Brilliant World!!
「みなさん、初めまして! 遠くの町から取り寄せた、便利な道具を見ていきませんか?」
円村の中心、広場の真ん中で精一杯の声を張り上げる。明るく元気に、第一印象がなにより大切だ。
町行くひとたちが足を止め「何だろう」と好奇の視線を向けてくる。比較的温暖なこの地域にニューラの種族は珍しいことに加え、大きな荷物を持っていれば当然かもしれない。まずは第一段階成功だ。
前の台詞の残響が消えないうちに僕は続ける。
「私は町から町へ渡り歩く行商を生業とするイールと申します。この度は皆さんにぜひ見ていただきたい物がありまして、こうしてこの場をお借りしています!」
ここに到着するまでに頑張って覚えた言葉を滑らかに紡ぐ。適度に緊張を持って、それでも声は朗々と。
興味を持ったひとたちが少しずつ集まりだし数分で半円状の壁が出来た。最前列ではイーブイやリオルの子供たちがお尻を地面につけて座り込んでいる。
「これから何が始まるのかな?」
「手品かもしれないよ」
「えっ、そうだったっけ?」
「だって大きな袋持ってるしさ」
ここでリオルに「さっきも言ったけど……」とは口を挟まない。話し手がひとりだけに注意を向けてしまっては、他のひとを無視することになってしまう。それは同時に集まってくれたひとたちの興味を削いでしまう可能性もある。
だからここは落ち着いて。
息を吸って吐き、呼吸を整える。次の第二段階へ進もう。
「今回皆さんにご紹介いたしますのは――こちらです」
そう言い袋からある物を取り出す。
スプーンに似た形状の木の板が二本、十字に交わっている。これだけでは何の道具かほとんどのひとが分からない。僕も初めて見たときは、楽器か玩具かと思ったし。
案の定お客さん達の頭の上には疑問符が浮かんでいた。
「何に使うんだろう?」
「さ、さあ……。もうちょっと黙って見てようよ」
「うん。そうする」
ざわめきが落ち着くのを待ってから、その道具を僕の目の高さにまで持ち上げる。皆に見えるように上半身を左右に回転。二周したところで言葉を続ける。
「皆さんの中にこんな悩みを持ったことのある方はいらっしゃいませんか。堅い木の実が好きなのに、殻が固くてなかなか実を食べられない、と」
「はいはいっ!」
さっきのリオルが元気よく手を挙げる。よし、良いタイミングで乗ってくれた。
「僕ね、ミクルの実が大好きなんだけど、ひとりじゃ殻が固くて割れないんだ。だから森の中で見つけても食べられなくってさ」
「結局諦めちゃうんだよね」
ねー、とリオルとイーブイが声を揃える。
ふたりが話している十数秒の隙にこれからの展開を考える。どうしたら上手くいくか。よし決めた。
会話が切れたところを狙って僕はまた声を上げる。
「その悩みもこれがあれば解決です。では今回はリオルに実演してもらいましょう」
さあこっちに、とリオルを手招きして呼び寄せる。わくわくと擬音が飛び出しそうな彼に、道具とミクルの実を渡して皆の方を向かせる。
「じゃあ指示に合わせてやってみて」
リオルに耳打ちすると、彼はうんうんと縦に頷く。
「まずは片方のスプーンに木の実を乗せてください。そして内側に軽く力を入れるだけで――」
僕の説明にあわせて、リオルは両手に持った木の板の間隔を内側に狭める。
ぱきっ、と乾いた音がしてミクルの実の殻だけが地面に落ちた。ギャラリーの間から感心の声が上がる。
「このように簡単に中身を取り出すことができます。もちろん対象はミクルの実だけではありません。こちらのネジを調節すると――」
今のデモンストレーションのおかげで、すっかり町のひとたちは話に取り込まれていた。第二段階成功だ。
右手をぐっと握り僕は商品の説明を続ける。
「毎度ありがとうございました!」
それから二時間ほど経ち、並んでいた最後の客が去っていく。今日はこのあたりで引き上がろう。そう決めると荷物を一つずつ片づけていく。
売り上げは好調だった。リオルの子がとても嬉しそうにしていたのがプラスの効果を生み、商品は予想以上の売れ行きとなってくれた。
「よし、次もこの調子で……ん?」
荷物の整理が終わり顔を上げると、誰かの視線を感じた。
右……違う。左はさっきのリオルとイーブイが追いかけっこをしている。後ろは噴水。じゃあ前は……通り向かいに家があるだけだ。
いや。
視線を上に向ける。
いた。
その家の二階、窓から一匹のロコンがこちらを見下ろしていた。距離があるからはっきりとは分からないけど――冷たい視線を向けている、そんな気がする。
僕と目が合うと彼女は部屋の奥へと姿を消してしまった。窓際に残ったのは数個のぬいぐるみだけとなる。
一体今のは何だったんだろう。
そういえば今のロコンは初めて見た。家の前があんな賑やかになっていれば顔を出しそうなものなのに。
