第七話:見張り番
スリープと激闘を繰り広げた日から数日が過ぎた頃。
お尋ね者を倒したことによって自信がつき、ギルドの依頼もそつなくこなせるようになってきたおかげで最近ようやくブロンズランクに昇格することができた。
探検隊には実力に応じてランク分けがされており、ノーマル、ブロンズ、シルバー、ゴールドと続き、そして最も上にギルドマスターランクと呼ばれるランクが存在する。
最高位のギルドマスターランクに至っては、その名の通りギルドマスターになる権利を与えられ、プクリンのようにギルドを持つことができるようになるらしい。
ちなみにプクリンは最年少でギルドマスターランクに上り詰めたまさに天才らしいのだが、あのほんわか親方を見ていると本当かどうかは怪しいかもしれない。
「お前達、今日はこっちを手伝ってくれ!」
と、昨日カズキが熱く語ってくれた内容を思い出していると、野太い声によって現実に引き戻される。
ここ数日で嫌でも耳に残ってしまったこの声の正体は、あの迷惑目覚まし係のドゴームだ。
あの人、起きていようが起きていまいが関係なく怒鳴り込んでくるから困る。カズキはともかく私はそれなりに早起きしてますっての!
「はい、なんですか?」
「ああ。今日、お前達には“見張り番”をやってもらう」
「見張り番、ですか?」
「そうだ。お前達もギルドに入る時に足形を鑑定されただろう?」
あー、あれのことか。ギルドに入門する時はあの足形鑑定にカズキがすごくビビッていたのを覚えている。
入門してからもギルドに入る際には何回も鑑定されたけど、足形を見ただけで種族だけでなく名前まで言い当てられた時はさすがに驚いた。
見張り役のディグダはまだ私達と同い年くらいだと思っていたけれど、やっぱり経験の差なのかしら。
「あれ、でも見張り番はディグダじゃないの?」
「すいません。今日は父に用事を言いつけられて見張り番ができないんです。なので、今日一日代わりに見張り番をやってもらいたいんです」
申し訳なさそうに地面に身を沈めるディグダを見ていると門番でもあるドゴームとコンビを組んでいることに違和感を覚える。
あ、ドゴームの制止役がディグダなのか。――なんかかわいそう。
「そういうわけだから、今日は頼んだぞ!」
「は、はぁ」
「では、よろしくお願いしますね」
まあ、用事があるのなら仕方ないし、ここは引き受けることにしよう。
曖昧ながらも返事をした私達を見てディグダはさっと地面に潜ってしまった。
「じゃあ、さっそくやってもらうぞ!」
「どうすればいいの?」
「まずはこの穴に入るんだ」
そう言って指差したのは私達がやっと通れるくらいの小さな丸い穴だった。
降りれるようにだろう、穴には梯子がかけられている。しかし、穴の中は明かりがないため暗く、一歩踏み込んだだけで自分の体すら見えなくなりそうだった。
毎朝朝礼をするここ地下二階の片隅にあるこの穴は前から気になってはいたけど、見張り穴につながっていたのね。
――ん?さっきドゴームなんて言った?
「この穴に入って、光が差し込んでるところまで進め」
「ぅえ!?」
や、やっぱり聞き間違いじゃなかったぁ!
「ヒナタ、どうしたの?」
「え、いや……な、なんでも」
思わずカエルが潰れた時のような変な声を出してしまった私を見てカズキは不思議そうに首を傾げる。
私は苦笑いを浮かべながらなんとか取り繕うが、内心はそんな穏やかではない。
いや、この暗さはシャレにならないでしょ……。
「か、カズキ!さ、先に行ってくれる?」
「え?う、うん、いいけど」
訝しげに顔をしかめながらも素直に穴の中へと入っていくカズキ。
もうわかるかと思うが、私は暗闇が大の苦手なのだ。自分自身についての記憶が欠落している今ではその理由はわからないけれど、暗いのは本当にダメ!
