第二話:宝物を取り戻せ!
洞窟の中は至って静かだった。海がすぐそばにあるせいか、時折波の音が聞こえてくるが、決して耳障りな音には聞こえない。
ごつごつした石の隙間から差し込む光は茜色で、わずかに薄暗い。
足元の砂の感触を踏みしめながら私とカズキは歩みを進めていた。
「……ねぇカズキ、ここってなんなの?」
「こ、ここは“不思議のダンジョン”と言って、ちょっと危険な場所なんだ」
先程から私の後ろに隠れているカズキはしきりに周りを見回し警戒している。――いや、びくびくと震えていると言ったほうがいいだろうか。
この洞窟へ入る前の意気込みはどこへやら。
「不思議のダンジョン?」
「そう。入るたびに地形が変わったり、力尽きるといつの間にか入口に戻されて、道具やお金が無くなってたり、とにかく不思議な場所なんだよ」
「へぇ……」
なるほど、確かに入るたびに地形が変わるのなら地図も役に立たないだろうし、いったん迷ったら抜け出すのに苦労しそうね。
でも、いったいどういう原理なのかしら?入るたびに地形が変わるなんて超常現象聞いたことないけど。
「それに最近悪いポケモンが増えてるって言ったでしょ?そういうポケモンはダンジョンの中に潜んでることが多くて、襲われることが多いんだ」
「だから私の後ろに隠れてるの?」
「だ、だって怖いんだもん……」
現役のポケモンであるカズキが元人間の私の後ろに隠れるとはいったいどういうことか。いや、そもそも女の子の後ろに隠れる男の子って……。
臆病そうな感じはしてたけど、普通こういう時は先陣を切るものではなかろうか。
――ん、待てよ?
「ダンジョンの中に悪い奴がいっぱいいるってことは、戦わなきゃならないってことよね?」
「え?う、うん、まあ」
「私、技の使い方とかわからないんだけど……」
いや、知っていたらいたで本当に人間だったのかを疑わなければならないが。
こうして歩いたりしゃべったりは本能というか、体が覚えているみたいで自然にできているが、技の使い方なんて全然わからない。
あれだろうか。お腹に力を込めてその力を口から放出するとかそんな感じ?
「えっと、ヒナタはフシギダネだから……あ、“ツルのムチ”とか使えるんじゃない?」
「ツルのムチか……」
つまりツルをムチのように振るって攻撃するわけか。できるかな……。
――そういえば、カズキと握手した時ツルを出してたっけ。
「こ、こうかな」
あの時と同じように自然に手を差し出すようなイメージでやってみた。
すると、背中に背負っている種の端からするすると蔓(つる)が伸び、私の視界にそれを映した。
「それだよ!すごいねヒナタ!」
「は、はは……」
うねうねと動くツルはまるで第三、第四の手のように自在に動かすことができる。これもフシギダネの本能というやつだろうか。
技を出せたことに喜ぶ半面、本当にポケモンになってしまったんだ、と改めて実感させられた。
「さ、先に進みましょうか」
「うん」
首を振って不安を振り払い、再び歩みを再開する。
カズキの話では、不思議のダンジョンには階層があり、次の階層に進む“階段”が必ずどこかにあるらしい。
洞窟なのになぜ階段があるのかは知らないが、その階段を見つけて進んでいけば奥へと進めるようだ。
しかし、階段を探すのも簡単ではない。さっき言われたとおり、悪いポケモンと思われるポケモンが何匹も襲ってくるのだ。
「ツルのムチ!」
「ぎゃっ!?」
奇襲を仕掛けてきたシェルダーを何とか倒すことができた。
海が近いせいか水辺に住むポケモンが多く、草タイプのフシギダネである私は相性がいいため、なんとか倒すことができているが、ポケモン初心者の私には刺激的すぎる体験だ。
炎タイプで相性が悪いカズキは臆病な性格も手伝ってかほとんど戦っていない。なんだか情けなくなってきた。
おっかなびっくり敵を倒しながらついに最下層と思しきへとやってきた。
先程までの階層と比べて狭く、階段も見当たらない。奥にはぽっかりと空いた穴が海へとつながっており、沈みかけの夕日がよく見える。
きれいな場所だが、ここに逃げ込んだ二人もこんな形の“行き止まり”になっているとは予想できなかったようで、夕日を眺めながら立ち尽くしている。いや、浮いてるから浮き尽くしているか。
「お、おい!」
そんな二匹にカズキが声をかけた。道中では本当に大丈夫だろうかと不安だったが、取り返そうという意思は捨ててなかったらしい。
その声にドガースとズバットがこちらに振り返った。
「おや、誰かと思えばさっきの弱虫君じゃないか」
「へへっ、何しに来たんだ?」
一瞬警戒した二匹だったが、カズキの姿を見るなりすぐに薄ら笑いを浮かべて余裕を見せる。
――どうでもいいけど、私無視されてる?
