前編
状況は最悪だった。
後ろからは殺気を漲らせた数名の追手。そして前方はどこへ続くのか見当もつかない一本道の洞窟。私たちには、この道が安全な場所へつながっていると信じて走る外なす術がなかった。
そもそも元の指示が無理なものだった。
こちらの三倍以上の戦力を持つ敵国の攻撃から、増援が来るまで三日持ちこたえろと。
一日耐えただけでも十分すぎる働きだろう。
そして現在、敵はこちらの残存戦力の始末に入っていた。
「キュウコン、まだ走れるか」
隣で走る主が、苦痛の表情を浮かべながら尋ねてくる。
頬、胸、腕、足、いたる所から血を流す主の姿は見るに堪えないものだった。出来ることなら主を背に乗せてやりたい。だが、私も足に傷を負ってしまい、自分のことだけで精一杯だった。
ただ、いつまでもこうしてはいられない。主にも私にもいずれ限界が来るだろう。もしくは――、
「行き止まりか」
大きなカーブを抜けた先に存在したのは、ただ岩の壁だけだった。つまりこの先へはもう進めない。
主は悔しがる様子もなく壁に背を預けて座り込む。いや、ほとんど倒れ込むようだった。主の周りに赤黒い血溜まりが少しずつ広がり、鉄の臭いが通路に充満する。私も疲れと痛みで足がもつれ、腹這いに崩れる。
間もなく彼らもこちらへ来て、私たちを殺しにかかるだろう。けれどもう抵抗する気力など残っていなかった。
「お前もこっちに来いよ」
主が片腕を広げ呼びかける。最期は側にいたい、そういうことだろう。異論はない。
主の元へ向かおうと足を踏み出す。その時視界の端で何かが動いた。
(あれは――岩陰に誰かいる?)
「キュウコン?」
私が一点を見続けていることに気づき、主が声をかける。
答える代わりに、岩陰を覗き正体を確かめる。
そこには小さなポケモンが身を縮こまらせ震えていた。
頭は黄と白の星型で、体を腰から延びる一対の白い帯で覆っている。
見たことのないポケモンだった。
「どうした、何か見つけたのか?」
主が壁に手をつきながら私の隣まで来る。そして私の視線の先にいる者に気づくと、かすれるような声で呟いた。
「ジラーチ……」
それがあのポケモンの名前なのだろうか。やはり聞いたことがない。
主はそっと彼に向けて両手を伸ばした。
人の手に収まる程の小さな体。それに主が触れたのと、追手の足音が止まったのはほぼ同時だった。
振り返れば、通路をふさぐように彼らは立っていた。
人間は手に武器を持ち、その前方でヘルガーが数匹構えている。
今更足掻こうとは思わない。半ば諦めた目で彼らを見るだけだった。
しかし主は違った。むしろ先程より顔に希望が灯っている。
一体この状況でどうするというのか。
敵には目もくれず、主は手の中のジラーチに強く言った。
「ジラーチ、キュウコンと俺を安全な場所へ!」
その一言でジラーチは今まできつく閉じていた瞳をうっすらと開いた。そして主の顔を覗くと、こくこくと頷き、左の短冊に文字が浮かび上がる。
そして私たちの姿は、一瞬のうちにその場から消えたのだった。
左右には高い崖。草木は一本もなく、赤茶色の土が一面に広がり、大小様々な岩があちらこちらに見える。そんな巨大な谷の中に私たちはいた。
聞こえるのは風の音のみで、他に誰の気配も感じられない。
ここは一体どこなのだろう。今まで洞窟の中にいたはずだが。
確か主がジラーチに何かを言っていた。そのおかげなのだろうか。
主に訊けば分かるだろうと視線を巡らせると、ドダイトス程の岩の上に主とジラーチが向い合わせに座っていた。
私もそちらへ行こうと立ち上がった途端、激痛が走った。たまらず膝をつく。
見れば右前足と左後足のそれぞれ踵から爪先にかけて、一直線に深い切り傷が出来ていた。そこから溢れる鮮血が金毛を朱色に染める。
これではしばらく歩けそうにない。しかしよくあれだけ走れたものだ。逃げるのに必死で痛みにすら気が付かなかったか。
とりあえず出血が収まるまでおとなしくしていた方がいいだろう。
そう決め、地面にうつ伏せになっていると、風に乗って主とジラーチの会話が聞こえてきた。
他にすることもなく、それに耳を澄ませる。
「ボクのこと知ってたの?」