見慣れた場所でならまだ大丈夫だけれど、こんな初めて通る狭いところに入れなんて絶対無理だ。
「カズキ、背中の炎出して!」
「あ、暗くて歩きにくいもんね。はいっ」
先に入ったカズキが発する炎によってわずかに穴の中の通路が照らされる。
これならまだましだろう。
そう思いつつもまだ怖いのでカズキにぴったりとくっついて進んでいく。
これじゃあ私もカズキのことを臆病って馬鹿にできないわね……。
意外に高低差が激しい通路をしばらく進むと、上から光が差し込んでいる空間に出ることができた。
上を見上げてみれば円形の穴を塞ぐように鉄の格子が網目状に張り巡らされているのが見えた。
「ついたみたいね」
「じゃあ、ドゴームに知らせようか」
ここからドゴームのいる地下二階までそれなりに距離があるので大声を出さないと届かない。
これを毎日あのディグダがやっていると思うとやはりすごいと思う。
ドゴームは“大声ポケモン”と呼ばれるくらい声が大きいということでこの仕事には向いているかもしれないが。
何度かこちらがついたことを知らせるとその倍の音量で返事が返ってきた。向いているかもしれないのではなく適任のようだった。
「よし!ちゃんと鑑定しろよ!」
「了解!」
さて、ポケモンの足形なんてじっくり観察したことはないけど大丈夫だろうか。
ともあれ、引き受けてしまったからにはできないとも言えないのでやれるだけ頑張ってみよう!
「ご苦労だったなお前達♪初めてにしては上出来だよ♪」
「あ、アリガトウゴザイマス……」
頑張った結果、数十人にも及んだ足形鑑定は目立ったミスをすることもなく無事にクリアすることができた。
――ただし、私は声の出しすぎで喉がガラガラになってしまったため無事にとは言えないかもしれない。
せっかく二人でやっているというのにカズキは足形を見てもほとんどわからないし、声を出しても全然聞こえないしで全く役に立たなかったのだ。
おかげで見張りの仕事はほぼ私一人でやる羽目になってしまった。あー、喉痛い……。
「……チリーンに頼んでおくから後で医務室に行きなさい」
「ハイ……」
さすがのペラップもあまりの掠れ声に同情してくれたらしい。後でと言わず今すぐ行きたいが。
しかし、今回の見張り番の報酬をくれるらしいのでもうしばらく我慢しよう。
「さて、今回の報酬だが、ほとんど間違えなかったからな。報酬もスペシャルにたくさんやろう♪」
そう言って手渡してくれたのは以前バネブーの依頼の時にもらったような茶色い小瓶に種、そして普段よりもちょっぴり重いポケの入った麻袋。
普段の依頼では報酬金はほとんどギルドに取られてしまうため、今回の破格の報酬には目を見張った。
あのけちんぼのペラップに一体何が起きたというのだろうか?まあ、嬉しくないわけないのでありがたく受け取るが。
「今度やる時もこの調子で頑張ってくれ♪」
今度、ねぇ……。できればもう二度とやりたくはないが。
いつもより多い報酬に両手を上げて喜ぶカズキと違い、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
その後、医務室でチリーンに薬をもらいだいぶ喉の調子がよくなったので一安心。
チリーンはギルドの食事をすべて任されている料理係だが、医術の心得もあるらしくこうして医務室の管理も任されているらしい。
ギルドのみんなからも頼れるお姉さんとして見られているみたいだし、私もちょっと尊敬するかも。
「ヒナタさん、念のため今日は刺激の強いものは控えてくださいね」
「はい。ありがとうございます、チリーン先輩」
「いいえ。これもわたしの務めですから♪」
私の中でチリーンの好感度がうなぎ上りになっているのだがどうしよう。
部屋も隣だし、今度お邪魔してみようかな?
「あー、おいしかったねヒナタ!」
「そうね」
夕食を食べ終え、私とカズキは自分の部屋へと戻ってきた。
チリーンのくれた薬のおかげか、喉の痛みは完全に引き普通にしゃべれるようになっていた。
ホントにチリーンには頭が上がらないわね。
「今日は嵐みたいだね」
ふと窓の外を見てみると、空は暗く厚い雲に覆われ雷を伴う豪雨が窓をガタガタと鳴らしている。
夕食のときは全然気づかなかったが、いつの間にか天気が変わっていたようだ。
見張り番の時はそれなりに晴れていたのに随分と急ね。
「そういえば、ヒナタと出会う前の日もこんな嵐だったんだよ」
「そうなんだ」
ということは、私はどこかで嵐に巻き込まれてあの海岸に流れ着いたということか。
でも、嵐があって何で私は海にいたのだろう?そんな悪天候な時に海に出るなんてどうかしてる。
「あ、何か思い出せそう?」
「うーん……特には」
そんな日でも海に出なければならない理由が何かあったのだろうか?