「もしかしたらそのことで怒ってるのかな」
勝手に家の前で騒ぎ、迷惑に思っていたのかもしれない。それだったら悪いことをした。謝りに行った方がいいかもしれない。
商売をする者にとって悪印象は避けるべき敵の一つだ。
悪事千里を走るというように、欠点や悪いイメージなどのマイナスなことはすぐに広まってしまう。それでは今後商売がし辛くなる。
それに……
なんだか、それだけが原因じゃないような気がした。
「すみません。先ほど広場で販売をしていたイールと言います。少しお時間よろしいでしょうか」
さっきのロコンの家で僕はドアを叩く。
まだこの地域にはインターホンが無いようだ。もう少し発展した町へ行くと、意思伝達機能のあるエーフィの宝石から発想を得たらしい近距離通信機器があったりする。少々値が張るけれど、貧しい村ではないようだし、次に訪れるときはそれを持ってきたら売れるかもしれない。
そんなことを考えていると、家の中から声が返ってきた。
「帰って」
何の感情も含まない平坦な声音。ただ帰れと簡潔な四文字の言葉が発せられる。
しかしここで簡単に引き下がりたくはない。悪印象を払拭したいのもある。けれどそれ以上に、なぜあんな視線を向けたのか、どうして冷たい対応をされるのか、それらを、彼女のことを知りたい。だから努めて穏やかな声で呼びかける。
「商品を売ろうというわけではないんです。ただ貴方と話がしたくて、ほんの少しの時間でいいんです」
ふと商売の師匠の言葉を思い出す。その土地の家の中を見ることは大きな益だ。それによってその地の状態、市場の傾向などがだいたい分かる――っと今はそんな事は関係ないんだ。
「嘘ばっかり……」
「え?」
「とにかく、私は貴方と話したくないの。だから帰って」
「ですが」
「いいからどこかに行って!」
ロコンの叫びに思わず一歩身を引いてしまう。今のはさすがにしつこかったか。これ以上食い下がっても余計に悪印象を与えるだけだ。
仕方ない、ここは諦めて今日の宿を探しに――
ため息とともに肩を落とし、回れ右をする。その時だった。
どん、と何かが崩れ落ちる大きな音。嫌な予感。
今のは何だろう。体を壁にぶつけたような、いや床か、どちらにしろ異常であることには変わりない。
「何かありましたか?」
考えるより先に僕はまたドアをノックしていた。「いい加減にして」そう返してくれればまだ良かった。けれど、
「…………」
ドアの向こうは無音だけ。
――違う。
荒い息遣いが聞こえる。音の方向はやや斜め下。身長差を考えても、その向きはおかしい。
「大丈夫ですか!?」
大丈夫じゃないのは自分でも分かってるはずだ。だけどドアが、たった一枚の木の板が邪魔をする。
きっとこれは緊急を要する事態だ。だからここで何もしないのが一番良くない。向こう側へ行かないといけない。でもどうしたら……。
ピッキングに使えるような道具は持っていない。ほかに使えそうな物は――爪?
ノックを止め自分の両手を見る。手から伸びるのは二本の鋭い鉤爪。これを使えば。
「緊急だから仕方ないよね」
ごめんなさい、と心の中で念じてから、右手の先に意識を集中。技のイメージを組み立てつつ爪先を硬質化。そのまま腕を右上段に構え跳躍。損害の少ないよう鍵のあたりだけを狙い左下へと振り切った。『ブレイククロー』だ。ドアの留め具が無くなり、そのまま僕は木の板を手前に引く。そして、
「っ!?」
ロコンが倒れていた。
瞼を閉じ左半身を床に預けている。開いた口から漏れでる吐息は激しく、全身からは汗が吹き出ていた。
急いで駆け寄り彼女の額に手のひらを当てる。
「熱い……」
高熱が出ていた。
彼女を両手で抱えると、火傷してしまいそうな熱が伝わってくる。とりあえずまずは休める場所に運ばないと。
僕が左右を見回していると、腕の中のロコンがうっすらと目を開けた。
「ん……」
「気がついたんですね」
「えっと、私」
「熱で玄関に倒れていたんです。今運びますから、寝室を教えてくれませ――」
「……って」
「え?」
何かを彼女が呟いた。よく聞こえずに問い返す。
「だから……私に構わないで。今すぐ、帰って」
弱々しくも表されるのは明確な拒絶の意志。彼女は体をよじって僕の腕から逃げ出し着地すると、強い語調で言った。
「お願い……来ないで。私は、独りで平気だから……。早くどこかに行ってよ!」
何が彼女に僕をそこまで否定させるのか、全く見当がつかない。気になるけれどこれ以上会話を続けても益が得られるとは思わない。だから彼女の言う通り素直に帰ろう。彼女に関わるのはもう止めよう。
――と、普段の僕ならそうしたと思う。
けれど僕の足は動かない。異様な光景が目の前にあった。
彼女は――僕の方を見ていない。