「小さい頃に絵本で読んだんだ。千年に一度目を覚まし、三つ願いを叶えてくれる、だろ?」
「その通り。そっか、千年前にボクと会った人が伝えていったのかな。あの人は変わった人だったよ。願い事がとにかく変わってて――あ、ごめん。時間がないんだったね」
「悪いな。話ならキュウコンが聞いてくれるだろうから、後で思う存分するといい」
「そうさせてもらうよ。で、二つ目の願い事は決まったかい?」
「ああ、キュウコンの治癒を頼む」
「了解」
そこで会話は途切れ、二枚目の短冊に光が灯る。
直後、私の体を白い光が包んだ。暖かく柔らかで、眩しいとは思わない。不思議な感覚だった。
見る間に傷が癒えていく。足の傷も無かったかのように消えていった。
光が弱まる頃には、すっかり歩けるようになっていた。
その足で主の元へ駆けていく。
一度の跳躍で岩に飛び乗り、主の向かいに立つ。
そこで改めて主の惨状を見て、息をのんだ。
洞窟で見た時よりも、さらに出血がひどい。
だが、ジラーチの力ならこれも治せるのではないか。
そう望みを持ち、隣のジラーチに詰め寄った。
「主の傷を癒してくれ。お願いだ!」
「…………」
けれど、ジラーチは無言で視線を逸らすだけだった。
「なぜ目を逸らす。私の傷は治ったんだ。主のだって治せるはずだろ」
「……きない」
「大事な主なんだ。早く、頼む!」
「ボクにも出来ないんだよ!」
ジラーチの声で我に返る。
「……すまない。少し血が上っていた」
なんとか冷静さを取り戻す。が、出来ない、その言葉が頭の中で反響する。
「キミの傷はまだ何とかなったんだ。でもキミのトレーナーは違う。あれは今さらボクがどうしようと――間に合わない。極度に命に関わることはボクでも干渉できないんだ。まだ生きていることの方が不思議なんだよ」
「そんな……」
呆然と主の顔を見上げる。傷は治ったはずなのに体も口も動かすことが出来ない。
悔しさと悲しさとその他様々な感情が混ざり合い、自分でも何だか分からなかった。
けれど、そんな感情は一瞬ですべて吹き飛ばされた。
主の手が頭に触れ、耳と耳の間を何度も撫でる。それだけで十分だった。
そして首に両腕を当て、抱き寄せた。
心地よい体温が伝わってくる。こんなことをされるのはいつ以来だろうか。
ずっとこのままでいたい。そうとも思ったがきっとそれは叶わない。
「ごめんな、キュウコン。俺はもう駄目みたいだ。全然力が入んないし、目を開けてるのも辛い。こんなに早くお前と別れるつもりはなかったが、悪いな」
耳元で主が語りかける。
何も答えず私は黙って聞いていた。
「俺はもう無理だが、お前はしっかり生きてくれよ。まだずっと長く生きられるんだからな」
主の声を一言一句心の中で反芻する。主の体温、預けられる体重、全部。
ただ、一つの不安がまだ残っていた。
ジラーチに通訳を頼み、主に少々意地悪く問いかける。
「主はひどい人だ。こんな何も無い場所で私をひとりにするのか。一体私はどうやって生きていけばいいと言うんだ」
「そうだな……」
主はしばらく考え、思いついたのかジラーチに視線を向け、口を開く。
「ジラーチ、三つ目の願い事だ。ここで育てられそうな花の種を出してくれるか」
「種? それでいいの?」
「そうだ、出来るか?」
「出来るけど……」
少し躊躇っていたようだが、すぐ最後の短冊に文字が記されていく。やがて主の手の中に小さな布の袋が現れた。逆さにすると、小さな種が数粒現れた。
「それは毎年春に白い花を咲かせるんだ。どこでも育つことができるから、水さえしっかりあげればここでも平気だよ」
「ということだ、キュウコン。これからお前に仕事を与えよう。そして、俺からの最後の願いだ。この種を蒔いて、花を咲かせるんだ。死に場に何もないと寂しいからな。そして千年後、ジラーチに見せてやれ。こんなになったんだって。もちろん、お前が他の場所へ行ったって構わない。他にやりたいことを見つけたなら、それはお前の自由にするべきだ。とりあえず何年かやってみてくれよ。添える花もないしさ。ほら」
差し出された袋を前足で受け取る。爪程の小さな種だった。
