特別短編集“とくせい:かたやぶり” - 逆さまの世界
◎◎◎
 當麻寺、そうだ當麻寺に行こう。
 唐突に思い立ったのはすっかりどの桜も散ってしまった四月の終わりごろのことだ。なぜこんな藪から棒に? なぜ當麻寺に? そんなことを問われるときっと言葉に窮してしまう。ふと今行きたくなったんだからしょうがない。なんとなく當麻寺が思いついたんだからしょうがない。きっとそんな答えしか返せないだろう。ただ歴史的史跡、神社仏閣が掃いて捨てるほどあるこの関西圏の中で當麻寺の名を知っていたのは、何かの折に読破したトラベルミステリーで當麻寺が舞台の一つとなっていたからだ。
 僕のこの突然の思いつきに相棒のフワンテはまるで呆れたような様子を見せる。他人の目から見ればフワンテは図鑑で見た通りの無表情で僕を見下ろしているように映るだろうが、僕には今フワンテが「呆れている」というのが確かに分かる。かと言って以心伝心のような超常的なフィーリングではない。風船のような顔からぶら下がってる手のちょっとした動きや、頭の上にある雲(と僕は勝手に呼んでるのだが)のほんのわずかな曇り具合から今何を考えているのかなんとなく悟ることが出来る。
「いいじゃないか。ああいう所、フワンテも好きだろ?」
 フワンテは尚も僕をじっと見つめている。何を考えているのか分かっている。大学の方はいいのか? そう言いたいんだろう。
「大丈夫だよ。今日一コマだけの授業は休講になってたし、溜まってた課題も全部終わったの見てたろ?」
 そこまで言ってからようやくフワンテは納得してくれたらしく、雲の色具合が白くなった。
 鞄にノートと最低限の筆記用具に愛用している関西圏の地図、そしてフワンテが入るモンスターボールを入れる。それから財布をポケットに入れる。ずっとマナーモードにしている携帯電話を取ると着信履歴が三件と留守電一件入っていた。どれも母からだ。はあっとため息をつくとそのままもう片方のポケットに収めた。そしてアパートと自転車の鍵を手にすると僕とフワンテは部屋を後にした。
 當麻寺は「たいまでら」と読む。奈良県と大阪府の間には生駒(いこま)山地と金剛山地という二つの山地が南北に横たわっている。間を流れて大阪湾へと注ぐ大和川を挟んで北側が生駒山地で南側が金剛山地だ。その金剛山地の北部に二上山という山がある。「にじょうざん」とも「ふたかみやま」とも呼ばれるが、個人的には大和読みの後者の響きが好きだ。その名の通り二つの頂きが聳え北側の高い方を雄岳、南側の低い方を雌岳と呼ぶ。有史以前は火山で元々頂上は一つだけだったらしい。それがあるときの大噴火で山体崩壊を起こし、元あった頂上が吹き飛んだ結果二つの頂きに分かれたと言われている。ちなみに雄岳の頂上には天武天皇の息子の一人で、謀反の嫌疑をかけられ自害した大津(おおつ)皇子(のみこ)の墓があるという。當麻寺はその二上山の麓に伽藍を構えている。本堂は有名な當麻曼荼羅を安置し、金堂・講堂そして東西二つある塔を配置して周囲はいくつもの塔頭が囲んでいる。
 と、ここまで偉そうに講釈したが、何の事ない。全部最初に述べた當麻寺の名を覚えるきっかけとなったミステリー小説からの受け売りにすぎない。當麻寺に行くのは初めてだし、そもそも奈良県自体あまり足を踏み入れる頻度も少ない。
 京都駅に到着すると、近鉄の乗り場へと向かう。京都駅というとあの地上から最上階まで山を見上げるような大階段で有名だが、あいにく僕の住むアパートからはその大階段のある北側烏丸口より南側八条口のほうが近い。しかしこちらのほうが裏口だからといって決して人が少ないわけではない。小型のポケモンを連れている行楽客の姿が目立つ。駅構内では一定以上の大きさのポケモンを連れ歩くことを禁じている。なので視界に映るポケモンはピッピだとかリーシャンだとか小型のものだけだ。もちろんバトルをするなど以ての外。僕のフワンテは言うまでもなく大きさの条件を満たしているので、こうして連れ歩くことが出来る。
 階段を登って二階にある近鉄の乗り場へとさしかかり、切符を買う。手持ちの地図によると京都駅からまず橿原(かしはら)神宮前という駅まで行き、そこで乗り換えて当麻寺駅で降りる。當麻寺へと赴くには実に分かりやすい駅名だ。時刻表によるとちょうど五分後に橿原神宮前行きの特急が出るそうだから、金銭的な余裕もあったのでせっかくだからと乗車券の他に特急料金も奮発してやった。オレンジ色の車両に乗り込み指定されている席に腰を下ろすと発車を知らせる笛が鳴り、果たして電車は動き始めた。駅を出てすぐにある急カーブを抜けると、路線は南に向かって一気に進み始める。向かって右手には東寺の五重塔が聳え立つのだが、今回僕らが乗ったのは左側の席なのであまりよく見えない。
