第一話 出逢いの森
閉じた瞼を日光が貫いた。
レイは光を避ける様に寝返りを打って、両目を擦った後、ようやく立ち上がった。
レイは驚愕した。
目線を下に落とし見えた自らの影は、人の形をしていなかった。そして、そのシルエットから答えを導き出すのに、殆ど時間はかからなかった。
レイはピカチュウになっていた──
「どうしてこうなった…」
災難なレイはまず思い出すことから始めた。
しかし、こまったことにほとんど何も覚えていないのだ。
全てでは無い。自分の名前、年齢...そんなことは覚えている。
「俺はポケモンの世界に来てしまったと言う訳か...」
しばらく迷ってレイは、取り敢えず人──あるいはポケモンを探して話を聞くことにした。
見知らぬ森の中、レイは街を探しに歩き始めた。
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「...ィ!ブイ!」
同刻。
ブイは眠っていた。
姉の呼び掛けにも応じず、自室の藁の布団の上に横たわっていた。
「ブイ!トニ君来てるわよ?!」
「ふあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ブイは叫んだ。
今日はトニと約束していたのだ。
今度、森に木の実を採りに行こう。暖かい晴れの日に。出発は朝にしよう。
そう誘ったのだった。あまり乗り気では無かったものの親友の頼みを聞いてくれたトニを、あろう事か半ば強引に誘った本人が待たせてしまったのだ。
「ちょっと?朝ご飯は?」
「要らない!!」
ブイは跳ね起きると、姉が用意してくれた朝食も食べず、家を出た。門前にはトニが待っている。
「朝飯まで食べて来た俺より遅いってどういう事だよ?」
「ごめんなさい!!気を付ける!」
このような形でブイがトニに迷惑をかけるのは初めてでは無い。
寝起きが悪く能天気なブイ──種族はイーブイ──は遅刻魔であり、親友でニドラン♂のトニが待たされるこのパターンは、良くあることなのだ。
「気を付けるって何回寝坊すれば学習するんだ?」
「済んだことはしょうがないよ、早く行こっ♪」
「流すなよ...」
トニのほうも一度叱ってやろうといつも思うのだが天然なブイと話していると毒気が抜かれるというか、やる気が失せるというか、相手のペースに飲まれてしまう。トニの気の弱さも、時間にルーズなブイをつくる一因かもしれない。
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「ひゃあ〜、いっぱい!」
「食いすぎるなよ、持って帰るんだからな。」
街の外れにあるブイの家は、木の実の多くなるこの森にも程近い。だからブイの家ではたまにこうして木の実を採り、持ち帰るのだ。
「美味しい!トニも食べようよ。」
「いや...俺は朝飯食ったし良い。」
ブイの性格は今日の天気の様に明るく、大量の木の実を前にテンションは最高潮に達している。対してトニは少し機嫌が悪いのか、木の実には手を付けない。
「ねえ、もっと奥まで行っていい?」
「あんまり変なとこまで行くなよ、俺はここで待ってるから。気を付けてな。」
今二人が居るのは森の中でも街に近いあたりで、木の実採集に来た人達もちらほらと見かけられる。人が多い分自分達で採れる木の実の量が少ないということだ。
一方、奥部に入ると人が少なく、木の実を独り占め出来る。
「んじゃ、行ってきま〜す!」
そう言うと、ブイは風の様に走って行った。
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「トニー?トニ?どこ行っちゃったの?」
ブイは、トニを探していた。
夢中で木の実を食べているうちに、ずいぶん森の奥まで来てしまっていた。
「もぉー、全くトニのやつ迷子になんてなってー。」
無論、迷子なのはブイの方である。
困ったブイは何故かその場でぐるぐると歩き始めた。これで、東西南北同じ様な景色の森の中、元来た道へ戻ることは難しくなった。
「しょうがない、来た道を戻るかー。」
ブイは気付いていない。
その道が更に奥へ行く道だということに────