「さてと、本当にもう限界だ。ありがとうなジラーチ。そして――キュウコン、大好きだ」
最後に口づけを交わすと――主はそっと私から手を放した。
それから主の身体を岩のすぐ脇に埋め、目印にいくつかの石を積んだ。中央の石には炎で主の名を刻んだ。
それが終わる頃にはもう日は沈みかけていた。
「暗くなったし他は明日にしない? 疲れてるだろうし、もう休んだ方がいいと思うんだ」
傷は癒えても体力が戻っていないのは確かだ。
ここはジラーチの提案に乗り、先に眠らせてもらうことにした。
それに、今日だけは主の側から離れる気になれなかった。
目を覚ますと昨日はなかった音が聞こえる。――水の音だ。
「おはよう。驚いた?」
ふわふわと空に浮かびながら、ジラーチは自慢げに問いかけてくる。
「ああ、どうしたんだ、これは?」
向こうにあるのは川だった。右の崖から滝となって流れ落ち、中央を流れ谷の先へ向かっている。
一晩で自然にできるはずがないから、誰かが作ったことになる。そしてそれはジラーチだ。
私が疑問に思ったのは「誰が」ではなく、「なぜか」ということだ。
主の話によると、ジラーチが叶える願いは三つまでとなっているし、そもそも私は願ってなどいない。
「彼の願い事は『ボクが出した種を、君がここで育てる』だった。それを叶えるためには花を育てる条件が整わないといけない。だから向こうの方にある湖から川を引っ張ってきたんだ。要するにこれも三つ目に含まれるってこと」
「昨日早く寝るように促したのは、私を驚かせるためでもあったと」
「それもあるね」
「凄いな。こんなことも出来るのか」
「そんなことないよ。逆にこれぐらいしかできないから」
墓の方を振り返って寂しげに言う。どう声をかけていいか分からず、少しの間沈黙が訪れた。しばらくして、思い出したようにジラーチは「そうそう」と切り出した。
「湖まで行ったんだけど、誰にも会わなかったんだ。もしかしたら人間にもポケモンにも未開の地なのかもしれないね」
「そんな所に私達を飛ばしたのか?」
「緊急事態だったから仕方ないよ」
「それもそうか」
あの場から逃げられただけでも十分すぎるくらいだ。それ以上望むのは欲張り過ぎか。
「それに、今まで大変だったんでしょ? ここでゆっくり過ごしてみるのもいいんじゃないかな」
「そうだな……」
特にこれといってしたい事もない。
ならば、ここで主からの仕事を任されるのもいいかもしれない。
この地で花畑を育てる。
それが私と主をつなぐ唯一のものである気がした。
その後無事に種蒔きを済ませ、付近を歩き回り食料に困らないことを確認するうちに、再び夜が訪れた。そしてこれがジラーチと過ごす最後の夜だった。
「また千年後に会えるといいな」
「起きたら一人ぼっち、なんてのは嫌だな」
「生きられるように努力するよ」
「じゃあ、約束しよう。千年後にボクに会いに来るように。もし遠くへ行っていても、絶対にここに戻って来て。それと、何があったか全部聞き出すから準備しておいてよ」
小さな手をジラーチが出してくる。指切りの代わりにそれを軽く前足で叩く。
「わかった。約束しよう。千年後だな」
「うん。――それじゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
挨拶を交わすと、ジラーチの体は紫色の結晶に包まれていった。それは墓の隣に沈んでいき――残ったのは私ひとりだった。
季節は廻り次の春がやってきた。
欠かさず世話を続けたのが実を結び、ついに花が開いた。
雪のように真っ白で小さな花だった。これが年を重ねていくと、どうなるのか。未来の絵を想像しつつ、一輪を摘み墓の前に供える。
やがて花は実となり、翌年に生を継いでいく。
十年二十年と時が経つにつれ、花は順調に成長し、墓と岩をすっかり囲む程にまでなった。
毎年育つにつれ、来年はと期待が膨らむ一方、寂しさが心に芽生えてきていた。
誰かと話がしたい。独りだけでいるのは少々辛かった。
百年が経ち、花畑は私だけで世話をするには広すぎた。しかし、
「ねえねえ、あっちまだだったよね。僕がやってくるよ」