 窓枠に身を乗り出すフワンテは次第に速度を増していく窓外の光景に見とれている。出発する前はあれほど唐突に當麻寺に行こうと言い出した自分に呆れてたのに、いざ出かけるとこれだ。僕はふわふわと漂うフワンテの糸のような腕をちょんと引っ張ってみる。フワンテはこちらを向き、どうしたのとでも言うようにきょとんと首を傾げた。僕はくすっと笑ってやると「ごめん、なんでもないよ」と頭の雲を撫でてやった。
 フワンテに出会ったのは高校二年の冬だった。実家では一匹のガーディを飼っている。特にしつけたわけではないのに当時一歳半にして決して無駄吠えしない妙に老成した奴だ。そんな物静かな犬がある時これでもかと吠え立てるので何事かと様子を見に行くと境内に一本だけある古い桜の木にフワンテが引っかかっていたのだ。先に言うべきだったかもしれないが僕の実家は寺であり、裏手には墓地がある。そんな環境だったからフワンテのようなゴーストポケモンが引き寄せられたのかもしれないし、桜の木を選んだのは梶井基次郎が言い始めたように「桜の木の下には死体が埋まっている」なんて話があるせいかもしれない。ともあれ、桜の木から助けられたフワンテは晴れて僕らの家族の一員となった。主な世話役は第一発見者であり、最初に家に入れるきっかけを作った僕にほとんどが委ねられた。別に嫌ではなかったし、当時の僕も自分のポケモンというのがなんとなく欲しいなと思っていた。音もなくふわふわと浮いて移動するものだから、いつもドタドタと音を立てるガーディと違って気がついたら背後にまわっていて腰を抜かしそうになったこともある。しかし、もう五年ちかく一緒にいるというのに、僕は未だにフワンテがいつも何を考えているのかいまいち掴むことができないでいた。
 丹波橋の駅で一度停車し、出発するとほどなくしてずっと住宅街の間を縫うように走っていた視界が開けた。宇治川へと差し掛かったのだ。この宇治川を越えるとのどかで広大な田園地帯が広がる。まだ田植えのされていない田んぼは、春の陽光に晒されて大地を乾いた草の色に染めている。
 電車はそれから木津川を越え、奈良盆地に差し掛かり、二十分ほどで西大寺の駅へと到着した。やがて西大寺も出発すると春日山を右手に見ながら進んでいく。奈良盆地は京都以上に起伏が無い。ざっと広げた方眼紙の上に建物を載せているというくらい平野が続く。ときどき丘や小山があるな、と思えばそれは大抵古墳や大昔の建物の跡地だったりするのだから油断できない。春日、三輪、吉野、葛城、二上、信貴、生駒、奈良盆地をぐるりと囲み形成するこれらの山々はどれも古来より山岳信仰の篤い霊山だという話だ。そんな山々に囲まれているせいか奈良は京都とはまた全くの異質な、何か時が止まっているような印象を受ける。いや、時が止まっているというよりも、あるいは古代から眠り続けていると言ったほうがいいかもしれない。つい最近も吉野の建設現場で大昔のドータクンが生きた状態で発掘されたというニュースを耳にしたものだから、そういった印象はさらに強固な実像となる。
 フワンテもこういう空気を感じているのだろうか? 車外のずっと向こうに横たわる山脈をフワンテはじっと見つめていた。
 電車はなおも走り続け、やがて進行方向に平野からぽっかりコブが生えたように唐突に山が現れる。耳成山(みみなしやま)と言って盆地南部の藤原の地を三角形の形で囲い込む大和三山の北に位置する山だ。電車は耳成山を左に過ごし、一駅止まるとやがて終点の橿原神宮前へと到着した。そこで僕らは路線を乗り換え、特急から打って変わって各駅停車の鈍行へと乗り込んだ。窓外に流れる橿原神宮の森をぼんやり眺めていると、ふと一瞬だけ視界がひらける。神宮に隣接する深田池に沿って線路が走っていたからだ。ほんの数秒の間、僕は池の鏡面に映り込む対岸の境内の建物と畝傍山(うねびやま)とを見た。逆さまの世界、鏡面の世界が向こう側にはある。同じ物が映っているはずなのに逆さまになるとどうしてこうも違うものに感じるのだろう。そんな考えを短い間に巡らし、畝傍山は離れていった。それから二十分ばかり電車に揺られると、ついに目的地である当麻寺駅へと到着。そこから歩いて十五分ほどで當麻寺は姿を表した。京都から実に一時間半ほどの行程だった。
