第二章
第九話:遠征への期待

「起きろぉぉぉ!!朝だぞぉぉぉ!!!」

朝早くからギルドの中にドゴームの怒鳴り声が響く。このギルドのいつもの光景だ。
だいぶギルドの生活に慣れてきたものの、あの迷惑目覚ましだけはまだ慣れない。早起きしても結局あの声を聞かされるんだし、今度から耳栓でもしてみようかな。

「うぅ、おはようヒナタ」

「おはよう。相変わらず朝は弱いみたいね」

それなりに早起きな私と違って、カズキはドゴームの目覚ましが来るまでぐっすりと眠っているせいで、いつも無防備な状態であの声を聞いている。
耳を塞いでもうるさいのに、あんな大声を毎日聞いていてカズキの耳は大丈夫だろうか?
目を回してふらふらしている姿を毎日見ているとちょっと心配だ。

「ほら、しっかりして。朝礼に遅れちゃうわよ?」

「う、うん。わかったよぉ」





目を開けたまま寝ているプクリンの寝言を聞き、ギルドの誓いをみんなで斉唱し、仕事を始める。
そんないつもの朝礼だったが、今回は重大な話があるとペラップがみんなを引き止めた。
コホン、と咳払いをして話し始めるペラップにみんなは静かに耳を傾ける。いったいなんだろう?

「えー、というわけで。ここよりはるか南東にあるその湖にはいまだに未知の部分が多く、それを解明するためにも我々のギルドも久しぶりに遠征に繰り出そうと考えている♪」

『おお!!』

“遠征”と言う言葉を聞き、静かに聞いていた弟子達が歓声を上げる。

「遠征なんて久しぶりですわ!」

「ヘイヘイ!久しぶりに腕が鳴るぜ!」

「あっしも行ってみたいでゲス!」

「静かに!」

途端に沸き立つ弟子達をペラップが宥(なだ)める。
遠征がどういうものかわからないけど、この盛り上がりようを見ると相当な大イベントらしい。

「遠征は数日後だ。前回と同じくこの中から精鋭を選び、そのメンバーで遠征に出ることにする。みんな、遠征隊に選ばれるように頑張ってくれ♪」

「もちろんです!」

「まあ、わしは選ばれて当然だろうがな!」

ギルドを挙げての遠征。やはり一筋縄では遠征隊に入ることはできないらしい。
カズキは絶対に行きたいだろうし、遠征までにしっかり依頼をこなしてアピールしていかなきゃね!

「それではみんな、今日も仕事にかかるよ♪」

『おおーッ!!』

気合の入った掛け声で各々の仕事へと取り掛かる弟子達。

「ヒナタ、遠征だって!僕達も遠征隊に選ばれるように頑張ろうね!!」

「そうね」

「ああ、お前達。ちょっと来なさい」

カズキもやる気十分に張り切っていることだし、さっそく依頼をこなそうと歩きかけた時、残っていたペラップに呼び止められた。
そういえば、ペラップっていつもここにいるけど、なにしてるのかな?

「はい、なんですか?」

「親方様がお呼びだ」

『えっ?』

思わず顔を見合わせる。
プクリンが呼んでる?いったいなんだろう。特に目立った失敗とかはしてないはずだけど……。
わずかに不安になるが、行かないわけにもいかない。
私達はペラップに連れられてピンクの扉をくぐった。

「親方様、チームリリーフを連れてきました」

プクリンの部屋に入るのはこれで二度目だったか。このギルドに入門する時にも入ったが、あの時はプクリンのハイパーボイスをまともに聞いて酷い目に遭った。
そのハイパーボイスを放った張本人はあの時と同じく椅子に座って黙っている。しっかりと後ろ向きで。
――前もそれやってたよね?というか起きてるのだろうか。

「お、親方様?」

沈黙に耐えられなくなったペラップが恐る恐る声をかけるもののプクリンは動じない。
前と同じならそろそろ振り向いて――

「やあっ!!」

『!!?』

プクリンは予想通り振り返ると、片手をあげて無邪気な顔を見せる。
よ、予想しててもびっくりする……。

「君達、滝の調査の時は大変だったね!でも、君達の活躍はちゃーんとみてるから安心してね♪」

「は、はぁ」

相変わらず親方らしさの欠片もないフレンドリーな口調にたじたじ。
なんというか、あまりにも想像と違うものを見ると拍子抜けしちゃうというか。いろんな意味でプクリンには絶対勝てないわ。

