第八話:初めての探検
翌日の朝。昨夜、空を渦巻いていた嵐は特に大きな被害を出すこともなく無事に通過して行ってくれたようだ。
しかし、雷鳴のせいでベッドの中で目を閉じた後もなかなか寝付くことができず、久しぶりにドゴームの目覚ましと言う名の怒号をまともにくらってしまった。
おかげで頭がガンガンする。うぅ、油断した……。
「さあみんな、仕事にかかるよ♪」
『おおーッ!』
耳鳴りがして違和感の残る耳を押さえながらもいつも通りに朝礼を終えるとギルドの一日が始まる。
これは真面目に早く起きないと本当に耳に障害ができてしまいそうだ。後でチリーンあたりに相談してみようかな?
「あ、みんなちょっと待った!」
目覚まし係のドゴームについて割と深刻に考えていると、自分の持ち場につこうとする弟子達をペラップが慌てて引き止めた。
普段ならばどんどん稼いでくれと言わんばかりに朝礼は早めに終わらせているペラップだが、ここでわざわざ引き止めるってことは何か重要な案件でもあるのだろうか?
いつもと違うペラップの様子に他の弟子達も首を傾げながら朝礼時の並びに戻る。
「えー、実はみんなに伝えることがある。昨夜の事なのだが、ここから北東にある“キザキの森”という場所の“時の歯車が何者かによって盗まれてしまった”らしい」
「え……」
「な……」
『なんだってぇぇぇ!!?』
ペラップの言葉に私達を含めて弟子達全員の声が一つに集約する。
無理もないだろう。時の歯車はこの世界の時間を司る秘宝であり、どんな極悪ポケモンでも手を出さないと言われるほど神秘的なものだ。それが何者かによって盗まれたとあれば黙っていられるわけがない。
特に私はその話を昨日の夜カズキとしたばかりなのだ。
時が狂い始めた原因は時の歯車が盗まれたからではないか?そう言ったのは私だが、まさか本当にそうなるなんて思ってなかっただけに驚きも人一倍。
「い、一体、誰がそんなことを……?」
「わからない。だが、キザキの森は“時が止まってしまった”らしい」
「時が、止まった!?」
「そう。時が止まったキザキの森は風も吹かず、雲も動かず、葉っぱについた水滴すら落ちることがない。すべての動きが止まり、ただその場で佇むのみ。――そんな状態らしい」
世界各地に存在し、その場所の時を守っていると言われる時の歯車。それが盗まれるとどうなるか、その結果が時間の停止。
重力すら無視してすべての活動を停止させる死の空間。生きとし生けるものすべての動きが止まってしまう。
「すでにジバコイル保安官が捜査に乗り出している。不審な者を見かけたらすぐに知らせてほしいとのことだ」
伝えることを伝えたペラップは仕切り直しとばかりに再度掛け声を一つ。重くなった空気を払い、弟子達は仕事に取り掛かることとなった。
それにしても、時の歯車を盗んでどうする気なのだろうか。みんなの反応を見る限り単なる金欲しさだけでこんな大惨事を起こすわけがない。他に何か目的があるのだろうか?
