第十二話:思わぬ出会い?ツノ山を越えて
次の日の朝。運良く見つけた雨風を凌げそうな岩の隙間で私は目を覚ました。
落ちていた枯葉や木の枝を使って造られた簡易ベッドは寝心地が悪かったが、探検で疲れていたせいか意外にもぐっすりだった。
「うーん……ちょっと肩痛いかも」
伸びをするとパキパキと小さな音が聞こえてくる。野宿なんて初めてだけど、結構大変なんだなぁと痛感した。
昨日は料理しようとしたけど、結局持ってきたリンゴで済ませることになってしまったし、ベッドを作るにも材料がなかなか見つからなくて散々歩き回ったし。
まあ、これも遠征の醍醐味なのかな?普段はできない体験だと前向きに捉えることにしよう。
「ほら、二匹とも起きて」
とりあえず、未(いま)だにいびきをかいて寝ている二匹を起こすことにしよう。
お腹を空に向けて大の字になって寝ているけど、この二匹に警戒心というものはないのだろうか?昨日もベッド作って真っ先に寝ちゃったし。
「うーん……」
「あと五分……」
「あのねぇ」
まったく、ここはいつものギルドの寝床じゃないのをわかってるのかな?寝込みを襲われたりしたら一発でアウトね。
軽くゆすったり声を掛けてみたが全く起きる気配がない。……やっぱり、起こすならあれかしら?
私は二匹の枕元に立つと軽く咳払いをして喉の調子を整える。そして――
「起きろぉぉぉ!!!」
『〜〜〜!!?』
ありったけの声量で耳元で叫ぶ。
ギルドの伝統……かどうかは知らないが、毎朝恒例のドゴームの目覚ましの再現だ。
まあ、あれに比べたら私のなんて小鳥のさえずりくらいだろうけど。
「な、なに!?」
「やっと起きてくれた……」
小鳥のさえずり程度でも耳元で叫んだおかげか起きてくれたようだ。
んんっ、それにしてもいきなり大声出したから喉が痛い。声を出すことに特化してるといっても、ドゴームはよくあんな声を出せるわね。
毎回恒例となっているにも関わらず、飛び起きるカズキの姿は見ていて面白いが、どうにかならないものかね?
「もう朝でゲスか?」
「そうですよ。早く支度してください」
一方、ビッパはのんびりとした様子でのそのそと起き上がる。声によるダメージはほとんど受けていないようだ。
確か、ビッパはドゴームと同じ部屋だったから、耐性でもついてるのかな?いびきとか凄そうだし。
カズキとビッパはなんだか雰囲気が似ていると思っていたが、微妙に違うみたいね。
「ふぁぁ……」
「ほら、早く起きて」
まだ寝たりないのかうつらうつらし始めたカズキに探検の準備をさせながら私は地図を開いて進路の確認をしてみる。
昨日、沿岸の岩場を抜けたおかげで少しだけ内陸に入り、山岳地帯に入った。目的地のベースキャンプはこの山岳地帯を越えた先にあるから、どんなルートをとっても山越えは必須みたいね。
山登りと言えば、“トゲトゲ山”で手強い敵と悪い足場に悪戦苦闘していたのを思い出す。あの時は慌てていたとはいえ苦戦しまくってたし、これはあれからどれだけ成長したかを試す時ね。
「今日はこの山に挑むことになりそうね」
とりあえず、立ったまま寝始めたカズキを再度叩き起こして比較的通りやすいルートを選んで進んでみると、目の前に角のように尖った山々が姿を現した。
地図には“ツノ山”と記されている。どうやら不思議のダンジョンのようだ。……にしてもそのまんまね。
「ここを抜ければベースキャンプまであと少しだし、気を引き締めていくわよ」
「うんっ!」
「頑張るでゲス!」
少し歩いたとはいえ、寝起き早々山登りというのはちょっときついものがある。昨日の疲れも完全に回復したというわけではないし、突破できるか少し不安だ。
それに加えて、この山は虫ポケモンの巣窟となっており、私の攻撃があまり効果がないというのも苦戦する理由の一つだ。
「ヒナタ、大丈夫?」
「ええ、まだいけるわ」
襲ってきたモルフォンを撃退したカズキが心配そうに声を掛けてくる。
普段は一応リーダーである私が先頭を歩くのだが、今回は相性の悪い私を気遣ってカズキが先陣を切ってくれている。
寝起きが悪くてしばらく歩きながらうとうとしていたのだが、さすがにダンジョンに入ると眠気も吹っ飛んだようだ。
背中から噴き出る“やる気の炎”が頼もしく感じる。普段からこれくらいだといろいろと安心できるんだけどなぁ。
「あ、思い出したでゲス!」
「どうしました?」
ふと、殿(しんがり)を務めてくれているビッパがぽんと手を叩いた。
ちなみに今の隊列は先頭にカズキ、殿にビッパで私を間に挟むような隊列を組んでいる。
「出発する時にキマワリが言ってたんでゲスが、この辺りでお尋ね者のボスゴドラが目撃されたらしいでゲス」
「お尋ね者、ですか」
「なんでも結構凶悪な奴らしくて、ランクは確か、Sランクくらいだとか」
Sランク。それは依頼の難易度を表す指標で、アルファベットで表される。
その中でもSランクは上位の方で、今まで私達がやってきた依頼の難易度と比べると数段階上だ。
そんな奴がなぜこんなところに?
