第十一話:遠征開始!沿岸の岩場
遠征予告があってから数日後。ついに遠征当日がやってきた。
この数日間、簡単な依頼ではあるがコツコツと成果を上げてきた私達。一度大きなミスをしてしまったが、それを取り返そうとさらに努力してきたつもりだ。
これで落ちるならば悔いはない!
「えー、それではこれより、遠征メンバーの発表を行う♪」
朝礼時の定位置で声を張り上げるペラップ。その手……いや、翼には紙を持っており、それを高々と掲げている。
前から思ってたけど、ペラップって意外に器用なのね。
「いよいよでゲスね」
「うぅ、緊張するぜ」
メンバーの発表を前に緊張した面持ちで注目している弟子達。隣に立つカズキも手に汗を握りながら見守っていた。
落ちても悔いはないと言ったが、できることならやはり行きたい。カズキはもちろん参加させてあげたいし、なにより、隅の方でニヤニヤしながらこちらを見ているコソ泥三人組の前で選ばれないのはなんだか負けた気分になって嫌だ。
リンゴの森の時はさんざんやられたし、後で覚えておきなさいよ。
「それでは発表する♪呼ばれた者は前に出るように」
ペラップが持っていた紙に目を通しながら発表を始める。
さあ、どうなるかな。
「まずは……ドゴーム♪」
「よしっ!やったぜ!!」
まず始めに呼ばれたのは迷惑目覚まし係ことドゴーム。いつも大きな声だが、今日はさらに大きな声ですごくうるさい。
意気揚々と前に出て、選ばれて当然だな、などと言っているが、その顔にはホッと一安心と書いてある。
「次、ヘイガニ♪」
「ヘイヘーイ!選ばれたぜ、ヘイヘーイ!」
次に選ばれたのはヘイガニ。いつもなにかとアドバイスをくれる頼もしい先輩だ。
選ばれたのが嬉しいのか、自慢のハサミをカチカチ鳴らしながら前に出る。
「そして、おっ?なんと、ビッパ!」
「えっ!?あ、あっしが遠征隊に!!?」
次に選ばれたのは私達が入る前までは一番後輩だったビッパだ。涙もろくてドジを踏むことが多いが、いつも優しく接してくれる先輩。
まさか自分が選ばれるとは思っていなかったのか、驚きのあまり前に出れない様子。
「ん?どうしたビッパ、早く前に来なさい」
「そ、そっちに行きたいのは山々なんでゲスが……感動のあまり足が動かないんでゲス」
体を震わせて目には涙が浮かんでいる。まあ、ビッパらしいというかなんというか。
そんなビッパの様子に少々呆れながらも発表を再開するペラップ。子気味よく名前を呼んでいく。
キマワリ、チリーン、ディグダ、ダグトリオ、グレッグル、カズキ、ヒナタ……って、あれ?
「以上で……って、ええ!?お、親方様、これってギルドのメンバー全員じゃないですか!?」
ギルドの精鋭を選ぶにはちょっと多いなぁと思っていたらまさかの全員でした。
それに気づいたペラップはプクリンに詰め寄るが、プクリンは相変わらずのフレンドリーボイスで――
「うん♪だって、みんなで行った方が楽しいでしょ?」
「……………」
その場にいた誰もが唖然としただろう。精鋭選びとはなんだったのだろうか?
まったく、このほんわか親方の考えは全く読めない。あのおしゃべりのペラップが黙るほどだからなぁ。
「うぅ……仕方ないですね」
しばらくフリーズしていたが、やがて諦めたように話を戻す。
なんだかんだで一番の苦労人はペラップなんだよね。
「これから今後の予定を言うよ」
気を取り直して遠征の説明。選ばれたメンバー(全員だけど)は、各自遠征の準備を済ませてまたここに戻ってくるようにとのことだ。
また、十五匹という大所帯で固まって移動するのは効率が悪いので、いくつかのチームに分かれて行動するようだ。
全部で三チーム。キマワリ、ドゴーム、グレッグルの比較的実力の高い実力者チーム。チリーン、ヘイガニ、ディグダ、ダグトリオのサポートチーム。そして、ビッパ、カズキ、私の初心者チームだ。……絶対チーム分け間違ってるよね?初心者だけで組ませるって。
ちなみにペラップはプクリンと、ドクローズは単独だそうだ。
目的地は地図で言う南東。まだ雲で覆われている未開の地だ。今回はその近くの森にベースキャンプを張り、数日かけてその場所を探検するらしい。
「同じチームでゲスね。よろしくでゲス!」
「うん!こちらこそよろしくね!」
「よろしくお願いします」
まあ、こうなってしまった以上仕方ない。初めての遠征、絶対成功させなくちゃね!
カクレオン商店で道具を購入したり、ガルーラの倉庫で道具を引き出したり、しっかりと準備を整えた私達はついに遠征に出発した。
途中までは皆同じルートだったが、これではチームを分けた意味がないということで別ルートを取ることにした。
私達は新人チームということもあり、比較的迷いにくい海沿いの道を進んでいる。
「わぁ!ヒナタ、海だよ!」
「そうね」
以前、バネブーの真珠を拾いに向かった“湿った岩場”を越えて沿岸を歩くこと数時間、私達は不思議のダンジョンと思われる岩場に来ていた。
地図を見てみると“沿岸の岩場”という場所らしい。ここまで普通に歩いてきたけど、やっぱりダンジョンとかもあるよね。
「さすがに迂回はできないか」
「やっぱり、遠征に行くだけあってそれだけ道も険しくなるのかもしれないでゲスね」
切り立った崖に打ち寄せる波を見下ろしながら、道のりの厳しさを実感する。
今まで依頼でいろいろな不思議なダンジョンに行ったが、今ならどれも比較的安全なところだったと思える。
新人だけではこのダンジョンは少々不安だが、三匹で力を合わせれば突破できるはずだ。
わざわざ新人だけで組ませたのも、探検隊としてより成長させる狙いがあったのかもしれない。……いや、プクリンの事だからただの気まぐれかな?