名物なのか、中将餅と書かれたのぼりが至る所に立てられている。それを脇目で見ながら少し歩くと突然視界に見上げるような楼門が仁王立ちした。門の左右で金剛力士像が睨みを利かせる中、僕らは門をくぐった。刹那、僕の頭に一つの言葉がまるで耳元で誰かから囁かれるように浮かんだ。浮かんだ言葉はそのまま僕の口から声となる。
「『うつそみの――』……。なんだっけこれ?」
 尋ねてみたものの、フワンテはこちらを向いて首を傾げるだけ。「ぷわん?」と一声鳴いた。
 門をくぐった時から見えていた三つの建物はやはりお堂だった。まず左右にそれぞれ金堂と講堂が並び、その二つの堂宇を少し高い位置から俯瞰するように本堂が建つ。それぞれのお堂には建立された時代が書かれた立て札があり、本堂は天平年間で国宝と添えられ、金堂と講堂はそれぞれ鎌倉時代と書かれていた。もらったパンフレットによれば創建は推古天皇の時代で用明天皇第三皇子、麻呂子皇子によるという。これだけ歴史も古いし、このパンフレットをパッと開くだけでも「国宝」の文字がいくつも入ってくる文化財の宝庫だ。にもかかわらず、當麻寺はまるでそういった世間の流れはどこ吹く風というように人も少なく玲瓏な空気に包まれている。なにせ境内には観光客よりも写生している人間のほうが多い。堂宇や石段の隅に座ってスケッチブックを持って伽藍の姿を各々が描き出している。
 僕らは本堂に上がった。堂内は常に焚かれているお香によって芳しい空気に包まれている。案内に従って結界で隔てられた内陣へと入るとまるで堂内にまた別の御殿を建てたみたいに、須弥壇(しゅみだん)が天井いっぱいにまで聳え立っていた。正面にまわると須弥壇には巨大な絵図が掲げられているのが分かる。
 これが當麻曼荼羅か。と僕は息を呑んだ。「観無量寿経」という仏教経典で描かれる阿弥陀浄土の様相が描かれる。絵図の中央に一人の仏とその両脇に菩薩が座している。案内役の解説によれば、中央に座しているのが阿弥陀如来、左が観音菩薩、右が勢至(せいし)菩薩とのことだ。その他にも解説が長々と続いた。當麻曼荼羅の元となった「観無量寿経」で語られる王舎城の悲劇の物語、伽藍の向こうに聳える二上山の話、この曼荼羅を蓮の糸で一晩で作り上げた中将姫(ちゅうじょうひめ)の伝説。ふと、僕は横にいるはずのフワンテへ一瞥を投げかけようとした。
 しかし同時に「あっ」と思わず叫んだ。フワンテがいない。右にも左にも後ろにも上にも視線をやるがどこにもいない。目に入ったのは堂内の様々な荘厳(しょうごん)や仏具、そして突然叫んだ僕に怪訝な顔をする案内役の女性だけだった。
「あのすみません、僕のフワンテを見ませんでしたか?」
 女の人はますます怪訝な表情を深めたが、すぐに何かに合点したらしくぶっきらぼうに答えた。
「それならさっき、あなたがお堂に入ってくる直前に離れるのを見ましたけど」
 サッと血の気が引いていくのを感じた。そして僕は自分でもよく分からない――たぶん「すみません」みたいな言葉を女の人に投げかけてお堂を飛び出した。なんてことだろう、フワンテがそんな勝手な行動をしたことも衝撃的だったが、それ以上にそのことにしばらく気づかずにいた自分にショックを受けた。本堂の石段を駆け下り、周囲をぐるぐると灯台のように見回す。
 果たしてフワンテは見つかった。本堂から見て左側へと抜ける道に泉があり、そこに腰掛けて写生をしている人とその人の隣に誰もいない様子のキャンバスとがあった。フワンテは写生する人とキャンバスとの間でふわふわと浮いていたのだ。僕はダッシュでその人の側へと駆けた。
「フワンテ! こんなところに……。すみません、こいつが何かご迷惑おかけしませんでしたか?」
 胸をどぎまぎとさせる僕だが、対するフワンテは特に悪びれる様子もなく「ぷわん」と返すだけだ。陽の光のせいなのか、頭の雲にわずかに臙脂がかかっているように見える。すると写生をしていた人が一旦鉛筆を置いて顔を上げた。老人の女性で首の中ほどあたりでぱっさりと切りそろえている髪はすっかり白く、くすんだ色の肌に深い皺が何本も刻まれていた。そのおばあさんはすっかり憔悴する僕ににっこりと笑いかけた。
「この子はとてもええ子にしてましたよ」
「ごめんなさい、僕の目の不届きで。普段はこんな勝手にどこか行くような奴じゃないんですが……」
「たぶん、この子が気になったんでしょう」
 おばあさんは持っている鉛筆で僕の後ろを指した。誰かいるのかと振り返ると、誰も居ないように見えたキャンバスにはポケモンがいた。わっ、と僕は思わずたじろぐ。背丈はちょうど僕の半分くらいでこれならキャンバスに隠れてしまうのも仕方がない。犬が二本足で立っているような姿で、目の周りには黒い輪っか模様、ベレー帽のような頭で筆のような尻尾をイーゼルに立てかけたキャンバスへ丁寧に滑らせていた。
