第二章
第四話:初めての依頼
翌日の早朝。窓から差し込む太陽の光に照らされて私はうっすらと目を開いた。
ほんのりといい匂いがする藁(わら)のベッドから身を起こし、くわぁと大きな欠伸を一つ。

「朝か……」

眠い目を擦りながらググッと体を伸ばす。しかし、その体は人間ではなくフシギダネのものだ。
さすがに目が覚めたら戻ってた、なんて簡単な話があるわけないよね……。
まあ、くよくよしても仕方ないので、無事に弟子入りできたことを前向きに喜ぶことにする。

「うーん、むにゃむにゃ……」

隣には同じく藁のベッドで眠るカズキの姿がある。
昨日はあの後、ペラップからいろいろと詳しいことを説明された後、この部屋へと案内されたのだ。
ギルドの探検隊はここに住み込みで修行することになるらしい。まあ、この際カズキと相部屋なのは目をつむろう。

「今、何時くらいなのかな」

部屋には二人分の藁のベッドと簡素な机があるだけのシンプルな作りで、寝ることができるスペースと言った方がいいだろう。
もちろん時計なんてものはなく、太陽の動きを見て判断するしかない。
まあ、感覚的にたぶん朝早くだと思うけど。

「――ん?」

立ち上がって窓の外を眺めていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
いったい誰だろう、と考えているとそいつはノックもせずにバンッと乱暴に扉を開いて入ってきた。

「な、なに!?」

入ってきたのは、藤色の体の頭部にスピーカーのような耳を持ち、身長の半分以上に開いた口が特徴的なポケモンで、確かドゴームという種族だ。
困惑する私をよそにドゴームは自慢の大きな口から空気をたっぷり吸いこみ、それを言葉に変換して大音量で放出した。

「起きろぉぉぉ!!朝だぞぉぉぉ!!!」

「うわぁ!?な、なに!なんなの!?」

もはや騒音の域に達している声に寝ていたカズキがたまらず飛び起きる。
私はとっさに耳を塞(ふさ)いだが、それでも耳の中がびりびりとした衝撃にさらされた。
プクリンと言いこのドゴームと言い、このギルドは声を武器にするのが主流なのか?だとしたら早くやめてもらいたい。

「寝ぼけてんじゃねぇぇぇ!!」

「ひぃぃ!!」

何が起こったのか理解できずにぶんぶんと頭を振って辺りを見回しているカズキを見て再度怒号が飛ぶ。
うぅ、頭が痛くなってきた……。

「よし、起きたな!」

あなたのせいで危うく気絶するところだったけどね!

「俺はドゴーム。このギルドの弟子の一匹だ。
――いや、そんなことより早くしろ!朝礼に遅れるぞ!」

「ち、朝礼?」

そういえば、昨日ペラップがそんなことを言っていたようないないような。
あの人――もといポケモン、早口で聞き取りにくいからよく覚えていない。

「もし遅れたら親方様が……親方様の、たあーっ!が……!
とにかく、お前らが遅れたせいでこっちまでとばっちりを受けるのはごめんだからな!さっさと来い!」

「は、はぁーい……」

カズキの返事を聞いて満足したのかドゴームはどしどしと大きな足音を立てながら去っていった。

「うぅ、耳が痛い。なんだったのあれ……」

耳を押さえて蹲(うずくま)っているあたり、相当なダメージだったのだろう。なんでこんな朝早くから憔悴(しょうすい)した顔にならなければならないのだろうか。
ともかく、早く行かないとまた怒られそうなので早く準備を済ませてしまおう。これと言って準備することはないが。

「朝礼だって。私達寝坊みたいよ?」

「えっ!?じゃあ早くしないと!急ごうヒナタ!」

「ええ」





簡単に寝床を整えて駆け足で部屋を出ると、昨日見た広いスペースにたくさんのポケモンが集まっていた。
キマワリやヘイガニ、チリーン。さっき部屋に入ってきたドゴームもそこにいた。

「遅いぞ新入り!」

みんなの注目を浴びながらその集団の中に入ると、さっきのドゴームからまたしても怒鳴られてしまった。
うぅ、頭痛がするからやめてほしい。

「おだまり!お前の声は相変わらずうるさい!」

「ぐっ……」

そんなドゴームを制したのはペラップだった。
さすがは一番弟子というべきか、我が強そうなドゴームが一瞬にして黙り込む。
まあ、ペラップは言うなれば一番上の先輩ってことだもんね。