――わからない。
「ああ、お前達。ちょっと来い」
「え、あ、はい」
ドゴームの目覚ましなんてどうでもいい話題が頭から抜け落ち、深刻な顔で頭を悩ませていた時。弟子達が仕事に行く中、その場で動かずにいた私達にペラップからお呼びの声がかかった。
考え事をしているとどうも周りの事が見えなくなる。早々に改善すべきだろうか。
ともあれ呼ばれて突っ立ってるわけにも行かないのでカズキと共にペラップの元へ足を運んだ。
「お前達、ギルドの生活にもだいぶ慣れてきたな。特にこの間のスリープの件は見事だったぞ♪」
「あ、ありがとうございます!」
わずかに身構えてペラップの言葉を聞けば飛び出したのは予想外にも褒め言葉。
スリープの件と言うと、数日前にスリープに攫(さら)われたルリリを救出し、見事に逮捕したあの事件だ。
あの時は無我夢中で動いていたからわからなかったけど、今考えるとかなりの無茶だったわね。その分喜びは大きかったけれど。
「そこでだ。お前達チームリリーフには初の探検隊らしい仕事をしてもらう♪」
「ホントッ!?」
ペラップの言葉に真っ先に反応したのはカズキだった。
確かに、今までは救助の依頼だったりお尋ね者の逮捕だったりで探検隊と言うより救助隊みたいな仕事ばっかりだったからね。カズキの気持ちはよくわかる。
目を輝かせて生き生きとした表情になったカズキを見るとやっぱり探検隊に憧れていたんだなぁと再度思った。――ビビり症はそんなに改善されてないみたいだけど。
「ああ、ホントだ♪ヒナタ、地図を出してくれ」
「はい」
言われてバッグの中からギルド入門時にもらった不思議な地図を取り出す。
最近になって気付いたのだが、この地図は一度行った場所を記録しそのまま地図に反映させることができるらしく、今まで行ったことのあるダンジョンの名前がすべて記されている。
いったいどういう原理なのかと聞くのはもう諦めたので調べていない。この世界ではこれはこういうものだと覚えてしまった方が早いということを知った。
地図を広げてペラップに見せると、翼の先を器用に使い場所を指していく。
「ここが我々がいるギルド。そして、今回調べてほしいのはこの滝だ」
地図上のギルドの位置から翼をスーッと移動させて指し示すのは滝の描かれている場所だった。
“静かな川”と呼ばれる比較的安全な不思議なダンジョンを上流に上ったところにある滝。それが今回の調査目標らしい。
「この滝は一見普通に見えるのだが、実は何か秘密があるんじゃないかという情報が入ってな。そこでお前達にこの滝の調査を頼みたいのだ」
「もちろん、任せてよ!」
「いい返事だ♪では、準備ができ次第向かってくれ」
「はいっ!」
意気揚々と元気よく返事を返すカズキ。初めての探検隊らしい仕事とあってテンションが上がっているのだろう。
しかし、私もその気持ちは少しわかる。私だって全然興味がないわけじゃないしね。
“修行”の成果を発揮して、きちんと達成できるように頑張らなきゃ!
トレジャータウンで道具の整理と準備をしっかりした後、私達は件(くだん)の滝を調べるためにペラップに示された地図上の滝の場所へとやってきた。
今、私の目の前には轟々と大きな音を立てながら流れ落ちる大きな滝が存在している。それなりに距離を置いているが、それでもその勢いを肌に感じることができた。
これは、相当な勢いで流れてるわね。近づくだけでも吹き飛ばされそうだわ。
「ここがペラップの言ってた滝のはずだけど、見た感じはそんなに変わったところはないね?」
「そうね」
この場所に到着してからそれなりに付近を探索したがこれと言っておかしなものは見つからなかった。
強いて挙げるとするなら水の流れがとても激しいことと、滝に向かってせり出すような面白い地形になっていることぐらい。
おかげでこんなにも間近に滝を見ることができるのだが、特に怪しいというわけでもないし。うーん……。
「周りには何もなかったし、あとはこの滝くらい……って、イタッ!?」
唯一調べていないとすればこの滝の裏や滝壺の底だが、こんなところに飛び込んだら全身がバラバラになってしまいそうだ。
カズキが何気なく滝に触れてみれば、バシッとその手を弾いて拒絶する。例え水ポケモンだったとしてもこれはきついだろう。
「カズキ、大丈夫?」
「う、うん。でも、この滝凄いよ。ちょっと触れただけなのに……」
痛そうに手を押さえるカズキの様子を見る限り私の思っている以上にその威力は強いらしい。それともカズキが炎タイプだからだろうか?