「確かこのポケモンは……」
「ドーブルよ」
「そう、ドーブル」
 僕はそんなつもりはなかったのだが、さも知ったかぶっているような口調になってしまって、それが再びおばあさんの笑いを誘った。きまりが悪くなった僕はその場を離れようとしたがどうもフワンテの様子がおかしい。フワンテはじっとドーブルがキャンバスに筆を滑らせる様子を見つめている。
「いつもドーブルとここで描いてるんですか?」
「そうねえ、今日はたまたま當麻寺だったけど、先週は奈良公園だったし、その前は一言(いちごん)さん(※葛城一言(ひとこと)主神社のこと)だったり。その日の気分によるさね」
「奈良中回ってるんですね」
「確かにいつもは奈良だけだけど、たまには京都や大阪まで足を伸ばすこともありますよ」
「そうなんですか。僕、今京都で学生してるんですけど」
 おばあさんは「あらまあ」と声色を白くした。
「京都の学生さんだったんですか。京都もおもしろいところが沢山あるでしょう? お稲荷さんに清水さんに、金閣銀閣……。まあ奈良でもこんな辺鄙なところまでよくいらっしゃいましたねえ」
「ここの曼荼羅を一度見ておきたかったので」
 と、僕は嘯く。曼荼羅を見ておきたかったわけでもなく、ここにある数ある国宝を眼に宿したかったわけでもなく、ただふと思い立っただけ。強いて言えば例のミステリー小説で気になったので。素直にそう言えばいいのに。
「そう、曼荼羅ねえ」
 てっきり曼荼羅と聞いておばあさんの口がさらに闊達に動くかと思われたが、実際は意外なほど気のない返事だった。
 なんだか空気が悪くなる気配を感じて僕は慌てて話を転換させた。
「ところで何を描いてたんです?」
 そう尋ねるとおばあさんはたった今まで鉛筆を運んでいたスケッチブックを快く見せてくれた。曼荼羅を収める本堂だった。(いにしえ)の天平よりそこに建つお堂が丁寧で細やかな筆致で描き出されている。石段を左右から挟む灯籠にはまるで火が灯っているよう。ただの鉛筆一色だけで巧妙に描く陰影の世界。
「ここからの角度だと本堂と護念院、それから西塔が同時に見えるからね」
 僕はスケッチブックに描かれる世界と実際の光景とを見比べる。実際の光景では確かに本堂、塔頭の一つである護念院の塀、そして西塔とが順番に立ち並んでいる。
 次に僕はドーブルが描いている絵の方へと覗きこむ。僕とおばあさんが会話している間もドーブルはずっと尻尾の筆を走らせ続け、フワンテはその様子をずぅっと眺めていた。フワンテがずっと気にしている対象である絵がどういうものなのか見てみたかった。
 ところがドーブルの絵を視界に映した僕は、思わず眉をひそめてしまう。
 ドーブルの絵には當麻寺境内の伽藍の様子が何も描かれていない。絵のあちこちに何か影のようなものを飛び飛びに書き出し、まるで飛蚊症のようだ。なんの輪郭もなく、抽象画としか言いようが無い。
「なんだこれ?」
 思わず本音が漏れる。何をどう描き出そうとしているのかさっぱりだったし、どうしてフワンテがこの絵に惹かれているのかも皆目見当がつかなかった。それでもドーブルは僕の声なんて初めから耳に入っていないように依然として尻尾の筆を滑らせている。また一つ飛蚊症のような影が増えた。
「ドーブルは何を描いているんでしょう?」
 おばあさんに尋ねると真っ白な頭が左右に揺れる。しかしその顔は深い微笑で皺が刻まれ、もったいぶっているように見えた。
「さあ、なんでしょうね? この子にはこの子の前にしか見えない世界があるってことなんでしょう」
 納得したような肩透かしを食らったような妙な気持ちになりながら再びドーブルの絵に目を落とす。
 やはりいくら目を凝らしても影と影を繋ぎあわせてみても、何が描かれているのか手がかりにもならない。
「まあ妙に見えるでしょうけど、これでなかなか素敵なボディガードなんですよ。奈良でも特に二上山は古くより死の影が色濃い土地ですからね。ここに来る時はうっかりゴーストポケモンに化かされることも多いんですよ。そのたびにこの子が追い払ってくれるんです」
「頼もしいですね」
 おばあさんは「ええ」と返して、ほほほと笑った。それから僕はしばらくの間おばあさんとドーブルが筆を走らせているところをまじまじと眺めていた。お世辞にも上手いとは言われない僕のお絵かきセンスだと、こういう風に何か絵を描いている場面というのがとてもおもしろい。少しずつ出来上がっていく作品、最初は何の関連性も無かった点や線がある時突然何かの形へと正体を表す瞬間が好きだ。それはしっかり序盤から伏線を張って痛快に回収した小説を読むのに近い。
