第一章
第三話:ギルド入門
「――ここがプクリンのギルドだよ!」

まだ興奮が収まらない様子のカズキに急かされながら連れてこられたのは、小高い丘の上にある奇妙な建物だった。
道の左右に一定間隔で置かれているトーテムポール(ポケモン版)の先にあるその建物は入口の左右にあるたいまつに照らされて重々しく佇んでいる。
その形が風船ポケモンのプクリンの姿に酷似しているのは、ここが“プクリンのギルド”というアピールだろうか。
カズキ曰(いわ)く、探検隊になるためにはこのギルドに弟子入りして、一人前になるまで修行しなければならないらしい。人間で言うなら専門学校みたいなものだろうか?

「うーん、やっぱり怖い……」

「まあ、それには同感ね」

もう少し普通の外装でもいい気がするのだが。
来る途中にちらっと町らしきものが見えたが、まだあっちの方がまともな気がする。

「えっと、入るにはあの穴に乗らなくちゃいけないらしいんだけど……」

「穴?」

よく見てみると、確かに入口の目の前に私の身長を優に超える大きな穴がぽっかりと開いていた。
落ちないようにだろう、頑丈そうな鉄格子が張り巡らされているが、小さな子供が乗ったら誤って落ちてしまうかもしれない。
いったいなんでこんなものが入口の前にあるのだろうか。

「でも、その穴の上に乗ると下から声が聞こえてくるんだよ!ポケモン発見とか誰の足形とか!」

「え、それって……」

この穴は入口の目の前にあるわけで、この建物の中に入るためには必ず通らなければならない場所だ。
そこから足形を見てるってことは――

「カズキ、もしかしてその声に自分の種族とか言われた?」

「えっ、何でわかるの!?」

「ああ、やっぱり」

これはおそらく関所みたいなものだろう。この上に乗ることによって足形を見せ、下にいるギルドの関係者が怪しいポケモンでないかをチェックしているわけだ。
――でもこれって防犯になるのかな?足形を見ただけで怪しいかどうかなんて見分けられないような……

「ひ、ヒナタ?」

「あ、ごめん。たぶん乗っても害はないと思うよ」

「ほ、ほんと?」

「ええ」

半信半疑なのか訝しげな目で穴を睨んでいるカズキ。まだあったばかりとはいえ、そんなに信用がないのだろうか。
いつまで経っても動こうとしないので、仕方ないので私が乗ることにした。

「ちょ、ヒナタ!?」

「ポケモン発見!ポケモン発見!」

「ひぃっ!!」

カズキは相当怖がりのようだ。まあ、確かに私も少しびっくりしたけど、カズキのはもはや怯えに近い。

「誰の足形?誰の足形?」

「足形は……えっとぉ……」

「おい、どうした!?」

なんだか困ったような声が聞こえてくる。足形がわからないのだろうか?
この鉄格子の上はなんだか足の裏がむずむずしてくるので早くしてもらいたいのだが。

「足形は……たぶんフシギダネ!」

「こらぁ!たぶんとはなんだ、たぶんとは!?」

「だ、だってここらじゃ見かけない足形なんだもん……」

「足形を見てどんなポケモンか判断するのがお前の仕事だろ、ディグダ!!」

「そんなこと言われてもわからないものはわからないよぉ」

だんだんと声が大きくなっているのは気のせいではないだろう。どうやら揉めているようだ。
それにしても足形を見てると思われるディグダ?の声はともかく、もう一匹の声がここからでもはっきりと聞こえてくるのだから相当な声量だろう。
“ハイパーボイス”という声を使った技があるが、この声はもうそれではないだろうか。