「えー、コホン。みんな揃ったな、よし♪
では、これから朝礼を行う♪」

ペラップの声でみんな姿勢を正しこれから始まるであろう朝礼に備える。
どうやらペラップはみんなのまとめ役でもあるらしい。

「親方様、全員揃いました♪」

ピンク色の扉に向かってかけられた声を合図にそれが開き、中から昨日印象的な登録を見せてくれたプクリンが現れた。
朝礼というだけあって、やはり親方様の一言から始まるらしい。いったいどんな言葉が聞けるのだろう。

「それでは親方様、朝の一言をお願いします♪」

「……………」

固唾(かたず)を呑んで見守る中、プクリンの小さく開いた口から声が聞こえてきた。

「……ぐぅ」

「……はい?」

思わず疑問符が漏れてしまった。いや、これは予想外すぎる。
プクリンの口から紡がれる声――いや、これはいびきと言った方がいいだろう。初見でこれを聞いて疑問符が浮かばないわけがない。
え、寝てるの?目も開けてるし、それに自分で扉を開けて歩いてきたよね?
混乱する私の様子を見た弟子達は小さく笑いながらひそひそ声で話し出した。

『プクリン親方ってすごいよな』

『ああ、ほんとにそうだよな』

『ああやって朝は起きているように見えて』

『実は目を開けたまま寝てるんだもんな』

え、つまりは本当に寝てるってこと?しかも目を開けたままで?
――うん、どうやらここでは私の常識は通用しないらしい。ああ、頭痛がひどくなってきた。

「ありがたいお言葉、ありがとうございました♪」

ひとしきりプクリンの寝言を聞いた後、何事もなかったかのように事を進めるペラップ。
どうやらこれがこのギルドのいつもの光景のようだ。

「それでは最後に。朝の誓いの言葉、始めッ!」

これはみんなで斉唱だろうか?誓いの言葉というのはまだ聞かされていないのでおとなしくしていよう。
ペラップの声に合わせて、弟子達が一斉に声を上げる。

『ひとーつ!仕事は絶対サボらない!』

『ふたーつ!脱走したらお仕置きだ!』

『みっつー!みんな笑顔で明るいギルド!』

盛大に述べた後、ペラップが翼を突き上げて高らかに宣言する。

「さあみんな、仕事にかかるよ♪」

『おおーッ!!』

かけ声とともに弟子達がバラバラと散っていく。先程言ったように仕事にかかるのだろう。
まあ、誓いの言葉の内容に突っ込みたいのは山々だが、明るいギルドというのは伝わった。

「そういえば、僕達は何をすればいいんだろうね?」

「さあ、ペラップに聞いてみようか」

ともかく、仕事をサボったらダメなようなので仕事をもらいにペラップにお伺いを立てることにした。
一応先輩だし、さん付けの方がいいかな?

「ペラップさん、私達は何をすればいいんですか?」

「お、さん付けとは感心感心♪では、チームリリーフ、ついて来てくれ♪」

さん付けが効果的だったのか上機嫌な様子で梯子を上がっていくペラップ。
後輩にさん付けされるのって嬉しいのかな?

「ヒナタ、行こう?」

「そうね」

ともかくこんなところで突っ立ってるわけにも行かないので急いで後を追うことにする。
――やっぱりフシギダネだと梯子は上りにくい。





心の中で愚痴を言いつつ上の階へと上がると、昨日と同じく様々なポケモン達で賑わっていた。
中にはさっき見たギルドの弟子達ではない知らないポケモンのいる。社交場みたいな場所のようだ。

「おーい、こっちだ」

と、ペラップの声が聞こえてきた。
軽く辺りを見回してみると、右手の方の壁に設置されている大きな掲示板の前にペラップの姿を見つけた。

「今日、お前達には“依頼”をやってもらう」

「依頼?」

「そう、依頼だ。ここにある掲示板には依頼書が貼ってあって、探検隊はここから好きな依頼を選び依頼を受ける。
そしてその依頼の内容をこなすことができれば依頼達成だ。」

「なるほど」

ふと掲示板に目を向けてみると、所狭しと貼られている依頼書に圧倒される。
こ、こんなにたくさんあるんだ。どれを選べばいいんだろう?