「学生さん――」
 ふと、おもむろにおばあさんが低い声で投げかけた。
「王舎城の悲劇のお話はご存知?」
 何の前触れもないその問いに僕は一瞬間をおいて答えた。
「一応知ってます。さっき本堂でも解説がありましたし」
「言ってみて」
「インドの王舎城という宮殿で阿闍世(あじゃせ)という王子が父王頻婆娑羅(ひんばしゃら)を牢に閉じ込め、王をなんとか助けようとした母の韋提希(いだいけ)夫人も幽閉してしまうという話でしたよね。夫人は閉じ込められた部屋の中でお祈りするとその時霊鷲山(りょうじゅせん)で説法していた釈迦が現れて、釈迦は韋提希に懇願されて極楽浄土の有様を見せそこへ往くための方法を説く、でしたっけ?」
 釈迦が韋提希に見せた極楽浄土の様子を映像的に描き出したのが本堂にある當麻曼荼羅とのことだ。確かに思い出すと、中央の阿弥陀三尊の前にそれらの仏に向かって座している女の姿が描かれていた。あれが韋提希夫人ということだろう。
「そうね、でも曼荼羅の元になった『観無量寿経』で語られるのはそこまで。韋提希は精神的に救われるんだけど、頻婆娑羅王はその後結局食べ物を何も与えられず餓死してしまうの」
 おばあさんは椅子の向きを変えて遠くを見つめるように目を細める。その時なんだか僕は胸の奥に針を刺されたようにチクリと痛みを感じた。
「ねえ学生さん、その後のお話はご存知? 父親を殺し、母親を悲しませたその子は、この後どうなると思う?」
 父殺し。
 その時胸の内でこの言葉が鋭くぎらつく。そして同時に世界がぐわんと歪むように目眩のようなものが走った。胸が高鳴る。さっきのおばあさんの言葉が胸の内で頭の内で、体全体で反響する。
――二上山は古くより死の影が色濃い土地ですからね――
 世界が歪み、霧に包まれ、幻影が闊歩する。二つの峰の間に太陽を咥えて飲み込もうとする二上山。夜が訪れ、古代の亡霊が土から這い出てそのおぞましい姿を晒す。かつて伊邪那岐が黄泉でゴーストたちと共に亡者と化した伊佐那海を見てしまった伝説が現実となったように。二上山の周囲の王墓が口を開ける。老若男女さまざまな亡者たちがゴーストたちを従えて大地を蹂躙する。その筆頭には持統天皇より死へ追いやられた大津皇子がいる。政争に巻き込まれた者も巻き込んだ者も関係ない。誰もが強い恨みを抱くか、あるいは強い憎しみを注がれて亡者と化したのだ。亡者たちは大地を喰っていく。草木は枯れ、河川は流れを濁らせ、空は分厚い雲で覆われる。人々も動物もポケモン達も逃げ惑う。やがて影は僕の周囲を取り囲み、じりじりと追い詰め大口を開けると一挙に……
「ぷわん!」
 刹那僕の目の前に現実が蘇った。目と鼻の先にまで近づいたフワンテが大きく一声鳴いたのだ。僕は驚愕の声を挙げて、情けなくもその場で尻餅をついてしまう。
「大丈夫学生さん? なんだか心ここにあらずという感じでぼおっとしていたけれど。どこか具合が悪いの?」
 肩で息をしながら見上げると、おばあさんとフワンテが心配そうに僕の顔をのぞき込んでいた。
「大丈夫です。ちょっとぼんやりしてたみたいで」
 立ち上がって尻や手にについた砂埃を払い落とす。その時フワンテの頭の雲が暗く曇っているのに気づいた。
「ごめんフワンテ、心配してくれてたんだね」
 思わずフワンテの頭を撫でてそのまま顔の輪郭へと滑らせる。フワンテは糸のような腕を僕の顔に伸ばすと、また一声「ぷわん」と鳴いた。同時に視界に入るものがある。ドーブルだ。ずっとキャンバスに向かって筆を走らせていたはずのドーブルが僕の方へと向いて、視線を注いでいた。黒々とした双眸。尻尾の筆を手に持って何も言わず佇んでいる。ドーブルは僕の視線に気づくと、はじめからどこも別のところに目をやっては居ないというようにキャンバスへと向かった。背中の足あとマークが代わりに僕を見た。
「さっきの話の続きですけどね、阿闍世のその後の顛末は『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』という経典に説かれてるわ。まあ興味があったら調べてみなさいな」
「そうします」