「――すまん、待たせたな」

しばらくして揉め事が収まったのか、落ち着いた声が聞こえてきた。

「確かにこの辺りではフシギダネは珍しいからな。まあ、怪しい者ではないようだし、いいだろう!」

そんな適当でいいのだろうか。オレオレ詐欺とかやったら見事にはまりそうなギルドね。

「そばにもう一匹いるな?お前も乗れ!」

「ほら、大丈夫だから乗りなよ」

「う、うん」

まだわずかに怖いのかびくびくしながらも穴の上に乗るカズキ。
先程と同じように足形を鑑定され、無事にオーケーが出たようだ。

「よし、入れ!」

その掛け声を合図に閉じられていた入り口の門が開いた。

「それじゃ、行きましょうか」

「う、うん」

早速その中へと入ると、特に装飾も施されていない小さな部屋が私達を迎えた。
まあ、外から見た大きさから考えるとこの大きさも頷ける。ギルドにしては小さすぎだ。
しかし、その代わりと言わんばかりに部屋の中央に下へと延びる梯子が備え付けられていた。

「こんな丘の上にあるのはそういうことなのね」

「降りてみよう!」

入り口の中にあった真の入り口を降りてみると、ようやくギルドらしい光景を見ることができた。
上の入り口とは打って変わって広い空間があり、床には芝生だろうか、触り心地のいい新緑が張り巡らされている。
そしてそこには、様々なポケモンがおしゃべりを楽しんでいた。

「わぁ、ここがプクリンのギルドかぁ!!」

そんな光景を見て嬉しそうにはしゃぐカズキ。
そういえば、カズキも一応入るのは初めてなんだっけ。

「おい、お前達!」

と、後ろから突然声をかけられた。
声のした方向を振り返ってみると、そこには一匹のポケモンが立っている。
ギルドのポケモンだろうか?

「さっき入ってきたのはお前達だな?」

「は、はいっ!」

鳥のような外見で、頭の形が音符のように見える。とてもカラフルで、青、黄、緑など色鮮やかなポケモンだ。
尾羽の部分はリズムに乗るように一定の間隔で左右に揺れ、まるでメトロノームのようだ。
このポケモンは確かペラップという種族だったはず。

「ワタシはペラップ♪ここらでは一番の情報通であり、親方様の一番弟子だ♪
勧誘やアンケートならお断りだから、さあ帰った帰った」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

早口気味にしゃべりながら右翼をシッシッ、と払うように動かす。
弟子入りに来たというのにいきなり門前払いか。いや、もう門はくぐってるけども。

「違うよ!僕達は探検隊になりたくてここに来たんだよ!!」

「な、なんだってぇ!!?」

勇気を出したカズキがここに来た目的を告げると、ペラップは飛び上がるような勢いでひどく驚いた声を上げた。
フロア中に響き渡った声は喧騒を掻き消し、そこにいたポケモン達の視線を一点に集めた。

「え、な、何か変なこと言ったかな……?」

ポケモン達の目線を気にしてあたふたするカズキ。
いや、特に変なことは言ってないような気がするけど……。
ペラップは後ろ向いて小声でぶつぶつ言っているし、このギルドは一体どうなっているのだろうか。

「まったく珍しい子だよ。こんな厳しい修行は耐えられない、って脱走する弟子だっているというのに……」

「あの、ペラップ、さん?」

「――ハッ!いやいやいやいやいやいやいやいや!!な、なんでもないよ!」

……この動揺ぶりは一体なんなのだろうか。もしかして、修行がめちゃくちゃ厳しいとかそんな感じ?
まあ、たとえそうだとしても他に行く当てがないのだけれど。

「なんだぁ、探検隊になりたいならそう言ってくれなきゃぁ♪フッフッフッフ〜♪」

「な、なんか急に態度が変わったね?」

「まあ、気にしなくていいんじゃない?」

とりあえず歓迎はしてくれてるみたいだからここはあの人――もとい、ポケモンに任せよう。

「さあっ、登録はこっちだよ♪ついてきて♪」

そう言ってさらに下の階へと降りていく。
私達は顔を見合わせた後、その後を追った。





この姿だと意外に苦労する梯子を一番下まで降りると、そこには上の階と同じように床に新緑が張り巡らされた広い空間が広がっていた。
上の階と違ってポケモンの姿があまり見えず、その代わりに食堂のような場所や個室が並んでる通路が見える。ギルドの寮みたいなところだろうか。

