まっしろな闇











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キリにて
Page 63 : 「    」
 全速力で走った。湖へ向かって。どこにいるかも分からない彼女を求めて、ただただ彼等は走った。喉が掻き切れそうになっても、息が絶え絶えになっても、鼓膜が張り裂けそうになっても、最早足の感覚が無くなっても、走った。混乱で彼女の目には涙も浮かんではこなかった。地面を蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
 その果て、柵に勢いよくぶつかるように飛び出し、身を乗り出す。直後、一気に疲労と痛みが全身を襲う。胸が切り裂かれているようだった。呼吸はうまくできない。ふらつき歪む視界の中で、ラーナーは湖畔を目でなぞる。そして遠目に彼女の姿が見えないかどうかを探した。
「クラリス……!」
 掠れた声でその名を呼んだ。虚空に消える、悲痛の声。


 朝がやってきて、クラリスがいないことにラーナーと圭はすぐに気が付いた。慌てるように外に出て、机に突っ伏して寝ているクロの顔の横には、手紙とハイパーボールが一つあった。ラーナーは即座に読んだ。そこには、昨日クラリスがスバメに持たせた手紙に走っていたものと同じ文字が並べられていた。その時よりもずっと長い文章が存在していた。ラーナーは噛みつくように目を光らせて読んだ。内容はまるで感情を殺しているかのように至って淡々としていた。まず、昨日一日の感謝の言葉。心の底から楽しかったし、十二分に満足できたということ。しかし、もう時間は無いということ。成人すれば家に籠ることになると言ったが、季節の変わり目に水神様に会う日はその前日から祈りの儀式が行われるということ。誕生日と季節の変わり目の日が一致したクラリスは、実質今日からもうクヴルール家から出られなくなるということ。故に、深夜のうちにラーナー達から離れたということ。黙って行って申し訳なく思っていること。水神様に会い予言を伝えるこの仕事を全うしたいという誓い。クヴルール家を正したいという思い。何かあれば、エクトルを頼ってほしいということ。続けて、エクトルへの連絡先。しかし、自分と話すことは一切許されていないし、自分もその覚悟であるということ。エアームドを圭に譲るということ。エアームドをよろしくという言葉。「最後になりますが、友達になってくれて、本当にありがとう。」そして彼女の名前が記されて、手紙は締められていた。半分を越した頃から、ラーナーの手は震え始めていた。圭も横から覗いていたが、言葉も出てこなかった。ラーナーは読み終えてから、呆気にとられて動けないでいた。数分の刻が過ぎた頃だろうか、突然彼女は手紙を机に叩きつけた。「助けなきゃ」一言そう呟いて、その場を走り出した。川は湖に繋がっている。道をよく覚えていなくても川を辿れば湖に行けるはずだった。前日の祈りの儀式は湖畔で行われるという。細かいところは書かれていなかった。けれど、その僅かなヒントは、クラリスの助けを求める叫びの糸口であるようにラーナーには感じられた。助けなきゃ。こんなのおかしい。間違ってる。会いたい。今すぐに会いたい。会わなくちゃならない。様々な思いが交錯する。クロと圭がその後を追った。止めようとした。けれど彼女は振り払った。ただ一心不乱に前へ前へと進んだ。


