は逆なんだよね……。
ウィンを見てみるとこちらに向けてウインクをしてきた。
まあ、そんなことを言えば大目玉を食らいそうだし、ここはウィンの機転に感謝しなければ。
「説明は以上だ。各自、霧の中に隠された湖の発見に全力を尽くしてくれ♪」
『おおーッ!!』
長い説明が終わり、雄叫びとともに片手を天に突き上げる弟子達。
早く探検に行きたくてうずうずしているのか浮足立っている。一部例外はいるが。グレッグルとかね。
さっきまでうつらうつらしていたカズキも説明を聞いているうちに眠気に代わって好奇心が体を支配し始め、今では目をキラキラさせてとても嬉しそうだ。
「ヒナタ、ついに探索だね!」
「そうね。……?」
「よーし、頑張るぞー!」
いよいよ湖の探索開始。気合十分のカズキはわくわくが抑えきれないようで、説明が終わるや否や森へと駆け出してしまった。
そんなカズキを見て私も一歩踏み出そうとした矢先、ふと妙な感覚を感じて思わず空を見上げる。
「(……なんだろう、この感覚。どこか、懐かしいようなこの感じ……)」
この霧のかかった森の風景も、風に乗ってくる湿った空気も、踏みしめる大地の感触も。私はそのどれもが初めてだというのに、なぜか懐かしさを感じる。
記憶の引き出しを探ってみても出てくるのはカズキとの探検の思い出ばかり。それにここは今まで未開拓だった場所だから来ているはずもない。
――もしかして、私が人間だった頃にここに来たことがあるというの?
「おーい!ヒナタ早く!」
「あ、う、うん!今行くわ」
まさかと思いかけて、カズキの声で現実に呼び戻される。しかし、その考えは頭の中で渦を巻き、消えることはなかった。
私がポケモンになる前の失われた記憶。その手がかりがここにあるかもしれないと思うと、私はいてもたってもいられなくなった。
森の中へいざ足を踏み入れてみると、想像以上に霧が濃くてびっくりした。
手を伸ばせばその指先は白く塗りつぶされて見えなくなり、声を出さなければ隣にいるはずのパートナーの存在すらわからなくなりそうだ。
視界を白で覆い尽くし、進む気力すら削ぐこの森は“濃霧の森”という名前がぴったりだろう。
「全然見えないね」
「ええ。本当に前に進めてるのかしら」
どこを見てもそこには白一色の世界が広がっている。前も後ろも右も左もわからない。迷ったら抜け出すのに苦労しそうね。
森に入って間もない時はまだ先が見通せたが、少し歩いただけでこれとは。自分の体すら見えない暗闇の中に閉じ込められたようでちょっと不安になってくる。
「ん?あれは」
とにかく、はぐれたらかなり厄介なことになりそうだと思ってツルをカズキの体に巻きつけて繋いでいるのだが、そのツルが引っ張られるのを感じた。
どうやらなにか見つけたらしい。私は引っ張られるままに振り向いた。
霧の先でぼんやりと赤い光が見える。気配を探ってみるが、どうやらポケモンじゃなさそう?
「これは、石かな?」
「赤く光ってるけど、そうみたいね」
近づいて確認してみると、それは小さな丸い石だった。仄かに赤く発光しているそれは触れると暖かさを感じる。
これは、炎の石?でも、こんな形だったっけ。
「うーん、なにかしらこれ」
「よくわかんないけど、とりあえず持っておこうか。後でペラップにでも聞いてみよう?」
「そうね」
なにかの罠というわけでもなさそうだし、持って行って損はないだろう。
背負っているバッグに赤い石を入れ、探検を再開する。
それにしても、どうしてこんな深い霧がかかってるのかしら?自然に発生したにしては濃すぎるような気もするけど……。
――もしかして、誰かが意図的に起こしてるとか?
バリバリバリ!!