興味本位で恐る恐る滝にツルを伸ばしてみる。――勢いよく弾き返された。
「ッ……!?」
まるで指先に電流が走ったかのような感覚が走り慌ててツルを引込める。
おおよそ普通の滝に触れた時の感覚とは別格の痛み。触れる者を拒むその滝は、大切な宝物を護る守護者のようだ。
「これは、迂闊に近づくと大怪我しそうね」
「そうだね。これからどうしようか?」
探索できそうな場所はほぼ調べたし、滝もこの様子ではまともに調べられないし。このまま帰ってもいいが、それではペラップに何かと文句を言われそうな気がする。
さて、本当にどうしようか……。
グワン――
「うっ……!?」
突如、目の前の景色が歪んだ。
これは、めまい……?あの時と、同じだ。
グワンッ――
視界が揺れ、頭の中で音が響く。
気分が悪くなるその感覚にギュッと目をつむって耐えることを余儀なくされる。
「(また、だ。スリープの時と同じ……)」
必死に耐えていれば耳鳴りがだんだん大きくなっていく。
そして、甲高い音ともに頭の中で弾けた。
キーーーン!!
轟々と流れる滝。その滝に向かって突き出すように隆起した地形の丘。白黒の背景で色が抜け落ちてはいるもののそれは今まさに私達が調査に来ている秘密の滝だった。
そして、今私達が立っているはずのその丘には代わりに一人のポケモンが佇んでいた。
なぜかそのポケモンは体が真っ黒に塗りつぶされたようにシルエットの姿でしか見ることができなかった。
シルエットのポケモンは滝をしばらく見た後、何かを考えるようにうーんと唸る。そして、何かを思いついたようにその場から数歩下がると信じられないことに助走をつけて滝の中へと飛び込んでいった。
傍目から見ればただの自殺行為。しかし、そこで視界が移り変わり、一転して洞窟のような場所へと変わった。
そこへ転がりながら入り込んできたそのポケモンは軽く身震いして水滴を落とした後、そのまま奥へと進んでいった。
シュピン!
そこで映像が途切れる。前回と同じく何事もなかったかのようにめまいは治まり耳鳴りもしなくなった。
これは、また予知夢なの?でも、あのシルエットは……。
私は先程見た映像を頭の中で整理してみる。
「(あの場所、どう見てもこの滝よね?滝の中に飛び込んだら、次の瞬間には洞窟のような場所にいた。
この滝の裏に洞窟があるとでも言うの?)」
確かにそれなら説明がつくかもしれない。
この滝の流れの速さは明らかに異常だし、この丘だって見方によってはその洞窟に続く道のようにも見える。
滝の裏の洞窟を隠すために誰かが滝に細工をしたのかそれとも自然にこうなったのかはわからないけど、もしも滝の裏に洞窟があるとすればそれは秘密と言って差し支えないだろう。
「ヒナタ、さっきから黙り込んでるけどどうしたの?」
「……え?ああ、ごめん。実は――」
あの夢のことを考えていてカズキが話しかけてきてることに全く気付かなかった。
しかしちょうどいい。私はさっきの夢の内容をカズキに話すことにした。
二回目ということもあって自信はそれなりにあったが、カズキはやはりオーバーリアクション。見ているとちょっと面白いかも。
「そっか。じゃあ、この滝の裏に洞窟があるんだね?」
「たぶんね」
「うーん、ヒナタの事は信用してるけど……」
洞窟があるのでは、と言うことはすぐに信じてくれたカズキだったが、じゃあさっそく行こう!と言うような表情ではない。
それもそのはず。もしもこの予想が外れて滝の裏がただの壁だったりしたら大怪我を負うのは避けられないだろう。特にカズキは炎タイプだし、その不安は通常の比ではないはずだ。
きっとカズキの中では危険な真似はせずに帰ろうと言う想いと初めての探検をここで終わらせたくないと言う想いが交錯し、入り混じっていることだろう。
「……ヒナタは、どう思ってるの?この滝の裏に本当に洞窟があると思ってる?」
「それは……」
確かに私にも少なからず不安はある。スリープの時はあの夢に助けられたが、だからと言って今回も真実を見ているかどうかはわからない。
でも、だからと言ってここにずっと突っ立ってるのもよくないと思うのだ。
見習いと言えども私達は探検隊で、未知の場所を開拓するのが仕事。それが少し危険があるからと言って引き返すというのはなんだか違う気がする。
探検に危険は付き物だ。ならば、多少の危険は承知で突き進むのもいいかもしれない。
「……そっか。うん、わかったよ」
決意した私の顔色を見て察したのかカズキはこくりと頷いた。
「ちょっと。いや、かなり危険だけど、行ってみよう。あの滝の中へ!」
「カズキ……。ええ、そうね!」
わずかに揺らいでいた気持ちもカズキの姿を見て覚悟が決まった。
なんだろう。カズキと一緒にいると、なんだか勇気が湧いてくる。
胸に秘めた小さな勇気。それはカズキと言うパートナーの存在によって引き立てられ、揺らぐことのない大きな勇気へと変化を遂げた。
「滝の流れが速いから、中途半端にぶつかったらだめだ。行くなら思いっきりぶつかろう!」
そして、それはカズキも同じ想いだった。
普段から臆病な自分がこんなにも勇気を出せるのは、ヒナタが一緒にいてくれるからだ。もちろん怖いものは怖いけど、ヒナタと一緒ならきっと乗り越えられる!
