僕と小鳥と鈴と。

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僕と小鳥と鈴と。
僕と小鳥と鈴と。



り゛いいいいいいいいい!!!!

「!!」

耳元でけたたましい鳴声が鳴り響いて、僕は目を覚ました。
瞬間、小さな球体が胸に飛び込んでくる。

「う・・、おはよう、リーシャン・・・」

その目覚まし時計・・・じゃなくてポケモン。普段こそまさにその姿のまま、文字通り鈴を転がしたような愛らしい声でころころと鳴くリーシャンだが、どっこい“さわぐ”の威力、というか音量は伊達じゃなかった。

眠気と格闘しながら枕元のポケギアをとって時間を確認する。6時半ジャスト。

通勤距離を考えると十分すぎる早起きと言ってもいいけれど、僕の目覚まし時計は6時半以外ではタイマーを設定できなくなっている。
最近は発見が多すぎて忙しい。昨日は夜中の3時ごろまで研究論文を読み漁っていたから、睡眠時間は3時間ちょっとといったところ。

正直眠い。眠いが。

早く起きないと二度目の“さわぐ”が始まりかねない。
目を閉じて、10秒数える。

「ん、んん・・・・、よし。起きた」

勢いよく身体を起こすと、胸の上にいた球体がぽてんとベッドの上に転がった。
構わずにキッチンに行って薬缶を火にかけた後、新聞を取りに出て、薄闇の向こうにマダツボミの塔が僅かに揺れているのを眺めながら、ぐっと伸びをした。
ラジオをつけ、新聞を読みながらパンと目玉焼きにモーモーミルクで簡単な朝食を済ませ、着替える。

外でポッポたちが鳴く声が聞こえてくると、そろそろ家を出る時間だ。

「行こうか、リーシャン」
「りっ」

ぴょんと僕の頭に乗っかった。
それは右肩だったり左肩だったり、フードのある服を着ているときはフードの中だったりするけれど、とりあえず最近は僕の頭頂部が一番のお気に入りみたいだ。
多少肩は凝るが、好きにさせている。

立ち上がりかけたところで、昨日シンオウの故郷から届いた段ボール箱の荷物に目をやった。

「ん」

米とか芋とか手紙とかに混じって入っている、ポフィン詰め合わせ。
カラフルな色合いはおいしそうに見えるが、これは人間の食べ物じゃない。
シンオウではポピュラーだが、ジョウトでは珍しいポケモン用の菓子だ。
昔面白半分に食べたこともあるし食べたところで害があるわけでもないのだが、人間には少し、味が強すぎる気がする。
「あまい」「すっぱい」「からい」「しぶい」「にがい」と、それぞれの味に特化しすぎているのだ。

ころりとしたそれらに、懐かしくて目を細める。

「これも持ってくか」
「りぃーい」

リーシャンが頭上で抗議の声を上げた。

「なんだ?お前だけで食べれる量じゃないだろー」
「りぃ・・・」
「食い意地が張ったやつだな・・・ちゃんとお前にもやるって」

大量の資料とノートパソコンが入った鞄に、ポフィンの袋も放り込んだ。

「よし」


僕の職場は、キキョウにあるアパートから徒歩15分の位置にある、アルフの遺跡。
そこで観光客への解説や、遺跡そのものの研究をしている。
遺跡までは自転車を使えば早いけど、僕は朝の空気を吸いながら歩くのが好きだ。

途中、香ばしい匂いを立ち上らせているパン屋に立ち寄る。

「おはよう」
「あら研究員さん」
「いつものお願い」
「はいよ」

もらうのは昼食用のサンドイッチと、大量の刻んだパンミミが入った袋。

「400円ね」
「どうも」
「まいどありー」

朝から元気なおばちゃんに見送られながら、パン屋を出て、再び職場に向かう。
遺跡についたのはいつもどおり、僕が一番。
研究所の鍵を開け、荷物を置き、パイプ椅子を持って外に出る。

「みんなー、おいでー」

わらわらと遺跡に住むネイティたちが集まってくる。
僕は座って、ひとしきり集まってくるのを待つ。

「りっ!りぃーりっ」

偉そうな声出して何言ってんだリーシャン。
並べーとか言ってんのかな?

