第一章
第一話:出会い
空は雲一つない青空である。まるで昨日会った嵐が嘘のようだ。
カズキは首をもたげて空を見上げながらそう思った。
まったく、ポケ騒がせな嵐だ。おかげで昨日は外出もできず、部屋の隅っこでガタガタ震えている羽目になってしまったじゃないか。
心の中でそんな愚痴を言いつつも足はしっかりと前に向かって伸ばしている。もちろん、ところどころにできた水溜りに気を付けながら。

「今日こそ、やるぞっ!」

小さな手にぐっと力を入れて決意を新たにする。そう、今日はあの憧れのギルドに入門するのだ!
本当は昨日行くはずだったのを嵐のせいで今日に先延ばしにしたのは内緒だ。いや、あれは仕方ないんだ。水は苦手……
先程から一人で表情をころころ変えているカズキは、しばらくしてお目当てのギルドへと到着した。
小高い丘の上に建てられたその施設は、ポケモンの顔を模して作られたトーテムポールに飾られた道の先に構えられていた。
どうやらこれもポケモンを模して造られたものらしく、全体的にピンク色をしており、万歳をするようなポーズで鎮座している。これはプクリンというポケモンだろう。
そんなインパクトがありすぎる入口には鉄格子が下りており入ることができなくなっている。それに落とし穴だろうか、入口の少し手前に格子が張られた大き目の穴が開いていた。

「う、うーん……」

ギルドの入り口を前にしたカズキはなぜかその場で腕を組んで唸り始めた。
どうしよう、階段を上ってるときは確かに決意してたのに……。もともと勇敢な性格だなんて思ってないけど、踏ん切りがつかない……。
目をつぶって考えを巡らせたり、右往左往歩き回ったり、ギルドに入門するためにここに来たというのにまだ迷っているようだった。

「い、いや、こんなところで唸ってても仕方ない。勇気を出さなきゃ!!」

まだ迷いはあるようだったが首を振ってそれを振り払い、大きく一歩を踏み出した。
そして、入口の手前の大きな穴の前でいったん止まる。
うん、何度見ても鉄の格子なんだよね。落とし穴じゃないのかな?
恐る恐るその上に体を乗せてみるが、足の上に少しこそばゆさを感じただけでびくともしない。もしかしたらもっと大きなポケモンがこの上で跳ね回ったとしても落ちることはないかもしれない。一体何のための穴なのか。

「ポケモン発見!ポケモン発見!」

「うわぁ!?」

格子の上で少し観察していると真下から声が聞こえてきた。声の主はまだ子供なのだろうか、声音が少し高めだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。完全に不意を突かれてびくりと体が跳ねる。気分はびっくり箱を開けたときのようだ。
一時的にカズキはいわゆる“怯え状態”に陥り、頭をぶんぶん振って辺りをしきりに確認する。が、そんなカズキの様子などお構いなしに謎の声は続けた。

「誰の足形?誰の足形?」

「足型はヒノアラシ!足型はヒノアラシ!」

「ひゃわっ!?」

今度は先程の子供らしき声に加えて野太い声も一緒に聞こえてきた。こちらは随分と声量がでかく、まるで目の前で聞いているかのようだった。
どこからともなく聞こえてくる声についに不安に耐え切れなくなりカズキは格子の上から後ろに跳び退ってしまう。そして、がくんと肩を落として落胆の表情を浮かべた。

「……はぁ、ダメだ。結局入る踏ん切りがつかないや……」

これまでもそうだった。そう、ここに来るのはこれが初めてではない。
今日こそは!と意気込んでここまできても結局は先程のように足がすくんでそれ以上足を踏み入れることができない。あの声だって何回も聞いているはずなのにこの体たらくだ。

「この宝物を握りしめていれば勇気も湧くと思ったんだけど……」

そう言って首から下げたペンダントに視線を落とす。
何の飾り気もない紐に掌に乗る程度の小さな石のカケラが結わえられているだけの簡素なものだ。そのかけらを持ち上げてみるとある一面は妙になめらかな平面をしており、そこには幾何学的(きかがくてき)な模様が描かれている。

「あぁ、ダメだ。僕ってホント臆病者だよなぁ……」

深いため息を吐いた後、とぼとぼと階段を下りていく。また今日もダメだったようだ。
カズキがいなくなり誰もいなくなった丘の上。しかし、階段を下りていくヒノアラシの姿が見えなくなると、茂みから二匹のポケモンが姿を現した。