――やっぱり思い出せない。
「やっぱりそう簡単には思い出せないよね。まあ、ゆっくり思い出していけばいいと思うよ」
「そう、ね。ありがとうカズキ」
確かにここで無理に思い出す必要はない。探検隊の修行を続けながらゆっくりと思い出していけばいいのだ。
心配してくれるカズキに軽く笑顔を作るとカズキは照れ臭そうに頬を掻いた。
まあ、私がどこから来たかはひとまず置いておいて――
「ところでカズキ、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「これまでダンジョンでいろいろなポケモンと闘ってきたけど、彼らが襲ってくる理由は“時が狂い始めた”のが影響しているんじゃないかって、前にペラップが言ってたわよね」
「うん」
あの時は何の事だか全然意味が分からなかったけど、各地の時間が狂いだしたおかげで“不思議のダンジョン”が広がり始めたと聞いた時、思った。
「時が狂いだしたって言うのはなんとなく理解はできるけど、どうしてそうなってしまったのかがわからないの。
――カズキはこの答え、わかる?」
時が狂うなんて普通の事じゃない。それは私にとっては不思議で満ちているこの世界においても同じはずだ。
原因は一体なんなのか、私はそれが知りたい。
真剣な表情でカズキに問いかけると、少し迷うようなそぶりを見せるもののしばらくして話してくれた。
「……なぜ時が狂い始めているのかは僕もよく知らないけど、みんなが言うには“時の歯車”が何かしら関係しているんじゃないかって言われてるよ」
「時の、歯車?」
「うん」
初めて耳にする単語。なのにその単語を聞いた時、私はなぜか胸が高鳴るのを感じた。
「時の歯車は、森の中とか鍾乳洞、湖と言ったようにいろいろな場所にあって、それぞれの場所の時間を守ってると言われてるんだ」
「そう、なんだ」
「それでね。時が狂い始めたのはその時の歯車に何か異常が起こったんじゃないかって、みんなは思ってるみたいだよ」
時の歯車はこの世界の各地にあり、それぞれの場所の時間を守っている。云わばこの世界の秘宝ということか。
その秘宝何か異常が起こっているということは、もしかしたら――
「ねぇ、それって時の歯車が盗まれたってことじゃないの?」
時間に干渉するほどの秘宝ならばそれはさぞ高値で売れることだろう。
そう思ってわずかな自信とともに言ったのだが、意外にもカズキの返答は予想とは違っていた。
「それはないよ!時の歯車はどんなに極悪非道なポケモンでも盗まない。そんなことすればどうなるかわからないからね」
「でも、可能性はなくはないんじゃない?」
「うーん、ヒナタにそう言われるとちょっと不安になるけど、過去の歴史の中で時の歯車が盗まれたなんて事例は報告されてないはずだよ」
事例がない出来事。しかし、時が狂い始めた理由を説明するにはこれが一番理に適ってる気がする。
時の歯車がどういうものかは知らないけど、もし盗られるようなことがあれば時間に異常が起きてもおかしくないはずだ。
「……話が長くなっちゃったね。もう寝ようか」
「う、うん」
だが、そんなことをいくら考えても私にはどうすることもできない。
これがただの杞憂に終わってくれればそれでいい。そう思いながらベッドの上で体を丸め、そっと目を閉じた。
その夜、ギルドから遠く離れたとある森で一つの影が疾駆していた。
嵐だというのにその足取りは迷いがなく、ぬかるむ足場も気に留めずにただ一つの目的を達成するために疾走する。
そして森の奥地まで来た時、その影はようやく足を止めた。
「初めて見るが、これそうなのか」
影は目の前で青緑色に輝く物体を見て小さく呟く。
嵐に似つかわしくない神秘的な雰囲気を発するその物体は重力に逆らうかのように宙に浮いていた。
「まずは、一つ目!」