「だから、十分注意するようにとのことでゲス」
「そうですか……」
お尋ね者はなにかしらの悪事を働いて指名手配されている犯罪者。本来なら見つけらたら捕まえるのが普通だが、Sランクとなると話は変わってくる。
ここまで来てお尋ね者にやられてギルドまで強制送還されては、せっかくの遠征が台無しだ。というか、私達の実力ではおそらく捕まえられないだろう。
まあ、同じ場所と言っても不思議のダンジョンだし、遭遇することはほとんどないだろうけどね。
「では、気を引き締めていきましょうか」
「はいでゲス!」
「先陣は任せて!」
話を聞いたところで再び山登りを再開する。
序盤はそうでもなかったが、登っていくにうちに段々と道が険しくなっていくのがわかる。
その辺に転がっている石ころでさえ鋭くとがった凶器のようだ。当たり前だけど、今の私は裸足なわけでそんなもの踏んだらかなり痛いのは目に見えている。
なので、周囲の警戒をしつつ地面にも気を配るという器用な真似をしながらの山登り。……正直、凄い疲れる。
ゴゴゴゴゴゴ!!!
「ッ!?」
「じ、地震!?」
そんな時、轟音と共に地面が大きく振動し始めた。
その規模は意外に大きく、普通に立っていると転んでそのまま下まで転がり落ちてしましそうだ。
四本の足でふんばり、地震が収まるのを待つ。うっ、ちょっと気持ち悪くなってきた……。
「……収まったかな?」
しばらく耐えると、余韻もそこそこに揺れは収まった。
カズキも地面につけていた手を離して周りをキョロキョロと見回している。
「だ、大丈夫そうね」
「いきなりでびっくりしたでゲス……」
ビッパも頭の上に前足を回して抱えるようにして耐えていたようで、不安そうな目で地面を見ている。
どうやらみんな無事なようだ。とりあえず一安心。
「意外と短かったね」
「ええ」
カズキが言うように、結構大きかった割にはすぐに収まった。地震は嫌いだしそれはいいのだが、なにか引っかかるものがある。
予兆も感じなかったし……。もしかして、誰かが“地震”を使ったのだろうか?だとしたらいったい誰が……。
――そこまで考えて、私はビッパが言っていた言葉を思い出す。
「そういえば、この近くでお尋ね者のボスゴドラが目撃されたって……」
技の“地震”は自然に起こる地震と違って局所的に大きな揺れを起こす。そして、大体の場合は大型のポケモンがその体躯を生かして揺れを起こすものだ。
ボスゴドラという種族はそれを実現できる巨体を持っているし、もしかしたら……?
「誰かが襲われてる、とか?」
「え?」
さすがに考えすぎかもしれないが、さっきの地震は妙に引っかかるのだ。
好奇心も少しあるが、この考えがもし合っているならば行かないわけにはいかない。
違ったら引き返せばいいだけだし、一応、ね。
「ねぇ、ちょっと寄り道していい?」
「どうしたの?」
「ちょっと、気になることがあって」
「さっきの地震のことでゲスか?」
「はい」
唐突な申し出にカズキとビッパは顔を見合わせてお互いの顔色を窺っている様子。
だが、さっきの地震が妙だというのは感じているようで、二匹とも首を縦に振ってくれた。
なにもないならよし。私の考えすぎならそれでいいのだ。
なにか胸騒ぎを感じながらも、私達は地震の震源地と思われる場所に向かって歩き出した。
しばらく歩くと、目の前に切り立った崖が姿を現した。
地盤沈下でも起こしたのだろうか、この辺りだけガクンッと沈んでおり、地層が覗いている。落ちている岩もかなり巨大で、いくら押してもびくともしない。
そんな荒々しい地形の一角。そこには二匹のポケモンがいた。一匹はイーブイ。そしてもう一匹はボスゴドラだ。
「だから、僕は友達を探しているだけなんですよ。何度も言ってるでしょう?」
「根城を知られた以上生きて返すわけにはいかねぇな。悪いがくたばってもらうぜ!」
ボスゴドラの方は十中八九ビッパが言っていたお尋ね者だろう。状況を見る限り、あのイーブイが運悪くボスゴドラと遭遇してしまいこうなったのだろう。
いや、今はこんな冷静に分析してる場合じゃない。早く助けないと!