そんな気がした。
「そうね。行くなら、本気で!」
夢の中のポケモンと同じように数歩下がって距離を取る。助走をつけて一気に突っ込む作戦だ。
胸がドキドキする。深呼吸をして呼吸を整えた。
「じゃあ、行くよ!」
「ええ!」
気合の籠もった掛け声とともに大地を強く蹴って走り出す。
迷いを振り切り、勢いをつけてジャンプすると私達の体は滝の中へと吸い込まれていった。
滝の裏には夢の映像の通りに洞窟の入り口へと繋がっていた。洞窟があったとしてもここに無事に入れるかどうかは一種の賭けだったがどうやらうまくいってくれたらしい。
代わりに受け身のことをまったく考えてなかったのでゴロゴロと転がりながら体をあちこちぶつけてしまった。
「うぅ、鼻打ったぁ……」
痛そうに鼻を押さえてうずくまっているカズキ。その長いマズルが災いしてしまったようだ。
私も前足やらお腹やらをぶつけてしまったが、特に擦り傷とかにはなっていないから大丈夫だろう。
……ごめん、やっぱり痛い。全然受け身とれなかったし。
「カズキ、大丈夫?」
「う、うん。それより、ここって……?」
「洞窟の入り口みたいね」
「それじゃあ、やっぱりヒナタは正しかったんだ!やったぁ!!」
両手を振り上げて喜びを全身で表すカズキ。
滝の中へ飛び込むというリスクはあったもののこうしてそのリスクに見合う不思議が目の前に広がっている。これほど嬉しいことはない!
身体についた水滴を軽く払って起き上がる。視線は未知なる奥地へと向けられていた。
「それじゃ、行ってみましょうか」
「うんっ!」
光が入る場所が少ないためかやや薄暗い洞窟内。壁のところどころから染み出した水がそこらじゅうに水たまりを作り、地面に湿り気を持たせている。
ピチャンッ、と水の滴る音が洞窟内にこだまする中、私達は慎重に歩を進めていた。
「く、暗いね」
「そうね。水場も多いし、気を付けてね?」
今まではダンジョンと言えども十分な明るさがあり遠くまで見渡すことができたために奇襲に対してもそれなりに対応できていたと言えるが、今回はその視界がかなり狭い。
ダンジョンの各所にある、それなりの広さを持った“部屋”ならばともかく、狭い通路で敵と鉢合わせでもしたらかなり厳しいものがある。
それに加えて水辺が多いせいで水の中から水ポケモン達がいきなり飛び出してくる、なんてこともあって何度もピンチになりかけた。
「(暗くて怖いけど、ここも水ポケモンが多いみたいだし、私がしっかりしないと!)」
いつも以上に神経を尖らせてかすかな足音すら聞き逃すまいと集中する。……前方から何かの気配を感じた。
この洞窟は滝で閉ざされているし、同じ探検家と言うことはないはず。ならば――
「カズキ、何か来る。注意して」
「え?う、うんっ」
私はカズキを“その場で待機”させて一歩前に踏み出す。
敵の姿はまだ見えないが、確実にいる。ならば、先手を取るまでだ。
「(落ち着いて。集中すればできるはず)」
スリープの一件以来、私は毎晩技の練習を重ねてきた。
あの闘いを振り返ってみると私の力量の無さが窺(うかが)える。最初は身構えてたくせに調子に乗って油断してピンチになるし、あの作戦だってうまくいったからいいもののもし失敗していたらカズキやルリリに怪我を負わせていたかもしれない。