「まあ、お前達はまだ初心者だからな。ワタシが簡単な依頼を選んでやろう♪」

そう言って掲示板を吟味(ぎんみ)すると、依頼書を一枚選び出してくれた。
さらにそれだけでなく、コホンと咳払いをするとその内容を読み上げてくれた。
初心者のために丁寧にやってくれているのだろう。非常に助かる。
ペラップが読み上げた内容はこうだった。

『初めまして、わたしはバネブーと申します。
実は、わたしの大切な真珠が悪者に奪われてしまったんです!わたしにとって真珠は命と同じくらい大切なものです。あれがないと夜も眠れません。
でも、最近近くの岩場に捨てられたという情報がありました!ですが、そこは少し危険な場所でわたしにはそこへ行く勇気はありません。
探検隊の皆さん、どうか真珠を取ってきてください。お願いします!』

――要約すると、大事な真珠が岩場にあるから取ってきてほしいと、そう言うことのようだ。
なんだか私の考えていた探検隊の仕事とは随分とかけ離れているような……。

「それって、つまりただの落とし物探しってこと?」

「まあ、そうなるな」

それを聞いたカズキも露骨に嫌そうな顔をしている。

「もっと凄いことやらないの?お宝を探したり、未知のダンジョンを探検したり」

「おだまり!」

ペラップの怒号が飛ぶ。まあ、新人なのにいきなりそんなことはしないか。

「いいかい?お前達はまだ見習いだ。見習いにはこういう下積みが大事なんだよ!」

「で、でも……」

「カズキ、仕方ないよ」

まあ、確かに私も未知の場所を探検してみたいって気持ちはあるけど、今の私達のレベルじゃ昨日の海岸の洞窟でも危うい。
まずは簡単な依頼から始めて慣れていかないとね。

「うぅ、わかったよ」

「素直で助かる♪」

しかし、探検隊って未知の場所を探索したりするだけかと思ったけど、こういう人助けならぬポケ助けもやってるのね。

「ところでお前達、昨日話したことは覚えているか?」

「え?ええと……」

確かに昨日ペラップから説明は受けたが、早口な上に一度に一気にしゃべるから全部は覚えてない。
うーんと唸っていると、意外なことにカズキが口を開いた。

「確か、最近各地で悪いポケモンが増えているのは、時が狂い始めた影響なんでしょ?」

「その通り、ちゃんと聞いていたようだね♪」

言われてみれば、そんなことを言っていたような。
でも、時が狂い始めたってどういうことかしら?後でカズキに聞いてみよう。

「バネブーの真珠は“湿った岩場”にあるらしい。気を付けていくんだぞ?」

「わかりました!」

まあ、今はこの初めての依頼をこなすことを考えよう。
私達はバネブーの真珠があるという湿った岩場を目指して出発した。





プクリンのギルドを出て南東に少し歩くと、小さな湿地帯が姿を現した。
海の近くにあるせいか時折海水が流れ込み地面を湿らせては引いていく。そんな湿気の多い場所の一角にその岩場はあった。

「なんかじめじめして気持ち悪いなぁ」

足を地面につけるたびに水分を多量に含んだ土が沈み込み、何とも言えない感触が伝わる。
まあ、水でべちゃべちゃになっているよりはましだけど、カズキはヒノアラシだしやっぱり水が苦手らしい。