全く別の方向を向き、拒絶の言葉を吐き続けている。異常とも思える行動に、足が釘付けになる。
「あの、ロコンさん?」
おそるおそる声をかけてみる。すると彼女はびくっと体を震わせ、僕の方に顔を向けた。そして、
「聞こえない……、分かんない。みんなの声……。頭痛いよ。助けて!」
ロコンは倒れた。
その後、僕は毛布を見つけるとその上にロコンを寝かせた。荒い吐息を続けて眠る彼女の横で自分の荷物を漁る。
「確かこの辺に――あった」
取り出したのは小さな瓶。中には小さな白い錠剤がいくつか入っていて、その内の一粒を手に取り、残りはしまう。そしてグラスを借りて水を注ぐと、薬と一緒に彼女の横に置いた。
ロコンから目を離すのも気が引けて、僕は彼女の側にいることにした。何もしない時間ほど無駄な物は無いと商人達の間ではよく言われるけれど、
「ほっとけないからね」
ここで見捨てられるほど、僕は損得勘定だけで生きているわけじゃない。たとえ彼女に拒絶されたとしても。
でも、どうしてあんな態度を取られたんだろう。
前に彼女と会ったことはないし、今日だってあれほど気に障るようなことはしてないはずだ。
今までの彼女の様子を回想してみる。「来ないで」「私に関わらないで」彼女の悲鳴が脳内で再生される。
「あれ……?」
ふと一つの引っかかりを覚える。
彼女は僕を拒絶しているというより――なんだか他人と関わることに怯えている、そんな感じがする。
さらに思い出してみる。
今日僕はこのすぐ側で商いをし、だいぶ賑わっていたのに、ロコンは顔を出さなかった。体調が悪かったからといえばそれまでだけれど、さっきの様子を見るに、自分でも気づいてなかったようだし……。
分からない。
彼女のことも、僕がこうして側にいることも。
僕は溜め息をついて、後ろの壁に寄りかかった。
「宿、どうしようかな」
そういえば考えてなかった。そもそもこの町に宿はあるのか、今から調べに行ってももう受付ていないかもしれない。それにロコンが目を覚ますまで、なんとなくここを離れ辛い。
そう迷っている内に、ロコンが目を覚ました。
きょろきょろと首を左右に振り、虚ろな瞳のまま首を傾げる。
「ん、えっと……毛布?」
彼女はかかっていた毛布を取り、さらに首を傾げる。僕は立ち上がると彼女の隣で片膝をついた。
「僕がかけたんだ。帰れって言われたけど、放っておけなくて」
先ほど辺りを見回していたのに気が付かなかったのか。ロコンは僕の存在を確認すると文字通り飛び上がった。
「ひっ……」
「おとなしくしてて」
悲鳴を上げる前に、右手の爪のうち一本を立てて彼女の唇に当てる。彼女が声を飲み込む間に、僕は錠剤と水を差し出した。
「とりあえずこれを飲んで。熱によく効くから」
ロコンはしばらく躊躇っていたけれど、僕が勧め続けると彼女はしぶしぶそれらを受け取って水で流し込んだ。
グラスを回収し水場へ持っていく僕の背中に声がかけられる。
「……ありがと」
「どういたしまして」
グラスを軽く注ぎ、逆さまにひっくり返すと、再び彼女の横に腰を下ろす。
「具合は?」
「さっきよりは、良くなった。貴方が、運んでくれたから。えっと、貴方は――」
「イール。行商の中でこの町に来たんだ」
この際商売用の言葉遣いはしない。あの話し方は結構疲れるし、それに彼女の前ではそのままの方がいい気がした。
自己紹介のついでにここを訪ねた理由も話す。
窓からロコンの姿が見えて気になったこと、訪問を拒否されたこと、異常を感じて中へ入ったこと。
鍵を壊したのと、勝手に侵入したのはきちんと謝った。
「ううん、おかげで助かったから」
ついさっきまでとは違い、彼女はおとなしかった。熱のせいもあるのだろう。
「僕からも一つ訊いていいかな」
「さっきの私の態度?」
「うん。どうして僕と関わることを拒んだの? これが初対面のはずだよね」
「それを話すには……少し時間がかかるわ。それでもいい?」
黙って頷く。
ロコンはしばらく沈黙を通し、やがて「あ」と何かに気が付いたような声を上げると、一度深呼吸。そして言葉を続けた。
「私は目が見えないの」
「目が……見えない?」
「そう、盲目とも言うわね」
氷で頭を殴られたような感じがした。
でも今まで彼女は、え、けど……。
予想外の告白に頭が追いつかない。だって彼女はひとりで――
「『どうやって生活してるの?』そう思うのは当然だと思う。こんな話を聞いたことない? 五感の一つが欠けると、他の感覚が鋭敏になることがある、って」
ロコンに問われて今まで訪れた町の記憶を振り返る。
思い返してみれば、そんな人がいると耳にした覚えがある。あるひとは目が見えないけれど、頭で思い描く世界を見事に表すことが出来ると。またあるひとは耳が聞こえないけれど、相手の小さな挙措や表情から心の動きをつかむことが出来ると。
じゃあ彼女は?