 それだけ答えると、なんだか胸の内から気味が悪いという考えが沸き起こってきた。雲雀がさえずるこの白昼で妙な幻影を見て怖気づいてしまったのかもしれない。僕はおばあさんに他を周りますのでと弁明すると、頭を下げて離れようとした。今度はフワンテも付いてきてくれた。正直そこを心配していただけに僕は思わず安堵の息を漏らす。そのまま護念院の方へ歩き出した時、最後におばあさんが僕の背中に声をかけた。
「ひと通り観終わったらまたおいでなさいな。その時にはドーブルの絵も完成しているでしょうからね。そうそう、西南院のお庭はぜひとも一度見ておきなさい」
 僕は顔だけ向けて軽く頭を下げて歩みを進めた。
 それにしてもさっきの幻影のようなものは何だったんだろう? おばあさんが言うようにその辺りを漂っているかもしれないゴーストポケモンに化かされたのだろうか。しかしそれだと同じゴーストポケモンであるフワンテが何らかの反応を示すはずだ。これまでにもフワンテは僕がゴーストポケモンに化かされそうになるのを防ぎ、追い払ってくれたことが何度もあった。
ともかく、同じゴーストポケモンの存在を敏感に感じ取り、これまで何度も追い払ってくれた実績を持つフワンテが何も感じ取らないはずがなかった。
 しばらくぼんやりと歩いた所でふと後ろを振り返るが、その時にはおばあさんとドーブルの姿は建物の影に隠れて見えない位置まで来ていた。
 僕はポケットの携帯電話を握る。あんな幻影を見たせいか昨夜のことがまだ尾を引いていることに気付かされる。しかし結局僕はそのまま塔頭を回り始めた。
 そんな思いを引きずりながら僕は各塔頭を回った。はじめに奥之院から行き、中之坊、護念院、西南院という順番でまわった。もちろんどの塔頭もそれぞれに特色があって春らしい花と香りに満ちていた。咲いている花を目にした時にパッと花の名前が出てこない自分の知識の乏しさがもどかしい。最後に入った西南院でのことだ。最も奥にある奥之院へ最初に赴き、ここを最後にしたのはあのおばあさんの言葉のせいかもしれない。池の水面に映る東塔が目に止まった。まるで三重塔の根のように鏡面の世界で逆さまに現れる塔の姿。僕は當麻寺の旅程で目にした、池に映る畝傍山の姿を思い出した。ずっと遠くで救急車がサイレンを鳴らしている。小鳥のさえずりや風の音に包まれる中で、その音はなんとも無愛想で礼儀知らずに感じた。
 いつの間にか日が暮れつつあった。どこまでも広がるような空の蒼さは、今や山吹がかかっている。
「そろそろ帰ろっか?」
 僕の問いにフワンテはこくりと頷いた。ところが西南院を出た所で仁王門へと向かおうとする僕をフワンテが引き止めた。ああそうだった、と僕はすぐに思い出す。おばあさんはきっとまだ同じ場所で写生をしているだろう。と、僕の足がその方向へと向かおうとした時、さきほどからずっと聞こえていた救急車のサイレンがすぐ近くで止まったのに気づいた。直前まで聞こえていた音の大きさからして、搬送者はきっと境内の人間だ。
 ごわごわと胸の内で何かが渦巻くのを感じる。いつの間にか僕の足は駆け足となっておばあさんのいた方向へと走り出していた。都合のいいもので救急車やパトカーのサイレンなんて普段街なかで耳にしても自分とは何の関係もない他人ごとのように思える。幸か不幸か今まで身内が救急車で運ばれたという場面に遭遇したことのなかった僕には余計そんな考えが強い。
 前方に曼荼羅を安置する本堂がある。その横を通り抜けるとおばあさんが座っていた場所だ。
 そこにおばあさんは居なかった。代わりに金堂と講堂の間の石段を少し降りたところにやはり救急車が止まっていた。後ろの扉を開けて中には救急隊員の人が二、三名とストレッチャーで横になっている人間が一人。周囲にはおばあさんと同じくらいの歳の白髪頭が粟散。元々人気(ひとけ)の少ない當麻寺は野次馬の人数も少ない。その中にあのおばあさんの姿を探したが、小さな人混みの中にはおばあさんの姿は認められなかった。
「何かあったんですか?」
 僕はつい今まで救急隊員に協力していた守衛さんに声をかけた。守衛さんはやはり白髪の混じった頭をガリガリと掻きながら、いかにも参ったという調子で答えた。
「いやあ、あそこで絵描いてたおばはんが急に具合悪くしてな。それで救急車呼んだんですわ」
 守衛さんはその場所を指さす。さっと腹の底が冷え込んだ。そこはあのおばあさんが写生をしていた本堂横の泉のそば。
「救急さんの話やと熱中症やて」
「この時期にですか?」
「それがこの時期意外と多いんですわ。ほら、今の時期って暑くも寒くもない微妙な季節でっしゃろ? それでついつい水分補給を怠った上に代謝が弱ってるとかどうとかで暑さや喉の渇きに気づかないお年寄りさんが結構ひっくり返りはるんよ」