「ぬ、盗んだものを返してよ!あれは僕にとって大切な宝物なんだ!」
二匹の姿を見てわずかに腰が引けたが、構わずに続けるカズキ。
「ほぅ、宝物ねぇ」
「見た目より価値があるかもしれない。余計返せなくなったぜ」
「そ、そんなぁ……」
カズキの必死の呼びかけも空しく、二匹は全く返す気がないようだ。
「へへっ、返してほしけりゃ力づくできな!」
「ぼ、僕は……」
だんだんと俯いていくカズキ。その声色には戦いたくないという感情がにじみ出ていた。
でも――
「カズキ……?」
「――僕は、探検家になるんだ。こんなところで挫けちゃだめだ……!」
自分に言い聞かせるようにつぶやく声は次第に大きくなり、それに従って俯いていた顔も上がってくる。そして、その決意を表すかのように背中から炎を発した。
それはヒノアラシがやる気になったときのサイン。戦うという決意の象徴だ。
「僕と勝負だ!」
「本気でやる気か?へへっ、ならこれでも喰らえ!」
「わっ!?」
開戦とともに強く羽ばたいたズバットの翼から風の刃――エアスラッシュが繰り出される。
無数にちりばめられた鋭刃をカズキは飛び込むようにジャンプして回避した。
「ケッ、それで終わりか?ヘドロ攻撃!」
「え、煙幕!」」
ドガースの追加攻撃を前にカズキはとっさに黒い煙を吐き出し煙幕を張った。
黒い煙がフロアを覆い、カズキの姿を隠す。
「ど、どこだ!」
目標を見失い混乱するドガース。闇雲に攻撃を放ってみても当ったという感触はない。
その隙を突き、カズキは背後から全身全霊をかけて体当たりした。
「ええい!!」
「ぐえっ!?」
予想外の場所からの一撃にガードすることもできず、攻撃をもろに食らったドガースはそのまま吹き飛ばされ天井に激突して跳ね返り、砂の上にごろんと倒れ伏した。
「ど、ドガース!?」
「よそ見してる場合?」
「なに、うぐっ!?」
ズバットの注意がドガースの方へ逸れているのを見計らってツルのムチで縛り上げる。
カズキしか気にしてないからこんなことになるのよ。
やがて煙幕の煙が晴れ、地面に転がっているドガースとツルで動きを封じたズバットの姿があらわになった。
「あれ、ヒナタ?」
「さて、勝ったんだからさっさと返してもらうわよ」
まだ状況がよく呑み込めていないカズキに代わってズバットに問いかける。
――ツルの締め付けをだんだんと強くしながら。
「わ、わかった!わかったからやめろあぁぁぁぁ!!」
「わかればいいのよ」
バッ、とツルから解放してあげると、カズキから奪った石を投げつけ、ドガースを連れて一目散に逃げて行った。
去り際に「覚えてろぉ!!」と、悪役っぽい台詞を残して。
「あ、えと……?」
「ほら、取り返せたでしょ?」
呆然と立ち尽くしているカズキに石を手渡す。それを手にした瞬間、カズキの目に涙が溢れ出した。
「うぅ、ありがとう……」
しばらくの間、カズキは石を握りしめながら喜びの涙を流していた。
「さっきは本当にありがとう!」
「私だけの力じゃないわ。カズキの勇気が、それを取り戻したのよ」
洞窟を抜けだし最初に出会った海岸に出るとカズキは私に向かって深々とお辞儀してきた。
奥地で涙を流していた時とは裏腹にその表情はとても明るく、生き生きしている。
そんなカズキの笑顔を見ると、私も手伝った甲斐があったというものだ。
「これ、“遺跡のカケラ”なんだ。一見するとただの石ころに見えるけど。ほら、真ん中に不思議な模様があるでしょ?」
そう言って見せてくれたのは先程取り返したあの石だ。
カズキの手に収まるほどの大きさで、わずかに灰色がかった茶色をしている。ごつごつとしているものの一部が妙にのっぺりとしており、そこにカズキの言う不思議な模様が描かれている。
しかしこの模様、本当に不思議な模様だ。こんな模様は今まで見たことがない。
「僕ね、昔から伝説とかが大好きで、そういう話を聞くたびにわくわくするんだよ!