「おい、見たかドガース」

「ああ、もちろん見たぜズバット」

どうやら茂みからカズキを観察していたらしい。ドガースとズバットの二人組はお互いに確認を取るとカズキが去っていった方を見ながら嫌らしい笑みを浮かべる。

「あいつ、何か持ってたよな?」

「ああ。ありゃきっとお宝だぜ?」

茂みの中からでは遠目でしか見えなかったが、カズキが大事そうに首から下げていた何かはきっと金目のものだろう。ならば、ここでとる行動は一つしかない。

「狙うか?」

「おう」





一方、狙われているとは夢にも思っていないカズキは海岸へと足を運んでいた。
ザザァ、と寄せては退いていく波の音が静かな海岸にアクセントを添えている。
そんな砂浜をカズキはとぼとぼと暗い表情で歩いていた。言うまでもない。ギルドに入門できなかったことで落ち込んでいるのだ。
そんな沈んだ気持ちにもかかわらずここに来たのには理由がある。
日没が迫り、太陽が水平線の向こうに隠れ、海岸が夕焼けの光に包まれるこの時間帯、その景色は現れるのだ。
ふと、カズキが顔を上げる。すると、目の前を大きなシャボン玉が通過していった。それは一つだけではなく、大きいものから小さいものまで様々な大きさのシャボン玉がいくつも空を舞っている。
夕焼けに照らされた海岸に静かな波の音、そしてオレンジ色の光を反射するシャボン玉。それらがマッチしてとても幻想的な光景を作り出している。

「わぁ、今日もきれいだなぁ!」

いつもこの時間になるとクラブ達が泡を吹き、このような美しい光景を作り出し、見る者を楽しませてくれるのだ。
落ち込んだ時や悲しいことがあった時、カズキは決まってここに足を運ぶ。この景色を見ていると、なんだか元気が湧いてくる気がするんだ。

「――あれ、なんだろう?」

しばし素晴らしい景色に心和んでいると、視界の端に“何か”が映りこんだ。なんだろうと視線を横にずらしてみると、その物体は波打ち際にあった。
訝しげに首を傾げて近寄ってみる。遠目ではなんなのかわからなかったが、近づいていくにつれてその正体が露わになってくる。
それは――ポケモンだった。

「わわっ!?誰か倒れてるよ!」

慌てて駆け寄って状態を確認する。これは、どうやらフシギダネのようだ。
しかし、その眼は固く閉じられていてピクリとも動かない。体を揺さぶっても起きる気配がない。
これって、もしかして……

「お、お願い起きて!起きてってば!!」

最悪の事態を想像してしまい必死に体を揺さぶる。
お願い、死なないで……!





――誰だろう、誰かが私の体を揺さぶっている?

「……い………きて……!」

――誰かが、呼んでる……?
――早く、起きなきゃ……

「お願い起きて!起きてってば!!」

「うぅ……」

だるい体を起こし、目を開ける。すると、沈みゆく太陽の光が目に入り、思わず目がくらんでしまった。

「よかった、気が付いた!」

すぐそばで声が聞こえる。まだあどけなさが残る高めの声色。
私は声のする方へ顔を向け、ゆっくりと目を開けた。

「君、大丈夫?ここで倒れてたんだよ?」

「……え?」

そこにいたのは一匹のヒノアラシだった。
閉じられているのかと思うほどのその細目からは表情が読みにくいが、先のセリフを聞く限り、おそらく心配しているのだろう。
――いや、今はそんなことどうでも……よくはないけどひとまずおいて置いて。

「あれ、どうしたの?」

「ぽ、ポケモンが、喋ったぁ!!?」

そう、第一に驚くべき点はそこだ。目の前で普通にしゃべっているのは紛れもないヒノアラシ。それが鳴き声ではなく、私と同じ人間の言葉を話している。
驚きのあまり口をパクパクさせていると、ヒノアラシは訝しげに首を傾げた。

「何言ってるの君?しゃべるのは当たり前でしょ?」

「だ、だって私は人間よ!?ポケモンの言葉がわかるはずないわ!」

「人間?どう見てもフシギダネに見えるけど?」

「え……」

言われてみれば、確かに体に違和感を感じる。それに、なんで視線がヒノアラシと同じなの?
急に不安感が募り手を上げて目の前に持ってくる。しかし、その手は見慣れた人間の手ではなく、緑色の皮膚に鋭い爪が備わった前脚であった。

「そ、そんな……」

慌てて体を見回しても人間の面影は何一つなく、薄緑色の皮膚にところどころに濃い緑色の斑点があり、背中には特徴的な種を背負っている。自然に立っていると思ったら前脚を地につけて四足歩行の姿勢になっていた。

「わ、私、ポケモンになってるッ!!??」

なんで!?どうして!!?一体何が起こってるの!!??
急いで記憶の引き出しを探ってみるが、私自身に関する情報が全然見当たらない。引き出しの中をどれだけ探しても何もわからなかった。
なんでポケモンの姿になっているのか。どうしてこんな場所にいるのか。どこから来たのかさえ、わからない。
ただ一つ言えるのは、私が人間であるということだけだ。