「カズキ、先輩。助けるわよ!」
「うん!」
「了解でゲス!」
勢いよく飛び出した私達はイーブイとボスゴドラの間に割って入る。
突然の乱入者に二匹とも目を丸くしたが、ボスゴドラはすぐに思考を切り替えて威嚇するように私達を睨みつけた。
「なんだテメェらは?」
「私達は探検隊リリーフよ!お尋ね者のボスゴドラ、観念しなさい!」
見上げるような巨体を前に足が竦(すく)むが、ここで引くわけにはいかない。
探検隊と聞いて少し驚いたような表情を見せるが、それも一瞬のこと。すぐに不敵な笑みを浮かべた。
探検隊と聞いて逃げてくれればそれが一番だったが、さすがにそんなにうまくはいかないか。
「ほぅ、探検隊?また随分と弱そうな探検隊だな」
「あら、甘く見てると痛い目に遭うわよ?」
「ふん、口だけは達者なようだな」
なんとかベテランの探検隊みたいな雰囲気を出そうとしているのだが、まったく通用していないようだ。まあ、みんな未進化だしね……。
Sランクの強者というだけあってかなり貫禄がある。今まで戦ってきたお尋ね者とは比べ物にならないプレッシャーを感じる。
背後にいるイーブイを庇いつつこんな奴と戦うなんて果たしてできるだろうか?
背中を氷塊が滑り落ちるような感覚。体が震えないようにするのがやっとだ。
くっ、どうする……!
「ちょうどいい。そのイーブイもろとも葬ってやるわ!」
鈍重そうな体に似合わぬジャンプ力で空に飛びあがると、そのまま地面にその巨体を叩きつけた。
重力にさらに自らのパワーを加えて強大になったその力は地面へと流れ込み、振動となって大地を駆け巡った。
「ぐっ!?」
その“地震”の威力は、先程感じた揺れの比ではなく文字通り体の自由が効かないほど揺さぶられ、転倒したら最後身動きが取れなくなった。
それはみんな同じようで地面に這いつくばるように倒れ込んでいる。
うぅ、なんなのこれ……。強すぎる……。
「大口叩いた割りには大したことねぇな?」
まるで自分にひれ伏しているような私達の姿に優越感を感じているのかニヤリと笑みを浮かべる。
ボスゴドラにとっては恐竜に蟻が挑んでくるようなものと考えているのだろう。私達を倒すなんて赤子の手を捻るように簡単なことだと。
実際にその考えに偽りはなく、たった一度の攻撃で私達はほぼ壊滅状態だ。地震の構えは既に解かれているが、その余波は凄まじく、私達に動く隙を与えてくれない。
そんな状態の私達を見てボスゴドラが次にとった行動は――
「さっさと潰してやるよ!岩なだれ!!」
手近にあった大きな岩を軽々持ち上げると、それを宙に放り投げ鋼のような拳で粉砕した。
砕かれた岩のつぶてが私達の頭上に影を作り、重力に従って降り注ぐ。そう、まさに雪崩れのように。
地震のダメージで動けない今、避けるどころか技を出す気力すら削がれていた。もちろん、カズキもビッパもそんな余裕はない。
「(やっぱり、私達じゃ勝てない……!)」
なんの策も考えずに飛び出したのがいけなかったのだろうか?それとも、妙な地震に興味を持って探したりしたのがいけなかったのだろうか?
身の程を知れ。勇気と無謀は全く別のもの。そんな言葉の意味を今、肌身で感じている。
降り注ぐ岩の雨がやけに遅く感じる。せめてあのイーブイだけでも助けないと……。
この一瞬、恐怖は感じなかったが、探検隊としての使命だけでも果たそうと力ない動きながらも後ろを振り返った。
「もはや話し合いの余地はないようですね」
この場に遭遇した時に言っていた。ただ友達を探していただけなのにこんなことになって恐怖に怯えているだろう。
私も、そしておそらくカズキもビッパもイーブイの絶望した姿がそこにあると思っていた。しかし、実際はどうだろう?
