第七章
第三十四話:封印の岩場
「だいぶ深くまで来たな。もう少しだ」

灰色の大地を駆け抜け、俺はとある岩場へとやってきていた。この岩場には過去に罪を犯したポケモンの魂が封印されていると言われ、“封印の岩場”と呼ばれている。未来のポケモンですらあまり近寄らない場所だが、今は好都合。ここを抜ければ目的地である森はすぐそこだ。上がった呼吸を無理矢理押し殺してずんずん前へ進んでいく。

「ジュプトル、大丈夫なのか?ここまで休憩も取ってないし、少し休んだ方が」

「ヤミラミ達が追ってくるんだ、ぐずぐずなんてしてられない」

共に行動しているレイは理解が早くて助かった。無月達の仲間というのもあるだろうが、こうも簡単に信じてくれるとは思わなかったからな。それに、休憩なんてしてられないという俺の我儘を聞いて、ここまで着いて来てくれたのだから、助けてくれたことも含めて感謝している。
無茶な移動をしているのはわかるし、レイの心配もわかる。だが、今は一刻も早く過去の世界へと戻らなくてはならない。もう残された時間は、ごくわずかしかないのだから。

「――そういえば、あいつらは無事なんだろうか?」

ふと、先に脱出した二匹のことを思い出す。レイの仲間が一緒にいるらしいが、ヤミラミ達に捕まってたりしてないだろうか?闇雲に逃げているのだとしたら、ここらの地理に詳しいヤミラミ達の方が圧倒的に有利だ。もし捕まったら、今度こそ逃げられないだろう。

「……いや、それよりも、だ。今は自分の使命を優先させなければ!」

どんな犠牲を払ってでもやり遂げると決めた。だから、世間を騒がせるお尋ね者になったとしても時の歯車を集め続けることができた。俺の評判が落ちる程度で済むのなら、いくらでも泥を被ってやる。あいつらがどうなろうと俺には関係ない。俺がやらなければ、いけないんだ。

「ジュプトル……」

拳を握り締め、肩を震わせる。疲れのせいなんかじゃない。これは一度失敗してしまった自分への憤り。決死の覚悟だったのに、あと一歩のところで捕まってしまったのだから。レイが何かを言いたげに手を伸ばしたが、俺の気持ちを察してくれたのか黙って手を下ろした。
こうしてはいられない。止まってしまった歩みを再開し、岩場を抜けるべく先を急ぐ。しかし――

「待テ!」

「!?」

「誰だ!?」

突如響いた声に即座に飛び退いて振り返るが敵の姿は見えない。それどころか、周囲を見渡しても敵の影すら見つからなかった。レイも同じように探しているが、見つからない。姿が見えないってことは、ゴーストタイプのポケモンか?厄介な……。

「我ノ縄張リニ勝手ニ入リ眠リヲ妨ゲタニモ拘ラズ、ソノママ立チ去ロウトイウノカ?」

「貴様、何者だ!」

「我ヲ怒ラセタノダ、ソレナリノ償イハシテモラウゾ」

「どこにいる!隠れてないで出てこい!」

声はすれども姿が見えず。敵意を見せているのに位置が把握できないというのはかなり分が悪い。今できることは攻撃に備えて身構え、警戒することだけだった。挑発のつもりで言い放った言葉を受け、相手は薄ら笑いを浮かべながら「隠れてなどいない」と答える。

「我ハココニイル!」

「ど、どこだ!?」

「我ガ名ハ“ミカルゲ”。縄張リニ入ッタモノハ許サン!」

「!?う、わあぁぁぁ!!?」

次の瞬間、体の自由が利かなくなり、その場に倒れ伏す。な、なんだこれは……!?必死に動こうとしても体に何かがまとわりついているかのように言うことを聞かない。さらには痛みまで伴い、抵抗もできないまま這いつくばることしかできなかった。





一方その頃、サンはジュプトル達と合流すべく封印の岩場を訪れていた。
ジュプトル達がどのようなルートをとるのか、全く聞かされていなかったサンだが、レイが居場所を知らせるために打ち上げた電撃花火。最後の一発は流星のように一筋の線を描き、森の方へと消えていった。あれはおそらく、森へ向かうという道標だったんだと思う。そうなると、ここの岩場を通る可能性は高い。そう踏んで、とことこ進んできたのだ。

「そろそろ抜けるかなぁ?」

小柄なサンは適当な岩陰に隠れながら見つからないように、しかし大胆に進んでいく。倒せないこともないが、いちいち相手をしていたら追いつけないだろう。だから無駄な戦闘は極力避け、安全な道を進む。
そろそろダンジョンも最奥部が迫ってきた時、サンはふと後ろを振り返った。もう見えるはずもないが、置いてきてしまったヒナタとカズキのことが脳裏をよぎり、サンの足を止めさせた。