 守衛さんは自身の歳を気にしてか「自分も気をつけなあかんなあ」と呟くとまた救急隊員の方へと歩いて行った。おばあさんは大丈夫だろうか。気にはなってみたものの、救急車のそばに寄って容態を尋ねるのもなんだか憚られた。
 しかしその時だった。その場で二の足を踏む僕の横からフワンテが卒然として救急車の方へ飛んでいったのだ。フワンテはそのままいくつかの人の頭を飛び越えてストレッチャーの側にまで近寄った。呆然として一瞬立ちすくんでしまったが、ハッと我に返ると慌ててフワンテの後を追いかけた。当然ながら救急隊の人に呼び止められる。僕より背が高く妙にいかつい顔をしている人で思わず一歩身を引いてしまった。
「ご家族の方?」
「いえ、さっき知り合ったばかりで少し会話をした程度なんですけど。あの、おばあさんの具合はどうなんでしょう?」
「それなら心配あらへん。軽いもので命には別状ない。すまへんがご家族の方でないのならお引き取りください」
「すみません、僕のフワンテが勝手にそっちに行っちゃって」
 隊員の人は振り返って車内のストレッチャーの側で浮かんでいるフワンテを認める。隊員の人の肩越しに僕も救急車の車内を見た。するとちょうどフワンテが戻ってくるところだった。そしてその後ろからついてくるポケモンの姿に僕は目を見張った。
「ドーブル!」
 フワンテの後ろからついてくるおばあさんのドーブル。ドーブルは僕の姿をじっと見つめると、何か大きな意志で突き動かされるようにこちらに走ってきた。どうしたんだい。おばあさんは大丈夫? そう尋ねようとした時、ドーブルはその乳白色の体毛に覆われた手で僕の腕を掴んだ。そしてそのまま僕をぐいと引っ張った。これにはさすがに意表を突かれる。腕をとるドーブルに引っ張られる僕、その後ろからフワンテがふわふわと音もなくついていく。そのまま僕は人混みから幾分離れた白洲の端へと連れて行かれた。
「いったいどうしたんだい?」
 息は上がっていないがなんだか疲労した気分で僕はドーブルの目線の高さまで腰を落とした。僕の顔の横にフワンテの丸い頭が並ぶ。その時になって僕はドーブルが片腕にあのキャンバスを抱えているのに気づいた。ひょっとするとその絵が完成して、それを見せるために? そう思う矢先にドーブルは抱えていたキャンバスを両手で持ち、それを僕の方に掲げた。おばあさんの容態がそんなに悪くはないと聞いていたおかげか、ようやく完成したというその絵に少しばかりの期待を持って迎える気持ちがあった。
 しかし、数秒後には僕はまた首を傾げてしまっていた。ほとんど最初に見た時と代わり映えしていないのだ。やはり初めに目にした時と同様に、灰色の影のようなものが点々と置かれている。なんとなくあちこちに粟散されているわけでなく、縦に不規則に並んでいるように見える。初めに見た時と大きく違う点もある、それは絵の上部に真一文字に横線が引かれていることだ。それにここに来て新たな疑問が沸き起こった。ドーブルはなぜこれを僕に見せようと思ったのだろう。それを考えると昼間の別れ際におばあさんが言った言葉も気にかかる。
――ひと通り観終わったらまたおいでなさいな。その時にはドーブルの絵も完成しているでしょうからね――
 おばあさんは明らかに僕にドーブルの絵を見せようとしていた。そしてドーブルが何を描こうとしていたのか分かっていたんだ。
 その後に続いた言葉も頭のなかで反響する。
――そうそう、西南院のお庭はぜひとも一度見ておきなさい――
 なんだろう。いたずらっぽい謎かけを持ちかけられたようだ。おばあさんは救急車の中のストレッチャーでぐったりと横になっているはずなのに、まるで今僕のすぐ側に居てこの謎かけに頭を悩ませる僕を笑っているようだ。
 西南院で僕は何を見ただろう。水琴窟の涼しげでどこか儚げな調べ、脳天仏の祠、そして池の水面に浮かぶ東塔……。
 刹那、息を呑んだ。水面に浮かぶ東塔。水の鏡面に映った逆さまの世界……。
「ごめんドーブルちょっといいかな」
 ほとんど引ったくるようにキャンバスを受け取ると、僕はそれをぐるりと百八十度回転させた。そしてたった今呑み込んだ息が今度は驚愕の叫びとなって口に出る。