「私は、心の声を聞くことが出来るの」
「心の声……?」
「そう。相手の思ってる本当のこと、私にはそれが聞こえる」
彼女の落ち着いた声と共に頭の中が整理されていく。
盲目、だから彼女は僕の方を見ていなかったり、黙って返事をしても気付かなかったりしたんだ。
「今は熱のせいで上手く聞こえないんだけどね。貴方に『帰って』って頼んだあたりからかしら。だから貴方が今、私を騙そうとしても、私は分からない」
「騙すなんてそんな……!」
「どうかしら」
反論しようとして、彼女の冷ややかな視線を思い出す。
「それもこれから話すから。もう少し聞いてて」
「うん」
ここは彼女の言う通り、おとなしく話の続きを待つ。
それからロコンは少しずつ、自分でも確認するように話してくれた。
「外に出ると嘘ばっかり聞こえるの。例えば表向きは相手と楽しくしてるのに、心の中では全然違う風に思っていたり。特に商人なんてそうでしょ?」
「うっ」
詰問するような口調で話を振られ、つい返答に詰まってしまう。そんなことない、とは言えなかった。
「だから商人は私の嫌いな物の一つだったんだけど――貴方には助けてもらったから。特別に例外」
ほっと胸を撫で下ろす。「特別」という言葉が身を擽った。
「話が逸れたけど、私はそんな嘘だらけの世界が嫌だったの。だから」
一呼吸置いて彼女は俯く。
「私は外に出なくなった。幸い"もの"の声も聞こえるから、目が見えなくても生活には困らなかった。それに、ものは嘘をつかないから」
ほら、と彼女は部屋の周囲を指し示す。
言われる通り壁をぐるりと見回すと、たくさんのぬいぐるみが部屋を取り囲んでいた。ピカチュウに、ヒトカゲ、ピッピ――たくさんの種類がある。そういえば二階の窓にも並んでいたっけか。
毎日彼女は外界から絶たれたこの空間で過ごしていたのだろうか。嘘のつかないぬいぐるみと"ひとり"で。
それはどんな気分なのか。僕にはとても想像がつかない。
「ねえ聞いてる?」
「え?」
ロコンの声で我に返る。考えごとに没頭していたらしい。
「少し、話しすぎたかしら。夜も遅いみたいだし、長く付き合わせてしまったわね。ごめんなさい」
「ううん、僕が好きでいたんだし、君が謝ることは――」
そういえば名前を聞いてなかった。
その余裕がなかったのもあるけれど。今更ながらに尋ねてみる。
「私はメイエン」
メイエン、もう一度口の中で唱える。あまり聞き慣れない名前だった。
「今日は久しぶりに"話"が出来て楽しかった。でも、」
メイエンは声のトーンを落とす。
「もう私は大丈夫だから。来なくていいわ」
再び示される拒絶の意志。
また振り出しに戻ってしまった。ほんの少しメイエンの心が開いたように思えたのは僕の錯覚なのだろうか。
いや、違う。
本当に心を閉ざしていたのなら、彼女が目を覚ました後も僕との会話を頑に拒んだはずだ。それにさっきの話も嘘を言っているとは思えない。ここで頼みを呑んではいけない。でなければメイエンの扉を開ける機会は失われてしまう。
「そろそろ寝たいから、帰ってくれるかしら」
口調に僅かな苛立ちが込められる。
やはりここは一度退散した方が賢明……、いや、一か八かだけど試してみよう。
「ねえメイエン」
「何?」
「このあたりに今から入れる宿はあるかな。雲行きもなんだか怪しいし、野晒しで寝るのは避けたいんだけど」
「…………二階の部屋を使って。この町には宿が無いから」
「ありがとう」
深く頭を下げてから僕は腰を上げる。
部屋を出る僕に、後ろから声が飛んでくる。
「毛布は入って右にあるから。あと枕はその隣にあるわ」
「うん、わかった。じゃあ借りさせてもらうね」
もう一度礼をして部屋を後にする。窓の外を見れば、しとしとと雨が降っていた。
メイエンに言われた部屋に入り明かりを点ける。そして目に入ってきたのは、
「うわ……」
大量のぬいぐるみがここにも並べられていた。これだけ多くの人形に囲まれると、まるで異世界に来たような気分になってくる。今にもそれらが動き出してお茶会でも始めそうだ。
でもやっぱりこんなのは良くない。改めてそう思う。
ずっと部屋に閉じこもってぬいぐるみと遊び続けるなんて寂しすぎる。
助けたい。
余計なお節介なのかもしれない。それでも、彼女をこのままにしておけば、メイエンはずっと独りぼっちだし、僕は絶対にそのことを引きずり続ける。誰も満足な結果になり得ない。
だから、彼女の心を開きたい。
彼女は心を壁で取り囲んでいる。外からの干渉を拒むために、そして彼女自身が接触を避けるために。
その壁はさっきのドアとは全く異なるものだ。物理的な壁ならこの鋭い爪で切り裂くことが出来る。けれど心の壁はそうはいかない。爪も技も役に立たない。
じゃあどうするか。
一晩考えても、良案は一つも浮かばなかった。