それに技のレパートリーもツルのムチと体当たりくらいでかなり少ない。おかげでツルのムチはほぼ完璧にマスターできたが、やはりこれだけではこの先対処できないこともあるはず。私はそう考えた。
「(木の葉をふわりと舞い上げて、突風のように鋭く放つ……!)」
夜の外出は禁止だからとわざわざペラップに許可をもらって、暗いのをたいまつでなんとか我慢しながら続けてきた一人の修行。
まだ完全と言うわけではないけれど、できるはずだ。気合を一発。声とともに解き放つ。
「葉っぱカッター!!」
掛け声とともに私の体から鋭くとがった無数の木の葉が飛び出し、まだ見えぬ暗闇の中の敵に向かって打ち出される。
木の葉は迷いなく直線に放たれ、しばらく後に小さな断末魔が聞こえた。どうやら命中したようだ。
「ふぅ……」
無事に技が成功したのを見てほっと一息つく。
飛ばせる葉っぱの数とかコントロール精度とかまだまだ改善すべき点はいくつかあるけど、この調子ならもう少し練習すればマスターすることができるだろう。
「すごいよヒナタ!いつの間に葉っぱカッターが使えるようになったの?」
「え?まあ、ちょっとね」
一部始終を私の後ろで見ていたカズキは興奮した様子で近寄ってきた。
技の出した時の感触を確かめていた私は適当にはぐらかしてしまったが、よく考えたら別に隠す必要なんてないことに気が付く。
うん、一人だと怖いし後でカズキも修行に誘ってみようかな?
「さあ、もうだいぶ進んできたし最深部も近いはずよ」
「そうだね。ヒナタ、気を引き締めていこうね!」
「ええ。離れないように“一緒に行こう”ね」
再び周囲を警戒しつつ探検を再開する。
この洞窟の地形の特徴や襲い掛かってくるポケモンの種類など、たった数時間とは言え探検したおかげでだいぶ読めてきた気がする。
何回か敵襲に遭ったものの危なげなく乗り越え、私達は洞窟の最深部を目指して足を進めるのだった。
しばらく歩いていると狭かった道がだんだんと広くなり始め、やがて大きな部屋へとたどり着いた。
その部屋には地面や壁から色とりどりの宝石が顔を出し、隙間からわずかに差し込んでくる光を反射してきらきらと輝いている。
まさに宝の山。普段冷静(のつもり)な私でも、その光景に思わず感嘆の声が漏れてしまった。
「わぁ、すごい!宝石がたくさんあるよ!」
「ほんとね」
白、青、赤、緑。大小様々な宝石の輝きに目移りしながらも部屋の探索を始める。
恐らくここが最深部なのだろう。この滝に隠された秘密はこの宝の部屋だったというわけだ。
試しにそこらじゅうに埋まっている宝石を一つ手に取ってみる。
これは水晶かな?宝石について詳しいことは知らないが、とてもきれいだ。
「ヒナタ、見て見て!」
しばし宝石に見入っていると、何やら嬉しそうなカズキの声が聞こえてきた。
当然と言えば当然だろう。なにしろ初めての探検でこんな宝の山を見つけたのだから。私だってびっくりしてるし。
声につられて顔をあげると、カズキは部屋の奥の壁に埋もれた宝石を指さしていた。
「これ、すっごく大きいよ!」
「これは、すごいわね……」
そこにあったのはピンク色の巨大な宝石だった。
辺りに散らばっている宝石とは比べ物にならない大きさに開いた口が塞がらない。まるでこの部屋の主であるとでもいうかのように圧倒的な存在感でそこに鎮座するその宝石は、静かにその輝きをたたえていた。