「うーん、ここを抜けるとなると……とりあえず、ここを抜けてこの山の麓(ふもと)まで行けるかな?」
地図を持つカズキは私とビッパにそれを見せながらルートを提案する。
「賛成でゲス」
「そうね。今日はここまで行ったら休みましょうか」
地図を見る限り、どうやら目的地に行くためには山を越えなければならないらしい。
まだ日は高いが、ここを抜けるころには日も沈み始めているはずだ。カズキの言うとおり、今日はこの山の麓まで行ければいい方だろう。
――それにしても
「あれ、ここ入り口が二つあるよ?」
「おっと、それは迷うでゲスね」
二つの入り口の前でキョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせているカズキだが、以前の臆病さを感じさせないほど積極的になっている。
楽しみにしていた遠征に参加できた喜びからかもしれないが、私は確かにカズキの成長を感じ取れた。そんなカズキを見ていると私も嬉しくなってくる。
「まあ、外れてもそこまで進路がずれるわけでもないし、感でいいんじゃない?」
「そ、そう?じゃあ、こっち!」
ビシッ!と一つを指さすカズキ。そんなカズキを見て思わずクスリと笑ってしまった。
――なんだか子供の成長を見守る母親みたいになってきた気がするのは気のせいか?
「ふふ、じゃあ、行こうか」
「うん!」
「出発でゲス!」
海岸の洞窟、湿った岩場、滝壺の洞窟と、今までなにかと水が多いダンジョンを探検してきたが、今回も今までの例に漏れず水タイプのポケモンが多く住みついていた。
経験からして、こういう場所はまず“水辺に気を付けること”が大事だ。水ポケモン達は水の中を自由に移動することができるため、探検中にいきなり水から飛び出して襲ってくるということがよくあるからだ。
あちらこちらにある水辺に注意しながら慎重に進まないと痛い目に遭うことになる。
「ふぅ、結構強いね」
先程襲ってきたタマザラシをツルのムチで沈めて汗を拭う。
タイプ相性がいいといっても、その差を埋めるように敵はどんどん手強くなってくる。一応毎日修行して鍛えているのだが、まだまだ鍛錬が足りないようだ。
特にさっきのタマザラシが使ってきた“こなゆき”には注意しておかないとあっという間にやられちゃいそう。
「大丈夫でゲスか?」
「は、はい」
だが、今回はビッパという仲間がついている。殿(しんがり)を務めてくれているビッパは頭突きや転がるといった体当たり系の技が得意らしく、向かってくる敵に真正面から突っ込んでは撃破している。
かなり危なっかしいが、それでもギルドで修行しているだけあってその威力はなかなかのものだ。……頭痛くならないのかな?
「ビッパって結構強いんだね!」
「これでもキマワリに鍛えてもらってるでゲスからね。後ろは任せてくれでゲス!」
「あはは、お願いします」
単純というか天然というか。確かに頼りになるけど、頭の中に浮かぶのはドジを踏む先輩の姿ばかり。
――普段のビッパと比べると別人……いや、別ポケに見える。
「あ、出口だよ!」
しばらく進むと前方に出口らしきものが見えてきた。
走り出したカズキに続いて外に出ると数時間ぶりの日の光が私達を出迎えてくれた。
もう夕方らしく、その光はわずかに赤みを帯びている。結構抜けるのに時間がかかったわね。
「やっと抜けたぁ」
「お疲れ様」
外に出た瞬間、ペタンとへたり込むカズキ。まあ、ずっと苦手な水辺のダンジョンにいたわけだし無理もないか。
私も前足を前に出してぐっと伸びをする。私も結構疲れたかも。
「今いるのは、この辺でゲスかね?」
適当に座りながら地面に地図を広げて現在地の確認。
さっきこの沿岸の岩場を抜けたから、地図上だとこの山岳地帯のあたりかな。
「だいぶ近づいた?」
「目的地はここだから、次はこの山を越えることになりそうね」
地図上の図をツルで示しながら大体のルートを模索する。
そういえば、不思議のダンジョンに連続で入るってしたことなかったなぁ。
ぐぅ〜……!
「うぐっ、お腹が鳴ったでゲス……」
顔を赤らめて恥ずかしそうにお腹を押さえるビッパ。
まあ、いつもならもう少しで晩御飯の時間だし、ずっと歩きっぱなしだったから無理もないか。
ぐぅぅ……
「あっ、僕も……」
「ふふ、じゃあ今日はここで休むことにして、ご飯にしようか」
「賛成でゲス!」
二匹とも片手を振り上げて大賛成の様子。そんなにお腹減ってたのかな?まあ、私もなんだけど。
――それはいいとして。
「そういえば、二匹とも料理とかできるの?」
『あ……』
やっぱりそうだよね……。ぽかんと口を開けて呆けている二匹を見れば、そのあとの言葉を聞かなくても料理なんてできないことが容易に想像できる。
くぅ、今更だけどチリーンのいるチームが羨ましくなってきた。