「ヒナタ達だいじょぶかなぁ……」

あの時は意見の食い違いからついカッとなって飛び出して来てしまったが、本来この世界に来た目的は連れ去られたジュプトルとヒナタ達の救出。なのに、それを放って単独行動に走るなんてどうかしてる。
しかし、そうやって後悔し始めたのはダンジョンを一つ抜けてしまった後のこと。合わせる顔がないのもあり、結局戻らずにここまで来てしまった。

「いや、ウィンもいるし平気、だよね?」

今更戻ったところでもうあの場所にはいないだろう。入れ違いになる可能性もあるし、残してきた仲間に託して進むしかない。そう思い、再び歩き始める。
しばらくすると、目の前に開けた空間が現れた。入り組んだ道も見当たらないし、どうやら奥地までたどり着いたようだ。
ここまで来たが、いまだにジュプトル達は見つからない。もっと先に行ってしまったのだろうか?だったら早く行かないといつまで経っても追いつけない。

「……ぐっ」

「?……えっ!?」

先を急ごうと駆けだそうとした瞬間、呻き声のようなものが聞こえた。敵?でも、どちらかというと今の声は苦しんでるように聞こえた。もしかして、ジュプトル達がいるのだろうか?気になって声のした方へ目線を向けると、そこには二匹のポケモンが倒れていた。

「ジュプトル、レイ兄!二匹ともだいじょぶ!?」

「うっ……お前か……」

予想通り、そこにいたのはジュプトルとレイだった。しかし、その姿は何とも痛ましい。全身にあざのような跡が付き、さらに擦り剥けたような傷跡がいくつもある。そして何より、二匹の体を包む紫のもやはまるで生き物のようにまとわりつき、時折怪しげに発光している。

「待ってて!今助けるから!」

「来るなっ!!」

「気を付けろ、サン!敵がいる!」

十中八九、二匹の怪我の原因はあのもやだろう。急いで駆け寄ろうとするが、ジュプトルの制止の声に足を止める。明らかに苦しんでるのにいったいなぜ?そう思ったのも束の間、敵という言葉を聞いて即座に警戒を強める。
薄暗い岩場、辺りは隠れやすそうな岩がごろごろと転がっている。辺りを見回しながら敵の姿を探し、同時に耳で音を探る。しかし、敵らしい気配はどこにもなかった。

「ど、どこ!?どこにいるの!?」

きょろきょろと目まぐるしく視点を変える。だが、いくらやっても目に映るのは灰色の岩だけだった。もし本当に敵が隠れているのだとしたらそれは相当な手練れだろう。ここまで完璧に気配を消すなんて並のポケモンにはできない。
次第に焦りが募っていく。こうしている間にもジュプトルとレイを捕まえているもやは二匹を苦しめるだろう。早く助けたいのにそれができないのはもどかしかった。それに、戦闘において敵を見失い、無防備に相手を探しているなんて状況は非常にまずい。ここは一つ、行動に出てみるべきだろうか?

「サン!後ろ!!」

「ッ!?十万ボルト!」

考えをまとめかけたところで、突如響いた警告に反射的に飛び退き、振り向き様に電撃を放つ。背後から迫っていたのは紫色の不気味なもや。ジュプトル達を拘束しているものと同じに見える。どうやら敵がいるのは間違いなさそうだ。
後退していくもやを見送り、続いて声のした方へ視線を移す。フシギダネ、ヒノアラシ、イーブイ。そこにいたのは、数時間前に別れた三匹だった。





手がかりを求め、ジュプトルを追って道なき道を歩くこと数時間。私達はとある岩場へとたどり着いた。普通ではありえないような入り組んだ地形。それに加えて襲いくるポケモン達はさらに強さを増していく。幸いにも、今回はあまり敵と遭遇することはなかったが、歩き通しによる疲労に、数少ないアイテムを消費して底が見えているバッグ、少しでも気を抜いたら一瞬でピンチになってしまいそうだった。
そんな中、たどり着いた最奥部。まず目に入ったのはサンの姿。そして、その背後に迫る怪しげな影。本能的に危険を感じたのか、カズキがすぐさま呼びかけなければサンはもやの餌食になっていたかもしれない。

「みんな!」

「危ないところだったね」

私達の登場に驚くサンに向けて軽く笑顔を向ける。対してサンの表情は何やら複雑で、嬉しさの中にも戸惑いが混ざったような不思議な表情をしている。後で聞いた話だが、いきなり飛び出して行ってしまったことを申し訳なく思っていたらしい。そんなサンにカズキが手を差し伸べると、パァッと表情が明るくなり、にっこりと笑って握手を交わした。

