零 滑水体
空から落ちてくるものは素敵なものが多い。僕は疑うことなくそう信じている。
ひんやりしていて気持ちがいい雨は、地に落ちるとぽたりぽたりと心地よい音を立てる。
鳥ポケモンの羽根が落ちてくることもある。黒かったり、赤かったり、綿毛のような羽だったり、銀色の硬い羽根だったり。どれも個性的で、どんな鳥ポケモンが落としたのだろうと、僕は小さな頭で想像を掻き立てる。
冬になると綿毛のようなものが降ってくる。けれど、ちょっと冷たすぎる。僕はひんやりしているものは好きだけれど、ひんやりしすぎているものは少々苦手だ。
だが、光が反射してきらきらと光り、ふわふわしていて柔らかく、モンメンのように風の中をゆるりと流れる様は、僕の気持ちを優しく刺激する。冷たすぎたって素敵なところはいっぱいあるのだ。
今日はどんなものが空と地のあいだを彩るのだろうか。雨か、羽根か、はたまた季節外れの雪か。
しかし、まさかそのどれでもないものに出会うことになるとは、このときの僕は思いもしなかったのだ。
ある日のこと。
いつもより水溜まりが少ないと思った。僕は、鬱蒼とした森林に囲まれた、さほど広くない湿原のど真ん中にたたずんでいる。死活問題と言うには大げさだ。でも、僕は水の上を四本の足で滑って移動するので、水溜まりがなくなってしまうのはあまり好ましいことではなかった。
空を仰ぐと、西の方に黒黒しい雲がかかっているのが見えた。風も強くなってきている。じきに雨が降るのだろう。
湿原の潤い、そして雨粒との出会いは、生きる理由そのもの。期待は高まるばかりだった。
だが、呑気に構えていられるわけではない。頭のてっぺんから生えたアンテナがぴりぴりと反応している。本来ならば甘いにおいの蜜をだす役割を持つ僕のアンテナだが、このように動きは滅多にしない。どうやらただの雨ではないようだ。
「嵐がやってくるんだ」
吹き飛ばされないように気をつけなきゃ、早く棲みかに戻ろう。僕はそう思ってみたものの、足はまったく動いていない。不気味な風の音を大地に響かせる空に、僕の目は釘付けだった。
そうこうしているうちに空一面が真っ黒に染まり、たちまち土砂降りになった。完全に逃げ遅れた僕は強風に煽られ、よろけ、水溜まりに頭から突っ込んだ。
今日の天気は機嫌が悪いようだ。もう少し穏やかな雨の降らし方はできないのだろうか。
もちろん、嵐を予知しながら逃げない僕が一番悪いのだけれども。
時間が経つにつれ、水溜まりがどんどん広がって、やがて湖と見紛うほどの大きなものになった。強雨強風で激しく波立つ湖面を、僕は心を躍らせながら眺めた。一面滑り放題の、大きな大きな水溜まりだ。
どれくらい経てば雨が弱まるだろうかと、目を凝らして空を見る。雲は分厚く、動きも鈍重だ。今し方降り始めたばかりなのだから、いつ止むのかを考えるのはいたずらなこと。けれど、どうしても気持ちがはやった。
ほの暗い空気の流れ。まだまだ荒れる気配だ。
「やっぱり棲みかに……」
戻ろう。そう決心したときだった。
ヤミカラスを万も億も散らしたような空に、白い何かを見た。動いている。ポケモンだろうか。わかるのは色くらいで、遥か上空にいるので点のようにしか見えない。
しかし、その点はどんどん大きくなっている。上空を飛んでいるように見えたそれは、どうやら着陸体勢に入っているようだ。しかも、僕のいる方に向かっている。とんでもない速度だ。
なんだかふらついているようにも見えて――。
いや、違う。あれは、目を閉じている――気を失っているのだ。着陸ではなく、墜落だ。
「助けなきゃ!」
だが、どうやって? 脳を高速回転させる。しかし、考えていられる時間はない。墜落まで数秒もない。
とにかく、受けとめなければ! そこまで思って、僕は消沈した。空から高速で飛んでくるものを受けとめられるだけの力強い手足など持っていない。僕は自らの細い四本の脚を恨んだ。
「誰か……」
か細い声が、聞こえた。
そして。