「あっ、ずるい! 次はあたしの番だよ。ねえ、お姉さん」
水やり用の、中が窪んだ石を咥え、今にも駆け出しそうなのがコリンクの男の子。抗議の声を上げているのがゾロアの女の子。
彼らは最近になってこの地へ移り住んできたのだった。他にも何匹かこの地で生活している。
「ほら、もう一つ石はある。ふたり仲良く行ってこい」
「「はーい」」
ゾロアに石を渡すと、二匹は嬉しそうに川へ駆けて行った。そして入れ替わるように母親のレントラーがやってくる。
「騒がしくてすみませんね」
「いや、おかげで毎日退屈せずに過ごせるよ。そっちもこんな場所で暇じゃないのか?」
「いえいえ、何もないのがいいんです。穏やかで平和で、いい場所です」
「それは良かった」
水やりを忘れて川ではしゃぐ二匹の姿は平和な光景だった。
しかしその平和も二百年、三百年と経つにつれて変わっていく。
段々とこの谷に住む者が増え、ゴーリキーやドテッコツなど力自慢のポケモンは、岩や木を用いて見晴らし台や風雨をしのぐ建物を造ったのだった。
谷は賑やかになっていった。初めは誰もいない荒れ地だったのが嘘のようだ。一体千年後はどんな姿になっているか。きっとジラーチは驚くに違いない。
「お姉さんはここに来る前は何をしていたの?」
ある日のこと、イーブイやロコンの子ども達がこんなことを訊いてきた。
「私はな、人間と暮らしていたんだ」
「ニンゲン? それってなに?」
きょとんとロコンが首を傾げる。
そうか、ここで生まれた子達は知らないのか。
「人間は、そうだな……。私たちよりずっと不器用なんだ」
「不器用?」
「そう。私たちはこうして一緒に話し合い、花の世話をし、木の実を採って、仲良く暮らしていけるだろ。だが、人間はそれが上手く出来ないんだ」
「簡単なことなのに?」
「自分の利益のためなら平気で他人を傷つける。ひどい時には殺し合いにまでなる。私たちよりずっとそれが多いんだ」
「そんな……」
「だが皆がそう悪いばかりではない。主――私といた人間はいい人だった。多少雑な性格だったが、優しい人でな。今でも私の一番好きな人だよ。そして、その主と約束したんだ。花を育ててジラーチに見せると。だから私はずっとここにいる。それに、お前らのことも好きだからな」
そう言って尻尾で子ども達を包む。きゃっきゃとはしゃぐ中、ロコンが私の尻尾の隙間から顔を出した。
「じゃあこの花畑はみんなお姉さんの大切なものなんだね」
「そうだ。だからケンカして折ったり、火を噴いて燃やしたりするなよ」
尻尾から放すと、皆うんうんと頷いていた。
そうだ、ついでにジラーチのことも話しておこうか。
「もっと話聞きたいか?」
「聞きたい聞きたい!」
「よし。これも四百年前の話なんだが――」
結局その日は陽が沈むまで昔話が続いたのだった。
そして五百年が過ぎた頃だった。
開花の時期を迎え、雪が積もっているような花畑の中を、ウインディは全速力で駆けてきた。
「姉さん!」
「どうした」
両膝をついて息も絶え絶えにウインディは顔を上げる。
「向こうに変なのがいるんだ。二足歩行で重い服着て行進して。それにおかしな鉄の筒を持ってた。あれが姉さんの言ってた人間なのかな。怖くなって急いで帰ってきたんだ」
「ッ!」
嫌な予感がする。きっとそれは人間で間違いない。そしてウインディの話と昔の記憶が重なる。鉄の筒は見たことないが武器の類だろうか。
人間が武装して集団でやってくるとなれば目的は限られる。おそらく彼らはここを我が物にしようとしている。
新しい土地があると、力でその住民をねじ伏せて奪い取る。
主と暮らしている時はそんな話を多く耳にした。
だが、黙って彼らの言いなりになるだけなど出来ようか。主とジラーチと、皆と私をつなぐこの地を渡す気など毛頭ない。
まずは、皆に危険を知らせることが先だ。
「悪いが、急いで皆に避難するように伝えてくれないか。きっと奴らは――」
伝えている最中、ウインディが来た方角、花畑の端で火柱が上がった。
どうやら平和的な交渉など端から考えていないようだ。
「ウインディ、早く!」
「わかった!」
頷くとウインディは居住区の方へ駆けて行ったが、すぐにまた引き返してくる。