「ヒッヒッヒッヒッ……」

和やかな雰囲気になったのも束の間のこと、不気味な笑い声に気を引き締める。

サンを狙っていたもやは地面を這いずり、一つの岩へ吸い込まれるようにして消えた。驚くことに声はその岩から聞こえてくるようだった。岩タイプのポケモンだろうか?しかし、私が知る限りあんなポケモンは見たことがない。サンを含め、四匹の視線が岩へと集中する中、その岩はカタカタと揺れ始めると紫色の霧を噴出した。

「我ノ縄張リニ足ヲ踏ミ入レル者ハ許サン。モチロン、オマエ達モダ!」

霧は岩にまとわりつくように円形状に広がり、その表面にいびつな目と口を形成していく。その周囲には時折明滅する緑色の模様が一周しており、まるでただ描いただけの絵のような目口をわずかに動かし、頭に残る独特な声を響かせる。
普通のポケモンとは少し違う異質な姿。不気味に蠢く紫色のもやにごくりと息を飲んだ。

「だ、誰なの!?」

「彼は“ミカルゲ”というポケモンです。昔、罪を犯した者達が罰せられ、その魂を要石に繋ぎ止められた際に生まれたと言われています」

もやが蠢く岩には独特の模様が刻まれている。おそらく、そうして封じ込めるための封印か何かなのだろう。しかし、罪人達の思念は強く、こうして一匹のポケモンとして現世に蘇ったということだろうか。
博識なウィンに感謝しつつ相手の出方を窺う。サンによれば、ジュプトルとレイがあのもやに拘束されているらしい。相手もやる気満々だし、戦う以外の選択肢はなさそうだ。

「そいつは強い!気を付け――ぐあっ!」

「ジュプトル!!」

私達の姿を見て忠告をしてくれたジュプトルだったが、その言葉は途中で遮られてしまった。遠目ではなにもされていないように見えたが、おそらくあのもやはミカルゲの一部。それを利用して何かしたに違いない。動けないところを痛めつけるなんて卑怯な真似を!

「みんな、行くわよ!」

「うんっ!」

「任せて!」

掛け声に合わせ、各々が行動に移る。まず動いたのはサンだった。
意気揚々と走り出したサンは頬の電気袋をバチバチさせながらミカルゲに突進する。早々に勝負をつけに行ったのか、電撃は次第に大きくなり頬の上で“スパーク”を引き起こした。
その行動を見て、後ろから葉っぱカッターを放ち援護し、カズキもそれに続いた。電撃、葉刃、火炎。三つの属性が一度に迫る中ミカルゲがとった行動は――

「――フ、ヒヒヒ!ソノ程度カ?」

三つの攻撃が直撃し、衝撃が砂煙を上げる。あろうことか、避けるでも防御するでもなくミカルゲはそれらの攻撃を真正面から受け止めた。援護射撃とはいえ決して手を抜いたわけではなく、手ごたえも確かにあった。しかし、不気味に笑う罪人の魂はまるで意に介していない様子。

「そんなわけないでしょう?シャドーボール!」

平然としているミカルゲに驚きを隠せないが、こちらの攻撃はまだ終わっていない。私とカズキの影から飛び出たウィンは至近距離で黒い球体を直撃させた。気が緩んだところに叩き込まれたことでさすがに堪えたのかわずかに後退する。
これは、チャンスかもしれない!ここが攻め時だとみて、即座にカズキにツルを巻き付けるとミカルゲに向けて投げつけた。

「カズキ!」

「オッケー!スピードスター!!」

一見仲間割れにも見える行動。しかし、巻き付けたツルはしっかりとカズキの体を支えているため見た目ほど危険はない。以前は奇襲目的で使ったが、自在に伸びるツルはこうして追撃を加えるためにも使えるのだ。
放たれた星形の弾が何発もヒットする。さらにダメ押しと言わんばかりにサンとウィンが追撃すると、小さな爆発を引き起こした。

「ナイス、ウィン!」

「サンの方こそ。お二方もありがとうございます」

「どういたしまして」

一連のラッシュを受けて立っていられるポケモンはそうはいまい。勝利を確信して私達は警戒を解いた。――しかし、それが間違いだった。
突如、爆発の衝撃で舞い上がった砂煙を吹き飛ばして紫色の霧が辺り一帯を包み込んだ。その範囲は広く、攻撃のために前に出ていた三匹はおろか私がいる場所にも及んだ。肌に感じる生暖かい風。まさか、まだこれだけの力を残しているなんて。

「舐メルナヨ?」

不敵に笑うミカルゲ。攻撃は確実に当たっているはずなのに平然としていられるのはなぜだ。とにかく、もう一度体勢を立て直さなければまずい。とっさに動こうとして、体が思うように動かないことに気付く。
あ、あれ?なんだか、力が入らない……。自然と視界が下がっていき、気づけば突っ伏した状態になっていた。それだけじゃない、起き上がろうとしても妙な脱力感を感じて動けなかった。

