*第一章「旅立ち」*
春ーーーーーーーーーーー。
それは全てが始まる季節。
『イッシュ地方』。
そのとある小さな町でもまた、
地方全土を揺るがす程の壮大で哀歓に満ちた物語が、
静かに始まろうとしていた。
***
『カノコタウン』。
イッシュ地方の南東に位置し、人口は200人にも満たない程の小さな町。これといった観光名所も無く(あるのは閑かな自然くらい)、特に近隣の町や街よりも栄えているという訳でも無い。
けれど他の街には在り得ない大きな特異点があった。それは、
『アララギ ポケモン研究所』
オーキド、ウツギ、オダマキ、ナナカマド………。
ポケモン研究に関する権威の紅一点・アララギ。
彼女もまた他の研究者と同様、新たな幕開けへの契機のひとつとなる。
「んっ………くうぅ〜っ………!」
パソコンのディスプレイが立ち並ぶデスクの前で、アララギは大きく伸びをした。
「やっぱり、ずっとパソコンに向かってるのは性に合わないわね…。いつもの倍は疲れた気分だわ」
立ち上がり、コーヒーを淹れようとキッチンへ向かう。
その途中にカレンダーが目に留まり、
「………。…あら?今日ってもしかして……」
内心で冷や汗をかきながら日付を確認し、
「………」
一瞬の沈黙の後に絶叫が響き渡った。
「あぁもうバカ!私のバカ!!何でこんな大事なこと忘れてたのよもう!!」
自分で指定したくせに、と自らを叱責しながら大急ぎで片付けを始める。
約束の時間まであと15分。
長年パートナーとして付き合っているチラーミィにも協力して貰い、作業スピードを上げることにした。