だってそう思わない?謎の遺跡や隠された財宝、闇の魔境や誰も言ったことがない新しい大陸!そんなところには黄金やお宝がザックザク!そこにはきっとロマンがある!」
目をキラキラ輝かせながら熱く語り始めるカズキはとても満ち足りた目をしていて、今にも小躍りしてしまいそうな勢いだ。
好きなものに夢中になるというのはああいうことを言うのだろう。
私もそれほど興味がないわけではないから黙ってカズキの話に聞き入る。
「それで、ふとしたことで拾ったのがこの遺跡のカケラなんだ。
このカケラが伝説的な場所や秘宝への入り口に繋がっている。そんな気がしてならないんだ!」
「それは、まあ……」
それはいくらなんでも無理があるのではなかろうか。
いや、確かに不思議な模様だし遺跡とかにありそうな雰囲気だけど、そんな都合のいい話あるかなぁ。
心の中でそう思ったが、あまりにも楽しそうに話すので言葉に出すのはやめておいた。
「だから、僕も探検隊になってこのカケラがぴったりはまる場所を発見したい!僕自身でこのカケラの謎をいつか解きたい!
そう思ってさっきも探検隊に弟子入りしようとしたんだけど……」
「できなかったのね」
「うん……」
まあ、私の後ろに隠れてびくびくしているようでは到底無理だとは思うけど。
それにしても探検隊かぁ。ポケモンの世界にはそんなものもあるのね。
「そういえば、ヒナタはこれからどうするの?どこか行く当てとかあるの?」
「えっ……」
そ、そういえばそうだった!これからどうしよう……。
考えてみれば私は今ポケモンで、どこにも行く当てもなくて、記憶もなくて……とにかくものすごくまずい状況だということだ。
ど、どうしよう……。
血の気が引いていくのが自分でもよくわかる。あ、なんか頭痛までしてきた。
「あ、あの、ヒナタ?」
そんな私の様子を見たカズキがおずおずと声をかけてきた。
「その、もし行く当てがないなら……ぼ、僕と一緒に探検隊をやらない?」
「……え?」
「その、ヒナタとそばにいると勇気が湧いてくるっていうか、ヒナタが一緒なら僕頑張れる気がするんだ!だ、だから……ダメ、かな?」
もじもじと両手をすり合わせながらたどたどしく話すカズキ。
その言葉は、今の私にとっては渡りに船だった。
この世界の探検隊がどういうものかはよくわからないけど、どの道私には行く当てがないのだ。それに、カズキだけじゃ心配だしね。
「――いいわよ。一緒に探検隊をやりましょう」
「ほ、ほんと!ありがとう!」
精一杯そっけなく言ったつもりだったが、カズキは文字通り飛び上がって大喜びだ。
「これからよろしくね!」
「ええ、よろしく」