「ヒヒヒ、オマエ達ノ力ハ貰ッタゾ」

「何を、言って……ぐっ!?」

「ウィン!」

動けないのは他の三匹も同様で、同じように地面にうつ伏せで倒れている。必死で立ち上がろうとしているウィンにミカルゲは嘲笑を浮かべながら蹴とばした。
どうして動けないのかはわからないが、この状況は非常にまずい。早く何とかしないと……。

「でも、どうしたら……」

原因がわからない以上は対策の立てようがない。なぜこんなにも力が入らないのか。ヤミラミ達に追われながらの逃避行は確かに体力を奪っていったが、こんな突然倒れるようなものではなかった。それに、全員が一度に倒れるなんてありえない。十中八九ミカルゲが何かをやったはず。それがわかれば、なんとか――

「くっ、甘く見ないでよね」

「ホウ、我ガ“怪シイ風”ヲ受ケテモ立ッテイラレルトハ、ナカナカヤルナ」

「怪しい、風……?」

確かに先程から体に生暖かい風を感じる。森林を吹き抜けるような気持ちのいい風とは真逆の不快な風だったが、こんな閉ざされた空間ならば空気が淀んでいてもおかしくはないし、ミカルゲのこともあって気に留めることはなかった。しかし、私はここであることを思い出す。
星が停止した世界ではすべての時間が止まっている。岩も、木も、飛び跳ねた水滴すらも重力を無視して空中で制止し続ける。当然、“風も吹かない”。つまり、今私が感じている生暖かい風は自然現象ではないということだ。

「そうとわかれば……」

この風がミカルゲの仕業だとわかった以上、力が入らない原因もそれに起因してくる。目を凝らしてみると、少し見えにくいが薄っすらと紫がかった霧が充満しているのがわかった。
今、ミカルゲの注意は必死に立ち上がっているサンに集中している。すぐに倒せるにも拘らず圧倒的有利を感じているのか嘲笑を浮かべて苦しむ様を楽しんでいるようだ。今のうちに、やるしかない。

「ふぅぅ……」

目を閉じて意識を集中させる。妙なだるさを感じるせいでうまく志向が定まらないが、視界からの情報を捨て、ゆっくりと深呼吸をすることで無理矢理気持ちを落ち着かせた。
こんなほぼ拘束された状態でできるかどうかわからないけど、今はこれしかない。別に敵に当たらなくたっていい。今回狙っているのは周囲に漂う霧、当たらずともなんとかなるだろう。イメージするのは大量の木の葉、突風すら切り裂く葉刃ですら抗えないような暴風にそれらを放り込み、敵もろとも吹き飛ばす。レイの指導では量より質だと教えられたが、今はその教えを守れるほど冷静ではいられなかった。

「“リーフストーム”!!」

新緑色の閃光は螺旋を描いて宙を舞い、大量の木の葉が不気味な霧をさらって巻き上がる。ねっとりと絡みつくような風から一変、体を叩く暴風。風と葉の渦が轟音を響かせながら舞う様子はまさに嵐の如く。
今まで辺りを包んでいた風を塗り返して霧を払ったリーフストームは、役目を終えて消え去り、辺りは先程までの暴風が嘘のように静まり返った。

「――サン!今です!」

「うん!」

風が無くなった今、ウィンやサンを縛る枷は何もない。すぐさま状況を察したウィンはサンに呼びかけ、サポートする体勢に入った。
ウィンの言葉を受け、サンが攻撃の体勢に入る。バチバチと激しく音を響かせる電撃は頬の電気袋のみならず、全身を駆け巡った。

「貫け降雷!ライトニングスラスト!!!」

「ウグググ、ワアァアァァァーーー!!!!!」

耳をつんざくような凄まじい雷鳴。サンの全身から放たれたイカズチは真っすぐにミカルゲを捉えた。同時に聞こえる断末魔、要石を打ち砕かんとする勢いで放たれた一撃は、ミカルゲの全身を駆け巡った。
わずかに焦げたような臭いを漂わせながら攻撃がやむ。後に残されたのは焼き焦げて黒く変色した要石だけだった。

「やった……」

その姿を見届け、私はどさりと体を地面に預ける。元々疲労が溜まっていた上にあんな大技を使ってしまったこともあり、体力の限界が来てしまったようだ。無茶はしないと心に決めたはずなのに、現実に実行しようとするとなかなか難しいものだ。自嘲気味にふっと笑って、静かに意識を手放した。

ウィンデル ( 2016/10/24(月) 16:57 )