こんな大きな宝石見たことない……。
「これ、持って帰ったらみんな驚くよね!?」
嬉々として宝石に触れるカズキの手にひんやりとした感触が伝わる。
ひとしきり感触を確かめるように触った後、宝石の根元に手をかけて引き抜こうと力を込める。
――しかし、自分の体よりも大きな宝石はピクリとも動かなかった。
「うーん、ダメだ。動かないよ……」
「まあ、この大きさだしね」
ツルを伸ばしてそっと触れてみる。
巨大な上に壁にめり込むようにしてがっちり固定されてる宝石は、たとえ二人がかりで引っ張っても抜けることはないだろう。
確かに持って帰りたいが、さすがに無理かなぁ。
グワン――
「うっ……!(こ、これは……!)」
なんとかして持って帰れないかと考えていたその時。
視界が揺れ、頭の中に音が響く。激しいめまいに襲われ、思わずその場にうずくまった。
グワンッ――
「(また、あのめまいだ……)」
頭の中で響いていた音は次第に大きくなり、やがて甲高い音とともに弾けた。
キーーーン!
宝石が散りばめられた部屋の中。一匹のポケモンが佇んでいた。
その姿は滝の前で見た時と同じく黒く塗りつぶされシルエットでしか見ることはできなかったが、どうやらあの時の夢に出てきた同じポケモンのようだ。
そのポケモンは部屋の奥の壁に埋め込まれている巨大な宝石を見ると、両手をあげて宝石に飛びつき引き抜こうとする。が、私達を同じく抜けることはなかった。
宝石から手を離し、しばし考えるそぶりを見せたそのポケモンは、何を思ったのかその宝石を押してみた。
すると、カチッという音とともに部屋全体が揺れ始める。何事かと思って辺りを見回していたポケモンだったが、次の瞬間には部屋に流れ込んできた大量の水によって流されてしまった。
シュピン!
そこで映像が途切れる。めまいも治まり、目を開けると宝石を引き抜こうと奮闘するカズキの姿が見えた。
また、あの夢だ……。
私は体を起こし、今の映像を整理する。
「(今のは、この部屋だよね?宝石を押したら、水が流れ込んできて……。まさかこれ、罠なんじゃ……。)」
「えぇい!引いてダメなら押してみろ!」
夢の映像から罠の可能性をがあると気付きカズキをの方を見てみると、そこにはやけになって宝石を押しているカズキの姿が。
――って、ええ!?
「カズキ、それ押しちゃったの!?」
「え?う、うん、押したけど?」
カチッ、という音が部屋に響く。すると、夢と同じように地響きが聞こえ始めた。
カズキは私の声に驚いてすぐに宝石から手を離したけど、これはもう手遅れっぽいわね……。
「に、逃げるわよカズキ!!」
「えっ、ど、どうしたのヒナタ?」
いまだに状況を理解していないカズキをツルで掴み、この部屋から出ようと駆け出す。
だがその瞬間、部屋の中に大量の水が津波となって押し寄せてきた。
ま、間に合わない!
「きゃぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
なんとか逃れようとするがそれも空しく、私達は津波に呑まれて流されてしまった。
しばらく水の中でもがいていると、不意に浮遊感に襲われた。
目蓋の裏からうっすらと見えたのは、空に向かって勢いよく水が噴き出す様子。どうやら間欠泉に吹き上げられたようだ。
助かった、のかな……?
バシャーーンッ!!