「さて、ここからが本題なんだけど。近々遠征があるのはペラップから聞いたよね?」

「はい」

「それでね?いつもなら新弟子はメンバーに入れないんだけど、君達とっても頑張ってるから、今回は特別に君達を遠征の候補に入れることにしたんだよ!」

「ホント!?」

プクリンの言葉に凄い勢いで食いついたカズキ。
というか新弟子はメンバー候補に入ってなかったんだ。候補に入れてまずは一安心。

「コラッ、まだメンバーにするって決まったわけじゃないぞ?」

「あ、そっか」

ペラップに窘(たしな)められてちょっとクールダウン。
そう、あくまで候補に入っただけでメンバーに選ばれたわけではない。
これはますます気合を入れないとね!

「ボクは君達を信じてるよ!頑張ってね!」

『はいっ!』





遠征隊候補になったことにより一層やる気が出たところで、私達は掲示板のある地下一階へと来た。
前にヘイガニが、目的地が近い依頼を複数同時に受けて一気にやればかなり稼げる。と言っていたが、昨日の探検の疲れもある。
ここは焦らず、確実にできる依頼をこなしていこう。失敗したらやばいしね。

「あれ?」

私が頭の中で今日の依頼を大まかに考えていると、カズキは掲示板の前に二匹のポケモンがいることに気が付いた。
コウモリのようなポケモンと、紫色のボールみたいなポケモン。
あれ、どこかで見たような……?

「ん?」

「あっ、お前ら!」

思い出す前に向こうがこちらに気付いたようだ。
二匹とも信じられないといった表情でこちらを見ている。そんなに私達がここにいるのが珍しいか。
あー、声を聞いて思い出したわ。

「あの時のズバットとドガース!」

「なんでお前達がここにいるのさ!」

そう、私とカズキが初めて出会ったあの海岸で、カズキの遺跡のカケラを盗もうとした泥棒コンビだ!

「ケッ、オレ達は探検隊なんだぜ?」

「へへっ、探検隊が掲示板の前にいてなにがおかしいんだ?」

「た、探検隊だって?」

予想外すぎる回答に驚きを通り過ぎて呆れが出てくる。
あんなコソ泥みたいなことしたこいつらが探検隊?しかも、戦い慣れしてない私達に負けるくらい弱かったよね?
探検隊にもこんな悪どいことしてる奴もいるのね。

「そういうお前らこそ、なんでここにいるんだ?」

「ここはお前らみたいな弱虫君が来るところじゃねぇぞ?」

ニヤニヤと笑いながら見下すような声で諭してくる二匹。あんた達は人のこと……いや、他のポケモンのこと言えないでしょ。
ムカッとして何か言ってやろうと私が一歩前に出ようとすると、それより早くカズキが前に出た。

「僕達は探検隊になりたくてこのギルドで修行してるんだよ!」

『な、なんだってぇ!?』

しっかりと二匹を見据えて強い口調で言い放たれたカズキの言葉に二匹はお互いに顔を見合わせて冷や汗を垂らす。
散々バカにしていたヒノアラシが自分達の言葉に怯まずに向かってきた。その事実に動揺を感じる二匹。
しかし、それと同時にわずかばかりの心配が頭をよぎる。

「お、お前、ちょっとこっちに来い!」

「え、な、なに?」

「いいから!」

ドガースはカズキの背中を押して部屋の隅に押しやる。
性懲りもなくまた泥棒する気かと思ったが、二匹の様子を見るとむしろ焦っているように見える。

「悪いことは言わねぇ。探検隊は諦めろ!」

「ええ〜!?な、なんでさ!?」

「だって、お前臆病だろ?そんな臆病者じゃ探検隊は無理だぜ」

「そ、そんなぁ」

ひそひそ声で話す二匹につられてカズキも自然と声が小さくなる。
とりあえず襲ってくる様子はないけど、一体何を話してるのかな。二匹の陰に隠れてカズキの顔も見えないし。

「む、無理なんかじゃない!!」

しばらく密談が続いたが、やがて耐えられなくなったかのようにカズキが声を張り上げた。

「確かに僕は臆病だよ。でも、そんな自分に負けないように頑張って修行してるつもりさ!今だって遠征隊に選ばれるように頑張ってるところだよ!」

「ケッ、せっかくの忠告を無下にしやがって」

「馬鹿な奴だぜ」

声を上げるカズキの体はわずかに震えていたが、その言葉には偽りのない信念と勇気が込められていた。
あの時、初めて会った時のカズキならここまで言えなかっただろう。探検隊の修行を通して確実に成長しているようだ。
――それにしても