「この地下二階は主に弟子達が働く場所だ。そして――」

「わぁ!地下なのに外が見えるよ!!」

上機嫌な様子のペラップの説明をよそにカズキは壁の一角にある窓に興味津々の様子。
まあ、ここは言うなればあの丘の内部のようなものだし、外が見えても何ら不思議はないのだけれど。
と言うよりこんなタイミングではしゃいじゃダメでしょ。


「いちいちはしゃぐんじゃないよっ!!」

「ひぃぃ!!」

案の定不機嫌になったペラップからお叱りの言葉が飛ぶ。
今更だけど本当に探検隊になれるのか不安になった来た。

「――コホン。さあ、ここが親方様の部屋だ。くれぐれも失礼の無いようにな」

咳払いをして仕切り直すと、梯子を降りてすぐ左にある扉の前まで歩を進めた。
親方様の部屋ということらしいが、その割には扉の色がピンクという可愛らしい色をしている。
あれか、自分の体の色で扉の色を付けたのか。

「親方様、ペラップです♪入りますよ」

ペラップは器用に翼で扉をノックすると静かに開いた。
――ポケモンの世界ではこれが普通のようだ。
変な妄想はさておき、部屋の中へ足を踏み入れる。すると、扉の色とは裏腹に中は意外にもまともだった。
左右の壁に設置された大きな窓に部屋の隅に置かれた無数の宝箱、そして奥にはプクリンの姿が描かれた掛軸があり、それをバックに立派な装飾が施されたイスが置かれている。その左右に立てられたたいまつには火が灯され、煌々(こうこう)と部屋を照らしている

「親方様、こちらが新しく弟子入りを希望している者達です」

そして、そのイスに腰かけているポケモン。
肌触りがよさそうなピンク色の体毛で覆われた丸っこい体に、大きな翡翠(ひすい)色の瞳とウサギのような耳を持つそれは、プクリンというポケモンだ。
なぜか私達に背を向けて座っているプクリンはペラップの呼びかけに対しても反応せずにじっと黙っている。
その姿はまさに親方にふさわしい貫禄があり、それに押されて声をかけるにかけられない。

「お、親方様……?」

一番弟子だというペラップでさえ恐る恐るといった感じで言葉に出すのが精いっぱいのようだ。
しかし、プクリンは何も言わない。もしかして、何かを試そうとしているのか?
考えを巡らせてプクリンの心理を読もうと集中する。が、その時――

「やあ!!」

「「「!!?」」」

突如、子供っぽい声とともにプクリンが振り返った。
その反応に対応できず、ペラップを含めた私達三匹はぽかんと口を開けてしまう。

「ボク、プクリン!このギルドの親方だよ。
君達探検隊になりたいんでしょ?一緒に頑張ろうね!」

「は、はぁ」

――その、なんというか……随分とフレンドリーな親方様だことで。
呆気にとられるとはまさにこのことだろう。カズキも苦笑いを浮かべている。
カズキの話では、このプクリンのギルドは数あるギルドの中でも優秀な探検隊を多く出している有名なギルドだと聞いていたが、このプクリン親方を見ているとちょっと疑いたくなってくる。
もっと、こう……鬼のような形相のとても厳しいポケモンかと思ってた。

「それじゃあ、チーム名を教えてくれるかな?」

「チーム名?」

「そう。探検隊になるならチーム名を決めなきゃね!」

「あ、なるほど」

これからカズキと一緒に探検隊を目指すわけだし、当然チーム名も必要になってくる。
でもどうしよう。全然考えてないけど、カズキは決めてあるのかな?
何度も探検隊になろうとギルドに足を運んでいたみたいだから、たぶん考えてあると思うけど……。

「チーム名かぁ。……ヒナタは何がいい?」

「え?う、うーん……」

期待した私がバカだった。
でも、何にしよう。探検隊にふさわしい名前。うーん……。
しばらく悩み、あーでもないこーでもないと名前を探していると、ふとある言葉を思い出した。