なんとか助かった。そう思った次の瞬間には落下の衝撃に顔を歪めることになった。
どうやら水……いや、なんか温かいしお湯かな?その中に落ちたようで、硬い地面に叩きつけられることはなかったが、長時間息もできないまま波にもみくちゃにされたおかげで体はもうへとへとだ。
お湯にぷかぷかと浮かびながらぼーっと空を眺める。もう夕暮れが近いようだ。
「はっ、カズキ!」
疲れとこの天然温泉の気持ちよさにうとうとしていたが、一緒に流されたパートナーの存在を思い出して慌てて起き上がる。
私はまだ大丈夫な方だが、炎タイプのカズキにとってはあのトラップはかなりきついはずだ。
幸いにも、絶対に放すまいとしっかりとツルを巻きつけていたおかげですぐ近くにうつ伏せで湯に浮いているカズキを発見することができた。
「カズキ、しっかりして!」
急いで近くの岩場にカズキを引き上げ、身体を軽くゆすってみる。
お願い、目を覚まして……!
「――ゲホッ、ゲホッ!!あれ、ここは?」
「カズキ!」
「あ、ヒナタ!大丈夫だった!?」
私の願いが届いたのか、カズキは咳とともに水を吐くと疲れた様子ながらもはっきりとした声で応えてくれた。
どうやら無事な様子のパートナーの姿にほっと胸を撫で下ろす。
「私は大丈夫よ。それよりカズキは?」
「うーん、ちょっと疲れちゃった」
あはは、と空笑いを浮かべてぺたんと座り込んでいるカズキ。やはりダメージが大きいようだ。
早くギルドに帰って休んだ方がいいわね。
「騒がしいと思ったら、お客さんかな?」
持ち物が流されていないかを確認し、カズキをどうやって運ぼうかと思案していると、岩場の間から一匹のポケモンが姿を現した。
亀のような体躯に赤茶色の肌。そして、ところどとろから熱を発する黒い甲羅を持つポケモン。確か、コータスと言う種族だったか。
のっしのっしとゆっくりと私達の前に現れたコータスは優しげな声色で尋ねてきた。
「今日は誰も来んと思っていたが、お前さん達も温泉に浸かりに来たのかえ?」
「えっと、あなたは?」
見た感じ悪いポケモンには見えないが、こんな疲労困憊状態ではまともに戦えない。
わずかに警戒しながら見ていると、コータスはほっほっほと笑いながら腰を下ろした。
「そんなに警戒せんでもなにもせんよ。わしはコータス。ただの温泉好きの年寄りじゃよ」
「あ、コータス長老。久しぶり」
私のわずかばかりの警戒をコータスは一瞬で見破った。
それに驚いたのもあるが、カズキが気さくに話しかけているのを見て私は構えを解いた。
「おお、カズキ!元気にしとったか?」
「うんっ。探検隊になれちゃうくらい元気だよ!」
「ほぉ、ついにギルドに入門したのかえ?成長したのぅ!」
「コータス長老は相変わらずみたいだね」
どうやらカズキはこのコータスと知り合いのようだ。仲良さそうに話す二人を見て思わず小さく笑ってしまう。
カズキってほんとに町のみんなに愛されてるよね。
頭を撫でられて恥ずかしそうに笑うカズキはとても幸せそうで、見てるこっちまで気分がよくなる。
「お前さんがカズキのパートナーかえ?」
「え?あ、はい。ヒナタと言います」
不意に話しかけられて思わずびしっとお座りの体勢をとってしまう。
……なんだかすっごく恥ずかしかった。
「ほっほっほ。そんなに緊張せんでもええよ。これからもカズキをよろしくな?」
「もちろんです」
まあ、カズキ一人に探検隊やらせたら怖がって探検にならないような気もするが。逆に好奇心が勝って突っ走っても怪我しそうだし……。
うん、私がしっかりしなくちゃね!