「早く真珠を見つけて帰ろう」

「そうね」

とりあえず、カズキがとっても嫌そうな顔してるから早く探して出ないとね。
幸いここは海岸の洞窟と似たような構造の場所が多いし、奇襲に気を付けていけば大丈夫かな。

「あ、あれは――」

しばらく歩いていくと、何か見つけたらしいカズキが突然駆け出した。
最初はあんなに嫌そうだったのに随分と積極的な。

「どうしたの?」

「ほら、これ!」

そう言って見せてくれたのは中央に“P”と書かれた小さなコインだった。
遠くから見ただけではわからなかったが、泥に埋もれて何枚か散らばっていた。

「これは“P(ポケ)”って言って、この世界のお金なんだ。せっかくだから拾っていこう!」

「そ、そうなんだ」

どうやらこれは硬貨らしい。これが一体どれくらいの価値なのかは私にはよくわからないが。
まあ、それはともかくとして。

「カズキ、そんなことより早く真珠を見つけないと」

「え〜、お金は大事だよ?」

「ま、まあ、それはそうだけど……」

何も落ちているものを拾わなくてもいいと思うんだけどなぁ。
それとも、この世界ではこれが常識なのだろうか。
――うーん……。

「ほ、ほら、早く見つけないと日が暮れちゃうよ?」

「あ、それは大変だね!よし、頑張って見つけよ〜!」

「お、おおー」

心の中に底知れないもやもや感を感じつつも、バネブーの真珠の捜索を再開した。





あれからしばらく捜索し、最深部にて無事に真珠を見つけることができた私達はギルドに帰ってきた。
ペラップにこのことを報告するとご満悦の様子で「初めてにしては上出来だな♪」と褒めてくれた。

「ありがとうございます!わたし感動しました!」

そして今、私達は掲示板の前で一匹のバネブーと話をしている。そう、真珠の捜索を依頼したバネブーだ。
このギルドでは依頼主から依頼をこなした探検隊に直接お礼を言う、という決まりのようでこうして対面しているわけだ。
ようやく手元に戻ったピンク色の真珠を頭に乗せて、嬉しさを体全体で表しているかのようにぴょんぴょんとせわしなく跳ね回っている。
よほど嬉しいのだろう、声が上擦(うわず)っている。

「これはお礼です!どうぞ受け取ってください!」

そう言って差し出してきたのは茶色い小瓶を数種類と、更に途中でカズキに教えてもらったポケの入った麻袋を手渡してくれた。
これは……栄養ドリンクかな?報酬はお金だけだと思ってたけど現物もあるのね。

「え、こ、こんなにいいんですか!?」

と、麻袋の中身を見たカズキが突然大声を上げた。

「に、2000ポケも……」

「はい!真珠に比べたら安いものです。どうぞ受け取ってください!」

「あ、ありがとうございますっ!」

深々と頭を下げるカズキを見て私もつられて頭を下げてしまった。
なんだろう、2000ポケってそんなに高いのかな?

「いえいえ。ではこれで!」

バネブーは会釈して今一度お礼を言うと笑顔でギルドを後にした。
しかし、あんなに喜ばれると私もやった甲斐があったって思えるわね。こうして困っているポケモンを助けるのも悪くないかもしれない。

「コホン!」

「あ、ペラップさん」

しばし達成感と幸福感に酔いしれていると、いつからいたのだろう梯子の前にペラップの姿があった。
ニコニコと顔をほころばせているところを見ると、後輩の成功を微笑ましく思っているようだ。

「お前達、今回はよくやったじゃないか♪えらいえらい♪」

「ありがとうございます」

「では早速だが、お金は預かっておこう♪」

『……え?』

私とカズキの声が重なり、同じようにぽかんと口を開けてしまう。
え?預かっておくってどういうこと……?
そこまで考えて私はようやく悟った。

「ほとんどは親方様の取り分だ♪お前達には……これくらいかな?」

そう言って手渡されたのは、麻袋の入っていた金額には程遠い量のコインが数枚だけ。
当たり前だ。自分が働いた分だけ報酬がもらえる会社なんてそうはない。ましてや昨日入ったばかりの新人に支払われる金額などたかが知れている。
――でも、それにしたってこれは少なすぎるような。

「え、たったの200ポケー!?」

カズキによると先程もらった額が2000ポケらしいから、ちょうど10分の1ね。
これはひどい。

「この調子で次も頑張って儲けてくれよ♪」

鼻歌交じりにそう言うと、ペラップは颯爽と去っていった。
この報酬でよく言うよ。

「まあ、ぐちぐち言ってもしょうがないか」

「うぅ……」

まだ納得のいかなそうな顔をしているカズキをなだめながら前向きに考えていく。
そもそもこのギルドに入った理由は探検隊になるためであってお金を稼ぎに来たわけじゃないしね。
うん、全然悔しくなんかない。そうに決まってる。決してペラップを絞めようだなんて思ってないからね?


ウィンデル ( 2012/10/28(日) 17:56 )