「姉さんはどうするつもり?」
それを訊くか。
できれば知らないまま行って欲しかったが。
「ここで迎え撃とうと思う。時間を稼ぐから、早く逃げてくれ」
「出来ないよ、そんなこと」
予想通りの答えを返してくる。逆の立場ならば私もそうするだろう。けれど、もう誰にも戦いで死んで欲しくない。私を残して死なないで欲しい。
「小さい頃から世話してくれた姉さんを置いていくなんて出来ない。姉さんが残るなら僕も残る」
「皆に危険を知らせられるのはお前しかいないんだ。最悪誰も助からなくなる。だから早く行け」
ぐっとウインディが呻く。必死に思考を巡らせ、そしてこう言ってきた。
「……わかった。でも姉さんに協力したい奴らはすぐにここへ向かうように伝える。それでいい?」
仕方ない。これ以上話が延びても危険だ。
私が頷くのを確認すると、ウインディはすぐに踵を返した。
しかし奴らの行動も早かった。
彼らはギャロップを駆り、足の炎で瞬く間に花畑を焔の海へと変えていった。町の皆が逃げるより先に回り込まれてしまう。
すぐに後ろの隊列も追いつき、先鋒と挟まれる形となる。不利なのは明らかだった。
逡巡している間に、彼らは武器の他に拘束具を取り出し始めた。
強いポケモンや見た目が良いポケモンは捕らえられ次々と連れて行かれる。抵抗する者は鉄の筒で撃たれ、殺されていった。
誰だって死ぬのは怖い。抗おうとする者はほとんどいなかった。
(姉さん……助けて!)
轡を嵌められ、首に鉄の輪をかけられたウインディが涙を流し訴えてくるが、残念ながらどうしようもない。私はまずこの状況をどうにかしなければならなかった。
取り囲むのはグラエナ三匹と、人間が三人。
これだけなら負けない自信はある。しかし鉄の筒、これが厄介だった。
中に鉄の弾を込めたそれは、一発当てるだけで生物を死に至らしめることが出来る。
仲間たちがこれで殺され、今その銃口が二丁首に当てられている。
「ほら、いい加減諦めろ。おとなしく捕まってくれたら命は助けてやるよ。誰だって死ぬのは嫌だろ」
半笑いを浮かべる男を無言で睨み付ける。今の私にはこの位しか出来なかった。
視線が気に入らなかったのか、男は私の顔を横から蹴りつける。
「なんだよその眼は!」
悪態を吐きながら、何度も顔や体を蹴り続ける。
銃を向けられる私は何も出来ない。
「ちっ、もういい。こいつは殺して毛皮にして売っ払ってやろうぜ」
男の恐ろしい提案に身の毛がよだつ。
最悪の死に方だ。
死んだ後もこいつらに使われるなど全くもって御免だ。
それにこの地――主とジラーチとの約束の場所を離れることが考えられない。
一体私の五百年は何だったのか。こんな終わりのために生きてきたのか? ここで死ぬのか?
いや違う。
奴らなんかに私の約束を違えさせてたまるものか。
だったら――、
(ここで死ぬわけにはいかない!)
その思いが全身に再び力を宿らせる。
まだ動ける。
確信した瞬間、鉄の筒を向けられているのも構わず、足蹴にした男に向かって火を放つ。
咄嗟のことに男は判断できず炎に包まれ、そしてあっけなく倒れる。
銃を持つ残り二人が不意を突かれ呆然としている隙に、大きく右に跳躍し照準から外れる。
反応が早かったのはグラエナだ。
すぐさま私を囲み、うち一体が飛び掛かる。僅かに間を空けて残りが左右から襲ってくる。
僅かに身を引き一体目の狙いから離れ、体を半回転させる。
私が元いた位置には、勢いをつけた九つの尻尾があり、バットの要領で奴の腹に叩き込む。
――まずは一匹。
尻尾の勢いを殺さずにもう半回転。左のグラエナの側頭部に命中し、一撃で沈める。
そして残る一匹は、口に溜めておいた炎を遠慮なく吐き出す――大文字で仕留めた。
これでグラエナ達は全て倒した。
しかし、彼らに気を取られ過ぎていた。
さあ後は人間たちだ。そう振り返ったのと、奴らの筒から煙が上がるのはほぼ同時だった。やや遅れて乾いた音が響く。
眉間を撃ち抜かれたと気付いた頃には、すでに私は倒れていた。
視界がぼやけたかと思うと瞼が閉じていく。そして私の意識は一瞬で黒に塗りつぶされたのだった。