第零話:嵐の海で
ピシャンッ!ゴロゴロ……
厚く覆われた黒雲から放たれた黄色い閃光が地上に向かって突き落とされるたびに、耳を劈(つんざ)くような雷鳴が轟く。
その稲妻は豪雨とともに無差別にその光を轟音と共に落とし続けている。まさに大嵐だ。
こんな天候の時に外を出歩く者はよほどのことがない限りそうはいないだろう。事実、いくら辺りを見渡したところで人影は一つも見当たらない。
――もっとも、こんな嵐の海の真ん中で人影があるわけがないのだが。
「うおっ!?だ、大丈夫か……!?」
「え、ええ……!」
声色は前者が男性、後者が女性のようだ。荒れ狂う波に飲み込まれそうになりながらもお互いの手をしっかりと握りしめ、離れ離れにならぬよう必死にこらえている。
ピシャッ!ピシャァァン!!
「て、手を放してはだめだ!なんとか……何とか頑張るんだ!」
男性の方は女性をかばいながらこの状況を打開する策を考えようと思考を巡らす。しかし、聡明な彼であってもさすがにこの状況は想定外のことで、波に揉まれて集中することができない今の状態ではすぐには打開策が浮かんでこない。
ある程度不測の事態は想定していたが、まさかこんな嵐の海に放り出されることになるなんて想像もしてなかった。
ピシャンッ!ゴロゴロ……
嵐はさらに勢いを増してきている。このままではいずれ二人とも海の藻屑(もくず)となってしまうだろう。
女性の方はすでに衰弱しきっており、四肢に力が入っておらず波のされるがままになりつつあった。
「くそっ!このままだと……」
ただただ体力だけを奪われていくこの状況に彼は苛立ちを隠せない。チッ、と舌打ちをした。
と、その時だった――
ピシャァァァン!!!
すさまじい轟音を伴った一筋の稲妻が二人のすぐ近くに落ちた。その衝撃は先ほどから周りで鳴り響いていた雷鳴の比ではなく、衰弱して掴む力が弱まっていた二人の手を引き離すには十分すぎる威力を持っていた。
「うわあぁぁぁぁぁ!!?」
その叫び声を最後に、嵐の海に投げ出された不運な二人の声は二度と聞こえることはなかった。