「――君、なんか怪しいな。もしかして、僕を騙して襲おうとか考えてる?」

「な、ち、違うわよ!?そんなことしたって私には何のメリットもないし」

どうやら私の行動は不審者として見られていたらしい。ビクリと身をすくませながら警戒のまなざしを向けるヒノアラシ。
しかし、慌てて否定したのが功を奏したのか警戒の色が若干薄れた。

「そ、そうだよね、ごめん」

「いや、私の方こそ怖がらせてごめんなさい」

「ううん。――僕はカズキって言うんだ。君は?」

「私は……ヒナタ。ヒナタよ」

「ヒナタか。よろしくね!」

そう言って小さな手を差し出してくる。握手しようというわけか。
私はその手を握り返そうと手を伸ばそうとすると、驚いたことに前脚ではなく、背中に背負っている種の端から出たツルを伸ばしていた。
感じたことのない感覚に戸惑ったが、カズキは特に気にすることもなくツルを握り握手を交わす。どうやらポケモン達の間では普通のことらしい。

「さっきは疑ってごめんね?最近悪いポケモンが増えてて、いきなり襲われることもあるから」

「そうなんだ……」

いつの時代、どこの世界でもそうだが、ポケモンの世界?でも悪事を働く者はいるようだ。
黒い羊というのか、どんなに良い人材を集めたとしても必ず悪いことをする者が出てくるように神様が決めてしまったらしい。

「痛ッ!?」

と、不意にカズキの体が前のめりに倒れ、私の方に突っ込んできた。
反射的に体を支えにして倒れるのを防いだが、カズキは痛そうに後頭部をさすっている。
カズキから視線を後ろにずらしてみると、そこには先程までいなかったはずの二匹のポケモンの姿があった。

「おっと、ごめんよ」

紫色の球状のボディのあちこちから異臭のするガスを噴出しながらにやけているあのポケモンは、確かドガースというポケモンだ。
セリフから察するにあいつがカズキにぶつかってきたようだが、その言葉には微塵も反省の色が感じられない。

「もう、いきなり何すんのさ!」

「へへっ、わからないのかい?お前に絡みたくてちょっかい出してるのさ」

小馬鹿にするように鼻で笑っているのはコウモリのような姿をしている。あれはズバットというポケモンだったか。
いわゆる不良というやつだろうか、ガラが悪い印象が強く残る。

「それ、お前のもんだろ?」

ズバットが翼で示す先には砂浜に転がっている小さな石ころだった。その石ころには簡素な紐が括(くく)りつけられており、首にかけられるように輪っかになっている。
あれは確か、カズキが首にかけていたものだ。どうやら体当たりされた衝撃で落ちてしまったらしい。

「あっ、それは」

「こいつはもらっていくぜ」

「あぁーッ!?」

ドガースはそれを口で咥え堂々と奪って見せた。しかし、対するカズキは声を上げこそすれ身体を動かすことはなかった。
見れば小刻みに体が震えている。突然の事態による緊張と恐怖のせいで動けないのだろう。

「へへっ、てっきりすぐに取り返しに来ると思ったが、動けないでやんの」

蔑(さげす)むように笑い飛ばすズバット達。だが、そんな言動を受けてもなおカズキは動くことができなかった。

「さあ、行こうぜ」

「じゃあな、弱虫君。へへっ」

二匹はカズキと私の横を通り抜け、海岸の隅にぽっかりと開いた洞窟へと去って行ってしまった。相手を見下すような不愉快な嘲笑を上げながら。

「あぁ……」

取り残されたカズキはその洞窟を見つめ、力なく息をついた。
細い目の端にはわずかに水滴が溜まっている。

「取り返しに、行かないの?」

私も黙って見過ごしていた手前、こんなこと言えた立場じゃないけど、その哀愁漂う背中を見て声をかけた。

「でも、僕弱虫だし、きっと取り返せないよ……」

先程の元気な声とは正反対の小さく暗い声で呟く。すでに諦めムードが漂っていた。

「そうやってやりもしないで諦めるの?あれ、大切なものなんでしょ?」

「でも……」

「元気を出して。ほら、私も一緒に行くから、ね?」

「……うん、わかったよ!」

何とかやる気を取り戻してくれたらしい。わずかに不安は残るもののその顔には決意の色が見えていた。

「じゃあ急ぎましょう!」

「うんっ!」

二人組の後を追って洞窟へと走り出す。
私とカズキは潮の香りが色濃く漂う洞窟――海岸の洞窟へと入っていった。

ウィンデル ( 2012/10/28(日) 16:42 )