「ッ!?」
「な、なに!?」
意図的に起こしているとして、一体誰がなんのために?そんなことを考えていると、霧の向こうから大きな衝撃音が聞こえてきた。
それと同時に霧から伝わってくるピリピリとした感覚。微弱なそれはまるで静電気のように体に纏わりついた。
「誰か、戦ってる!?」
「行こう、ヒナタ!」
ただならぬ気配を感じた私達は音を頼りに霧の中を駆けていった。
一方その頃、ウィンは森の中へと足を踏み入れていた。
一応保護されている身としてペラップからベースキャンプにいるようにと言われていたのだが、こっそりと抜け出してきたのだ。
なにがあるかわからない秘境で一匹で行動するのは危険な行為だが、ウィンにはどうしても行かなければならない理由があった。
「さっきの気配、もしかしたら……」
その理由は気配。普通なら気づかないほどの微弱なものだったが、確かに感じたあの気配。
それは毎日行動を共にし、同じ夢を志した仲間のものに間違いないなかった。確実に近くにいるはず。
濃霧が立ち込める森を気配を頼りに進んでいくと、それはだんだんと強くなり、次第に声も聞こえるようになってきた。
「ルナ!」
その声に確信を得たウィンは駆け出す。
木々の間を縫うように抜けてその声の主がいると思われる場所へ一目散に疾走する。
しばらくして木々がまばらになってくると、やがて開けた空間に出ることができた。
「ルナ!」
「あっ、ウィン!?」
そこには一匹のキュウコンがいた。ルナと呼ばれたそのキュウコンは呼びかけに答えてこちらに振り向き、ウィンの目の前に立つ。
探し求めていた仲間の顔は安堵と喜びの表情が現れている。
「無事でよかった!」
「ええ。ルナこそ無事でなによりです」
しかし、喜びの表情の中で目だけは鋭く輝いていた。
体勢も低く、まるでなにかを警戒しているよう。……いや、実際に警戒しているのだ。
もちろん、それは仲間であるウィンに向けられたものではない。そう、もう一匹いるのだ。
――ウィン達にとっての敵が。
「おっと、ターゲットの方から来てくれるとは幸先がいいねぇ」
霧の向こうから聞こえてくる威圧的な声と気配。びりびりとした空気が漂っているのは奴のせいだろう。
足音とともに現れたのは、青と黄色のツートンカラーで角のように尖った鬣を持つポケモン――ライボルトだ。
バチバチと電気を纏い、その爪にはナイフのような物を挟み込んでいる。
「……ラクシア、ですか」
「ほう、あたしの名前を知ってるとは……スカイの野郎がどこまで話した?」
名前を言い当てられたことに目を丸くするが、対して動揺した様子はない。
むしろ不愉快そうに顔をしかめて爪を光らせた。身体に纏っていた電気が爪の先に集中している。
攻撃の予兆を感じ取ったウィンもルナは臨戦体制をとった。
「あなたに教える義理はない」
「あっそ。なら、死ね」
ウィンの返答につまらなそうに吐き捨てると、ラクシアは爪先に挟んだナイフを手裏剣のように投げてきた。
電気を纏い、バチバチと音を立てるそれは霧を引き裂き、迷いなくウィンの心臓を狙っている。
「禁!」
それを見るや否や、短い掛け声とともにルナが立ち塞がった。
ナイフはウィンを庇おうと飛び出したルナへと飛んでくるが、それはルナに傷を負わせる前にキンッと音を立てて弾かれる。
見えない壁に弾かれて地面に落ちるナイフを見てルナはフフンと得意げに鼻を鳴らした。
「わたしに飛び道具は効かないよ!」
「ちっ、小癪な」
攻撃を防がれたことに苛立つラクシア。
なによりも、霧で視界は悪く、自慢の飛び道具は防がれ、二対一というこの状況。目の前に倒すべき相手が現れてくれたにも関わらず自分の思い通りにならないことが腹立たしかった。
「それくらいで粋がってんじゃないよ!」
荒々しい声で新たにナイフを取り出し、電気を貯めて準備する。
仕切り直して再度攻撃しようとした、その時――
「葉っぱカッター!」
ラクシアから見て左。霧の向こう側から鋭く尖った葉っぱの嵐が飛んできた。
完全に不意を突かれた形になったラクシアは避けることもできず、それの直撃を食らう。
「ウィンさん、大丈夫ですか!?」
その直後、息を荒げながらやってきたのはフシギダネとヒノアラシがだった。
衝撃音を聞いて駆けつけてみると、そこには三匹のポケモンがいた。一匹はイーブイのウィン。そして、他の二匹はキュウコンとライボルト。
状況から見て襲われているのは明らかだったため、まだ気づかれていないうちに先制攻撃を仕掛けておいた。
「ウィンさん、大丈夫ですか!?」
「え、ヒナタさん!?どうしてここに?」
突然の私達の登場に目を丸くするウィン。
というか、ウィンはベースキャンプで待っているとペラップが言っていたような気がするけど……?