 全く何の関連性も見いだせなかった灰色の点々、そして絵の上部にあった真一文字の横線。それが今、確かな実像となって視界の隅々に水がしみ込むように雪崩れ込んできた。上部にあった横線は今は下部へと移動し、それが揺るぎのない大地を描いている。不規則に縦に並んでいるように見えた点々は確かに影だった。しかしそれは空から降り注ぐ陽光を浴び、その反対側に影を成した人間の姿だった。完全なる陰影のみで表された世界。真ん中に小さく幼気(いたいけ)な子供の姿があり、その両脇を父親と母親が寄り添って手をつないでいる。子は自分よりずっと背の高い両親を見上げて屈託ない笑顔をなみなみと溢れさせ、父母はそんな我が子を見下ろしてどこまでも慈悲深い微笑みを浮かべている。
「きれいだ……」
 ぽろんと漏れた言葉だ。どこかへ歩いて行く親子。どこから来て、どこへ行くのか。ゴーギャンめいた言葉を浮かべながら見とれていると、そのときドーブルが何かを訴えかけるように鳴きせまった。
「なんだいドーブル?」
 ドーブルは何かジェスチャーをする。どうもその絵をまた逆さまにするように伝えているらしかった。そういえばドーブルは描くときも見せるときも今の向きではなく逆さまだった。僕はドーブルが訴えるとおりに、再び天地を逆転させる。
 逆さまの世界。逆さまの親子。そこにあった。
 なぜだか分からない。どうしてこんな気分になるのか分からない。胸の奥でなにかが蠢く。何かが僕に訴えかける。ようやく分かった気がした。どうしてフワンテがこの絵を描くドーブルに惹かれたのか。どうしておばあさんは唐突に王舎城の悲劇の話を始めたのかも。
 おもむろにドーブルが僕にペコリと頭を下げた。そしてフワンテにも。フワンテにはドーブルのお辞儀の意味を理解しているらしく、何か一言二言「ぷわん」と鳴き返した。何のことだろうかと考えあぐねているとやがて僕はひとつの回答を見つける。
「ひょっとしてドーブルだったの? 僕にナイトヘッドをかけたのは」
 そう訊くとドーブルは申し訳なさそうに、また頭を下げた。フワンテの方を見ると頭の雲を白黒とさせていた。これは何か悪いことをして謝ろうとしている仕草だと僕は知っている。ああそうか、僕ははじめからフワンテの策にはまっていたのかもしれない。そしておばあさんとドーブルがそれに協力してくれた。出会いそのものは偶然の産物だっただろうけれど。
 王舎城の悲劇。父を殺してしまった阿闍世は果たして救われるのだろうか。その話をしてくれたのはこれほどまでに苛烈ではないだろうけれど、きっと似たような……
 これ以上考えるのはやめた。
「この絵、もらってもいいかな?」
 その問にトーブルはこくりと頷く。思わずその頭に手が伸びた。
「ありがとう、さあそろそろ戻ったほうがいいよ。救急車が出発しちゃう。おばあさんにもありがとうって伝えておいて」
 ドーブルは嬉しそうに一声鳴くとくるりと背を向けておばあさんの待っている救急車へと駈け出した。背中の足あとマークが上下に揺れる。
 それから幾ばくも立たぬ内に救急車は再びけたたましいサイレンを鳴らして出発した。
 やがて車が見えなくなってしまうと僕はフワンテの方へと向き直った。頭の雲に朱が帯びている。それを目にした僕は思わず笑いをこぼす。
 仁王門をくぐったところで僕は最後にまた當麻寺の伽藍を視界に収めた。むかしむかしの大和の時代から静かに物言わず佇む當麻寺。その向こう側に二上山の二つの峰がどっしりと構えている。夕日を浴びた峰は赤々と染まり、まるでずっと太古の火山だった時代を回想しているようだった。その時、僕の口から漏れるものがある。まるで別の誰かからの意志に操られるかのように。
  うつそみの
    人にあるわれや
  明日よりは
    二上山を
      弟背(いろせ)とわが見む
 大伯皇女(おおくのひめみこ)は二上山に捨てられた弟、大津(おおつ)皇子(のみこ)にどんな思いを寄せていただろう。僕は携帯電話を手に持った。また母から着信履歴が二件入っていた。次にフワンテに目を移す。頭の雲が今まで見たことのないような色に輝いていた。腕に抱えている逆さまの親子図の絵をぎゅっと強く抱き、僕は母へと電話をかけた。発信音が二度鳴り、三度目の途中で繋がった。
「もしもし僕だけど。父さんいる? うん、良かよ後で向こうにもかけるけん。そうやね、昨日酷いこと言ったの謝ろうと思って――」
 気づいたら地元の訛りが出ていた。
 母と話しながら僕はフワンテの頭の雲をそっと撫でた。
 帰りに駅前の中将餅でも買ってフワンテと一緒に食べよう。やっぱりフワンテは僕のパートナーだ。今はこいつの気持ちに分からないことがあっても焦らなくていい。そのうちきっと今より分かるようになる。
 そんなことを考えながら僕とフワンテは夢と現実を一緒に見ているこの街を駅へ向けて歩いて行った。

トビ ( 2013/06/03(月) 03:26 )