翌朝、階下に降りるといい匂いがしてくる。その元をたどっていくとメイエンが配膳の用意をしていた。二人分が用意されていく。
メイエンはぴくっと右耳を揺らすとこちらに顔を向けてきた。
「丁度準備が出来たの。食べていって」
指し示されるまま、僕は食事の場についた。
用意されていたのは、トーストにコーンスープ。出来立てでほんのり湯気が立っていた。
「熱はもう大丈夫なの?」
「ええ、昨日貴方がくれた薬が効いたみたい。感謝するわ。足りないかもしれないけど、これがお礼ってことでどうかしら」
お礼なんていいのに、そう思いつつコーンスープに口をつけてみる。
「おいしい……」
コーンの甘い味に塩と胡椒が利いていて、それと――この味は何だろう。香辛料だとは思うけど……
「気になる?」
「え?」
あれ、声に出して言ってたっけか。食品を見るとすぐに材料を知りたくなるのは商人の悪い癖だ。
顔を上げるとメイエンが首を横に振っていた。
「ううん。熱が下がったから、"聴く"力も元に戻ったの。だからあなたの考えてることは、私に直接伝わってくる」
「え……?」
ということは僕の思考がメイエンに筒抜けなのだろうか。それはなんだか
「気味が悪い?」
目を伏せ寂しそうにメイエンが尋ねる。言葉の端には僅かな怒りも含まれている気がした。でもそうじゃない。
確かに一瞬でもそんな感情を抱いたのかもしれない。けど、
「じゃあ何?」
詰問するような彼女の口調。僕の心が分かるなら、わざわざ聞く必要がないのに……、それともメイエンの知らない気持ち……なんだろうか。
「えっと、くすぐったい?」
疑問形で答えたのが気に障ったのか、メイエンが目を細める。
「こう、胸のあたりがぞわってくるんだ。気味が悪いとかそういうのじゃなくて。……うーん、何て言ったらいいのかな」
「どうしてそんな自分でも分からない感情を持つの?」
「そう言われても……」
思ったんだから仕方ないと口ごもる。と同時にあることに気がついた。昨日初めて言葉を交わしたときから、彼女がだいぶ変わってきている。ただ突っぱねるだけだったのが、こうして会話をしている。心の壁からメイエンはほんの少しだけ顔を覗かせている。
そんな考えを悟られないように、話題を逸らす。
「昨日この家の鍵を非常とはいえ僕が壊したから、買いに行ってくるよ。同じ型でいいよね?」
「そんな……看病までしてもらったし、そこまでしなくていいわ。後は私がやるから、もう大丈――」
皆まで言わせずに、僕はメイエンの言葉を遮る。
「そうすると僕の方が気まずくなるから。人のものを壊したままにするのってやっぱりよくないし」
それ以上断っても無駄だとメイエンは諦めてやれやれと首を横に振る。
「わかったわ。ただ一つだけ条件があるの」
「条件?」
「ええ。鍵を買って帰ってきたら、もう私には関わらないで。私を独りにさせて」
でも……、そう僕が答えるのを聞いていたのかいないのか。彼女は胸を押さえ言葉を続ける。
「あなたと会ってからここが落ち着かないの。ぐるぐるして頭が痛くなりそう。これもあなたのせいなんでしょ?」
ずっと独りでいた彼女に突然押し掛けて、一晩泊めてもらって――色々な変化がありすぎたんだ。それは悪くないことだとは思うけれど、解決を先延ばしにするのはよくない。
今日、それまでにメイエンの心の壁を壊すんだ。
今まで得た知識と経験を全稼働して策を見つける。
そう強く決めると、僕はメイエンに朝食の礼を言い家を後にした。
外に出ると、昨日露店に来てくれたガルーラがちょうど前を歩いていた。僕に気がつくと、目を丸くして驚いた表情を見せる。
「あんた今この家から出てきたのかい?」
そう言ってガルーラはメイエンの家を指し示す。そうだと答えるとガルーラはさらに驚いた。
「メイエンが他人を家に上げるなんて珍しいねえ。彼女を目にすること自体滅多にないのに……。あんた、一体何をしたんだい?」
「昨日の路上販売の後、彼女の家に向かったんです。そしたら彼女が熱で倒れていたので看病していました」
「そうかい。で、メイエンはどうだったんだい?」
「どう、と言いますと?」
問い返すと、ガルーラは一瞬複雑な顔をして声を落とす。
「突っぱねられなかったかい? 『私に構わないで』って」
それは一晩だけでもう二桁近く聞いてる気がする。それでも僕は彼女が放っておけなくて、意地でも側にいたのだった。
「あんたもなかなか頑固だね。若いのはそのくらい元気な方がいいねえ」
ガルーラは両腕を組みうんうんと頷く。
そうですかね、と言葉をつなげつつ、聞きたいことがあって質問に移る。
「そういえば……彼女はずっとあんな感じなんでしょうか」
そう僕が問うと、ガルーラは手のひらを頬に当てて空を見上げる。
「いつからかねえ。たぶん物心ついた時からじゃないかね」