「……何を話していたか知らないけど、私達に負けたあなた達がする忠告なんて全然当てにならないと思いますけど?」

「なんだと?」

「そんなことしてる暇があったら自分達の技を磨くことですね。あんなんじゃ誰にも勝てませんよ?」

「うぐっ」

静かだが明確な怒りが込められた言葉がドガースとズバットに浴びせられる。
コソ泥の真似事をしてるくせに偉そうに。こんなに腹が立ったのは久しぶりだ。

「あ、あの時は油断してただけだ!」

「そ、そうだ!アニキがいたらお前らなんか相手じゃないぜ!」

「つまり、そのアニキがいないとなんにも出来ないんですね」

「う、うるせぇ!!」

「ひ、ヒナタ……?」

突如として豹変した私の姿に二匹だけでなくカズキまで驚いている。
あー、今の私ってどんな顔してるんだろう?にこやかに笑ってるつもりなんだけどなぁ。
それにしてもアニキって誰だろうか。おそらくリーダーなんだろうけど。

「オレ達の探検隊“ドクローズ”は全部で三匹!」

「そのリーダー、つまりアニキがものすごい実力の持ち主なんだ!」

「へぇ」

まるで自分達はとても優秀だ、とでも言うかのようにアニキを称える二匹。どう見ても負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
しかもチーム名がドクローズって、第一印象は最悪ね。

「お、噂をすればアニキが来たみたいだな」

「なんでわかるの?」

「臭い、さ」

ニヤリと笑う二匹の言葉とともに梯子の方から強烈な臭いがしてきた。
思わず梯子の方を見てみると、ちょうど一匹のポケモンが降りてきたところだった。
紫色の体毛に白い縞が入った四足で、尻尾はくるんと反り返ってちょうど先端が頭の上に乗って前髪のように見える。
強烈な臭いはその尻尾の先端から出ているようだ。このポケモンは、スカタンクと言う種族だったか。

「どけ、邪魔だ」

「うっ……!?」

酷い臭いに顔をしかめていると、スカタンクは口から煙のようなものを飛ばしてきた。
煙が私の体を包むと、さっきまでとは比べ物にならない悪臭が襲ってきた。

「ケホッ!ケホッ!」

うぅ、酷い臭い。鼻が曲がりそう……。
鼻を押さえても隙間から悪臭が入り込んでくる。あまりの悪臭に涙すら流すほどだ。
私はたまらず後退して煙から逃れる。

「キャー!なんだか臭いますわ!」

「あ、あっしがしたんじゃないでゲスよ!?」

「じゃあ、誰がしたっていうんだよ!?」

悪臭は私のみならず、この階にいた弟子達にも影響を与えたらしい。一様に鼻を押さえて顔をしかめている。

「どけ。お前もあいつみたいになりたいか?」

「うぐっ……」

私の次はカズキに対して命令する。
先程の私への仕打ちを目の当たりにしていたカズキは素直に退くしかなかった。

「やっぱりアニキはすげぇや!」

「クククッ、それほどでもあるがな。それより、儲かりそうな依頼はあったか?」

「掲示板にはせこい依頼しかなかったんですが、さっき耳寄りな話が聞けましたぜ」

「ほぉ、どんな話だ?」

頼れるアニキの登場と私をあっけなく制圧できたという優越感からか、打って変わって上機嫌に話す二匹。
あれはおそらく“毒ガス”攻撃だったんだろうけど、私には毒よりも悪臭の方が堪えた。
――ただじゃおかないからね。

「へい、実は――」

「――ふむ、ギルドで遠征があるのか。確かに耳寄りな話だな」

「でしょ〜?」

「よし!さっそく帰って悪巧みだ。行くぞお前ら!」

『ヘイ、アニキ!』

ズバットから話を聞いたスカタンクは、誰が見ても悪人だと思うほど黒い笑みを浮かべていた。
話がまとまると三匹はさっさと梯子を上ってこの場を去っていった。
触れなかったけど、カズキが遠征のことをちらっと言っていたのをしっかりと聞いていたようだ。さすがに耳がいいみたいね。