同じく地震を受けたはずなのに平然と立っているし、その表情には恐怖や絶望といった感情の色は見えず、極めて冷静だ。
それは即座に行動に移され、言葉を発した直後、素早い身のこなしで私達を突き飛ばした。それは岩なだれの直撃コースにいた私達を助け、その攻撃は空振りに終わらせる。
「え、え?」
「な、なにが……?」
一瞬なにをされたのかわからなかったが、目の前にうず高く積まれている瓦礫の山を見て少しずつ状況が呑み込めてきた。
い、今、あのイーブイが助けてくれた……?
さっきまで背後に庇っていたはずのイーブイが今では前に出てボスゴドラと対峙している。まさか、助けようとしたポケモンに助けられるとは思わなかった。
九死に一生を得たが、未だに状況が不利なのは変わらない。なんとか体勢を立て直さないと。
「テメェ、一体……」
「覚悟はいいですね?」
まさか避けられるとは思わなかったのだろう。予想外の出来事に動揺を隠しきれない。
そんなボスゴドラとは対称的に冷静さを保つイーブイはわずかに笑みまで浮かべている。
体勢を低くし、口元に仄かに冷たい水色のエネルギーを集中させ始める。球状に収束されたそのエネルギーは次第に大きさを増し、拳ほどの大きさになったところで放たれた。
「水の波動!」
「ぐわぁぁぁ!?」
驚きによる動揺で隙だらけになっていたボスゴドラにこれが避けられるはずもなく、直撃したエネルギーの球は水となって四散し、その巨体を地面に倒れ込ませるに至った。
一撃だった。あのちっぽけな体から放たれたとは思えない威力に開いた口が塞がらない。
あれほど苦戦していた相手をこうもあっさり倒されると夢ではないかと疑いたくなる。そもそも、イーブイは進化ポケモンと言われていて様々なタイプに進化することができるが、イーブイの時点では“水の波動”を使えるような体じゃないはずなのにどうして使えるのだろうか?
なににしても、このイーブイは只者ではない。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
相手が完全にダウンしたのを見届けると、イーブイは私に手を差し伸べてくれた。
これじゃあどっちが助けに来たかわからないわね。
イーブイの手を借りて起き上がり、ツルで軽く体の埃を払う。地震のダメージのせいで少しふらふらするが、身体は少しのかすり傷だけで済んだようだ。
カズキとビッパも同じく立ち上がり、体に異常がないか確認している。
「巻き込んでしまい申し訳ありません」
「い、いえ。そんなことより、あなたは何者ですか?」
私達が勝手に乱入しただけなのに申し訳なさそうに頭を下げるイーブイ。
その見た目からイーブイは幼く見られがちだが、その落ち着いた声はとても大人びた印象を受ける。
「あ、申し遅れました。僕はウィン、正式ではありませんが探検隊のリーダーをやっています」
「探検隊だったんだ」
なるほど。探検隊ならば戦いの心得もあるだろうし、あの冷静さも頷ける。だが、私達と違って相当な手練れのようだ。
Sランクのお尋ね者を一撃で倒すなんて並大抵の探検隊では無理だしね。
――それをイーブイがやっているということに猛烈なギャップを感じるが。
「私はヒナタ。探検隊リリーフのリーダーをやってるわ」
「僕はそのパートナーのカズキだよ」
「あっしはビッパ。プクリンのギルドで修行してる探検家でゲス」
全員が自己紹介を済ませたところでいったん場所を移すことにした。
ボスゴドラをこのまま放置することになるが、すっかり伸びていてしばらく目を覚ましそうになかったし、ここでボスゴドラを目撃したという情報はジバコイル保安官やギルドにも伝わってるだろうからそのうち他の探検隊が来るだろう。
本当なら連れて帰るところだが、今回は遠征を優先することにした。
「それにしても強いんだね?あのお尋ね者、結構な強敵だったのに」
「いえいえ、たまたま技がうまく決まっただけですよ」
ひとまず、当初進んでいたルートまで戻ってきた。
カズキの質問に微笑みを向けながら殊勝に答えるウィン。
仮にも大きな戦闘をしたのに息一つ切れていない。私はすっかりバテバテだというのに一体どこにそんな体力があるのか。
――それにしても。
「うーん……」
ウィンのあの声、どこかで聞いたことがあるような気がする。
きれいで、澄んでいて、聞いていると安心するような優しい声。どこで聞いたのだろう……?
