大図書館の司書
とある休日。私は巷で噂の大図書館を訪れていた。
なんでも、そこは今まで来館者がほとんどいなかったのに、近頃急に多くの人が来るようになったらしい。
そのわけを知るべく、雑誌記者として館長に話を伺うことにしたのだった。
「どうぞ、おかけになってください」
通された部屋は、二階にある小会議室だった。ソファが八つにテーブルが一台だけとシンプルな場所だ。
ゆったりとしたスーツに身を包んだ女性――館長は私を中に入れると、ドアを半開きにしたままで向かいに座った。館長の隣ではエーフィが大人しく座っている。
「さて、単刀直入に訊きますが、なぜ多くの人が訪れるようになったんですか?」
「やはりその質問ですね。では逆にお聞きしますが、この図書館を訪れた感想はどうですか?」
「えっと、とても広くて多くの蔵書があり、さすが地方一の図書館だと思いました。ですが、ここから目当ての本を探すのは一苦労しそうですね」
「そうでしょう。一生費やしても読めないほどの本の量がここの自慢ですから。そのおかげで、『探すのが面倒だ』なんて言われて、全然人が来てくれなかったんです」
「それは今でも変わらないんじゃないですか? むしろ本は増え続けると思うのですが……」
「いえ、違うんです。――その秘密がこの子でして」
そう言うと、館長はあくびをし、前足で耳をかいていたエーフィを抱え、テーブルの上――私の正面に乗せた。
「話すより実際に体験した方が早いでしょう。何か悩み事はありませんか? 早起きできるようになりたいとか、手軽な運動法を知りたいとか。何でもいいですよ」
「悩み事ですか。そういえば、何か楽器ができたらと最近思っていまして。――こんな事でもいいんですか?」
「はい大丈夫です。それじゃフィフィ、いつものお願いね」
フィフィと呼ばれたエーフィは面倒そうにもう一度あくびをすると、一歩私の方へ近づいた。
薄紫の瞳が淡く光り、じっと私を見つめる。「ねんりき」だろうか。
「何が始まるんですか?」
「もうすぐわかりますよ」
詳しくは伝えないで館長が小さく微笑む。
よくわからないまま見つめられるのは落ち着かないが、こらえてエーフィの両目を見つめ返す。
そうして、不思議なにらめっこがしばらく続いた後、エーフィは扉の方へ体の向きを変えた。まだ瞳は光っていた。
「そろそろですね」
館長がそういったのとほぼ同時に、半開きにされていたドアから二冊の本が現れた。正確に言うと宙に浮いてやってきた。
「この本はフィフィが今、本棚から『ねんりき』で持ってきたものです。どうぞ手に取ってみてください」
館長に言われた通り、二冊のうち少女とオカリナの写真が表紙の本を手に取ってみる。
タイトルには『フルーラの簡単オカリナ入門講座』とあった。
数ページめくってみると、オカリナの持ち方から音の出し方、簡単な練習法などがイラスト付きでわかりやすく書かれていた。
「どうですか? 今のあなたにピッタリな本でしょう」
「これは……驚きました。ちょうどオカリナに興味があったんです。しかし、私はオカリナとは一言も口にしてませんよ」
「それがこの図書館が人気の理由なんです」
「というと?」
「エーフィの特性はご存知ですか?」
「はい。『シンクロ』――それと最近『マジックミラー』のエーフィも確認された、ですよね」
「その中でこの子は前者の特性を持ってるの。『シンクロ』を使って相手の気持ちになり、その人の目線からぴったりな本を選ぶ。これがフィフィの図書館でやってることなんです」
「『シンクロ』にそんな使い方もあるんですか。――けどそれは、エーフィが図書館のどこに何の本があるか把握していないとできないのでは?」
「フィフィは本が大好きで、毎日本を読んでるんですよ。何百冊も読むうちに本の位置を覚えてしまったんでしょう」
「人間の文字で書いた本をですか?」
「ええ。最初は絵本を楽しそうに読んでいたんですけど、そこから字を覚えていったのか、今では『深奥と豊縁の伝承から見る歴史的関係』なんていう難しい本まで読んでいて」
「聞いただけで頭が痛くなりそうな題名ですね……」
「ええ、前までは読み聞かせをしてあげられたんですけど」
「さすがに、そんな本は読み聞かせできないですね……」
そもそも読み聞かせをしても、音読する自分自身の頭に入るか怪しそうだ。
「フィフィがシンクロを使うと体力を消耗するので、一日1〜2時間ぐらいしか仕事はさせてないんですが、睡眠・食事以外はずっと本を開いているんです」
「本当に本が好きなんですね。私も帰ったらこの本を読んでみることにします。返却期限はいつですか?」
「二週間です。きちんと返しに来てくださいね。本に触れる人が多くなったのは嬉しいことなのですが、延滞や返しに来ない人も増えているので」
「わかりました。記事でも借りた本は返すように伝えておきたいと思います。それでは、本日は取材に協力いただきありがとうございました。フィフィもありがとう」
フィフィの顎の下をなでると、エーフィは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「では、受付で貸し出し手続きをしましょう。カウンターは下の階にあるのでついてきてください」
「了解です。……そういえば、こっちのもう一冊は?」
「あら、フィフィったら。記者さんが独身だと知って気を利かせてくれたみたいですよ」
「はは……。そっちの方も頑張らないと、ですね」
「応援してますよ。そうそう、オカリナの本の作者さん知ってますか? オレンジ諸島では結構有名なオカリナ奏者で――」