「――リリーフ」

「え?」

「リリーフ。不安や悩みを取り除くって意味よ。みんなの不安を取り除いてあげられるような探検隊になれたらいいなって願いを込めて。どうかな?」

「リリーフ、か……。うん、いいね、気に入ったよ!
僕達は今日から探検隊、チームリリーフだ!」

高らかに宣言するカズキ。どうやら気に入ってくれたようだ。
そんな私達の様子を静かに見守っていてくれたプクリンはイスから立ち上がり、コホンと咳払いを一つ。

「決まったみたいだね。それじゃあ、チームを登録するよ!」

「あー、お前達、耳を塞(ふさ)いでいた方がいいぞ?」

なにやら目を閉じて息を深く吸い込むプクリンを見て、ペラップは素早く翼で耳を塞いだ。
その行動の意図がわからず首を傾(かし)げていると――

「登録♪登録♪みんな登録、たあーッ!!!」

「――ッ!?」

突如、衝撃波とともに耳を劈(つんざ)くような大音量の声がプクリンの口から放たれた。
部屋を揺るがすほどの声量。これは“ハイパーボイス”という技だ。
いきなりのことで反応できず、もろにその声を聴いてしまう。全身に痺れに似た感覚が走り抜けた。

「登録完了だよ」

時間にするとほんの数秒の出来事だが、その一瞬で危うく難聴にさせられるところだった。
というかあれが登録?耳がいいポケモンだったら耳から血が出てもおかしくないかもしれないほどの大声だったけど……。

「それじゃあ、記念にこれをあげるよ!」

耳を押さえて蹲(うずくま)っている私とカズキの心境を知ってか知らずか、プクリンは満足げな笑顔を浮かべながらクリーム色の大きめの箱を差し出してきた。
いまだに耳に違和感が残っているのを頭を振って紛らわせつつそれを見てみると、箱のフタの部分に“ポケモン探検隊キット”と書かれていた。

「これは?」

「これはポケモン探検隊キットだよ。探検に役立つ道具がいろいろ入ってるんだ」

「ほんと!?」

私よりダメージを受けていた様子のカズキだったが、今の一言で治ってしまったようだ。
まあ、カズキにとって探検隊は夢みたいなものだったからね。
嬉々とした様子で箱を開けるカズキは、中に入っているものを一つ一つ取り出していく。

「あっ、これは!」

まず取り出したのはバッジのようだった。
まるでモンスターボールから羽が生えているかのようなデザインで、白とピンク色のカラーリングが施されている。
カズキが持っている遺跡のカケラと同じくらいの大きさだが、見た目に反して意外に重いようだ。

「説明するよ。まず、それは“探検隊バッジ”。これは探検隊の証で、ダンジョンで力尽きちゃった時にここにワープさせる効果があるから絶対に無くさないでね?」

「うんっ!」

感動からかバッジを見つめたまま動かないカズキ。探検隊の証を持てることがよっぽど嬉しいらしい。
箱の中にはまだいろいろ入っているようなので覗き込んでみると、地形が簡略化された形で描かれている紙を見つけた。
引っ張り出してみると、どうやら地図らしい。ただ、私にはどこがどこだかわからないが。

「それは“不思議な地図”。各地のダンジョンの場所が記されている地図だよ。
今は未開拓の部分は雲がかかって見えないけど、いずれは開拓したいね!」

「なるほど」

まあ、地名とかは後でカズキに教えてもらうとしよう。
あと残っているのは……これはカバンかな?
箱の底の方に置かれていたそれは肩掛け式のカバンのようだ。茶色い皮でできていて引っ張っても全く破れる様子がない。
探検隊用のカバンだから丈夫に設計されてるのかな?

「最後は“探検隊バッグ”。ダンジョンとかで拾った道具をしまうことができるよ。見た目よりたくさん入るし、丈夫だから役に立つと思うよ」

「こんなにたくさん、ありがとうございます!」

早速カバンを肩にかけてみる。……うん、後で長さを調節しておこう。

「ははは。これから頑張ってね、リリーフ!」

「はいっ!頑張ろうね、ヒナタ!」

「うんっ!」

こうして私達は、探検隊としての第一歩を踏み出したのだった。


ウィンデル ( 2012/10/28(日) 17:25 )