しばらく考えてみたがどうも思い出せない。カズキのようにいつも聞いている声ならすぐに思い出せるはずだが。
「そうだ」
「どうしましたか?」
考えても答えを導き出せなかったが、代わりにその方法を思いついて思わず声が出てしまう。
その方法とは――
「ウィンさん、少し触れさせてもらってもいいですか?」
「えっ?」
「ヒナタ、なにする気?」
そう、それはウィンの体に触れること。
私はなにかに触れた時にそれに関係する過去や未来が見えるという特殊な力を持っている。
未だに原理はよくわからず、触れたからといって必ず発動するわけではないが、この疑問を解消するにはこれが最善の策だろう。
考えてもわからないなら見てみればいい。そういうことだ。
「よくわかりませんが、構いませんよ」
「ありがとうございます」
私の行動の意図がわからず首を傾げていたが、快く了承してくれて一安心。
なるべく失礼にならないように注意しながら前足で触れてしばし待つ。
グワンッ――
すると、視界がぼけて空間が歪むような錯覚が私を襲ってきた。
来た、あのめまいだ……!
久しぶりの感覚に気分が悪くなり思わず蹲ってしまうが、それは容赦なく頭の中を掻き乱し、耳鳴りは周りの心配の声を掻き消していく。
頭に響く音は次第に大きくなっていき、やがて甲高い音とともに弾けた。
キーーーン!!
とある森の中。二匹のポケモンが対峙していた。周りには実を付けたリンゴの木が多く自生しており、ここがリンゴの森だということがわかる。
白黒の映像ではわかりにくいが、一匹はフシギダネ。もう一匹は黒布を纏った謎のポケモン。
《誰ッ!?》
《誰?そうですね……月の使者とでも呼んでください》
《つ、月の使者?》
シュピン!
そこで映像が途切れる。前より少し短かったわね。
めまいや耳鳴りといった症状が薄れて正常に戻ると、働くようになった頭で映像を整理する。
どこかで聞いたと思ったのはどうやら間違いではなかったようだ。会ったのは一度だけだが、ごく最近のことで記憶にも新しいセカイイチ事件の時。
あの時、途方に暮れていた私を導いて助けてくれたあの黒布のポケモン。あの声とウィンの声は酷似している。
じゃあ、もしかして――
「ウィンさん、まさかあなた、月の使者?」
「おや、覚えていてくれたんですか?」
やっぱり!私の予想通り、ウィンはあの時の黒布のポケモンと同一ポケモンだった。
私が覚えていたのが意外だったのか、目を丸くしているウィン。
まあ、実際は完全に覚えていたわけではないけれど。
「あれ、知り合いでゲスか?」
「あ、そういえば話してなかったっけ」
私は二匹にリンゴの森での出来事を説明する。
あの時はカズキやペラップだけでなく、ギルドの弟子達みんなに心配をかけてしまった。特にビッパは、次の日の朝にかなり励ましてもらってとても心の支えになったことを覚えている。
それにしても、それならそうと自己紹介の時に言ってくれればいいのに。
「あの時はありがとうございました!」
「いえいえ、お礼を言われるほどのことはしてませんよ」
そう言って微笑みを返すウィン。大きな助けとなったにも関わらず謙遜するウィンはカズキとビッパにも好印象に映ったようだ。
イーブイ種族特有の愛くるしい表情の中に凛々しい青年の顔が見え隠れする。よく見てみると、その瞳は快晴の空を切り取って溶かし込んだような綺麗な空色をしている。
「それはそうと、ちょっとお願いがあるのですが聞いてくれますか?」
「なんでしょう?」
「実はここに来る途中、ちょっとしたアクシデントがありまして、仲間とはぐれてしまったのです」
そういえば、さっきのボスゴドラの時も友達を探してるって言ってたっけ。
探検隊とも言ってたし、仲間もいるだろう。
「それでよろしければ一緒に探してほしいのです。まあ、無理にとは言いませんが」
「無理だなんてとんでもない!もちろん協力しますよ!」
二度も救ってもらっておいてここで断ることがあれば、それは恩を仇で返すことになるだろう。
特に二度目の時は死ぬ思いもしたわけだし、ここで少しでも恩返しができるのであれば喜んで探そうじゃないか。
「とりあえず、ベースキャンプまで行こうよ!そこまでいけばみんなもいるし、大勢で探したほうが見つかると思うから!」
「そうでゲスね。この山を越えればキャンプまではすぐだし、それが早いと思うでゲス」
「ありがとうございます!よろしくお願いしますね」