 ラーナーは圭にエアームドを要求した。鬼気迫るその表情に圭は断ることができなかった。一度クロを見やったが、彼は首を横に振り、好きにさせることを促した。ラーナーも昨日エアームドに一度乗っていた。仮に乗っていなかったとしても、今は乗ることができるサイズの鳥ポケモンを欲しただろう。圭に渡されたボールからエアームドを出し、すぐさまその背に乗る。エアームドならクラリスのいる場所が分かるはず。そのことを踏まえての選択だ。
「エアームド、クラリスのところへ連れて行って! どこかに……湖畔のどこかにいるはずなの!」
 そう指示すると、エアームドは困惑の表情を浮かべた。
「お願い、早く!」
 叫びだった。慌てるようにエアームドが一気に飛び立った。しかしラーナーはバランスを崩す。そこをうまくエアームドがカバーする。見ていて危なっかしい。クロと圭は柵から身を乗り出し、その様子を目を凝らして見つめた。
 空気を銀の翼が裂く。まだ浅い場所にいる太陽の光が鋼の体に反射し、淡く広い湖は全面が目映く輝き、その上空でラーナーは叫んだ。
「クラリス! どこにいるの!!」
 喉が壊れてもよかった。
「こんなのってない! ちゃんとさよならも言わずにもう会えないなんて、絶対、そんなの、おかしい! 許せない! 私、許さないよ!!」
 ここにきて感情の爆発が涙を呼んだ。言葉すらもぐちゃぐちゃになって、自分でも何を言っているのかはっきりと分かっていなかった。
「返事して! 逃げたいなら、逃げよう! そんな自由が誰にでもあるはずでしょう!?」
 虚空に吸い込まれるだけ。誰の声も返ってはこない。歯を食いしばる。
「クラリス!!! どこに――」
 直後だ。静かな湖の上で、突然暴風がラーナーとエアームドに襲い掛かったのは。それは明らかにただの風じゃない。煌めいて、紫紺に輝いているようにも見えた。一瞬のことでとても彼女には何が起こったのか把握できなかった。必死に振り落とされまいとエアームドの首を掴む。しかし、そこで終わらなかった。ぱちり、と遠くで音がしたかと感じたのはほんの零コンマの瞬きの間だけ。直後、エアームドとラーナーに喰いかかったのは、電撃。燃やし尽くすような、弾け飛ばすような、衝撃。最早ラーナーに正常な意識はなかった。体は焼け、弾けたような血を流し、細い煙をあげながら、エアームドの背から真っ逆さまに滑り落ちた。その様子は遠くにいるクロと圭の目にも、遠目だがはっきりと映っていた。あっという間の出来事に思考が吹っ飛びそうになったが、クロは咄嗟にウェストポーチに手を走らせ、アメモースを飛び出させた。この距離では、空での出来事では、彼自らが助けにいくことはできない。命令を叫ぶ。気まぐれなアメモースも鬼のような主人の形相に驚き慄いたが、すぐに全速力でラーナーの元へと向かった。遠くから見ているからこそ分かった。電撃は、明らかに出力源があった。空から何かが発したのだ。恐らく、ポケモン。ラーナーは重力に従い湖へと落ちていく。アメモースは得意の蝶の舞で一気に加速する。しかし、距離が開きすぎている。明らかに間に合わない。エアームドが歯を食いしばり、ラーナーの救出へと向かう。何十メートルも上から湖に頭から打ち付けられれば、生身の人間じゃ一たまりもない。そもそも、電撃を受けて心臓は正常に動けているのか。分からない。
 瞬間、ラーナーの鞄から一つの光が飛び出した。一気に形作り、エーフィが現れる。と同時にサイコキネシス。ラーナーと、自分。空中浮遊。エアームドは勢いのまま下降していったが、すぐにスピードを殺して、慌ててラーナーのところへ戻る。空中に静止したラーナーは目を瞑り、気を失っていた。アメモースがその後に合流し、可愛らしい瞳はいつになく鋭いものになり、電撃の出力方向に視線を向けたが、そこには既に何もなかった。
 刹那の出来事。
 クロも圭も、息を止めていた。冷や汗が全身を襲う。
 落ちるラーナーを辛うじて止めたのは、彼女の手持ちであるエーフィだった。
 彼等は、無力だった。

 ――直後、彼女の鞄の中から、空中を浮くその者達を包み込むような巨大な白い光が炸裂した。








































「エクトル」
「なんでしょうか」
「先程、何か聞こえませんでしたか」
「いいえ、聞こえるのは風の音だけです」
「……そうですね」

■筆者メッセージ
キリ編、終わりです。一日に七話という更新ラッシュはとても楽しかったです。
いろいろと手のかかる章でした。
心がもやもやとするような、えっここで終わり?と感じてくださると割と思惑通りです。
( 2013/09/16(月) 21:49 )