バックランドの功罪
―――ここはどこだ。
ずいぶんと長く眠っていた気がする。
ゆっくりと目を開けると、見たこともない光景が広がっていた。
白くてまっすぐで、太陽が見えない。
岩でも、土でもない地面。
―――あの生き物は、なんだ。
二本足で歩く、見たことのない生き物。
それぞれ個体ごとに異なる毛皮をまとっている。
『化石の復元、成功です!』
『すばらしい。アノプスですね』
意味がわからない。
この世界は彼の知っている世界ではなかった。
そもそも自身は死んだはずではなかったか。
あの恐ろしい出来事を覚えている。
山が火を噴き、大地が割れて、海が裂け、ポケモンたちは逃げ惑っていた。
すぐに、何もわからなくなった。
―――ここはどこだ。
「やあ」
「―――?」
彼は目覚めて初めて見たことがある物を見た。
植物のような、ゆらゆらと揺れ動くポケモン。
リリーラ。
「運が悪かったね」
リリーラは頭を揺らしながら、笑った。
「ここはどこだ」
「研究所、だって」
「研究所とは何だ」
「人間が、僕たちのことを調べたりする場所」
「人間とは何だ」
「あれ」
リリーラは頭をくねらせて指した。
先ほどから、自分たちの周りを慌しく行きかう、二本足の生き物。
「あんなものは、知らない」
「うん。僕も目覚めて初めて見たよ」
リリーラは苦笑した。
「なぜ私たちは目覚めた」
「人間が僕たちの化石を掘り出して、それでそこの、なんだっけ、キカイ?で、フクゲンしたらしいよ」
「キカイとは何だ」
「知らない」
「なぜ、私たちを目覚めさせる必要があった」
「知らないよ」
リリーラはふてくされたような顔をしてぷいとそっぽを向いた。
「私たちは、死んでいたのではなかったか」
「うん、僕もそう思っていたんだけど」
リリーラの顔に恐怖が浮かぶ。
彼も覚えているのだ。
あの恐ろしい出来事を。
そこで彼はやっと気づく。
ここは、彼の生きた時代よりもずっと後。
「未来か」
「やっとわかってくれた」
リリーラは喜ぶ。
「目覚めたのは、私たちだけなのか」
「ほかにもいると思うよ。今はいないけど」
彼は、ぐるりと白い箱の中を見回した。
この世界は閉じている。
あの広い海は、大空は、どこに。
「世界は、ここだけではないのか」
「何を言ってるんだよ。世界は、あの時と変わらず、広くて大きい。こんなちっぽけなものじゃない」
リリーラの口調には皮肉が混じっていた。
―――運が悪かったね。
「運が悪かったとは、なんだ」
「ああ―――」
がちゃり、とドアが開いた。
「君を目覚めさせたかった人間がいる」
『わあ、これがアノプスですか!』
『大事にしてやってください』
今まで周りにいた人間たちよりも一回り小さい人間。
「これから君はその人間と冒険をするのさ」
抱き上げられる。
間近に顔がきて、抱きしめられた。
―――これが、私を目覚めさせようとした人間。
―――なぜ、私を目覚めさせた。
―――なぜ、静かに眠らせておかなかった。
―――なぜ。なぜ。
『あれ?このアノプス、なんだか元気がないみたい』
『復元されたばかりですから、初めて見るものばかりで驚いているんですよ』
『そっかー。じゃあ僕が、いっぱいいろんなものを見せてあげますね!』
『ぜひ』
「運が悪かったね、かわいそうなアノプス」
小さな玉の中に入れられる一瞬、リリーラの声が聞こえた。
―――お前も