懐想リコレクション
煙が空へ昇って行く。
それは白く細く、けれど確かにアイナの魂を運ぶ。
空はまだらに雲の浮かぶ快晴。蒼天の彼方にはリリもユウキもいるのだろうか。アイナは彼女たちにまた会えるのだろうか。未だこちら側にいる私には確かめる術もない。
「もう、私だけなんだな……」
幼い頃から共に野原を駆け、木の実を取り合った友人達はもう誰もいない。遺されたのは私だけ。
種族によって寿命の差はあるが、キュウコンのものは格段に長い。だからこうなるのはある程度覚悟していたつもりだったが……、いざその時が訪れるとなると胸が苦しい。
腹を割って話し合える相手はもういない。バカなことを言い合える相手ももういない。
気づけば涙は頬を伝わり足下へ落ちてゆく。
何とも言えぬ感情が胸の中でもやを作っていた。
寂しいのか、諦観しているのか。ただ泣いている、それだけは確かだった。
「ねえお母さん」
横から聞こえるのは甘い優しい声。
涙を拭い顔を向けると我が娘ロコンが心配げな表情で見上げていた。
「お母さん泣いてたの? 大丈夫?」
「ああ大丈夫だよ。心配させてすまない」
不安にさせまいと虚勢を張って答える。この辛い思いは私だけの問題だ。泣き腫らしても変わらない紅玉色の瞳には感謝する。
それでも数年も共にいれば見破られてしまうのだろう。ロコンはううんと首を横に振った。
「そんなこと言ってもすぐに分かるよ。お母さん元気ないもん。私、何かお手伝いできることある?」
やはり隠し事は出来ないな。
やれやれと首を左右に振り、視線をロコンに合わせる。
「なら私の話を聞いてくれると嬉しい。本当はお前に言うようなことではないが……誰かに話さないと胸のもやが晴れそうにない。頼めるか?」
「うん、それでお母さんが元気になるなら」
はきはきと答え、ロコンは姿勢良く体を堅くして座る。
「そんなに畏まらなくても、楽な格好でいいよ」
「う、うん」
よっしょと声をかけながら後足を前に投げ出し、前足をその間に置く。このくらいの方が話しやすい。
私も体勢を崩して、両前足を顎の下に置く。そして口を開いた。
「昨日の夜、私の最後の親友が亡くなってしまったんだ」
バシャーモのアイナ。気さくで明るくて、力持ちで頼りになって、皆の意見を聞きまとめるのが上手く――私達のリーダーのような存在だった。彼女とは私達がロコンとアチャモの頃からの付き合いだった。互いのことで知らないことは何もないと言えるほどだった。
一匹また一匹と天寿を迎えていき、残るはとうとう私とアイナだけになってしまった。
アイナは次は私の番だろうと言った。私はそうだなとそっけなく答えた。
そんなこと初めから知っていた。知っていたからこそ、覚悟できているつもりだった。だからこそあまりその話題に触れたくない、というのもあったのかもしれない。
一匹遺されること。それがこんなに辛いことだとは思わなかった。
「ねえお母さん」
それまで黙っていたロコンが初めて口を開いた。
「そんなに寂しくて悲しい思いをするなら、友達は作らない方がいいのかな? 私だけ遺されて辛くなるのが分かってるのなら、誰とも親しくなりすぎない方がいいの?」
うーんと頭を悩ませながら、ロコンは一つずつ言葉を紡いでいく。
「そしたら先にみんな死んじゃう悲しみもなくなるのかな……。一番いいのは一匹でいること?」
想像してみる。
もし私がアイナと仲良くしていなければ。リリとユウキと過ごしていなければ。確かにこうして嘆く感情は抱かなかっただろう。けれど同時に彼女達と過ごす中での喜怒哀楽、それすらも得られなかった。だから、
「それはきっと違う。独りぼっちの生涯なんてつまらない。一生の中で何も得られる物がなければ、いったい何のために生きるのだろうか」
自分の言葉を確かめていく。ロコンへの言葉であると同時にこれは私への答えでもあるような気がした。私は私に言い聞かせるように言葉を続けた。
「私は私の生に後悔はない。アイナといられて、リリとユウキと過ごせて本当に良かったと思っている。もしずっと独りでいたなら、私は私の生き方を悔いていただろう」
私だけ遺されるのは確かに悲しい。けれどそれ以上の喜びを彼女たちは私に与えてくれた。それだけで秤はプラスに振り切れる。
「だからお前も精一杯過ごして、一生忘れない思い出を親友と作るといい。どんなに悲しくても辛くても、きっとそれがあれば乗り越えられるはずだ」
「独りになるってどんなことか分からないけど……つまり友達を大事にしていっぱい遊びなさいってこと?」
「そうだな」
そっかあ、とロコンは呟くと、またよいしょとかけ声をかけ立ち上がった。
「じゃあ、私これから友達と遊びに行ってくるね!」
「ああ、行っておいで」
「いってきまーす!」
元気な声の後、あっと言う間にロコンの姿が茂みに隠れる。
その時々を精一杯に過ごす。それが大切なことだ。未来のことばかり気にしていても仕方がない。
現在はこの瞬間しかないんだ。
私も何か探さなければな。いつまでも落ち込んではいられない。
視線を元に戻す。
アイナを乗せた煙はいつの間にか消えていた。
空は――雲一つない秋晴れだった。