ちょいちょいとズボンのすそを一匹のネイティが引っ張ってせかしてくる。

「はいはい。待てって」

先ほどパン屋で受け取ったパンミミを、緑の小鳥たちの中にまいた。
ここにはそれほど広い草むらがあるわけではないから、野生ポケモンの数も高々知れている。
ネイティは生息地の少ないポケモンだから、保護の意味もあった。
中には僕の肩に乗って直接手から食べようとするものもいて、なかなかかわいい。

彼らに餌をやりながら、ぼんやりととりとめもなく考え事をするのが日課だった。

「あ、アンノーン」

最近では大広間以外の、建物の外でもちょくちょく漂っている所を見かけるようになった。
永い眠りから醒めて、変わってしまった世界にも慣れたのだろうか。

最近は、とても忙しい。

ワカバから来たという少年が、遺跡のパズルやら謎やらを軒並み解いて、しかもアンノーンを全種類コンプリートしてしまったからだ。

学会に発表しなければならないレポートやら何やらも山積している。
パズルを解いて、研究はそこで終わるわけではないのだ。

なぜ、そのようなパズルを残したのか。古代文字とアンノーンの関連性は。

調べなければならないことは山ほどある。

少年の顔を思い出していた。
あの少年は、僕や僕の先人のたくさんの研究員たちが10年20年かかってもできなかった遺跡の謎解きをほんの短い期間でやってのけたのだ。

正直、悔しくないと言えば嘘になる。

遺跡に選ばれたのは、僕でも所長でもなく彼だった。

しかし、好奇心を隠そうともせずやってきたかと思うと、何か見つけるたびにきらきらした目で報告に来て、アンノーンノートの記述が増えるたびに歓声を上げ、嬉しそうに解説を求めてくる彼に、嫉妬する気にはなれなかった。


この間、彼が久しぶりにやってきた。
ポケモンリーグを制して、チャンピオンになったのだと、わざわざ僕に報告に来てくれたのだ。

初めて会ったときはまだ小さなヒノアラシだった彼のパートナーは、その頃には立派なバクフーンに育っていて、他のポケモンたちも強そうだった。
何よりも、彼自身の雰囲気が、僕の知っている強者のそれと同様だった。
うわさでは、コガネのラジオ塔を占拠していたロケット団の残党を倒したのも彼だという話だ。

なるほどな、と思った。

僕は、彼は遺跡に選ばれたのだと思っていたけれど、違った。


彼は、世界に選ばれていたのだ。


考古学をしていると、何かしらそういう世界の意志のようなものにふれた気がすることがある。
幾星霜の時を、埋もれずに生き残ってきた遺跡は、間違いなく世界に選ばれたものだ。
遺跡だけじゃない。
あの伝説のトレーナー、レッドのように、人もまた。

だから、彼は残念だけれど考古学を志すことはないだろう。
ここの謎解きは、ポケモントレーナーとして世界に選ばれた彼の、言うなれば余暇でしかなかったのだろうから。
まあ僕も、もとはといえば初恋の女の子が考古学を好きで、それに少しでも近づきたくて勉強し始めたんだったか。

僕も大概、動機が不純だったな。

彼女はもう、考古学を生活の中心にすえるわけではなくなってしまって、僕だけがこうして毎日遺跡に通っているのは若干滑稽な気はしなくもない。
それでも僕はこの生活を気に入っているし、初恋は叶わなかったけれど、考古学に導いてくれた彼女には感謝している。

「ちっちっ」
「ん?ああ、ごめん」

ちょんちょんと僕の靴をつついてネイティが催促している。とりとめもない思考に半ばトリップしてしまっていて気づかなかった。
僕はあわてて三分の一ほど残っていたパンミミをばらばらとまいた。

ネイティ。

未来を見る、といわれているポケモン。
真実かどうかは未だに解明されていない。

「君たちは、あの子が来るのを知っていたのかい?」

返事はなかった。小鳥たちは餌をついばむのに一生懸命だ。

そりゃそうか。

この子達に言わせれば、遺跡の謎がとくのが誰だろうが、一切関係がないんだものな。
野生である以上、どんなに神秘的な謂れを持っていたって、生きるのが優先だろう。

なんだかおかしくなった。

「リーシャン、研究所からポフィンの袋取ってきて」
「りっ!りぃ!」
「多めにあげるから。な?」
「りっ」

なんでパシリをやらされなきゃならないんだと不満げなリーシャンをなだめた。しばらくぶつぶつと言っていた球体は、ぴょんと僕の頭上から飛び降りて、紅白のリボンを揺らしながら研究所に向かっていった。

「ふぅ・・・」

頭上の重みが消えて、ごきごきと首を鳴らした。

アルフの研究がしたくて単身シンオウからジョウトへやってきたとき、ほとんど身一つだったけれど、リーシャンだけはつれてきた。
彼のポケモンたちのように力強くもない。主人がこの体たらくのせいでバトルなんてもってのほかだし、進化もいつになるか分からないけど、とりあえず毎朝起こしてくれるし、こうして頼めば物も持ってきてくれる。

ちゃんと僕のパートナーだと思う。


ぴりりりりり


「ん」

ポケギアが鳴って、僕の肩にいたネイティが驚いて飛び降りた。
発信もとの名前に僅かに瞠目する。
通話ボタンを押した。

「もしもし?」
「おはよう、久しぶり!元気かしら」
「久しぶり。元気だよ。そっちも元気そうだ。こっちの研究は随分進んだよ。レポート見てくれたかい?」
「最近こっちも変な奴らがうろついてて忙しくって。まだなの。でもきっと読むわ」
「急がなくていいよ。どうせのんびりした業界だ。・・シンオウはもうそろそろ寒いだろう。風邪ひくなよ?」
「ありがと。もう少しでひと段落着くから、ジョウトにも遊びに行きたいわ」