そんなに前から……。
その頃から彼女はずっと、ひとの嘘を聞き続け、嘘だらけの世界が嫌で、そして閉じこもった。心に壁を張って。そして、
『気味が悪い?』
数分前の彼女の言葉を思い出す。
メイエンはそう思い込んで、独りで居続けた。
でも全然そんなこと無いのに。確かにちょっと変な気分にはなるけど、気味が悪いなんてことは絶対にない。ガルーラに訊いても同じ答えが返ってきた。
「そんなこと言ったら、あたしが怪力を繰り出すのだって、あんたが氷の技を使うのだって『気味が悪い』ことになっちまうよ。そういうものの延長に『声が聞こえる』があると考えればいいと思うけどね」
ラルトスやキルリアだって少し原理は違うけれど、感情を察知することはできる。だからメイエンが心の声を聞けるからと言って、それが彼女を嫌う理由にはならない。
「ただ、彼女が距離を置きたがるとね、あたしらも近寄り難いのさ」
それはつまり、
「メイエンが心を開けば、いつでも受け入れてくれるってことですよね」
「それは当然さ!」
どんとガルーラが胸を叩く。彼女がそれをすると、とても頼もしく見える。
ならば、あとはそのきっかけさえあれば――、
爪を唇に当て考え込んでいると、昨日のリオルとイーブイが駆け寄ってきた。
「わー、昨日の商人さんだー!」
「昨日のすごかったねー」
「ねー」
ねーねーと腰の辺りで二匹が何度もジャンプする。昨日もだけどそのテンションでよく疲れないな、とその元気が羨ましい。
あの時はこの子達が盛り上がってくれたおかげで上手く売れたんだけっか。あとでお菓子でもプレゼントしてあげようかな――ん?
何かが閃く。けどあと少しのところで出てこない。落ち着いて。今、僕は何が引っかかった?
「おにーさん、どうしたの?」
「また新しいの見せてくれるの?」
すぐにはしゃぐ二匹に苦笑しながら、ガルーラもそれに加える。
「昨日のは確かにすごかったねえ。あたしだけじゃなく、みんな純粋に感心してたと思うよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、今後の励みになります」
賛辞の言葉に一礼し――そうか。
引っかかっていたものが出てきた。
この世には嘘が満ち溢れている。メイエンのそれは正しい。けれど、嘘だけが全てではない。本心を表現する、例えば昨日のリオルやイーブイ、お客さん達のように純粋に感心を示すことだってある。それを彼女に知ってもらえれば、壁を壊せるかもしれない。この世界は嘘だけじゃないと伝えられる。
そんな僕の表情を見て、ガルーラもにっと笑う。
「なにかいい案でも思いついたかい?」
「はい! そこで一つお願いがあるのですが、今日の日没前に、またあの広場で店を開くことを村のひと達に伝えていただけませんか」
「おやすいご用さ。何をするかーーは聞かないでおこうかね。楽しみにしてるよ」
「僕も手伝うー!」
「わたしもー」
ガルーラと、そしてリオルとイーブイが力強い返事をしてくれる。
よし、あとはメイエンを説得するだけだ。
物事を成功させるために大切なのは心を強く持つこと。
使うのは爪ではなく、培ってきた知識と経験。
きっと、いや絶対上手くやってみせる。勝負は半日後だ。
「ただいま。メイエンどこにいる?」
買ってきた鍵の部品を玄関に置いて、そこから彼女の名前を呼ぶ。すると上から声とともにメイエンが降りてくる。
「おかえりなさい――て、なんだかあなたがここに住んでるみたいじゃない」
「ごめん、つい。ここに住ませてっていうわけじゃないからさ」
「ならいいけど」
そんな会話を交わすうちに、メイエンがすぐ側までやってくる。袋の中身を前足で触れ確認すると、いつもの素っ気ない声で彼女は言う。
「いろいろ迷惑かけたわね。朝も言ったけど貴方には感謝してる。けど、これ以上貴方に手間を取らせたくないから……さようなら」
「メイエンの朝食また食べたかったけど、これ以上お世話になるのもよくないしね。こちらこそ寝る場所を貸してくれてありがとう」
お互い頭を下げ、同時に起こすと僕は自分の荷物を肩にかける。そして数秒の沈黙が訪れた。
「で?」
苛立たしげにメイエンが尋ねる。彼女の後ろでは六本の尻尾がばさばさと揺れていた。
「言いたいことがあるならはっきり言って。"何か"あるんでしょ」
「えっと……。僕と一緒に――」
先手を取られてしまったけれど、今からでも間に合う。断られないように自分のペースに持ち込んで。そう考えながら紡いだ言葉はメイエンの一言で切り捨てられる。
「断るわ」
「どうして!」
「言わなかった? 私は嘘をもう聞きたくないの。外に出るなんて御免よ。ここでぬいぐるみ達と遊んでる方がいいの。だからお願い、早く帰って。あなたと話してるのも嫌なの! もうどっか行ってよ!」