「ウィンさん、あの――」
「ヒナタ、危ない!!」
どうしてここに。そう聞こうとした瞬間、カズキが私を突き飛ばした。
カズキも一緒に転がるようにして飛ぶ。何事かと見てみれば、先程まで私がいた場所には電気を帯びたナイフが深々と突き刺さっていた。
「なんか余計なのが来たな」
「なっ!?」
それを投げたと思われるポケモン――ライボルトは不愉快だと言わんばかりに冷たい視線を向けてくる。
不意打ちで葉っぱカッターを直撃させたはずなのにさしてダメージを受けた様子もなく、身体にわずかに切り傷を付けるだけにとどまっている。
こいつ、いったい何者!?
「雑魚は引っ込んでな!サンダーショット!」
再度取り出したナイフに電気を纏わせると、体勢を崩して動けない私達に向かって飛ばしてきた。
まずい、このままじゃ避けられない……!
「アイアンテール!」
キンッ!と金属の擦れる音が響く。素早い身のこなしで飛び出したウィンは、硬化させた尻尾でナイフを叩き落とした。
神速のごとき超反応を見せたウィンは、落としたナイフには目もくれず緊迫した表情をこちらに向ける。
「下がっていてください!ここは危険です!」
カズキに手を引かれてなんとか起き上がり戦闘の構えを取ったが、ウィンの言葉に思わず黙り込んでしまう。
助けに入ったのに逆に助けられるというこの状況。なんだかデジャブを感じる。
確かに敵に立ち向かうのは勇敢な行動だが、それで守るべき相手を危険にさらしていては元も子もない。
「わ、わかりました……」
それに、さっきの攻防を見て私達がどうにかできる相手ではないということがよくわかった。簡単に言えばレベルが違いすぎるのだ。
敵の攻撃を防ぐ手段もなく、技を繰り出してもダメージを与えられる望みは薄い。ならば、せめて足手纏いにならないように引くことも大事だろう。
幸い、濃霧が立ち込めているこの場所なら逃げるのは容易なはず。
「カズキ、行くわよ」
「う、うん」
ウィンの背中を一瞥して霧に紛れるようにその場を後にする。
あのライボルトも私達に興味がないのか追撃を仕掛けてくることはなかった。
「あの方に手出しはさせませんよ」
「ほう、お前がそんなに必死になるってことは、あいつが例の救世主ってやつかい?」
「さあ、どうでしょうね!」
言うが否や、すぐさま攻撃を仕掛けるウィン。それに合わせてラクシアとルナも攻撃を繰り出した。
水が、電気が、炎が。三つの技はぶつかり合い、その場に爆発を引き起こす。
爆風によって一瞬だけ霧が吹き飛ぶが、すぐにまた濃霧で埋め尽くされてしまった。
「今のは……」
背後で聞こえた爆発音に私は思わず立ち止まって振り返った。霧の先でうっすらと戦っているウィン達の姿が見える。
さっきはウィンの剣幕に押されてその場を離れてしまったが、やはりなにもできずにこうして逃げ帰るのは悔しい。
と言っても、不意打ちをしても大したダメージにはならず、逆に相手は一撃食らうだけで重症になりかねない電撃ナイフを使っている。
そもそもポケモンが戦闘に武器を持ち出すなんて普通じゃない。明らかに使い慣れてる感じだったし、もしかしなくても相当な手練れだろう。
私では足元にも及ばない。そんな相手だ。
「でも……」
だからと言ってこのままウィンに任せて逃げるのは違う気がする。
ウィンも相当な手練れだし、仲間らしきキュウコンもいたから戦況は二対一。有利な状況だし、このままなにもしなくても勝ってしまうかもしれないけど、このまま見てるだけなんて嫌だ。
使命感みたいなものだろうか?探検隊になって修行しているうちに芽生えたこの感情が、助けたいという気持ちが私をこの場にとどまらせた。
「(なにか、私にもできることはないかしら……)」
私は考える。敵を倒せなくてもいい。なにかウィン達の手助けになるような策。
ただの攻撃ではさっきのように平然としているに違いない。攻撃以外で私ができること――
「そうだ!」
「ヒナタ、どうしたの?」
考えているうちに私は一つの手段を思いついた。
攻撃が通用しなくてもこれなら通用するはず!