それを言おうと思っていたの、と彼女は言った。

「そのときは案内しよう。エンジュの紅葉も1ヶ月ぐらいで見ごろだ。アルフの遺跡も、見られるところが増えたし、君の意見も聞きたい」
「楽しみにしてるわ。思い出話もできるし」
「僕はあまりしたくないなぁ」
「あら、どうして?」
「僕は君に振り回されてばかりだったからね」
「あら」

彼女は優雅に微笑んだ、気がした。

「そうだ、ジョウトのチャンピオンになった子に会ったよ」
「あら。ワタルったら負けたのね」
「彼は・・・世界に、選ばれていた」と、思う。

息を飲む気配がして、小さな沈黙。

「・・・そう。あなた、昔からたまにその言葉を使うわね」
「君もそうだろう。世界に」選ばれた、存在。


凡俗たる僕とは違って。


「・・・・・・」

あれ。
電話の向こうから僅かな怒気が伝わってくる。
何か不味いことを言っただろうか。

「・・・あなた、相変わらずだわ」
「そうかな」
「そうよ。一人でシンオウを出ていったってちっとも変わらないのね」

やっぱり、少し怒っているみたいだ。
参ったな、と僕は頭をかく。


「でもね」


忘れないで、と彼女は言った。

「世界がどうかはわからないけれど、少なくとも、」

彼女の口調が柔らかくなった。

「少なくとも、あのリーシャンは、あなたを選んだわ」

結構悔しかったのよ、と彼女は悪戯っぽく付け加えた。


幼い頃、スクールからの帰り道で見つけた、傷付いた小さなリーシャンを、二人で拾って帰って世話をした。不慣れな僕よりも、どちらかと言えばポケモンの扱いに慣れている彼女のほうが、よく面倒を見ていた気がする。
僕は横でおろおろしているだけだったのに。

「りぃー!」

振り返ると、リーシャンがポフィンの袋を小さな手で抱えてよろよろと浮かんでこちらにやってくる。
少し重かったか。
僕は受け止めるために立ち上がった。


そうだった。どちらかのポケモンになるか、野生に戻るか、尋ねたとき、この小さな球体は迷わず、僕に飛びついてくれた。


ポケギアを持っていないほうの手を差し伸べて、リーシャンを乗せる。
褒めろとばかりにふんぞり返られて、苦笑した。

小さな小さな僕のポケモン。
世界なんてものよりも、ずっとずっと。

「そうだね、覚えておくよ」
「忘れちゃ駄目よ」
「君にはお説教されてばかりだな」

どちらともなく笑った。

「当たり前じゃない。私のほうがお姉さんだもの」
「2ヶ月しか違わないって」
「うふふ。・・・じゃあね、近いうちに会いましょう」
「うん。また・・・・」

通話を切って、ポフィンの袋を開けた。
甘いのが好きなリーシャンの口にあまいポフィンを放り込む。
残りのポフィンは数がいきわたらないだろうから適当に砕いてまいた。
いつものパンミミと違うものに戸惑いながら、ネイティたちがおそるおそるついばんでいる。

見上げると、アンノーン数匹が列を成して浮遊していた。
僕は胸ポケットからメモとペンを出してその配列を記録する。
アンノーンたちの行列には、何かしらの意味があるのではないかという説が出てきているからだ。
遺跡に選ばれなくても、世界に選ばれなくても、僕は多分ここで研究を続けるだろう。

僕はここにいることを選んだから。

考古学研究が好きだし、ジョウトが好きだ。アンノーンが好きだし、遺跡の不思議な文様が好きだし、ネイティたちも好きだ。ついでに言えば研究所のみんなも好きだし、遺跡の観光案内だって嫌いじゃない。
好きだ、嫌いだ、なんてまるで子どもみたいだけど。
どうせ、考古学なんてやっている人間はいずれどこか子どもなのだ。
リーシャンも僕の頭上を選んでいる。まあ、これは明日には変わっているかもしれないけれど。

とりあえず何も問題はないじゃないか。


「なぁ?」
「りぃ?」
「あはは」

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■筆者メッセージ
初めて投稿させて頂きます。宴といいます。
ゲームの世界の中で、私たちは主人公=プレイヤー自身の物語しか見ることが出来ませんけれど、ゲームの中で出会うそれぞれの人達がどんな生活をしていて、どんなふうにポケモンたちと触れ合っているのかな、とか想像しながら書いています。
今後も短編メインでぽつぽつと投稿させていただくと思います。よろしくお願いします。
( 2012/02/08(水) 21:04 )