両の目から大粒の涙を流し、大声でメイエンは訴える。その様子を見ていると胸にナイフを突きつけられたような気分になる。けれど、それ以上に僕は彼女の言葉が痛かった。
「本当に?」
「え……」
声を止め、メイエンは涙の溜まった目で僕の方を見上げる。
もしその言葉が本当なら、
「僕と過ごした時間、今日の朝食も、この時間だって嫌で嫌で仕方なかった? 僕なんかと出会わなければよかった、そう本当に思ってるの?」
「それは……」
「メイエンのスープおいしかったし、『おかえり』って言ってもらえて嬉しかった。旅をしてると、そんなこと言われないからね。でもそれは僕だけが思っていたことなのかな?」
「……っ!」
声にならない声を上げ、メイエンが崩れ落ちる。頭を押さえひたすらに頭(かぶり)を振っていた。それを見て僕も我に返る。彼女の言葉が悲しくて思うままに言ってしまったけれど、これは意地悪すぎる質問だった。
「いいえ」と答えたら、さっきのメイエンの台詞と矛盾が生じてしまう、つまり彼女は自分の何よりも嫌いな嘘をついたことになる。そして「はい」と答えても、僕の思い違いでなければ、彼女はこちらでも嘘をつくことになる。
どちらを返しても行き着く先は一つの二択問題。残酷な質問にメイエンは首を振り現実を否定し続ける。
とっさに僕は腰を屈めると、彼女の首元に両腕を回す。落ち着くのを待ってからそっと語りかける。
「この世界は嘘だらけ、それはメイエンの言う通りだ。特に僕達商人はいつも嘘を目の前にしてる。でも、だからといって嘘だけが全てじゃない。嬉しいときは嬉しいし悲しいときは悲しい。他にも驚いたり楽しんだり、そのままの感情を表に出すのは嘘よりずっと多いと思うんだ」
「そのままの……気持ち?」
「そう、それをこれからメイエンに見せてあげる。来てくれるかな?」
「…………お願い」
小さな声で、けれど確かにメイエンが肯定の答えを返す。
僕はそっと彼女から離れると、もう一度荷物を持ち直した。涙を拭い取ったメイエンが僕に尋ねる。
「何をするの?」
「ちょっとしたパフォーマンスをね。そうだメイエンには先に見せておくよ」
そう言い袋からいくつかのガラスの玉を取り出す。球状のそれは中が空洞になっていて、一方には大きな穴が空いている。メイエンが一つを取ってくるりとそれを回してみる。"声"を聞き、そして表情に笑みが灯った。
「あら、素敵な道具ね」
「でしょ? 広場に着いたら僕がまず――」
概要を伝え、念のためもう一度確認。そして僕達は夕暮れの広場へ向かって行った。
リオルとイーブイそしてガルーラが呼びかけてくれたおかげで広場には昨日と同じか、それよりも多くのひと達が集まっていた。
僕はメイエンの横で広場の中央に立つと、いつものように大きく深呼吸。声がよく通るように気付かれない程度に咳払いをする。よし、準備万端だ。
「みなさん、本日もお集まりいただきありがとうございます。昨日みなさんがたくさん買ってくださったお礼として、今日はあるものをお見せしたいと思います」
口上を述べる間に陽が落ちていく。あとは微細な時間調整が必要か。
遠目にそれを確認しつつ、僕は袋から先程メイエンに見せたガラスの球を取り出す。
「なんだろーね、あれ」
「グラス……じゃないよね」
リオルとイーブイが昨日と同じく最前列で目を輝かせている。この子達がいると、反応を返してくれるから話がしやすくてとても助かる。今度この村に来る時は、他の町のお菓子でもプレゼントしてあげようかな。
「みんなの"声"はどう?」
球を持ち上げて皆に見せている間、小さな声でメイエンに聞いてみる。
「商品が気になるのと、あとは私がどうしてここにいるのか、久しぶりに私を見た、っていうのが多いわ」
だいたい予想通りの反応だ。そしてガルーラも言っていたように、否定的な態度は見られない。心と心に僅かな距離が、壁があるだけだ。それを今から砕いていく。
「上手く行くかしら……」
不安そうなメイエンの声。大丈夫と僕は目配せをする。
「この道具を何に使うのか、お手伝いとして来ていただいたメイエンさんに、実演してもらいましょう!」
そう言いメイエンにガラス球を渡すと、お客さん達の視線が一気に彼女に集中する。
「っ!」
身を仰け反りそうになる彼女の背を落ち着くように優しく撫でる。彼女は深く息を吐き、もう一度吸い込むと、手に取ったガラス球の空洞に炎を吹き込んだ。
僕はメイエンからそれを受け取ると、再び皆に見えるように高く持ち上げる。
球の中ではメイエンの炎が揺らめき続けていた。
「これはスズナリのフウマというガラス工芸職人が作成したもので、このように中に炎を閉じこめることが出来ます。ある町ではこの製品を街灯やキャンドルライトのように使っていました」
太陽が地平線に半分以上沈んでいる。もう少しだ。