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一方、ピカチュウになってしまったレイは、歩いていた。
疲れに耐えながらその歩みは目的の間逆、森の奥地へと向かっていた。
「何だか薄気味悪いな...」
独り言がでるのも無理は無く、日光は生い茂る木の葉に遮られ、確かに気味が悪い。引き返そうかと考えていると、突然背後から、何かがレイを襲った。
「...っ!!」
レイは咄嗟に飛び退いた。
恐ろしい目でこちらを睨みつけていたのは、ろうぽくポケモンのオーロットの群れだった。
「タチサレ...ココカラタチサレ......!」
怒ったオーロットはレイにシャドークローを仕掛ける。
「っと!なんだ?縄張りにでも入っちまったのか?」
何とか攻撃を避けると、慣れない体で襲って来るオーロットから逃げていく。
木々の間をすり抜け、しばらく逃げていると、オーロットでは無い別の影が前方に現れた。
「おい!逃げろ!」
「んん...って、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
レイに声をかけられ逃げたのは、そう、同じ森に木の実を採りに来て迷子になったブイであった。
「なに?!なに?!何で追いかけられてんの?!」
「分からん!お前アイツら何とか出来るか?!」
レイはピカチュウの体に慣れていない。戦闘など言語道断である。
ブイのほうは生来ポケモンだから、何とかしてくれると、期待していた。
「任せて!くらえ...スピードスター!」
オーロット には こうかが ない みたいだ・・・
「いや、何してんのお前。」
「ごめん...」
期待外れだった。
ブイもゴーストタイプ相手では歯が立たず、ただレイと並んで逃げることしか出来なかった。
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二匹は変わらない景色の中、ただひたすらに逃げ続けた。後ろから度々オーロット達の怒りの攻撃が飛び、厳しい状況にあった。
「どうしよう?!このままじゃ追い付かれちゃう!」
ブイはレイに何か意見を求めるが、その時、隣にレイの姿はなかった。
そして一瞬後、ブイの身体は左に引っ張られ、その後下に落ちた。
「いてて...お尻打った...」
「大丈夫か?」
ブイの身体を、この小さな、「穴」に引き込んだのはレイだった。
「何ここ...洞穴...?」
「あのまま真っ直ぐ逃げてもしょうがなかったから、落ちて貰った。」
「ありがとう、助かった...もう追って来ないね。」
二匹は木を背もたれにして、腰を下ろした。
すっかり安心しているブイとは反対に、レイの不安はまだ拭えていなかった。
「なあ...何だか視線を感じないか...?」
「...気のせいじゃない?」
「あと、なんで日の当たらない岩の洞穴に木が生えてんだ?」
「さ...さあ...」
ブイの方も勘づき始めた。
二匹はおそるおそる後ろを振り返る。
悪い予感は的中していた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!オーロット!」
「一匹だけだ!何とかならないか?!」
二匹は後退りする。しかし、狭い洞穴、逃げ場は、無い。
絶対絶命。覚悟を決めた。しかし...
「うわっ、ななななに?!」
突然、オーロットが後ろに倒れる。
「何してんだ、ブイ。こんなとこで。」
「ト、トニ!」
オーロットを倒したのはトニだった。
オーロットの足には毒針が刺さっていた。
「トニ!どこ行ってたんだ、心配したぞ!」
「...こっちの台詞だ、オーロットの縄張りに入るなんて何考えてんだ。」
「み...道に迷ったんだよ...」
だから気を付けろと言ったのに、とトニが溜め息を吐いた。そして、ブイの横に見慣れない顔があるのに気付くと、そのピカチュウの方を指して尋ねた。
「ブイ、その人は?」
「あっ、そうだ君名前は?」
長いこと一緒に逃げて来たが、お互いに名前を知らなかった。
「えっと、俺はレイ。」
レイが名乗ると、他の二匹も続いた。
「僕はブイ。よろしく!」
「俺はトニ。よろしくな。」
よろしく、とレイも返事をする。
「もう昼だしブイの家に戻ろうぜ。」
「そうだね、レイも来る?」
レイはうなずくと、二匹について行った。