「カズキ、戻るわよ!」
「えっ、ちょ、ヒナタ!?」
いきなり思いつめたように立ち止まり、一匹で納得して戻ろうとする私の姿はカズキにはどう見えただろうか?……いや、そんなことはどうでもいい。
勢いよく走りだす私を追って慌ててカズキも走り出した。
「こっちよ。気づかれないようにね」
「う、うん」
さほど距離が離れていたわけではないのですぐに戻ることができた。しかし、さっきみたいに闇雲に飛び出しては先程の二の舞になるので、あのライボルトの背後に静かに近寄る。
なにがなんだかわからない様子のカズキだが、私がなにかをしようとしているのはわかったらしくぴったりと私の後ろについて来ている。
「(ここなら、行けそうね)」
ちょうどいいところにあった木の陰に隠れて少し呼吸を整える。霧で見にくいとは言ってもあのライボルトなら気配で感知してくるかもしれない。
霧でよく見えないが、気づかれないように慎重に相手の位置を確認すると、前かがみになって背中の種で狙いを定めた。
「ヒナタ、なにする気?」
「まあ見てて」
相手の実力を見ると普通の攻撃は通用しない。だが、ポケモンである以上火傷や麻痺といった状態異常にはかかるはずだ。
だから――
「こうするのよ!」
「ッ!?」
掛け声とともに背中の種から発射された一粒のタネは狙い通り一直線に飛んでいき、ライボルトの頭上に来た瞬間弾けて細かい胞子をまき散らした。
それに気づいたライボルトだったが、気づいた時には時すでに遅しだ。
「ちっ、“毒の粉”か。やっぱり先に殺しとくべきだったか」
とっさに鼻や口を塞いで飛び退ったが、完全に胞子を防ぐことはできず少し吸い込んだようだ。そんなに強い毒じゃないけど、さすがに効いたようね。
「仕方ねぇ、癪に障るが引き上げだ。次会った時は必ず殺してやるから覚悟しとけ!」
毒を食らった状態でこれ以上の戦闘は不利だと判断したのか、ライボルトは捨て台詞と共に去っていった。
ウィン達の戦闘の手助けになればと思ったけど、逃げてくれてちょっと安心だ。
というか、効かなかったら完全にアウトだったわね。危ない危ない。
「……ふぅ。ありがとうございます、助かりました」
しばらくライボルトが去っていった方を見ていたウィンだったが、完全に逃亡したとわかると一息ついてお座りした。キュウコンも同じく戦闘態勢を解き、ウィンの横に寄り添う。
「いえ、私も役に立ちたかったので。それより、いろいろと聞きたいことがあるのですが」
「ええ、わかりました。お話ししましょう」
私もカズキを呼んでウィン達の目の前に座り込む。
ウィンは少し疲れたような表情をしているが、身体に目立った傷はなく尻尾に小さな切り傷が少しある程度だった。
相手の実力もそうだけど、ウィンも大概強いわよね。
「まずは紹介しておきますね。彼女はルナ、僕のパートナーです」
「よろしくねっ!」
「こ、こちらこそ」
そう言って紹介したのは隣に座っているキュウコンのことだ。
嬉しそうに片前足を挙げてハイタッチを求めてきたのでとりあえず乗っておく。
キュウコンだしウィンよりも年上かと思ってたけど、どうやら違うようだ。声の高さや仕草を見ていると結構幼さを感じられる。
……なんだか、見た目と中身が噛み合わないわねこの二匹。