その後、しばらくコータス長老との会話を楽しんだ私達はギルドへと戻った。
地図を確認してみたところ、私達が調査していた滝とあの温泉はかなりの距離があって驚いた。よく無事だったな私達。
あれだけの水流の中にいたのにもかかわらずバッグの中身がほとんど濡れていなかったというのにも驚きだったが、ひとまず無事に帰ることができて安堵の息が漏れる。
「ふむふむ、なるほど。滝の裏には洞窟があって、その奥地には宝の部屋があり、そこの宝石を押したら温泉まで流された。と言うことかい?」
「はい」
ギルドに戻ると、さっそく今回の冒険のことをペラップに報告した。
お宝を持ち帰ることはできなかったが、滝の裏の秘密を見事に暴いたわけだし、初めての探検にしては上出来だと私は思っているが。
「残念ながら宝石は取ってこれなかったけどね」
「いやいやいやいや!そんなことないよ!!」
苦笑いしながら残念そうに報告するカズキだったが、ペラップの予想外の反応にきょとんと目を丸くする。
翼をバタつかせて、これは大発見だよ!喜ぶペラップ。
ペラップもカズキに負けないくらいリアクションが大きいわね。
「大発見?」
「そうさ!あの滝の裏が洞窟だったなんて今まで誰も知らなかったんだからな♪」
「え?」
今まで誰も知らなかった?でも、あの夢では確か……。
私は滝の調査の時に見た夢のことを思い出す。滝の前で見た時、そして宝の部屋で見た時と二回見たが、その映像の中にはあるポケモンのシルエットが映っていた。
あの夢が本当にあった出来事ならば、私達の前にも誰かが行ったということになる。もちろん、スリープの一件の時のようにこれから先の出来事が見えた可能性もあるが、あのポケモンには極めて最近会っているのだ。
ウサギのように長い耳に丸っこいあの身体。私の予想が正しければ、あのポケモンの正体は……
「(あれって、プクリン親方……だよね?)」
仕草からしてもおそらく間違いないはず。
でも、あれがプクリンだったとして、どうして私達を滝に向かわせたんだろう?滝の秘密なら、もう知ってたはずなのに。
「いやぁ、ホントにすごい発見だよ♪早速親方様に報告しなければ♪」
「あ、あの」
「ん?どうしたんだい?」
「……あ、いえ、なんでもないです」
あのシルエットの正体について、思わずペラップを引き止めてしまったが、すぐに思い直して適当にはぐらかしてしまった。
ペラップは首を傾げたが、私の返事にそうかと軽く返してプクリンの部屋の中に入っていった。
「ヒナタ、どうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
訝しげに顔を覗き込んで来るカズキに適当に返しながらその顔を見る。
カズキにとって初めての探検が、ペラップに褒められるくらいうまくいったんだもの。余計なことを言ってカズキをがっかりさせたくない。
カズキには、ずっと笑顔でいてもらいたいからね。
その後、夕食を済ませた私達は部屋に戻って一息ついた。
なんだろう、今日は探検でいろんなことがあったせいか部屋についた途端すごい眠気が襲ってきた。
今日は疲れたし、早めに寝ようかなぁ。
「今日はいろんなことがあったね」
窓際で星を眺めながら感慨深そうに呟く。顔を見なくても表情がわかるくらいその声は嬉しそうで、今日の探検の興奮がまだ残っているのだろう。
私よりも疲れているはずなのに、やっぱり探検が好きなのね。
「僕、今日は探検できてすっごく楽しかったよ! 確かに大変なこともあったけど、初めて探検隊っぽいことできてわくわくが止まらなかった!」
「そうね」
「やっぱり探検隊になってよかったって思うよ!」
視線を空から私に移して満面の笑顔を見せてくれる。その笑顔を見ると、私も自然と笑みがこぼれた。
カズキは首から下げたペンダントを外すと目の前にポンと置く。カズキ曰く、“遺跡のカケラ”だ。
「そして、いつかはこの遺跡のカケラの謎を解く。それが僕の夢なんだ」
「いつかは叶うといいわね」
「うんっ!」
目をキラキラさせて無邪気に夢を語るカズキの姿を見ていると自然と応援したくなってくる。
最初こそいきなりポケモンの姿になっていて戸惑いがあったものの、今ではカズキと一緒に探検隊になれてよかったと思っている。
これからもずっとカズキと一緒に探検できるといいな。