「そしてこれにはもう一つ特徴があります。どうぞ手に取ってみてください」
そう言って視線を釘付けにしていたリオルにガラス球を手渡す。すると
「熱くない!」
リオルの反応に、お客さん達がどれどれと興味津々な表情を見せる。そして次から次へと手渡され感嘆の声を上げていた。そうしている間に、太陽がついに頭を残して地平線に沈む。そろそろ頃合いだ。
「それでは最後にとっておきのものをお見せいたします。それではメイエンさん、お願いします!」
メイエンに視線を合わせ、ふたりで頷き合う。それを合図に、メイエンは目を閉じ尻尾の先に意識を集中させる。
ぼっ、と右の尻尾の先に炎が灯る。そしてその左に同じ赤い揺らめきが現れ、次いでその左に――合わせて六つの炎がメイエンの尻尾に現れる。彼女は全身を使って体を捻り尻尾を上空へ向けて振り抜くと、炎が空へ飛んでいく。そして予め広場の上に用意しておいた六つのガラスの球の中へ吸い込まれていった。
ちょうど陽が落ち、照らし出されるのは暗闇に揺らめく炎の球。それらは幻想的な風景を創り出す。
おお、とお客さん達の間から拍手が湧き起こる。
「ねえメイエン、彼らの"声"はどう?」
メイエンの横に腰を下ろし、炎を見ながら聞いてみる。メイエンも同じように空を見上げつつ答えた。
「みんな心から綺麗、凄いって思ってる。あなたの言う通り、嘘だけが全部じゃない……、本当ね! 教えてくれてありがとう」
そんな彼女の元へリオルとイーブイが飛びついてきた。
「おねーちゃんすごいよ!」
「ねーねー、今度もっかいやって!」
元気の固まりの二匹に囲まれてメイエンは困った顔をこちらに向けてくる。
「誰も村のひと達はメイエンのことを嫌ってないんだと思うよ。ただメイエンと皆の間に壁があって、それで距離が出来ていたんだ。でももうその壁は壊れた。でしょ?」
そうだけど……と呟きながら彼女はふたりの相手をするので精一杯だった。
こうなってよかった。三匹の様子を見てそう思う。
彼女の心の壁を壊したい、それは成功だった。
僕はもう他にすることはない。あとは彼女が少しずつ町に馴染んでいくだけだ。
そう思って荷物を畳み始めた僕に鋭いメイエンの声がかかる。
「ねえ」
振り返ると、すぐ側でメイエンが半目になっていた。
「私をこのままにしておくつもり?」
口調からして怒っているようではないけれど、どうしてこうなったのかよく分からない。
今度は僕が困惑した表情を浮かべていると、メイエンははぁ、と呆れたようなため息をつく。
「閉じこもってた私を外に連れだしてそれで終わり? 壁を壊されたばかりの無防備な女の子を放っておくのかしら。それにまだ"本当"がいっぱいあるのかどうかちゃんと教わってない」
そういうことか。彼女が何を言いたいのか段々分かってきた。ただ、それを僕に言わせるのはなんだかちょっとズルい気がする。
素直に答えたくない、と心の悪魔が囁いて僕はこんな答えを返した。
「今度新しい販路を開拓したいと思うんだけど、ひとりじゃ行き辛くて。誰か一緒に行ってくれるひとは――」
「ばかっ!」
飛び上がってメイエンは尻尾で僕の腰のあたりを叩きつけた。そしてそのまま村の出口の方へすたすたと歩いていく。
「ねえ早く!」
僕は苦笑いを浮かべると、荷物を持って皆に一礼する。列の端からずっと僕達の様子を見守っていたガルーラにメイエンの家の鍵のことを頼むと、僕は急ぎ足でメイエンの後を追う。
そして、さらにその後を二匹の声が追いかけてきた。
「えー、おねーちゃん行っちゃうの?」
「もっと遊びたいのに!」
「――って言ってるけどどうする?」
と苦笑しつつメイエンに振ると、彼女は方向を変え二匹の元へ歩いていく。
「私も町の人達ともっと話をしたい、それは本当よ。けど私には彼との約束があるの」
「約束?」
「そう、大事な約束。だからそれが叶ったらいっぱいお話しましょう。それまで待っててくれるかしら?」
「うんわかった。約束する!」
「じゃあそれまでお別れだね」
ばいばいと最後まで元気よくリオルとイーブイが手と尻尾を振る。それに送られメイエンは僕の隣に並んだ。
「私を外に連れ出したからには、色々なものを"見せ"て! 約束でしょ?」
「うん、メイエンの知らない世界、これからいっぱい見に行こう。けど、そこは嘘もあるかもしれない。綺麗な世界だけじゃないかもしれない。それでもいい?」
「でも”本当”も同じ数だけある。貴方はそう言ってくれた。それに、たとえ嘘に放り込まれても、貴方が何とかしてくれる、そう信じてるわ」
それは責任重大だ、と僕は頬をかき、ふたりで顔を見合わせてお互いに笑い声を上げる。
月と星の明かりの下、二つの陰が並んで歩いていく。
巧みに言葉を使うニューラと、嘘を聞き分けるロコンのペアがいる。そんな噂が広まるのは、少し先の話だった。