「そしてさっきのライボルトですが、見ての通り敵ですね」
「それはまあ、わかります」
「名前はラクシア。詳しくは後日時間がある時にお話ししますが、彼女はある組織の一員なんです」
「ある組織?」
組織の一員ということは、どこかの盗賊団のメンバーってこと?やけに強いと思ったらお尋ね者だったのね。
それにしても、ラクシアか。あんなに強いのなら噂になっててもおかしくないと思うんだけど……。
「組織名は“ルナティック”。目的の為なら殺しだって平気でやっちゃう犯罪組織だよ」
「うっ……」
これはまた、ものすごいのが出てきたわね。今までいろんなお尋ね者を見てきたけど、大体はコソ泥だったり暴力をふるったりだけだったし。まあ、ランクが低いのもあるんだろうけど。
殺しと聞いて怯んだのかカズキは顔を真っ青にしている。ちょっと震えているような……。
「彼らはどうやら僕達を狙っているようすね」
「わたし達だけじゃなくて、他の仲間も狙われてると思うよ」
「大変じゃないですか!」
私達が考えてるお尋ね者なんて目じゃないくらいの大物に狙われている。そう思うとぞっとした。
でも、なんでそんな奴らに狙われてるんだろう?ウィン達っていったい。
「それと、ヒナタさん。もしかしたら、あなたも狙われるかもしれません」
「えっ……」
その言葉に、一瞬にして思考が真っ白になった。
「ど、どういうこと!?なんでヒナタが!」
「僕達は、ある目的でヒナタさんを手助けするためにここに来たのですが、それをルナティックがすんなり許すとは思えません」
「さっきのでラクシアに知られちゃったっぽいから、もしかしたら、ね」
さっきまでそんな大物に命を狙われるなんて大変だな、とか思っていたが、そのターゲットに自分が入ってるとわかったら急に怖くなってきた。
プロの殺し屋がまだまだ新人の探検隊である私を狙ったらどうなるか?そんなの考えなくても答えは出ているだろう。ウィン達なら実力もあるし大丈夫だと思うが、私は違うのだ。
「ですが、確実にそうだと決まったわけではありません。気をしっかり持ってください」
「いざというときはわたし達が守るから、ね?」
……確かに、確実にそうだと決まったわけではない。敵の目的はどうやらウィン達みたいだし、私の事は捨て置くかもしれない。そもそも、私が狙われる理由なんてないはずだ。……ちょっとちょっかいかけちゃったけど。
「ヒナタ……」
「……うん、大丈夫。平気よ」
カズキが心配そうに私の顔を覗き込んでくるが、私は無理矢理笑顔を作って返した。
とにかく、ここで怯えていても状況はなにも変わらない。それに、ウィン達が守ってくれるというのだ。二回も助けてもらったし、この二匹は信頼できる。
「早く探索に戻りましょう。またペラップに怒鳴られちゃうわ」
「う、うん」
「ヒナタさん、無理かもしれませんが元気を出してくださいね」
「ありがとうございます、ウィンさん」
気遣ってくれるみんなに感謝しつつ湖の探索を再開することにした。
不安な気持ちは消えることはなく今も頭の中をぐるぐると回っているが、表情だけはそれを感じさせないよう冷静であるように努めた。
きっと、きっと大丈夫。私はそう自分に言い聞かせ続けた。――そうしないと、不安で押し潰されてしまいそうだったから。