「ヒナタ、大丈夫?」

「うん、ちょっと臭うけど大丈夫」

確かに臭かったが、毒タイプでもあるフシギダネの私は毒に対して耐性がある。
しかし、あまりに強烈な臭いに煙が晴れた今でもちょっと臭う。依頼をこなす前に温泉に入っていこうかな。

「僕、なにもできなかった。ヒナタがやられたっていうのに……。やっぱり、僕って探検隊に向いてないのかな?」

カズキの表情は暗く沈んでいた。
さっきズバットとドガースがひそひそと話してたのはこのことか。

「カズキ、あなたは弱虫なんかじゃないよ」

「で、でも……」

「確かに少し臆病なところもあるけど、カズキは確実に成長してるし、強くなってる」

カズキの成長は目覚ましいものだ。敵に立ち向かっていく強さ。恐怖に負けない強さ。少しずつではあるが、心身ともに成長してきている。
それは一途に夢を追いかけてきたカズキの努力の結果だ。

「そう、かな」

「うん、私はそう思うよ」

「ありがとう、ヒナタ」

しぼんでいた花が咲き開いたかのように笑顔を見せてくれた。
その笑顔を見ていると、私も元気が出てくる気がする。やっぱりカズキは笑顔が一番ね。

「それにしても、嫌な奴だったね」

「ええ。だから少しばかり復讐してみたの」

「え?なにしたの?」

「うん、ちょっと、タネをね」





その頃、スカタンク達は――

「うっ、なんか力が……」

意気揚々と歩いていたスカタンクが急に苦しみだすと、その場にバタッと倒れてしまった。
頼れるアニキがいきなり倒れたことにズバットとドガースは驚きを隠せない。

「あ、アニキ!?」

「アニキ、しっかりしてください!」

「うぅ……」

二匹の呼びかけに弱弱しく返事をするスカタンク。
その体に植え付けられた種からツルが伸び、それが体力を奪っていることに二匹が気付くのはもう少し先のことだった。





その後、無事に依頼をこなした私達は、夕食を済ませると部屋で一息ついていた。
軽めの依頼をするとは言ったものの、木の実拾いの依頼はさすがに軽すぎたとちょっと反省。
早く終わりすぎたので、特訓がてらぶらぶらしてたおかげでいろいろ道具を拾ったため、バッグがパンパンだ。

「ねぇ、ヒナタ」

「なに?」

バッグの中身を軽く整理しながらちらっとカズキを見てみると、なにやら腕を組んで考えてる様子。
いったいどうしたのだろうか?

「ヒナタが見る不思議な夢の事なんだけど」

「ああ、うん」

不思議な夢というと、スリープの事件の時や滝の調査の時に見たあの夢のことか。

「あの夢って、いつも何かに触れた後に起こってるなって思って」

カズキに言われて記憶を探ってみる。
確か、最初に見たのはスリープとルリリが山頂にいるところだったよね。あの時は……そう、スリープとぶつかってた!
よく考えれば、滝の時も滝に触れてたし、宝石部屋の時もでっかい宝石に触ってたわね。

「言われてみれば確かに……!」

「あと、スリープの時は未来の出来事が見えたけど、滝を探検する時は誰かのシルエットが見えたんだよね?それってつまり、過去のことが見えたってことじゃないかな」

確かにカズキの言うとおりだ。今日はやけに冴えてるわね。

「つまり、ヒナタは何かに触れることでその過去や未来を見ることができる。そんな特殊な能力を持ってるんだよ!」

「なるほど……」

「これって凄いことじゃない!?ポケモンを助けたり、探検とかにも役に立ちそうだし!」

「ま、まあ」

まるで自分のことのようにはしゃぐカズキを見てちょっと苦笑い。
確かにこの夢のおかげでルリリを助けることができたし、滝の調査もうまくいったけど。問題が一つある。

「でも、何かに触ったからといって、それの過去や未来が自由に見れるわけじゃないから」

「あ、そっか」

「見たい時に見ることができれば役に立ちそうだけどね」

触れたからといって必ずあの夢が見れるわけじゃないというのが痛いところだ。まあ、何かに触れる度にあのめまいが起こったら生活できないけど。
あれが発動する原理はよくわからないけど、何かに触れた時にその過去や未来が見える。それがわかっただけでも一歩前進かな。


ウィンデル ( 2014/03/30(日) 17:42 )